番外(幼児時代もあり)
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ご飯だよー、と、いつものななしの声。それに真っ先に反応するのは、さっきまで目の前にいたはずの奴だった。お互い泥だらけで、庭から縁側にのぼる。
「腹へったー! 今日こそ肉が出ますように、肉ー!」
「あはは、晋ちゃん残念でしたー。今日もお野菜だよ」
「げー! なんだよ、また野菜?!」
自分よりもななしが大好きで、自分よりもななしに甘えるのが得意で、……いや違う。得意なんじゃない、素直なんだ、あいつは。
文句を言いながらもななしにくっつく、奴の表情は楽しそうだ。
「……ところで晋ちゃん」
「なん…ラッ?!」
ななしはこっちとあっちを交互に見て、高杉の頬をつねった。いでーいでーとわめくのを無視して、こっちに来る。
そしてその細い指が俺の鼻の下に触れた時、ななしの指が不自然に肌をすべったことで、はじめて血が出ている事に気づいた。さっき真正面からくらった拳のせいだ。ななしはすぐに懐から真っ新な布を出すと、俺の鼻血を拭き取った。
それに比べ、たいした傷のない高杉は、「だっせー」とばかりに俺を見てにやにやと笑っていた。うるさい、こっちを見るな。
「晋ちゃん」
「何?」
「ご飯抜きね」
「えええええええ!!!」
「……文句、あるの?」
高杉のほうを振り返っているためななしの表情はわからないが、抗議しようと口を開けた高杉が黙るのだ、きっと恐い顔なんだろう。
すねた表情をする奴に、今度は俺がにやりと笑ってやった。
まったく、と愚痴るななしは、昼飯の後も、ずっと俺のそばにいた。止まっていた鼻血がまた出だしたのだ。俺は一人でできると言ったのに、ななしは逃がさないように片手をがっちりつかんできた。
そして俺が逃げないと言えばあっさり手を離して、さっきからずっとちり紙をちぎっている。鼻の穴にちょうどいい大きさを丁寧に。
「大丈夫ヅラちゃん? 晋ちゃん、そんなに強い力で殴ったの?」
「ヅラじゃない桂だ。……強くない。当たり所が悪かったんだろう」
ちり紙を鼻の穴に入れながら、あんな奴の拳はよわよわののよぼよぼだ、と言い切る俺にななしはくすくすと笑った。その笑いがどうも気に入らない。俺がそっぽを向くと、すぐに謝罪の言葉がふってきた。
「馬鹿にしてるわけじゃないのよ。ただ、ヅラちゃんって見かけによらず負けず嫌いだなあって思ったんだ」
「………」
「晋ちゃんは見かけ通り負けるの嫌いだけど、うん、ヅラちゃんに一々つっかかる理由がわかったよ。類は友を呼ぶってね」
「るいは…とも?」
「あら、まだ早かったみたいね。先生に聞いてみなさい」
ななしに頭をなでられた。俺だけではないだろうが、少なくとも俺は、この手が好きだ。文字通り細くて、冬は所々あかぎれができても、ななしの手はいつも温かかった。
でも。これはたしかに嬉しいけど、恥ずかしい気持ちもあった。
もし誰かに見られたら……。
「ヅラぁぁぁー、鼻血治ったかー!?」
「!!」
仲間が勢いよく部屋にやって来た。もしもの状況になってしまい、俺は反射的にななしの手を払った。
そして、後悔する。
「……あ…」
「………いってらっしゃい、ヅラちゃん」
「………」
いつものように言い返すことができずに、俺は無言のまま仲間を引っ張って外に出た。あの表情を見るとこっちが泣きたくなる。
そこで、鼻血がいつの間にか止まっている事に気づいた。
どうしよう、ななしに言いにいこうか。いや、別に報告することでもない。だが、あのままではどうもすっきりしない。それにもしかしたら、まだちり紙をちぎっているかもしれない。それはもったいない。
結局、迎えにきた仲間に一言伝えて、さっきの部屋に戻った。
そして完全に閉まってない障子の奥、つまり部屋から、思ってもいない、すすり泣く声がした。それを聞いた瞬間、まるで何かに心臓をつかまれたように、息がつっかえた。まさか。
顔を半分だけ出してのぞいてみると、彼女は俺に背を向けている状態で、鼻をすすっていた。
「………お兄ちゃん」
無言でななしの背をなでる先生は、愕然とする俺の姿に気づいているのにも関わらず、どうした、と優しくななしに問いかける。俺は何も言われなかったので、その場にいることにした。
俺に気づくことなく、ななしは苦笑いをする。
「ヅラちゃんに嫌われちゃった。……私、またお節介しちゃったよ」
「ほう」
「ヅラちゃんはね、ちゃんと全部一人でできるのよ。朝一番に起きるから私が起こしに行かなくてもいいし、晋ちゃんみたいに手を焼かせないし、銀ちゃんみたいな一匹狼でもなく、みんなをまとめてくれる。良い子なの」
「それはいい事じゃないか」
「……でも、さみしいのよ」
さみしい?
どうして俺がそうするとさみしいんだろう。ななしの言ったことがよくわからない俺は、もっと聞こえやすくしようと、耳の外側に手をそえた。
「たまには寝坊してほしいし、手を焼かせてほしいし、悪い子になってもいいと思うの。だって子供じゃない。ヅラちゃんは前、男らしくなりたいって言ってたけど、私は今は、子供らしく、腕白に育ってほしいと思うんだよ。だからつい、他の子たちみたいに世話焼きたくなっちゃうんだけど、本人は一人でできるって言ってるばっかりで……」
そういえば随分前、ななしに将来を聞かれた。あの時はたしかに「男らしくなりたい」とはっきり答えた。
でも、それは、
「そうか」
ふっと笑うと、初めて先生が俺と目を合わせた。……何か企んで…。
「それじゃあ、本人に言ってみたらどうだい」
「え?」
「え」
しまった。
がちっと石像になった俺を、振り向いたななしが見る。
「……ヅ、ヅ、ヅラちゃ…!!」
はっとしたななしは、すぐに目をごしごしこすった。そして無理矢理笑うと、「いつからいたの?」と聞いてくる。
対して俺は、手をグーの形にして、ななしの前にずんずんと歩んだ。そして、はっきりと言う。
「俺は、ななしを守りたいから男になりたい」
「……!」
「ななしのこと好きだから。いつも温かくて、大好きだから」
再びうつむくななしの頭に、俺はゆっくりと手をのせて、ぎこちなくなでてやった。肩が震えてるけど、鼻がぐずぐずいってるけど、全部無視した。ただ、ひたすらなでた。
いつの間にか、先生は部屋を出ていた。
「せんせー、ななしが泣いたってほんと?!」
夕方、高杉が先生の着物をひっつかみ、ぶんぶんと振り回す。慌てた先生は、けれども俺と目があうと にやりと笑った。
「そうなのか? 初耳だな」
うまい言い方だ。否定でもなく肯定でもない。
そう思う俺は今、ななしの前にいる。経緯はというと、ななしの目の前で後ろ髪をまとめた紐をほどいて一言、「むすんで」のこれだけだ。けれどこれだけでも俺はじゅうぶん頑張ったし、対する彼女も面食らったものの、すぐに笑顔で了承してくれた。
そして今は、まだむすんでもらえてない。
「……ななし、いつまでかかるんだ」
「まだいいじゃない。だって甘えられたの嬉しいんだもの」
ななしの指がくしになり、俺の髪をまとめる。かと思えばすぐに散らして、またやり直し。
飽きるはずの繰り返し行動でも、ななしは楽しそうだった。
「でもヅラちゃん、男らしくなるって言ったけど、この髪は切っちゃうの?」
「ヅラじゃない桂だ。……切る予定はない」
「そう、よかった」
「…なぜだ?」
「のばしてたら、またヅラちゃんが甘えてくれるでしょう?」
「………」
ふふふ、と自慢げに笑うななしがどうにも癪だったため、俺は顔の火照りを気にしながらつっこんだ。
「ヅラちゃんじゃない、桂だ」
「それ以来俺はできるだけ はっちゃけようと努力しているのだ」
『だから桂さんのギャグ、時々古くさいのがあるんですね』
「そういうこ……え、今古くさいって言わなかったかエリザベス」
君の泣いた声が聞こえる。
捏造設定:「ヅラちゃん」は真面目そのものだと思う。
その反動で今は真面目っぽいアホな人になってると思うんだ!(お前)