本編
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そして沖田の部屋で待つこと数分。一見 変わりのない部屋だが、「そういうもの」が押し入れに詰まっていることはななしは知らない。
部屋を執拗に見回すのも失礼かと思い、ななしは縁側から外を見上げた。どこか懐かしい風景だなあ、ぼんやりそう思うななしの後ろで、ふすまが開いた。
「お待たせしやした……ってあり? アンタは……」
振り返ると、帯刀しつつも隊服ではなく私服の沖田が立っていた。ななしを知っているのは知っているが、名前まで思い出せないらしい。「えーと」と空中に視線をさまよわせる沖田に、ななしは自ら助け船を出した。
「お久しぶりだね。ななしです、あなたが総悟くんね」
「へェ、まあ」
当たり障りのない返事をしたものの、沖田がそれ以上何かを言うわけでもなく、ななしの隣に腰をおろした。
そしてななしをちらりと見やり、空に目線をあげる。
「近藤さんに何を吹き込まれたのか知らねーけど、気にしないでくんなせェ。あの人はいつもそうなんでさァ、他人のことばっか見て考えて勝手に心配して…まったく、監視される側になってみろってんだ」
「ふふ、そんな事言って。口は意地悪でも嘘だってすぐわかるよ。嬉しいんでしょう?」
にっこり笑うななしに、沖田は無言を貫いた。あーいい天気だ、とそのまま上半身を寝かせる。そして大きくのびをした。
「今日は珍しく江戸が平和なんで、なーんにもやることがねェ。ななしさん、ここはいっちょ万事屋御一行と何か起こしてくれやせんかい?」
「何言ってるの、平和が一番だよ。それに何もやることがないなら、わたしとのんびりお話しようよ」
「………アンタとですかィ」
堂々と眉をひそめる沖田に気分を害したわけでもなく、ななしは首をかしげた。自分は沖田にたいして何か悪いことをしたのだろうか。記憶をたどるが、過去にそんなことをしたつもりは恐らくないし、いや、そもそも真選組自体そんなに関わってはいない(ただし万事屋トリオはよくあれこれで絡んでいたりするが、その際ななしはお登勢の元に避難される)
ところが沖田が困った表情を浮かべた理由は、ななしが直接原因というわけではなさそうだった。
「俺、アンタ苦手なんでさァ」
「あら、どうして? 何か悪いところがあったら言ってちょうだい」
「いや悪いところは今んところなさそーですけど、なんつーか、なァ」
寝たまま髪をかく沖田に、ななしは追求することはなく、縁側に投げ出している足をブラブラさせた。こんなところを銀ちゃんに見られたら、まるで子供みたいだって笑われそうだなあ、と思わず一人で微笑みそうになる。
「あ」
さっきまで青かった空に雲がどんどんかぶさり、ぽつぽつと雨が降ってきた。
「おかしいなあ、今日の江戸は降水確率0%なのに」
「いけやせんぜななしさん、天気は石原じゃなくて結野を参考にしねーと」
「ふふふ、そうするよ」
沖田はにこにこと笑うななしを眺めて何かを思いつくと、押し入れを少しだけ開けた。そして愛用のアイマスクを取りだし、ななしに見せる。
「俺、最近寝不足なんで。なんの用もないなら寝ても構いやせんかィ?」
実際はななしが何も本題に触れようとしないものだから、ハッキリさせて帰らせようという考えだった。自分の部屋に赤の他人を長居させるのはあまり好きではない。さっさと話とやらを聞いて適当に答えて帰ってもらうか、人のいいななしのことだから帰ってくれるか、どちらかだ。そう思ってわざとアイマスクを見せたのだ。
ところが、
「うん、いいよ」
ななしは話をするでもなく帰ろうと言い出すでもなく、ただ頷いた。そしてしとしとと降る雨をぼうっと眺める。
反応に困ったのは沖田の方で、そう即答されると帰れとも言えず、とりあえず本当にアイマスクをかけて寝転ぶしかなかった。
「………アンタ、ほんとーに苦手だ」
「え?」
「いや、なんでも」
ただ、ななしの小さな鼻歌となんでもない雨音が無性に耳に心地よく入ってきて、本当は寝不足でもなんでもないのに、すうっと意識が深く沈んでいくのがわかった。
「……………………」
時々、うっすらと感じた。
「本当に眠っちゃった…?」
『そーちゃん』
くすぐったい程の、小さな声。
「…どうしよう…」
『もう、こんなところで寝て』
髪をやさしく、なでられる。
「羽織るもの……」
『風邪ひいちゃうわよ』
ただ、近くにいる。
「…あ、」
『ほら、起きなさい』
誰かと重なって感じた。
「………………あ ねうえ」
畳の上を無意識に彷徨う手を優しく握るそれは、とても温かかった。
「ごめんねえ近藤さん、結局本当に寝ちゃって」
「いいや気にするこたァないさ。総悟の奴が狸寝入りじゃねーのは心を許した証拠でもあるしな」
「そうだといいんだけどねぇ」
結局わたしってば、何しに来たんだか。
そう自己嫌悪に陥るななしと、近藤がいるのは近藤の部屋だった。外の雨はすっかり本降りで、傘を持ってきていないななしは、近藤の呼んでくれたタクシーを待っていたのだ。
「でもね、総悟くんが寝言…みたいなものを言ったの。『あねうえ』って」
近藤は今まで浮かべていた笑顔を引っ込めて、そうか、と神妙に頷いた。ななしは同じような表情で、正座したももの上に置いた両拳に力を込める。
「それでね、思ったの。もしかしてわたしがいると、その…辛い思い出を思い出しちゃうんじゃないかって。だから……」
「やれやれ、うるさくて あれ以上ねむれやしねーや」
ななしの言葉を遮って現れたのは、さっきまで眠っていたはずの沖田だった。ズカズカと入って、近藤と向かい合うななしの隣によいしょと腰を降ろしてから、
「あ、失礼します」
「とってつけたように言うなよお前」
近藤の呆れたような顔に「まだ寝ぼけがとれなくて」とわざとらしくあくびをする沖田。そんなやりとりを見て、ななしはクスッと笑った。
「あー、すいやせんねェななしさん、お話さえぎっちまって。続けてくだせェ」
「え……あ、だから、わたしは総悟くんとあまり会わないほうが…いいんじゃないかな」
「だそうだが。総悟はどうなんだ?」
「失礼します! 局長、タクシーが着きました!」
山崎がふすまを開けてそう報告する。
沖田は何も言わず、腰をあげた。そして部屋を出て行く。山崎にすれ違い様に、素早い蹴りをいれたのはななしは気づかなかった。
「……あの様子じゃ、会わなくていいみたいだね」
「ななしちゃん、」
「ううん、いいの。……それじゃ、行きますねわたし。お邪魔しました」
にっこり微笑んで部屋を去るななしの後ろ姿を眺めて、
「あの微笑みは…………二代目お妙さん…」
近藤のそんな呟きは、誰にもつっこまれることなく、雨音にかき消された。
玄関のスライドドアをがらりと開けながら、門の前で待つタクシーまで走ろうと思った時。
「風邪ひきやすぜ、ななしさん」
てっきり部屋に戻っていたと思っていた沖田が傘を開いて待ってくれていた。そしてびっくりしたとばかりに目を見開くななしの手をひいて傘にいれると、歩き出す。
すぐに着いた門のところで、沖田は再び口を開いた。
「次は手みやげ持ってきてくだせェ」
「え?」
言葉の意味を理解できなかったななしだったが、沖田の薄い微笑みを見て察した。
「また来ていいの?」
「当たり前でさァ」
「……ふふ、ありがとう」
タクシーに乗り込んだななしはすぐに窓を開けて、沖田の片手を握った。傘の柄を握っていないほうの手だ。
「女の子みたいな顔してるけど、手はとってもたくましいね!」
そう笑うと同時に、タクシーはななしを乗せて走り出したのだった。
一方、何も言い返せないまま、沖田はそのタクシーを眺めた。
「なんだアレ」
本当に苦手な女だ。
沖田はため息をついて、玄関に入った。
「つか、次っていつ?」
温もりのある片手を眺めて。
姉上とは違ったでも素敵な姉さん。