本編
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ガキん時の夢を見るのは、随分と久しい。
『銀ちゃん、ご飯できたよー』
『ヅラちゃん、櫛作ったよー』
『晋ちゃん、一緒に仲直りにいこう、ね』
そう言って次々にお願いを叶えてくれたあの女は、みんなから好かれていた。
裁縫はまるで駄目だったけど。
20前後か、歳はわからねェ。
あいつらが「先生」と呼ぶ男の妹で、そいつと一緒に俺らを遠くから見守っていてくれた。
『いってきまーす』
『ななし、どこいくんだよ』
『ん、お買い物だよ。今日はお魚だからねえ』
高杉の問いに にこやかに手を振り、少ない小銭を持って、あの女は出ていった。
それきり、あの女は、戻ってこなかった。
年月は経ち、「先生」は奪われ、俺達は武器をとった。
しかしそれでも、刀を習う時間はなぜか渋い表情をするあの女は、戻ってこなかった。
そして俺は、そういや、一度もあの女を名前で呼んでねェと、夢の中で気が付いた。
「銀さん! 銀さん!」
「………あ~……? …なんだお前ら、」
「さっさと起きるアル! 起っきっろっ、さっさと起っきっろっ!」
「ぐふェェ!!」
新八が布団をめくりあげ、神楽が腹に頭をめりこませる。死ぬ!! 死ぬ!!
どけェェェ!と2人を布団の上から追い出すと、ようやく上半身を起こした。
何時だ、と聞けばまだ早い。なのにこいつらはすでに着替えていて、
「ていうか新八、お前いつから来たの?」
「今ですよ。神楽ちゃんがお客さん来たって電話で起こしてきたんです。なのになんでアンタだけグースカ寝てんだよ、ありえねーよ」
「悪いなー新八くん、じゃっ後は頼んだわ。俺も一回寝る、ちょっと続き見たいから」
「はあ?! 話聞いてたちょっとォォ! お客! 客が来てんだよ! なんで堂々と二度寝宣言すんだよ!」
「新八ィ、足持つアル。もうこのカッコで登場させるしかないネ。ていうか恥をかかせてやりたい」
「えっちょ」
「……そうだね、もうこれでいくしかないね。随分待たせてるし。それに恥をかかせてやりたい」
「おいィィ! 待った、よしわかった、すぐ着替えるから! タンマ!」
なんとか2人をたしなめ、俺はすぐに着替えた。
神楽に登場させられたら絶対 勢い余って壁にぶつかって俺ァ即死だ。見たくない夢を見るハメになる(あれっ夢じゃないなその場合現実だな)(だってアイツもういないんだし)
そして数分経って、ようやくお客の前に現れることができた。
客は2人で、母親と娘か? 娘は笠をふかく被ってうつむいているが、母親はそんな娘の肩をだいて心配そうにしている。
そんな客の前に出されたお茶はすでに冷めていて、やべ、こりゃ流石に待たせすぎた……と一言詫びようとしたら、それよりも早く母親が言った。
「お願いします、この子を助けてください」
「……助ける?」
「ええ、ちょっと……訳があって。私はこの子を海岸に打ち上げられたのを保護したんです」
「保護ォ?」
「貴方の娘じゃないんですか?」
「いいえ、違います。でも この子の状態を知ったら心配になって、家に連れて帰りました」
なるほど、この母親……じゃねェ、依頼者は下のババアと同じくらいお人好しな人間みてーだ。
黙ったままの娘を見ながら、
「……すごく、貧乏そうな格好だったし、もしかして自殺しようとしたのかもしれません。あ、これ、その時の着物です。何か参考になればいいんですけど」
大きな袋を受け取る。後で見るか……今はそれよりも聞くことが多い。
「へェ。そういや状態って言ったけど、どんな状態なわけ?」
「……記憶を、失っているようで。自分の名前も、住所も、電話番号もわからないんです」
「記憶」
その単語に、俺ら3人とも嫌な顔をする。経験者である自分自身が言うのもなんだが、厄介だ。
それに、記憶を失ったら病院に行くべきじゃねーのか? それを問うと、依頼者は声をひそめた。
「それが、一度連れて行って入ろうとしたらすごく嫌がって……」
「別に病院が嫌いな奴なんてうじゃうじゃいますよ」
「……まるで初めて病院に入るみたいに、怯えるんです。その怯えようが尋常じゃなくて、可哀相になって連れていけず……」
そう言う依頼主から、今度はその娘を見た。一言も口を発さない彼女からは、生気を感じない。
「お願いします、これは万事屋さんしか頼れないんです。報酬もきちんと用意していますから」
「……どうします、銀さん」
「どうするも何も、頼まれればなんでもやるのが俺らの仕事だろうがよ。それに今月ピンチだし、天の助けを無駄にするわけにもいかねェ」
そう言うと、依頼主は頭を下げたが、娘は硬直したままだった。
チクショー、記憶喪失者とはいえ礼儀まで忘れてんのかこいつァ。
それに笠もまだ被ったままだ。依頼主は娘が人に顔を見せるのが嫌で笠を外さないという。
そんなんじゃ戻る記憶も戻らねえっつの。
「おーい、そろそろ取ってもいいんじゃないのそれ。俺らもう仕事引き受けたから、君の記憶戻してやっから」
「…………」
「それじゃあ、私はこれで。すみません、また後日お伺いに行きます」
「あ、はい」
新八に封筒を渡して、依頼主は帰る。
それを見届けて、娘は躊躇しながらも笠を取った。
どこかで見たような髪型と、どこかで見たような顔。
ただ、圧倒的に違うものがある。
目に生気が宿っていない。
それでもわかった。
夢で久しぶりに再会した、
「……ななし…!」
あの女だったから。
「えっ! 銀さん知り合いなんですか!?」
新八の驚きに、俺はいったん間をおいて、「いや、」と否定した。
そうだ、そんなはずがない。
「人違いだ。よく似てるがな」
だってあいつは何十年も前に消えた。なのに顔や髪型に変化がない。
服装は普通の着物だけど……いや、待った。
さっきもらった袋を開けて 取り出した物は、
「………マジでか」
あの、消える直前に着ていた着物だった。それは夢じゃない、鮮明に覚えている。
ボロボロになった着物と女を見比べて、俺は依頼主の台詞を思い出す。
『まるで初めて病院に入るみたいに、怯えるんです』
あの時代には、こんな病院がなかったから。
まさか、
「……? 銀さん、そっち壁ですけ」
「……ふんがああアァァァァァ!!!」
「え゛え゛え゛え゛え!!」
ガンガンと壁に頭を打ちつけ、俺はありえない考察を思いきり否定した。
「違う違うぜってェェェ違う! あれだあの着物は誰か同じ物持ってんだよ! 落ち着け俺、この女は貧乏だから病院に行ったことがないだけだァァ!」
「うるっせェェェ!!」
背後を神楽にキックで狙い打ちされ、俺はようやく壁から頭を離す。
ありえん、絶対にありえん。そんなタイムスリップとかマンガじゃないんだから……いやマンガでもなかなかありえない展開だから。
だが、あの娘の顔と、着物は、どう見ても………
「うおおおおお!!! 違う違う違う!」
「だァからやめろォォォ!!」
今度は新八に突きで一本取られた。
何も知らないガキ共は、前であの娘を連れてその海岸に向かっている。
俺もなんとなく着いていきながら、ヅラがいたら、となんとなく思った。
何しろあの女と仲良かったのはヅラだからな(お人形さんとかでよく遊ばれてたな)、多分別人か同一人物かわかるだろ。
いや、やっぱアイツいたらややこしいことになるか………。
「銀ちゃん、こいつに名前付けていいアルカ! 名前がないと不便アル」
「いいんじゃねーの」
「じゃあ定春3号アル!」
「やめろよそのネーミング! ていうかこの人女性だし、男じゃねーし! だから お通ちゃんで」
「お前こそその妄想癖いい加減やめるネ! お前みたいなダメガネにアイドルが振り向かないの、いい加減わかれよな!」
「うるせェェ妄想して何が悪いんだコルァ!」
「………ななし」
いや、別に重ねてるわけじゃないけど。
ただ、定春よりお通より、ななしのほうがマシじゃないか、と。
不審げに首をかしげたガキ共を無視し、その娘に声をかけた。
「おーい、しばらくななしでいいか」
こっくり、とまるで寝ているような頷き方だが、今はそれで充分だ。
「おおおおおおおお!! 返事したヨ、返事できるアル!」
「神楽ちゃん、人間だからねこの人」
決してこいつにあの女を重ねているわけじゃない。
けれど、
『おい』
『あはは、それでね』
『おいッ』
『……え、私? ごめんね、気づかなかったよ。でも、名前で呼んでくれなくちゃわからないからね』
『……………』
ガキの時にできなかったことを、ここでやっても、罪になるわけじゃないだろ?
娘の、ななしの隣に立って、俺はそいつの髪をぐしゃぐしゃにかき回した(あいつの髪をかき回す時も、こんな感じなんだろうな)
「よーし、行くかァななし。お前の落っことした記憶を探しに」
「……」
「銀さん、クサイです」
「クサイアル。足と頭が重点的に」
「いちいちコメントするんじゃねーよ、ていうかなんだよお前 台詞じゃなくて俺そのもの?! 酷くね!?」
海岸に近付くにつれ、隣で歩くななしの顔がこわばる。
スタスタと歩く俺らに対し、一歩ずつ足を出すのが遅くなっている。
ななしさん、と新八が声をかけると、ななしは青ざめて肩を震わせていた。
「……なんか思い出せっか?」
「………なに も」
「!」
その、かすれた声はやはりアイツだった。
もしかして、あの消えた日、こいつァ………。
「ななし、お前まさか」
のばした手が、ななしにはたかれ、落とされる。
「いやッ!! お兄ちゃん、お兄ちゃん! どこなの!?」
『お兄ちゃん』という発音までまるっきり同じだった。
夢だとか
非現実だとか
ありえないだとか
そんな理屈、今の俺にはまったく意味のないもの。
どれだけ否定したって、現実はこれだ。
目の前の女は、
こいつは、ななしだ。
「銀さん! 今ななしさん、『お兄ちゃん』って…! もしかして記憶が」
「新八。神楽と一緒に離れてろ」
「………はい」
何か察知したのか、新八はそれ以上何も言わず 状況を飲み込めない神楽を連れて海に走った。
それを眺めてから、落ち着いて再び黙り込んだななしを見下ろす。
あんなに背の高ェ女が、今はちっこい女になった。
それが妙に笑えてしまい、ぷっと吹き出すと、ななしはうろんげに顔をあげる。
「お前、小さくなったな」
「………」
「まあ、記憶が戻ったら全部話すがよ。……ここに『兄ちゃん』はいねェ」
「…ッ」
「『学校』もねェ、『ヅラ』も『晋ちゃん』もいねェ」
「………!」
単語の一つ一つに反応し、ななしの目がぶるぶると震える。
小さい頃、こいつに随分守ってもらった。
それなら、これから俺が、こいつを守る。
「泣くんじゃねー」
「………」
「あいつらがいなくても、『銀ちゃん』がここにいっから」
「……銀 ちゃ………」
記憶が戻る瞬間の感覚を、俺は覚えている。
そしてそれは、今のななしの様だった。
どれだけ見つめ合っていたのかわからねェぐらい、アイツは俺を昔の俺と重ねて、俺は戻れと念じていた。
言葉を発した時、ななしの目は俺をしっかりと捉えていた。信じられないような目つきで、子供だったはずの「大人になった」俺を見上げている。
「……銀、ちゃん……?」
「ああ」
「…………うそ」
「嘘じゃねー」
「……銀、ちゃん、だあ………」
ななしの目に、光よりも先に涙がたまる。
それは流れ落ちることなく、玉になってポロポロと頬を転がっていく。
ありえない、ありえないよ。
さっきの俺と同じことを繰り返しながら、ななしは両手で顔を覆う。
新八と神楽を呼んで俺がななしの知り合いと話している間も、まだこいつは泣いていた。
この時代についていくらか話したが、きっと聞いちゃいねーだろう。いや、聞いていないほうがいい。
神楽は自分よりも背の高いななしの頭に手をのばして、軽くなでてやった。
それに両手をどけたななしは、ややあって 神楽に微笑んだ。そして、俺と新八にも。
「銀ちゃん、いいお友達もったね」
まるで母親みたいな言い方に、俺は口をひくっと引きつらせる。
まあ、しょうがねーよな。こいつは俺のことガキ扱いしてるだろうし。
だがこのままガキなのも面白くねェ。
「そう言うがよ、俺、アンタより年上だから」
「……え」
「ななしさん、ここは貴方がいた時代の数十年後の江戸なんです」
「え、え、え」
「ななし、時の流れは残酷アル」
「うっそォォォ!!」
じゃあ、私が今度は年下なの?!
混乱するななしの頭をまた回して、俺は鼻をほじる。
「とりあえず、アレだ。俺もう限界なんだわ、寝不足だし、糖分とってねーし」
アレ?と ななしが聞く隣で、神楽がニッと笑う。
そして すっかり泣きやんだななしの手をとり、走り出した。
「やっと朝飯にありつけるアルー! 早く作ってヨななし!」
「ああ! はいはい」
本当にオバサンくせーリアクションだな、と笑っていると、「銀さん」と呼びかけられた。
「せっかくななしさんの記憶戻ったのに、……依頼主の方に引き取らせるんですか」
「……当たり前だろ」
だが、依頼主は「後日」来るという。
それなら、それまでの間。
「俺らで未来の江戸を観光させてやろーじゃないの」
「……はい!!」
これは、タイムリミットのある、夢の再会だ。
だがアイツは元の世界に戻るんじゃねェ。
もし戻っているなら、ガキの俺が会っているはずが、あれから再会した記憶がない。
そして、ななしはたとえ俺の元から離れても、この時代にいるし、いつでも会える。
そう思えば、まったく苦しむ気持ちなんかなかった。
「………ありゃァ」
朝のは、もしかして、一種の予知夢だったのかもしれねェな。