本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ほわほわん、と甘い匂いが鼻孔をくすぐる。ああ、美味しそうなかおり。わたあめかな、それとも銀ちゃんの好きなパフェっていうやつかしら。
ななしはうっすらと目を開けたが、懐かしい甘い匂いと目の前にある明るい何かに、思わず目を細める。
「…………! ……銀ちゃァァァァん! ななしが目ざめたアルヨ!!」
ああ、この声はあの子だ。口が悪いけど本当はとても優しい子で、素直に感情が出せない、良い子。誰よりもここを大事にしてくれている女の子なのだ。
「かぐら……ちゃん…?」
確かめるように声を出すななしに、いったん腰をあげた彼女はすぐに戻った。そして嬉しそうに頷く。
「そうアル! 私がわかるアルかななし?」
「うん……神楽ちゃん、でしょう?」
にっこりと笑うはずだったのに、どうしてか頬がこわばってうまくできない。そういえばのどがむずむずしてかゆい。口を開くと、ごほっごほっと咳が出てしまった。
いったいわたしはどうしたんだろうと起きあがると、神楽に「寝てるアル」と押し戻されてしまった。その時にひたいから何かが外れ落ちる。
それを目でおうと、白いタオルだった。触ると熱い。
もしかしてわたし、風邪を引いてるの?
「神楽ちゃん……ここ…」
神楽がいるので万事屋かと思っていたが、目だけで見回すと全然違った場所だ。いったいどこだろう、部屋がとても広い。
ななしの問いかけに、神楽はすぐに答えた。
「新八と姉御の家ヨ。姉御はお仕事でいないけど、今日はここに泊まっていいって言ってくれたアル」
「……そうなの。お邪魔しちゃったのね、わたし」
「ななしは気にすることないアル、早く風邪治すヨロシ」
と、ふすまの向こう側から何かが近付いてくる音がした。それは足音のようだがとても荒く、すぐ近くまできた時は畳が揺れる。
スッパァァァン!!と勢いよく放たれたふすまが溝から外れた。
そんなことをした犯人は息をきらせた、銀色の天然パーマをさらにぐちゃぐちゃにした男。
「銀ちゃん………」
「……おう、起きたか」
「何今更気取ってるネ銀チャン、さっきまでななしから離れなかったくせに」
「はあ~? 何言ってんですか神楽チャン、その飾りとって燃やすぞコルァ」
「…ふふ。元気だねえ、二人とも」
体の熱さをいやでも感じながら、ななしはくすりと笑う。その様子を見て、二人はふいに黙り込んだ。
その時、銀時の後ろから新八が姿を現した。
「ちょっ銀さん邪魔……あ、ななしさん! よかった、大丈夫でしたか?」
「新八くん。うん、大丈夫だよ」
「はい、これ食べてください。でも何があったんですか、ななしさん、この雨の中倒れてたんですよ」
「え?」
外を見れば真っ暗だが、しとしとと雨音が聞こえる。どうやらいつの間にか雨が降っていたらしい。
そしてその中、わたしは艦船から放り出されていたわけか。
………話そう、とななしは唐突に思った。意見を求めるわけでも感想を求めるわけでもない、ただ、話を聞いてほしかった。
今度は神楽に手伝ってもらいながらゆっくりと上半身を起こし、ななしは言った。
「わたしね、晋ちゃんに会ったの」
はっと息をのむ三人に、ななしは苦笑しながら両手を軽くふった。そんなに酷い目にはあってないということを含めて。
そして簡単に事情を話し、きっとあの銃で撃たれたせいで気を失ったのだ、という見解で締めくくった。
その最後に新八は浮かない顔でメガネをあげた。
「でも、だからといってこの雨の中放るのは駄目でしょ」
「しょうがないよ、あっちはわたしのような一般人と関わったら足がついちゃうでしょ?」
証拠をつかせないためにはあえて雨の中放っておくのが一番だろう。そのため責める気も怒る気も起こらなかった。
それにきっと晋助も思っていたに違いない、銀時がきてくれると。ななしが銀時の世話になっていると話した時も、どこか楽しそうに「へェ」と言っていた。
話が終わったところで、新八の持ってきてくれたスープを飲む。さらに水分をじゅうぶんにとると、ななしは息をついた。汗をかいたもののそれよりも多く水分をとったせいか、体が楽になった。といってもまだだるさは残る。
早く治さなくちゃ、と思う彼女を、銀時はじっと見ていた。
「ななし」
「……?」
「高杉の言った通り、今のお前さんは昔にも戻れねー家なき子だ」
「……うん、そうだね」
しんみりと頷くななしに銀時はずばりと言った。
「本当にそう言えんのか?」
「え?」
ふいに、手を握られた。びっくりして見おろすと、神楽が握っている。
新八を見ると、年相応ではない大人びた微笑を浮かべている。
ななしは、ふいに鼻の奥がつーんとした。何も言えず、ただ頭の隅っこで「今日で泣くのは二回目だなあ」と思った。
「これでもまだお前は、ただの居候なんて言うのかい?」
銀時の問いに、ななしはしばらく黙り込んだ。そしてふと、自分に寄り添う神楽を見おろす。
「………言わせてくれないだろうね、神楽ちゃん」
「当たり前アル」
「ふふっ……ありがとう」
即答した神楽の頭をやさしくなで、新八に微笑み、そして銀時を見つめて口を開いた。
「ただいま、みんな」
「晋助」
夜、満月を見上げていた晋助の元に万斉の影があった。
「………」
呼びかけに無反応の晋助に向け、万斉はべんと三味線を鳴らす。
その音色に、晋助の肩はぴくりと、ようやく動いた。
何かを考えていたのだ、とすぐに察した万斉は、その「何か」もわかっていた。
「日々吠え続ける獣にも、子守唄は必要ではないのか?」
「んなもん獣じゃねェよ。言ったはずだ、俺にゃ護るものなんぞ必要ねーと」
護るべき女は今、別の男に護られている。
あの時誘ったのも本気だったが、今じゃああれで良かったと思う。
この薄汚れた裏の世界にあいつを道連れにするのは嫌だった。
それに今の俺には子守唄よりも、欲しいものがある。
それを手に入れてから、ゆっくりと、子守唄を、ななしの声を聞けばいい。
「……ククッ、さて…。どうすりゃ世界は歪んでくれるのかねェ………」
「………」
オカンが自称居候から自他共に認める坂田ファミリーになった瞬間と晋助に火がついてしまった瞬間。