番外・現パロなど様々
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朝起きて、まず わたしが誰だったかを思い出します。
「…………」
ぼんやりとした頭のまま枕元にある紙に手をのばし、名前を確認すると「ななし」とありました。
昨日寝る前に、万が一を考え名前を書いておいたのですが、どうやら正解だったようです。
「(そうだ、わたしはななしだ)」
ゆっくりと上半身を起こすと、部屋中の空気はすっかり冷えていて、思わず身震いしてしまいます。
しかしそのおかげで少し残っていた眠気も消え失せ、すんなりと起床することができました。
あくびを繰り返しつつ部屋を出て、昨日案内された井戸に向かい顔を洗います。
「! つっつめた…!」
手ですくっただけで、冷水をためた手のひらが一気に冷たくなってしまいました。
それでも顔を洗わないというのはわたしのポリシーに反するので、我慢して顔に水をあてます。
「……ッ、ううううぅぅっっ!!」
さっさむ…、寒い…寒いです…っ!
あくびさえ出ません。脳も完全起床した状態です。
こんな冷たい水を、この時代の人は毎日使っているというんでしょうか。
そして、わたしも。
「……わたしって、どんな人だったんだろう…」
箪笥から取り出して持ってきたタオルで顔の水分を拭き取りながら、ふと呟きました。
器用な人だったんでしょうか。
優しい人だったんでしょうか。
それともこう見えて力自慢で、みんなから頼りにされていたりするんでしょうか。
「ななし」
「…あ…片倉さん。おはようございます」
振り返ると、片倉さんが立っていました。既にお着替え済みで、何も持ってないところ どうやら顔を洗いに来たわけではないようです。
わたしがここにいたことが意外だったのか、ちょっと目が丸くなってます。
「もう起きてんのか。早いな」
「あ、はい。…そうなんですか?」
今の口調からすると、どうやら普段のわたしはもう少しお寝坊さんのようです。
片倉さんはわたしを起こしに行こうと この道を通っていたらしく、
「朝餉の準備ができてる。着替えたら、昨日教えた広間に来い」
「はい、わかりました」
それを伝え終わると、足早に去っていきました。どうやらお忙しいようです。
それにしても、伊達さんの側近(昨日教えてもらいました)がわたしを起こしに来るなんて、なかなか凄いことだと思います。
もしかしてわたしは、とんでもない立場だったりするんでしょうか。
たとえば、誰かお偉いさんの身内だったり。
はたまた、お偉いさんと縁があったり。
それが実は、この城内の誰かと……。
「ま、そんなわけないかぁ」
つまらない妄想をばっさり切り捨てると、来た道を戻ることにしました。
ところが、てっきり自室は無人だと思ったいたら、
「!? えっ!」
部屋で待っていたのは女中さんでした。いつの間にかわたしの部屋で、着物をもって待ち構えていたようです。
「片倉様より、お召し物をいただいております」
「は、はい…」
わたしが記憶をなくしたということは、今まで着ていたものも着方がわからなくなっていると察してくれたようです。
片倉さんの気遣いに感謝しつつ女中の方に手伝ってもらい着替えがすんだわたしを待っていたのは、
「姐さぁぁぁぁん!!」
沢山の男性陣が、号泣している光景でした。睨みつけたりではなく、泣いている姿。それでも人数が人数ですので、なかなかの迫力があり、思わず一歩後ろに下がってしまいました。
それだけならまだしも、数人がこちらに走ってやってきたのです。
「え、ええっ!!?」
どの人も、外見がとてつもなく怖いです。つい昨日の、伊達さん&片倉さんコンビを見た時の恐怖がよみがえってしまいます。
ただ、昨日と違っていたのは、
「おめーら、いつまで泣いてる気だ。さっさと道場に行ってこい!」
片倉さんが怖くないことでした。
いつの間にかわたしの背後に立って、駆けつけそうなニーサンたちを、一喝してくれました。それに正気を取り戻した皆さんは、慌ただしく広間を後にしていきます。
残ったのは、わたしと片倉さんだけでした。
「…あのう」
腰をおろすように言われ、近くの席におとなしく正座すると、料理が乗った膳が運ばれてきました。持ってきてくれた女中の方にお礼を述べて、目の前であぐらをかく片倉さんに声をかけてみます。
さっきは完璧にのまれてしまってましたが、今思えば、すごいことだと思ったのです。
「今の人たち、顔がすごいヤクザっぽいんですけど…。でも、わたしのこと、すごく慕ってるようですね」
「ああ。面倒見がいいとか尊敬できる人物じゃあ間違いなく なかったが」
「(ぐさっ!!)そ、そうですか…」
勿論お前が記憶を失う前の話だ、とフォローを入れてくれる片倉さんは、見た目を裏切り優しい人です。
片倉さんは、わたしのことをどれくらい知っているのでしょうか。気になったわたしは、思い切って尋ねることにしました。
「あのっ。片倉さんから見たわたしは、どんな感じの人ですか?」
「……変態だったな」
隕石が頭にくらったような、それくらいの衝撃でした。
さっきの言葉より何倍も心にきます。
怖いや悪いのではなく、変態。
この、わたしが変態。
「へ、へんた…へんたい…わたしが…」
「(すげェ動揺してんな)……ある人物に対してのみだ、そいつは」
「え…」
ある人物に対して。それはいったい誰のことなんでしょうか。
もしかしたら、遠慮なく話す片倉さんに対してだったのかもしれません。
そんな思惑をまったく知らない片倉さんは、ため息をつきながら話を続けています。
「普段は面倒くさいことに対してやる気を出さねェ、逃げ足も早ェ、悪巧みすることだけは一人前の、じゃじゃ馬もいいところだ」
「そっそうですか……」
思い切り悪口です。悪口のオンパレードです。
それなのに、片倉さんの声だけを聞けばどこか楽しそうでした。
吸い物から顔をあげると、こちらではなく外の景色を……遠くをみていました。
……道理で、ショックは受けても嫌な気分にならないはずです。
片倉さんは、前のわたしを嫌いではないことがわかったのですから。
また、同時に「早くみんなのことを思い出したい」と強く思いました。
「片倉さん」
「どうした」
思い出したいんです、あなたのことを。
あの隻眼の伊達さんや、泣いてくれたヤーさんたちや、勿論 変態でじゃじゃ馬な自分のことも。
早く思い出して、元の生活に戻りたいんです。
「わたし、早く思い出せるように頑張ります」
そう思って出た言葉に対し、片倉さんは首を横に振りました。
「……昨日も言われただろう。焦って良いことなんか一つもねェ。お前は普段通り生活すりゃいい」
「でもっ…、わたしは…」
うまくその後を言葉にできず、ごにょごにょと口ごもってしまいました。
片倉さんは無言で立ち上がると、
「飯すませたら、あの医者のところにも顔を出しにいけよ。どうやったら治療できるか考えてるらしいからな」
「…はい」
わたしの返事を聞いてから、部屋を出て行かれました。
「…………」
気分が下がってしまいましたが、無理矢理ご飯をかきこみ広間を飛び出しました。
片倉さんは焦らなくていいと言ってくれましたが、こればかりは譲れません。
温かい人たちの優しさにつけこんで、現実逃避のように時間の流れに身を任せ、前の自分を思い出す努力もしないなんて、そんなの「わたし」らしくありません。
「…あれ…」
どうして、それが「わたし」らしくないと思ったんでしょうか。
一度足が止まりましたが、すぐに歩きを再開します。
「(思いつきなんかじゃない)」
きっと、わたしが「わたし」を思い出しはじめている証拠なんだと思うことができました。
「おはようございます」
「おはよーさん。具合はどうだ?」
「すこぶる良いです」
「そいつァ良かった」
医務室に着くと、お医者さんが髪をぼりぼりとかいてました。
「…あの、髪洗ってます?」
「あったりめーだろ。髪洗った後は素早く乾かして まっすぐにしようとくし通すんだけどさァ、寝て起きたら絶対クルンクルンになってんだよな。雨の日なんて最悪だよほんと」
「ああ、それは髪の毛だけまっすぐにしても駄目ですよ。心がねじ曲がってる人は髪もねじけるっていいますし」
「納得したように言わないでくんない? 俺の心がねじ曲がってるわけねーよ。傷ついた人を治す、いわば天使だぜ?」
「職業がそうでも人間性が…」
「駄目ってか!! 究極のねじれ人間って言いてーのか!?」
「誰もそこまで言ってません」
どうしてでしょう、この人といると面白くてしょうがありません。
反応が楽しくてクスクス笑っていると、不機嫌な表情だったお医者さんもフと笑いました。
「いーねェ、やっぱあんたにゃ笑顔が一番だわ。昨日からほとんど仏頂面だったからよ」
「ほめられてる気あまりしませんけど、ありがとうございます」
すっかり打ち解けたお医者さんの前に正座して、額の怪我をみてもらいます。あてていたガーゼのようなものを外し、新しいものを貼ってもらいました。
「この傷なら、数日でふさがンだろ。良かったなー、傷モノにならなくて」
「全然良くない言い方ですけど、ありがとうございます」
「いや、本当良かったって。まァあの男なら、傷がついてようがついてなかろうが関係ねーだろうけど」
「え?」
それは一体、どういう意味でしょうか。
首をかしげるわたしを見てお医者さんはハッとし、「いやなんでもねェ」とまた髪をかきました。
そして、追及しようと口を開いたわたしを遮るように手のひらをバッと突き出しました。
「それはおいといて、だ。本題に入るぞ」
「…なんの本題ですか?」
「アンタの記憶を取り戻す方法だよ。何、聞いてなかったの話?」
「あ…すみません、聞いてました。片倉さんから伺ってます」
お医者さんはわたしのななめ向かいにあぐらをかき、やけに真剣な目でこちらを見ました。
俗にいう仕事モードというやつでしょうか。
「一つは、記憶がなくなった時の衝撃を、そのまま受ける」
「……と、申しますと?」
「今回の場合なら、もいっぺん頭に石ぶつけるってことだ」
さあっと顔から血の気が引いたのがわかったらしく、お医者さんはすぐに「でもな」と続けます。
「衝撃が衝撃だからよ、もしかしたら余計に記憶がねじれちまうかもしれねー。やるとしたら、相当覚悟したほうがいい」
「……それ、全然フォローになってませんけど…」
「まー、それが嫌だってんなら、徐々に思い出していくしかねーわな」
「徐々に…ですか」
「たとえば、いろんな奴らに自分がどんな人物だったのかを聞いて回るとか、自分にゆかりのある場所に行ってみるとか。…遠回りっちゃあ遠回りだぜ?」
「…………」
それはデジャヴをおぼえさせるということでしょう。
確かに、一か八かで石を投げつけられるよりは、自力で思い出したほうがいいと考えました。急がば回れ、ということで。
「わかりました。遠回り法でいきます」
「そうかい。んじゃ、頑張れよ」
「はい。あの…お医者さんは、わたしのことどれくらい知ってますか?」
「あ? 俺がか?」
腰をあげかけたお医者さんに質問すると、意外な答えがかえってきました。
「ほとんど知らねー」
「え?!」
「あたりめーだろ、ここは怪我や病気を治す場所であって、アンタみたいなバ 元気な娘がしょっちゅう来るところじゃなかったんだよ」
「今バカって言いかけませんでしたか」
「言ってない」
「おーい、ちょっと診てもらいてーんだけど!」
新しい患者が来た瞬間 素早く立ち上がるお医者さん。はたから見れば仕事熱心な姿かと思いますが、今のわたしからは逃避しようともがいてる天パーにしか見えません。
ただお医者さんの言い分からすると、わたしは元気なのであまりここを利用する機会がないということでした。それにも関わらず、あのお医者さんと話してて緊張しないのは、彼がそういう人柄だからだと思います。色々な人から慕われているのでしょう。
さて、患者が来たとなると、話の終わったわたしは治療の邪魔になるので、そっと部屋を出ることにしました。
「ああ、アンタ」
扉のところで、再度お医者さんに呼び止められました。振り返ると、こちらではなく患者の傷口を診ています。
それでも口調は、わたしに向けられているのだとわかりました。
「俺はアンタの詳しいことは全然知らねーけど、アンタがあの男を好いてんのはよォくわかってるぜ。つーか城中が知ってら」
「し、城中…」
なんとオープンすぎる情報。
今の自分はその恋慕の情を忘れているとはいえ、かつての自分がそんなアクティブ人間だとわかり、少し赤面してしまいました。
「…あの男、っていうのは、自分で思い出せってことですよね」
「その方が感動的だからな」
「変なところに感動を求めないでくださいよ」
失笑した後に、「失礼しました」と一礼をして、医務室を出ました。
昨日からわたしに対して失礼な発言が多々あったお医者さんですが、少なくともわたしと「あの男」の人を応援しているような、そんな気がしました。
「(あ、伊達さん)」
早速情報収集に動こうと廊下を歩いていると、庭に袴姿の伊達さんが見えました。
わらで出来た的に向かって木刀を突きつける後ろ姿。格好いい、なんて思わず呟いてしまいました。
「(そうだ、伊達さん。伊達さんなら、何か知ってるだろうか)」
昨日の状況からすると、あの人もわたしのことをよく知っているような気がします。
庭に出て駆け寄りながら、ふと思い出しました。
伊達さんは、ここの城主。毎日がお忙しいはずです。それなのに、わたしの問題で時間をとってもいいんでしょうか。
その答えに自信がもてなかったわたしは、途中で足を止めました。しかし足音でわかったのか、振り返る伊達さんはニッと笑っています。
「アンタか」
「あ、はい。おはようございます、伊達さん」
「Good morning.」
そこで一端 会話が止まり、つい「朝から精が出ますね」なんて口に出してしまいましたが、伊達さんは気にすることなく「まァな」と肩をぐるんと回しました。
………。
「どうした、ななし」
「あ…う、いえ、なんでもありません…!」
お、おかしいです。
全然落ち着きません。視線も伊達さんの顔まで向けることができず、首のあたりで限界で、あちこちにさまよってしまいます。
勿論昨日とは違って睨まれたりも乱暴な扱いも全くされてないんですが、さっきから非常にのどがかわきます。
片倉さんやお医者さんと話していても、あまり感じなかった緊張感。
「(さすが、伊達軍の筆頭…! すごい威圧感…)」
なんにせよ、わたしがこれ以上伊達さんと話す勇気がなくなってしまったので、後は邪魔になるだけです。
声を出す前に生唾を飲み込んでから、
「それでは、失礼します」
なんとか声を絞り出せたので、密かに安堵しつつ立ち去ろうとしました。
ところが、庭から出ようと横にずれたわたしの手を、
「……(あれ)」
眼前の伊達さんが、掴んでました。
大きな手が、わたしの手を丸ごと包み込んでいる状態です。
それを目で、無言で確認したわたしに対し、伊達さんは無意識なのか意識的なのか、その手に力を込めました。
「……えっ…? あ、あのう…」
どうしたらいいのかわからない状況で、わたしは振り払うこともできず、おろおろと伊達さんと握手を見比べることしかできません。
「…すまねェ」
そんなわたしを見かねたのか、伊達さんはややあって、わたしの手を離してくれました。それも、緊張するわたしを気遣うように、そっと優しく。
「…………」
「…………」
「………」
「………」
無言の後。
結局、庭から先に出たのは伊達さんでした。
冬の風に寒さを感じるまで、わたしは体を動かすことも、
「…な、なんで…動かない…んだろ…」
顔中に集まった熱も、治すことができなかったのです。
無意識的な意識
(お、おちついて…!)
それは双方とも。