番外(幼児時代もあり)
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いつも笑顔でいるななしが、おれの前ではいつも困った表情をする。理由はたくさんあるだろう、勉強せずにぐーたら寝て、飯だって好き嫌い激しくて、眠かったら寝る、起きたら刀を握って外に出る、そして何より誰とも協調しない。
けれどおれが思うには、一番ななしが悩んでいるのは、
「おい」
「……おいじゃないでしょう」
「………」
彼女の名前を呼ばないこと。
ななしは紙を前にして筆を片手にそろばんをぱちぱちとはじいていたが、おれの呼びかけに反応した上に、こっちに体ごと向いてくれた。そんな些細な優しささえ、おれは好意を余計によせてしまう。
無言のおれを見て、ななしは はっとしたように眉間にしわをよせた。
「あっまさか銀ちゃん、私の名前忘れちゃってるんじゃないでしょうねえ?」
「違う」
そんなわけがない。読み書きはまだ上達してないけど、ななしという名前は漢字ですらすらと書ける。
けれど、おれの口はどうしてもその名を呼んじゃくれない。
「じゃあどうして、」
「ななしー!!」
さえぎった叫び声とともに、高杉が横の障子からやって来た。そしてななしに思いきり抱きつく。
胸がざわっとした。今すぐ引きはがしてやりたい衝動にかられたが、ななしの前でそんなことはしたくない、と思い直す。
「きゃっ! もう晋ちゃんてば、いい加減突撃してくるのやめなさい。こっちは痛いんだからねー」
「こんなんで痛がってちゃ、夜の時大変だぜ! って先生が言ってた(言ってないけど)」
「!! こっ、こらああッ!!」
きゃっきゃと笑って逃げる高杉に、赤面したななしは一瞬腰を浮かせたが、おれと目があうと苦笑してまた戻った。
こいつはわかってないだろうが、おれは見逃しちゃいなかった。高杉が去り際におれを半眼で見つめていたこと。これが良い意味であれば、おれはこんなにひねくれちゃいない。ちなみにまわりの奴らもそうだ。
「特に用事がないんだったら……」
「………」
「ここにいる? お菓子持ってくるよ」
「…!」
けれどななしはいつだって、おれを笑って見てくれている。
もしこの場で名前を呼んだら、きっと、もっと笑ってくれるだろう。
そう思うのに、むかつくほど奥手なおれは無言のままだった。
朝起きた時、まわりが静かだったことにすぐ気づいた。いつもならうるせー奴らがドタバタと廊下を走り、直後響くはずのあいつの怒鳴り声(それもおれの好きな声)さえない。聞こえるのは外で鳥が小さく鳴いている、ただそれだけ。
不安になったおれは、ふすまを開けて廊下をきょろきょろと見回した。誰もいねえ。急いで中庭に出た。洗濯物を洗う姿がない。
「……」
今まで一人でいたはずだった。けれど違った。
もしこのまま会えなかったら、と思う。それなら昨日あの時、名前を呼べば良かった。
みんな一斉に消えて、おれだけ残ってるだなんて、迷子になった気分だった。
「ななし……!」
初めて声に出しても、そいつはいない。
泣きそうになった顔で、広間に走ってふすまを開けた。
「お誕生日おめでとう、銀ちゃーん!!」
今まで無音だった世界に、ななしの声と、拍手の嵐がふってきた。
呆然とするおれの目は、確実にななしと高杉とヅラと先生と、その他がきんちょどもを捉えていた。ななしや先生はともかく、がきんちょどもまでが拍手をくれた。ただそれがやけくそ気味だったのと、高杉は時々頭を抑えていたことで、だいたいの経緯がわかる。
「もう遅かったじゃない、みんなずっと待ってたのよー」
「なあ、ご飯食べようよ! おれもう腹へったー!」
「そうだね、食べようか」
高杉にせかされるななしは、まだ突っ立ったままのおれを見てくすくすと笑った。
ここでようやく理解する。
おれ、そういや今日誕生日だったんだ。
「お兄ちゃん、銀ちゃんを座らせて」
頷いた先生にうながされ、おれは指定された位置に腰をおろした。
そして、いつもおれたちの使う長机をくっつけて、その上に豪華な料理が次々と運ばれていく。それが並べられるほど、おれたちガキは興奮して、さっきまであんなに静かだったのに
「この肉おれんだからな、手ェ出すなよ!」
「晋ちゃん、そんなこと言う子はおあずけだよ。こっち来て手伝ってちょうだい」
言った本人はおしおきのつもりだろうが、言われた本人はななしと一緒にいることができるからとご機嫌だった。むかつく、高杉の野郎。料理を置く時にたまたま視線がかちあったが、高杉が意味ありげにニッと笑ったのを見て、おれも黙っちゃいなかった。
高杉とすれ違いざまにあっかんべえをしてから台所に行く。そしてななしの垂れた袖を引っ張り、こっちを見おろした目をまっすぐ見つめた。
「手伝う」
「……ありがとう」
にっこりと、嬉しそうに笑ってななしはおれの頭をなでた。
「でもね、気持ちだけ受け取っておくよ。だって今日の主役は銀ちゃんだもの。広間にいって、みんなと少しでもたくさんおはなししておいで。それで、後でどんなはなしをしたのか、私に聞かせてちょうだい」
「………うん」
上手な断り方だ、と思う。哀しい気持ちがしない、逆にたくさん話を聞かせてやりたいと思った。
台所を出る直前、おれは思い切ってななしに言った。
「ありがとな」
振り向いたななしの表情は、びっくりしたようなものだけど、ふふふ、と笑い声をあげた。
「こちらこそ。…銀ちゃんの誕生日は、何十年経っても祝ってあげるからね」
覚悟しておきなさいよ、と元気よく宣言するななしを見ると、自然と笑みがこぼれた。
「何十年経っても祝ってやる、ねェ……」
「銀ちゃん、お誕生日おめでと!」
「……(これ、何十年ぶりなんだろうな)」
君の笑った声が聞こえる。
捏造設定:「銀ちゃん」はませたガキで一匹狼ってかんじ。
ちなみに子供たちはみんな先生の屋敷(?)で寝泊まりしてる設定です。