本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「銀ちゃーん、一緒にお風呂入ろうか」
夕食後、飲んでいたいちご牛乳を見事にはき出した銀さんは、すぐにななしさんに思いきり怒鳴った。
………やっぱり、銀さんってななしさんからしたら子供なんだろうなあ。
家のないななしさんはここで暮らしている。今の所、依頼主からなんの連絡もなく、あっという間に1週間が過ぎた。
そしてななしさんの同居と同時に、銀さんの生活も一変した。
「………おはようございます、銀さん」
「ーす」
「銀さん、『お』が発音されてませんよ。すごい眠そうなんですけど」
「だっておめェ、アイツが来てから俺の生活リズムが完璧に狂って……!」
正確には、狂ったんじゃない。銀さんの元々の生活リズムがぐだぐだだったのを、ななしさんが直したにすぎないんだ。
就寝10時、起床7時。驚いたことに神楽ちゃんは素直に従っている(お母さんができたみたいで嬉しいとか言ってたなあ)
午前7時半、もぐもぐとご飯をつめこむ銀さんの隣に座って、慌ただしく動き回るななしさんを眺めていると、神楽ちゃんが元気よくやってきた。
「グッモーニン、マミー!」
「えええええええええ!!(なんだ朝からこのテンションんん!!)」
「おはよう神楽ちゃん! ご飯できてるから、先に お顔洗っておいで」
「あいヨー!」
ルンルンと音符がつきそうな程軽快に、神楽ちゃんは洗面所へ向かった。
見てはいけないものを見てしまった気がしたんだけど。
「………銀さん銀さん、神楽ちゃんってあんなに素直な子でしたっけ」
「お前、ななしのオカンパワーなめんじゃないよ。ガキだったとはいえ、あのヅラや高杉を見事に手なずけてたんだからな。神楽なんて朝飯前だろーに」
「……マジですか…!」
ななしさんは本当に普通の人で、目立った特徴はない。
毒舌でもなければ猫かぶりでもなさそうだし口うるさくも変態でも暴力を振るいそうもない。
……あ、そうか。僕が今まで出会った女性の中で、唯一まともな人なんだ。
だからみんな、このキャラに癒されてるんだ(ああ、成程!!)
「おはよう新八くん、朝から忙しくてごめんねえ。お椀の用意もしてなくて」
「あ、おはようございます。大丈夫ですよ、おかまいなく」
「そんな遠慮しちゃダメよー、新八くんぐらいの歳は成長期真っ盛りなんだから! たくさん食べなくちゃ」
はい、とお椀に盛られたご飯は 普通で、あれっ、普通だ。
「だァから言ってんだろ新八。あいつボケとかツッコミとかわかんねーんだよ、古いから。古い人間だから。数十年前の女だから」
「…………」
逆に新鮮じゃないかな、このキャラは。
朝食がすんだ後、ななしさんは下の階に降りた。
ついて行くとお登勢さんの仕事場で、「おはようございますお登勢さん!」と元気よく挨拶する。
奥からやって来たお登勢さんは、だるそうな表情でななしさんを見た。
「またアンタかィ。よく根もあげずに頑張るねェ」
「当たり前です、うちの銀時がいつもお世話になっている挙げ句、家賃を払っていないなんて、とんだ不始末ですから」
この不始末は親代わりの私が、きちんと果たさなくては。
そう豪語するななしさんに、お登勢さんはうっすらと目元を和ませた。
お登勢さんはななしさんが昔の人だとか、そういう詳しいことは知らない。
明らかに銀さんのほうが年上で、母親代わりだと自称するななしさんは可笑しい。
けれどそういう所はまったく突っ込まずにいてくれるのが、ありがたい話だ。
「それで、今日は何をすれば良いでしょうか」
そして お登勢さんのおつかいや配達を頼まれて3日目。
わからない時は僕らに頼るけど、ななしさんはできるだけ自力でお登勢さんの任務をこなしている。
……すごい真面目だなあ(こんな女性、他にいるのだろうか)
「そうだねェ……。ああ、そういえば これを忘れていたよ」
いったん奥に下がり、また戻ってきたお登勢さんが持っていたのは、ネクタイだ。
昨夜 べろんべろんに酔っ払っていたお客さんが忘れていったものらしく、届けてほしいという。
「でもねェ、それがどうも怪しくて」
「怪しい? 不審者なんですか?」
「いや、そうじゃないよ。話で職業の話題になったんだけど、その客、どうも幕府関係らしくてねェ。お迎えの人間も、武装警察の奴らだったよ」
ぎくっとする。
ななしさんは、そうだ、元をたどれば攘夷浪士と顔見知り。
もし(いや、どうせスリップとか信じてもらえないだろうけど)バレたら、危ない。
しかも武装警察といえば、変態の集団としか言いようがない、あの真選組じゃないか。
断ったほうがいい、と言う前に、ななしさんは「大丈夫です」とにっこり笑った。
「ネクタイを渡してすぐ帰れば良いですし」
「そうかィ、それなら頼むよ。名前は松平しか知らないんだけど、この名字だけでわかる奴にはわかるんだってさ。すごく自慢されたよ」
フンと鼻で笑って、お登勢さんは「それじゃ頼んだよ」と 消えていった。
……………これは、この行き先は、どう考えても。
「あんのクソババババァァァァ いっでェェェ!!」
案の定 憤慨する銀さんだったけど、ななしさんがその頭をはたいた。
家賃ためこんでる どの口が言うの!と銀さんの口を強くひねるななしさん(最強だ…! 最強オカンだ…!)
「でもななしさん、今回はやめておいたほうがいいですよ。今の幕府は、昔の幕府とはもう違うんです」
「新八くん、心配してくれてありがとう。でも、これを届けるだけで それ以外は何もないよ。大丈夫、すぐに帰るから」
「ななし、私もついていくヨ!」
「いや、待て」
立ち上がった神楽ちゃんを制して、銀さんが 腰をあげる。
「俺が行く」
「……いいの? 今日は定春くんのお散歩しなくて」
「あー、新八、神楽、任せたぞー」
「チッわかったアル。行くぞダメガネ」
「行けなかったからって僕に八つ当たりしないでくんない?!」
一抹の不安をぬぐえないまま、僕らは銀さんとななしさんを見送った。
「いいかななし、男が来たらそいつにこれを投げつけろ。それで終わりだ」
「どうして出会い頭にそんなことをするの。銀ちゃん、まさか日頃からそんなことしてたんじゃないでしょうね」
じろり、と見上げるななし。
だがそんな目は、まったく恐くない。恐いのはこの後の展開だ、それしかねェ。
あの変態どもと会って、無事に終わったためしが1つもねーのに、どうしてななしが巻き込まれなくちゃいけねーんだよ。
チクショークソババア、覚えとけよ……!
「それで、銀ちゃん、武装警察の仕事場はまだ?」
「あー、あれだよ。あのクソボロい屯所。あの門ぜってーカビ生えてるよ、くさいよ。マヨネーズとおっさんの匂いがするに違いねェ」
「銀時っ、いい加減に……」
眉をつりあげたななしの口を素早く塞ぎ、同時に電柱の柱に隠れた。
あのマヨラーが門を出て、俺達がいる反対方向に歩き出す。
あーあれにつられてもっと出てこねーかなあ、ていうか全員出てくんねーかな(いや、マジで)
まあそんなこと待っても無駄だろうな。
「どうしたの、銀ちゃん」
「いや、不審者がいたから。よし、ななし ネクタイ握りしめろ。そんで狙いを定めろ」
「定めません」
到着した古びた門の前で、何度か「すみませーん」と声をあげるななし。
それに対し 黒服の男がやっと来たのは、ななしが十回ほど言った時だった。
その男が近付いた瞬間、ネックハンギングツリーを仕掛ける。
「ギャアアアア!!」
「どんだけ待たせりゃ気がすむんだてめェェェ!!」
「なっ……! 何してるの銀時!!」
怒鳴るななしに、俺はようやく男から手を放す。
ななしは素早く男にかけより、頭を下げた。それが面白くねェ。ペッとツバを吐き捨て、俺はななしからネクタイを取り上げると、その男に放り投げた。
仰向けになった男は、呆然と腹の上に乗ったネクタイを見る。
「お前の上司に言え。松平っつう奴の忘れもんだって。行くぞななし」
「ちょっ、銀ちゃ……!」
「あり? 旦那じゃないですかィ」
ななしの手をひいて門の外に出ようとした俺は、背後のその ポーカーフェイスに顔が引きつった。
よりによってコイツかよ、なんつうタイミングだよ。
さりげなくななしの前に立ってみたが、アイス棒をくわえた坊主の目はごまかせなかった。
「…っと、そちらのメスは?」
「メスじゃねーななしだコノヤロー」
「こりゃ失礼。ななしさんねェ」
「…………」
ここの人間と同じ空気吸ってると思うだけでイライラするよ、あーパチンコ行ってストレス発散させてーな!!
ななしはバカに真面目だから、わざわざ隣に立って 頭を下げる。
「初めまして、いつもうちの銀時がお世話になっております。私、吉田ななしと申します」
「バッ」
「吉田……?」
後の祭りというかなんというか。
言った本人は顔をあげて しまった!と青ざめ、俺は一刻も早く逃げるか、この金髪頭を殴りつけるか判断するしかない。
こうなったら日頃の恨みもこめて一発お見舞いすっか、と拳を握りしめた時、
「『うちの銀時』なのに、名字は坂田じゃねェんですかィ」
思いきりずっこけそうになった。
助かった、バカで助かった!!!
「……あ、あはは! えっと、そういう意味ではなく、私、銀時の」
「あああもういいからいいから! わりーな総司くん、俺ら忙しいから! アイス食ってるの眺めてる暇ねーから!」
「総悟なんですけど」
ななしを脇に抱えて、俺は全力で屯所を去っていった。
「……意味わかんねェなァ。あの旦那が女一匹にあそこまで……こりゃ、気になるねィ」
「……隊長、いい加減俺の上からどいてください」
屯所から大分離れた公園で、呆れたように隣のななしを見る。
「お前な……」
「ごめん、本当にごめん。うっかり言っちゃった」
「うっかりとかいう次元じゃねーだろこれは」
いや、別に吉田くらい世の中にたくさんいるけど。
しかし、だからといって「吉田松陽」とつながっているとバレることも、可能性はゼロじゃねェ。
「気をつけろよ、今は幕府だけじゃねェ、天人も攘夷浪士を狙ってる。その生みの親の妹だって知られたら、命いくつあっても足りゃしねーぜ」
「はい……」
さっきまでの鬼婆姿はどこへやら、申し訳なさそうに頭を垂れる姿が子犬みてーだ。
ななしの言葉を借りるなら、「うっかり」想像してしまった俺は、すぐにその妄想を振り払う。
もう任務は終わってんだ、これ以上歩き回ってやっかいな奴に会う意味もあるめェ。
適当に 買い物をしてから、万事屋に帰ったのは昼をとうに過ぎていた頃だった。
「ただいまー」
「おっそいアル! ななし、大丈夫アルカ?!」
「うん、大丈夫」
「銀さん、……また何かあったんですね」
「新八くん、君ってエスパー?」
「いや、エスパーじゃなくてもわかりますよ」
銀さんが出歩くとろくなことないですし、と苦笑いする新八につられて、俺もぎこちなく笑った。
夕食後、飲んでいたいちご牛乳を見事にはき出した銀さんは、すぐにななしさんに思いきり怒鳴った。
………やっぱり、銀さんってななしさんからしたら子供なんだろうなあ。
家のないななしさんはここで暮らしている。今の所、依頼主からなんの連絡もなく、あっという間に1週間が過ぎた。
そしてななしさんの同居と同時に、銀さんの生活も一変した。
「………おはようございます、銀さん」
「ーす」
「銀さん、『お』が発音されてませんよ。すごい眠そうなんですけど」
「だっておめェ、アイツが来てから俺の生活リズムが完璧に狂って……!」
正確には、狂ったんじゃない。銀さんの元々の生活リズムがぐだぐだだったのを、ななしさんが直したにすぎないんだ。
就寝10時、起床7時。驚いたことに神楽ちゃんは素直に従っている(お母さんができたみたいで嬉しいとか言ってたなあ)
午前7時半、もぐもぐとご飯をつめこむ銀さんの隣に座って、慌ただしく動き回るななしさんを眺めていると、神楽ちゃんが元気よくやってきた。
「グッモーニン、マミー!」
「えええええええええ!!(なんだ朝からこのテンションんん!!)」
「おはよう神楽ちゃん! ご飯できてるから、先に お顔洗っておいで」
「あいヨー!」
ルンルンと音符がつきそうな程軽快に、神楽ちゃんは洗面所へ向かった。
見てはいけないものを見てしまった気がしたんだけど。
「………銀さん銀さん、神楽ちゃんってあんなに素直な子でしたっけ」
「お前、ななしのオカンパワーなめんじゃないよ。ガキだったとはいえ、あのヅラや高杉を見事に手なずけてたんだからな。神楽なんて朝飯前だろーに」
「……マジですか…!」
ななしさんは本当に普通の人で、目立った特徴はない。
毒舌でもなければ猫かぶりでもなさそうだし口うるさくも変態でも暴力を振るいそうもない。
……あ、そうか。僕が今まで出会った女性の中で、唯一まともな人なんだ。
だからみんな、このキャラに癒されてるんだ(ああ、成程!!)
「おはよう新八くん、朝から忙しくてごめんねえ。お椀の用意もしてなくて」
「あ、おはようございます。大丈夫ですよ、おかまいなく」
「そんな遠慮しちゃダメよー、新八くんぐらいの歳は成長期真っ盛りなんだから! たくさん食べなくちゃ」
はい、とお椀に盛られたご飯は 普通で、あれっ、普通だ。
「だァから言ってんだろ新八。あいつボケとかツッコミとかわかんねーんだよ、古いから。古い人間だから。数十年前の女だから」
「…………」
逆に新鮮じゃないかな、このキャラは。
朝食がすんだ後、ななしさんは下の階に降りた。
ついて行くとお登勢さんの仕事場で、「おはようございますお登勢さん!」と元気よく挨拶する。
奥からやって来たお登勢さんは、だるそうな表情でななしさんを見た。
「またアンタかィ。よく根もあげずに頑張るねェ」
「当たり前です、うちの銀時がいつもお世話になっている挙げ句、家賃を払っていないなんて、とんだ不始末ですから」
この不始末は親代わりの私が、きちんと果たさなくては。
そう豪語するななしさんに、お登勢さんはうっすらと目元を和ませた。
お登勢さんはななしさんが昔の人だとか、そういう詳しいことは知らない。
明らかに銀さんのほうが年上で、母親代わりだと自称するななしさんは可笑しい。
けれどそういう所はまったく突っ込まずにいてくれるのが、ありがたい話だ。
「それで、今日は何をすれば良いでしょうか」
そして お登勢さんのおつかいや配達を頼まれて3日目。
わからない時は僕らに頼るけど、ななしさんはできるだけ自力でお登勢さんの任務をこなしている。
……すごい真面目だなあ(こんな女性、他にいるのだろうか)
「そうだねェ……。ああ、そういえば これを忘れていたよ」
いったん奥に下がり、また戻ってきたお登勢さんが持っていたのは、ネクタイだ。
昨夜 べろんべろんに酔っ払っていたお客さんが忘れていったものらしく、届けてほしいという。
「でもねェ、それがどうも怪しくて」
「怪しい? 不審者なんですか?」
「いや、そうじゃないよ。話で職業の話題になったんだけど、その客、どうも幕府関係らしくてねェ。お迎えの人間も、武装警察の奴らだったよ」
ぎくっとする。
ななしさんは、そうだ、元をたどれば攘夷浪士と顔見知り。
もし(いや、どうせスリップとか信じてもらえないだろうけど)バレたら、危ない。
しかも武装警察といえば、変態の集団としか言いようがない、あの真選組じゃないか。
断ったほうがいい、と言う前に、ななしさんは「大丈夫です」とにっこり笑った。
「ネクタイを渡してすぐ帰れば良いですし」
「そうかィ、それなら頼むよ。名前は松平しか知らないんだけど、この名字だけでわかる奴にはわかるんだってさ。すごく自慢されたよ」
フンと鼻で笑って、お登勢さんは「それじゃ頼んだよ」と 消えていった。
……………これは、この行き先は、どう考えても。
「あんのクソババババァァァァ いっでェェェ!!」
案の定 憤慨する銀さんだったけど、ななしさんがその頭をはたいた。
家賃ためこんでる どの口が言うの!と銀さんの口を強くひねるななしさん(最強だ…! 最強オカンだ…!)
「でもななしさん、今回はやめておいたほうがいいですよ。今の幕府は、昔の幕府とはもう違うんです」
「新八くん、心配してくれてありがとう。でも、これを届けるだけで それ以外は何もないよ。大丈夫、すぐに帰るから」
「ななし、私もついていくヨ!」
「いや、待て」
立ち上がった神楽ちゃんを制して、銀さんが 腰をあげる。
「俺が行く」
「……いいの? 今日は定春くんのお散歩しなくて」
「あー、新八、神楽、任せたぞー」
「チッわかったアル。行くぞダメガネ」
「行けなかったからって僕に八つ当たりしないでくんない?!」
一抹の不安をぬぐえないまま、僕らは銀さんとななしさんを見送った。
「いいかななし、男が来たらそいつにこれを投げつけろ。それで終わりだ」
「どうして出会い頭にそんなことをするの。銀ちゃん、まさか日頃からそんなことしてたんじゃないでしょうね」
じろり、と見上げるななし。
だがそんな目は、まったく恐くない。恐いのはこの後の展開だ、それしかねェ。
あの変態どもと会って、無事に終わったためしが1つもねーのに、どうしてななしが巻き込まれなくちゃいけねーんだよ。
チクショークソババア、覚えとけよ……!
「それで、銀ちゃん、武装警察の仕事場はまだ?」
「あー、あれだよ。あのクソボロい屯所。あの門ぜってーカビ生えてるよ、くさいよ。マヨネーズとおっさんの匂いがするに違いねェ」
「銀時っ、いい加減に……」
眉をつりあげたななしの口を素早く塞ぎ、同時に電柱の柱に隠れた。
あのマヨラーが門を出て、俺達がいる反対方向に歩き出す。
あーあれにつられてもっと出てこねーかなあ、ていうか全員出てくんねーかな(いや、マジで)
まあそんなこと待っても無駄だろうな。
「どうしたの、銀ちゃん」
「いや、不審者がいたから。よし、ななし ネクタイ握りしめろ。そんで狙いを定めろ」
「定めません」
到着した古びた門の前で、何度か「すみませーん」と声をあげるななし。
それに対し 黒服の男がやっと来たのは、ななしが十回ほど言った時だった。
その男が近付いた瞬間、ネックハンギングツリーを仕掛ける。
「ギャアアアア!!」
「どんだけ待たせりゃ気がすむんだてめェェェ!!」
「なっ……! 何してるの銀時!!」
怒鳴るななしに、俺はようやく男から手を放す。
ななしは素早く男にかけより、頭を下げた。それが面白くねェ。ペッとツバを吐き捨て、俺はななしからネクタイを取り上げると、その男に放り投げた。
仰向けになった男は、呆然と腹の上に乗ったネクタイを見る。
「お前の上司に言え。松平っつう奴の忘れもんだって。行くぞななし」
「ちょっ、銀ちゃ……!」
「あり? 旦那じゃないですかィ」
ななしの手をひいて門の外に出ようとした俺は、背後のその ポーカーフェイスに顔が引きつった。
よりによってコイツかよ、なんつうタイミングだよ。
さりげなくななしの前に立ってみたが、アイス棒をくわえた坊主の目はごまかせなかった。
「…っと、そちらのメスは?」
「メスじゃねーななしだコノヤロー」
「こりゃ失礼。ななしさんねェ」
「…………」
ここの人間と同じ空気吸ってると思うだけでイライラするよ、あーパチンコ行ってストレス発散させてーな!!
ななしはバカに真面目だから、わざわざ隣に立って 頭を下げる。
「初めまして、いつもうちの銀時がお世話になっております。私、吉田ななしと申します」
「バッ」
「吉田……?」
後の祭りというかなんというか。
言った本人は顔をあげて しまった!と青ざめ、俺は一刻も早く逃げるか、この金髪頭を殴りつけるか判断するしかない。
こうなったら日頃の恨みもこめて一発お見舞いすっか、と拳を握りしめた時、
「『うちの銀時』なのに、名字は坂田じゃねェんですかィ」
思いきりずっこけそうになった。
助かった、バカで助かった!!!
「……あ、あはは! えっと、そういう意味ではなく、私、銀時の」
「あああもういいからいいから! わりーな総司くん、俺ら忙しいから! アイス食ってるの眺めてる暇ねーから!」
「総悟なんですけど」
ななしを脇に抱えて、俺は全力で屯所を去っていった。
「……意味わかんねェなァ。あの旦那が女一匹にあそこまで……こりゃ、気になるねィ」
「……隊長、いい加減俺の上からどいてください」
屯所から大分離れた公園で、呆れたように隣のななしを見る。
「お前な……」
「ごめん、本当にごめん。うっかり言っちゃった」
「うっかりとかいう次元じゃねーだろこれは」
いや、別に吉田くらい世の中にたくさんいるけど。
しかし、だからといって「吉田松陽」とつながっているとバレることも、可能性はゼロじゃねェ。
「気をつけろよ、今は幕府だけじゃねェ、天人も攘夷浪士を狙ってる。その生みの親の妹だって知られたら、命いくつあっても足りゃしねーぜ」
「はい……」
さっきまでの鬼婆姿はどこへやら、申し訳なさそうに頭を垂れる姿が子犬みてーだ。
ななしの言葉を借りるなら、「うっかり」想像してしまった俺は、すぐにその妄想を振り払う。
もう任務は終わってんだ、これ以上歩き回ってやっかいな奴に会う意味もあるめェ。
適当に 買い物をしてから、万事屋に帰ったのは昼をとうに過ぎていた頃だった。
「ただいまー」
「おっそいアル! ななし、大丈夫アルカ?!」
「うん、大丈夫」
「銀さん、……また何かあったんですね」
「新八くん、君ってエスパー?」
「いや、エスパーじゃなくてもわかりますよ」
銀さんが出歩くとろくなことないですし、と苦笑いする新八につられて、俺もぎこちなく笑った。