本編
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目覚めた時にいた部屋で晋助の話を簡単に聞いたななしは、何も言わなかった。
いや、言えなかった。
彼女とてすべてを許すほどの寛容さをもちあわせているわけではない。そもそもこうなった原因がその天人なのだ。それなりの報いを受けてほしいとは願った。
だが、実際 自分のせいで三つの命があっという間に去ったのかと思うと、やるせない気持ちになった。
複雑な心持ちで、ななしはようやく声を絞り出し、「そう…」とだけこぼした。そして窓を見ていた視線を、隣でななしと同じようにベッドに腰掛けている晋助に戻す。
「…ねえ晋ちゃん、その人たち、最期に何か言わなかった?」
「さァな。言わせる前に斬ったからなァ」
「そっか。……相手、けっこう強そうだったのに、晋ちゃん強くなったのね」
本当に成長したんだ、と晋助を微笑ましく見つめると、晋助はばつの悪そうな顔をし、煙管をくわえた。憎まれたり恐れられることには慣れているが、今の自分にとって「褒められる」というのはなかなかない。それゆえにどう反応していいかわからないのが本音だったりする。
そして、顔をななしのほうに向ける。
「アンタはどうしたいんだ」
「え?」
「……ククッ、本当にマイペースだな、まったく変わっちゃいねェ」
笑う晋助を見ながら、ななしはハッとした。そうだ。あの天人がいなくなった今、わたしはもう、
「元の時代に戻れないの……?」
「なんだ、戻りたかったのかィ。そいつァ無理な話だ、あのカラクリは既に俺が壊してある。二度と使えねーようにな」
「そ、そんなあ」
「しょうがねェだろう? あの天人共のように、悪どいことを企む輩がこの世にゃわんさかいんだ」
それからななしを戻さない理由も含まれていたが、晋助は黙っていた。
何も知らないななしは、半分なきべそをかきながら晋助を軽く睨んだ。
「それじゃあ、わたしは……」
万事屋に戻ることも考えた、だけど、居候の身で「またお世話になります」だなんて言えない。自分を保護してくれたおばさんも同様だ。
そうだ、これを機に、万事屋をでて近くの家に住もうか………。……駄目だ、まだこの世界には慣れてないし、銀ちゃんから「最近一人暮らし狙った犯罪多いよなー」という話を聞いて、正直恐い。
けれど、そんなわがままが通る立場でないこともわかっていた。
わたしは、どうしたらいいんだろう。
「わたしは……」
「……俺と一緒に来い、ななし」
「えっ」
驚いて顔をあげると、晋助の真剣な目と視線があった。
「前の俺には守るものなんざなかった。アンタもあの人……松陽先生もいなかったからだ。自分の無力さが嫌で、アンタ達を奪った世界が憎くて、壊すだけ壊してきた」
「………」
気のせいだろうか、彼の声が悲痛に感じる。同時に、酷い罪悪感がのしかかった。晋助と再会した時、どうしてこんなに変わったんだと失望した。けれどそれは違う。
自分の大切な人が、突然消えた時。人は、どう想い、どうするのだろうか。
ななしはじっと、晋助の話に耳を傾けた。
「だが、今は違う。アンタがここにいる。今度こそ、俺が守る。……それから派手に壊してやるさ。俺からアンタと先生を奪おうとし奪った、この世界をな」
「………」
晋ちゃん、そう呟いたななしの目は澄んでいた。
「わたしも晋ちゃんと一緒にいたい」
「……」
「でも、その為に世界を滅茶苦茶にするのは嫌だよ、だからごめんね、」
「ふざけんじゃねェ」
両肩をつかまれ、そのまま力任せに押し倒された。慌てたななしは晋助を怒鳴りつけ、起きあがろうとする。しかしできずに、咄嗟に目の前の表情を見て、ななしは驚いた。
「……いつまで我慢するつもりだ、アンタは」
言葉にできない彼の表情と、晋助が気持ちを抑え込むあまりななしの肩を掴む力が強くなり、ななしは眉をひそめた。
あの夢と同じだ。
「なぜだ……。なぜ、アンタも銀時もヅラもそうジッとしてられんだ」
あの人は奪われたんだ。なんで仇を討とうと思わねーんだ。
言外で目からそう訴えられていることをひしひしと感じたななしは、しかし悲しそうにかぶりを振った。
「……所詮アンタやあいつらにとって、先生はそれくらいの存在だったのか?」
「違うよっ、晋ちゃん。…そうじゃないよ。銀ちゃんやヅラちゃんがどう思っているのかはわからないけど、でも、みんな今でも……大人になっても、ずっとお兄ちゃんのこと大好きだってこと、それだけはわかるよ」
言い聞かせるように、ななしはゆっくりと言葉を紡いでいく。晋助の気持ちは痛いほどわかる。実際自分も、兄が幕府に消されたことを知った時はそれこそ殺意もわいた。初めて人を殺してやりたいと思った。
それでもしなかったのは、いや、我慢したのは。
脳裏に兄の微笑を思い浮かべながら、ななしは言った。
「でもね、それをして、お兄ちゃんは喜ぶのかな? せっかく一時の平穏がこうしてあるのに、それをわざわざ壊して、誰よりも平和を願ったお兄ちゃんが喜ぶのかな? ……そう考えるとね、晋ちゃんのようなこと、できないんだ」
「……………ヅラも似たようなこと言ってたぜ」
ようやく上からどいた晋助は、至極不快そうに、煙管を懐に入れた。そしてベッドに正座するななしを見た。
「あんたは悔しくないのか?」
「悔しいよ。…でも、憎んでもないよ。だってお兄ちゃんが決めた人生で、自分の道を進んでいって、……きちんと晋ちゃんたちを育ててくれたんだもの」
「……へェ、そうかィ。それにしちゃあアンタ、今にも泣きそうな声してるがな」
「ふふ、そうかな。…でもしょうがないよ。あの人はわたしの兄であるまえに、一人の人間……男だから。松陽は妹や晋ちゃんだけじゃなくて、この世界の人々を護ろうとして、散ったの。…そう思うとね、とっても誇らしく思うんだ」
「……………」
「もちろんあなたもよ、晋ちゃん」
そしてななしは、晋助をゆっくりと抱き締めた。恋人のように自分から胸に飛び込むのではなく、母親のように、晋助の頭を両手で抱きしめる。その間、晋助はされるがままだった。
「……ごめんね、一人にして」
ぽつりと 小さくもらした声は、晋助に聞こえていた。
「ごめんね。長い間、さみしかったでしょう?」
「………」
「でもね、わたしも寂しかったんだよ。寂しかったし、心配だった。みんな元気にしてるかなって……」
ゆっくりと、やさしく晋助の背中をなでるななしは、視界がこれ以上にじむのをこらえようと上を向く。子供の前で泣くなんて恥ずかしいし、みっともない気がしたからだ。
しかし、それを制したのは他ならぬ晋助だった。
「泣けよ」
え、と戸惑うななしを、今度は晋助がぐいと引っ張り、強引に自分の胸におさめた。
「…俺にまで強がるんじゃねェ。泣け」
ななしは晋助の顔を見上げた。何十年経っても、外見が変わってるとはいえ、やはり、晋助は晋助だ。ぶっきらぼうで、でも優しい子。
そして、生きていたのだ、彼は。
「…………」
話や噂だけ聞いても、心配だった。もし生きていても、毎日が地獄で、明日にも死にそうな環境だったらどうしようと、不安でしょうがなかった。それが今、安堵のため息をつくことができる。
たしかに晋助のやっていることは世間に顔向けできるようなものではないことは百も承知だ。しかし、それでも、
「晋ちゃん」
「……」
「あなたがいきてて、よかった」
「………」
我が子への愛情が、それを上回る。
その感情はあふれ出したら止まらずに、彼女の目からこぼれていった。ついに我慢できず、嗚咽をもらしながら、ななしは顔を両手で覆った。
そんな彼女を、晋助は何をするでもなく、ただ少しだけ、抱きしめる腕に力を込めた。
●晋ちゃんはオカンにはお前と言えないと思うのです(なんという今更設定)●