銀魂:坂田
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ある日突然俺の前に現れたななしというやつは、別の世界からやってきた、ということを除けば、正直これといった特徴もない普通の女だった。
はじめは「どうやってきたのかわからないけど元の世界に戻りたい」という依頼を受けたから、という理由で一緒に過ごしていたが、次第に、そばにいればいるほどこいつに惹かれていって、もう離れたくなくて、そうした気持ちがふくらめばふくらむほど、あいつの依頼をこなしたくなくなった。
しかしそんな俺の気持ちとは裏腹に、あいつは毎日俺と過ごしながらも自分自身で、手探りながらも情報をつかんでいき、ついにその日はやってきた。
「ただいまー」
ある日、新八と神楽・定春がまだ散歩から帰ってきていない夕方。
一人で行っていたパチンコから帰ってくると、玄関に全身が映る大きさの、いわゆる全身鏡が置いてあった。
こんなもん置いた覚えもねェし、つかめっちゃ古くさいんだけど、おばあちゃん家の大黒柱のにおいがする。
なんなんだこれ、と首をかしげる俺は、しかしななしの姿が見えた瞬間どうでもよくなった。
「銀ちゃん、おかえり!」
その笑顔で、ああ、ちくしょうそれだけで、心が軽くなっちまう。
柄にもねェが、ななしの表情につられて、自然と笑ってしまった。
だがその後に続く、
「これ、わたしが持って帰ってきたの!」
という報告に眉をひそめた。
なんだこいつ、鏡ほしかったのか。
「んだよ、それなら銀サンに言えよー、鏡買うくれーの金あんだけど」
いくら貧乏っつーか金欠とはいえ、若干のへそくりならある。
いや、百円とかいうレベルじゃないから、ちゃんとそれなりに貯めてっから、ななしの為に。
そんなに俺金ないと思われてんのか、と不満だったので、唇をとがらせると、
「あ…、ううんっ、そうじゃないよ!」
慌てて否定され、さらに首をひねった。
とりあえずあいつがそのアンティークな鏡をリビングに持って行きたそうだったので、俺がかわりに持っていってやった。
その途中、鏡の面がゆらゆらと揺れているような気がしたのは、きっと歪んでいるからだろう。
「これで、わたし、元の世界に帰れるの!」
俺が全身鏡を置いたのを見たななしの一言目が、これだった。
あいつの高い声が、部屋ん中いっぱいに響き渡る。
その振動が俺の両耳からステレオで伝わって、脳みそをグワングワンと揺らした。
今、こいつは、なんて言った?
この、鏡で?
元の世界に?
………あいつが、帰れる?
突然の展開についていけず、それどころかななしの言葉すら上手に飲み込めなくて、口端を引きつらせながら肩をすくめた。
俺は今必死に、きたねー苦笑いを浮かべてんだろう。
「いやいや何言ってんのオジョーチャン、寝言は寝て言えよ。なんですか、きみは鏡の世界の住人ですか?」
なんて皮肉ってやれば、すぐにムッとした返答がくる。
「違うよ! あのね銀ちゃん、わたし全部思い出したの、どうやってここに来たのか。学校の踊り場にある大きな鏡を見ていたら光に包まれて…、気づいたら、あのリサイクルショップに置いてある、この、…全身鏡から、やって来たこと」
興奮のあまり胸が高鳴っているのか、両手を胸の上に置きながら話すななしは、鏡を見ているので俺の顔を見ていない。
だから、俺がどんな表情で、どんな心境で聞いているのか知っちゃいねェんだろう。
前の、こいつと会ったばかりの俺ならばきっと別れの言葉を一つや二つ告げて、気持ちよく見送ってやるんだろう。
だが、駄目だ、今の俺じゃあ、とても見送ることなんかできやしねェ。
「だからね、わたし…。今日の夜、試してみようと思う。学校に忍び込んだのも、はじめてこの世界に来たのも夜だったし…。…急でごめんね、銀ちゃん」
新八くんや神楽ちゃんが帰ってきたら、挨拶しなくちゃ…と呟く、そいつは、悲しんでくれているのか、それとも喜んでいるのか。
喜んでいる、としたら。
もしそうだとしたら、俺は、こいつを許せねェ。
さっきまで浮ついていた何かが、ズシンと重くなり、息がつまる。
体の奥が、グルグルとうなる。
悔しくて、悲しくて、それに比例し怒りがつのっていく。
俺はずっと想っていた、ななしも俺やこの世界を好きだと言った。
今までのその「言葉」が俺を満たしていたというのに。
何故かいつもなら好きなはずのこいつの笑顔が、憎らしくてたまらない。
「……いや、……謝んのは、俺のほうだ」
「え?」
無意識のうちにそう告げて、気づけば俺は鏡に拳をたたきつけていた。
ガン!!
鏡が鈍い悲鳴をあげるが、んなもん無視してもう一発殴る。
てめェのせいでななしが元の世界に帰っちまうなんて、ふざけんのも大概にしやがれ。
パリン!!
ひびが入った。
ななしの目が見開かれたのを視界の隅に捉えながら、躊躇することはなく、もう一度力一杯握りしめた拳を、鏡へ向けた。
……バラ…バラバラ…。
完璧に割れた鏡は、欠片を落とした。
今まで鏡が収まっていた器は、今はただの木造物。
大きかったり小さく砕けながらも、鏡は全て俺の足下に散らばっている。
「………………」
……やってしまった。よりによってあいつの目の前で。
………目の前で、壊してしまった。
何も言うことなく、ただただ絶句する彼女を、見ることなく俺は告げた。
「だから、すまねえ」
俯くと、なんとも醜い顔が、あちこちの鏡の破片から俺を睨んでいる。
ああ、全部俺じゃねーか。
しかし、胸の内はスッキリしていた。
いいのだ、これで。
こいつが消えれば俺だけでなく新八や神楽が悲しむ。
そんな予想が丸わかりなのに、みすみすこいつを帰すわけがない。
それにあいつだって今にわかるだろう。
たとえこれから自分がどれだけ泣き叫ぼうとも、鏡を破壊した男を怒鳴ったり蔑もうとも、もう二度と……あっちには戻れやしねェ。
それが、現実だと。
砕け散った鏡と、僕ら。
ヤンデレ…いい…(……)