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番外・現パロなど様々

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ヒロインのお名前

 


 もう年末も迫ってきた、師走の朝。

 朝から、わたしの身の回りで不吉なことが起きていた。



 買ったばかりの下駄の鼻緒が切れた。

 お気に入りの湯飲みにヒビが入った。

 部屋に入った途端目眩がした。

 政宗さんグッズの一つがなくなっていた。


「政宗さん、これって不吉ですよね!?」

「知らねェよ」


 肩を抱いてぶるぶる震えるわたしを一蹴し、政宗さんはふすまをスパァンと思い切りスライドした。閉めたふすまに耳をくっつけると、ドスドスと足音をならしながらまた机の方へ戻っていく。

 くそう、作戦失敗したか。たまには心配してくれる政宗さんが見たいと思って部屋に突入してみたものの、ろくな会話もできず追い出されてしまった。

 しかし懲りないわたしは、その状態で政宗さんの盗聴を開始することにした。ふすまの横に正座して、片耳をぴたりとくっつける。だって、も、もしかしたら「さっきのはまずかったか」みたいな反省の独り言とか……っムハーッ!! ぜひとも言ってください政宗さんんん!!

 それにしても寒いな。やっぱり真冬は廊下に立つだけで体が冷える。

 でも大丈夫、愛があれば寒さなんてっ!!


「おい」

「あっちょっすみません静かにしてもらえますか。今忙しいので」


 後ろから声をかけられたけど、今の状況からすれば邪魔以外の何者でもない。

 片耳を離す気のないわたしは、相手を確認することなく、とりあえず低い声が特徴のその人に「しっしっ」と手を振ってあしらった。


「…おい」

「いや、だから静かにしてください。道塞いでませんから通れますよ」

「…あァ、わかった」

「ン゛ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ!!!」


 低い声が一段と低くなった直後、背中のど真ん中に突然重圧がのしかかってきた。それがもの凄い重さで、振り払うこともできず、土下座のごとくそのまま床に突っ伏してしまった。

 いかん、何かが出る! 五臓六腑が口から飛び出ちゃううううう!!

 一方、部屋の主もわたしの濁声を聞きつけ ふすまを開けた。そりゃそうですよね、誰だって、自分の部屋の前で濁点つきまくりの悲鳴あげられたら何事かと思いますよ。


「……またアンタか」

「だっだず…! だずげでぐだざ…!」

「いい加減足をどけてやりな、小十郎。生モノの掃除すんのは御免だ」

「申し訳ありません、そうでございました」


 犯人は小十郎さんだったのか…そういえば声が確かに…。というか生モノの掃除ってなんのことでしょう。まさか政宗さんもわたしの口から内蔵系が出てくると思ったのだろうか。やった、以心伝心てやつですね!

 わたしの背中に可能な限り重心を傾けていた小十郎さんの片足が ようやくどき、ホッと息をつく。立ち上がった時 背骨が軽く音を立てたけど、い、いや多分大丈夫だよ…だって小十郎さんといえども、女の子の背骨を折るくらいに力をこめるわけないんだし、


「ほぉ、立てんのか」

「やっぱり折るつもりだったんですかチクショー!!」


 嫌味とも感心ともとれる声の小十郎さんにくってかかる。

 しかしその間に政宗さんがまたふすまを閉めてしまい、結局盗聴も失敗となった。うわーん、失敗続きのミッションにななし涙目です…!


「小十郎さんのせいですよ! また政宗さんがヒッキーになっちゃって…。いつか『働いたら負けだと思う』とか言い出したらわたしは訴訟を起こしますからね! 監督不行届です」

「黙りやがれ。負け犬にンな心配されたくねェんだよ」

「既にわたし負け犬扱い?!! 違いますから、この状況での負け犬は働いてる人が該当…あれってことは小十郎さんから見るわたしって働き者? やぁ~だ~小十郎さんってばツンデレなんですから! でも嬉しいですそんなこと思っていただけたなんて! やん!」

「うるせェ!!」

「ブッ!」


 言い終わった後に小十郎さんの素早すぎる鉄拳がプレゼントされたのは言うまでもない。頼むから、うるさいって思うならすぐに言ってほしい。全部言い切ったわたしがバカみたいじゃないかっ。




 
  




 小十郎さんのばかばかばかっもういいですもん、家出してやりますから!! ぎゃー言っちゃった、鬼に殺されるぅぅぅ!!

 朝から野郎共が「寒ィ」とぼやいている中、こいつだけは罵声を高らかにあびせ俊足で去っていった。

 あのアマ、首洗って待ってやがれ。


「政宗様」


 気を取り直して、一言断って室内に入り、そのお背中を確認する。

 今日は珍しく、朝から政に勤しまれている。いつもならばぶつくさ唱えながら、いかにも面倒そうに取りかかっていらしたはずが。成長なされたようだ、と人知れず笑みがこぼれる。

 その時、政宗様の両腕があがった。同時に振り返り、口端をあげる。


「小十郎、終わった。後はお前に任せる。OK?」

「は。……ななしならば、自室の方に走っていきましたが」

「...Ha. It doesn't match you.(アンタにはかなわねーな)」


 笑いつつも、異国語を使い 照れを隠される政宗様。どうやら、仕事を早く終わらせたのは、理由がおありだったようだ。

 頭を下げたまま、主が部屋を出て行かれたのを確認し、嘆息をする。


「それに比べて、あの女は………」


 猪突猛進とは、まさにななしの為にある言葉だな。まあいい。それは政宗様とななしの問題だ。

 政宗様が片付けられた書簡に手をのばし、一通り目を通して問題がないか確認をする。


「……………」


 ドタドタドタ。


「…………」


 ドタドタドタ。


「………ッ」


 ドタドタドタ。


「うるせーぞななし…」

「ひっとおぉォォ!!」


 てっきりななしかと思ったが、息を切らして部屋に入ってきたのは良直だった。

 いくらななしが当然のごとく入ってくる部屋だとはいえ、主の部屋に兵士が入ってくるのは通常あり得ないことだ。それに良直の顔色からすれば、何事かあったに違いない。

 良直は俺の姿を確認した後に、首を回して政宗様の不在に気づいた。しかし正常には戻らず、目の前まで駆け寄ってくる。顔が真っ青だ。


「小十郎様ァ! たぁっ大変ですぅぅ!」

「落ち着け。何が起こった?」

「……様が…。ななし様があっ!!」

「……何…?」


 良直の口から発せられたのは、意外な人物。よほど衝撃的な事実を知ったのか、唇が震えて上手く言葉にできていねーようだ。

 ななしといえば、ほざくだけほざいて逃げていった…はず。

 そこでハッとした。

 まさか一年前の様に、消えてしまったのだとしたら。


ななしに何があった」

「(ひいっ顔がこええ!!)じょ、城下町で子供達のケンカに巻き込まれて、怪我しちまったらしくて!」

「…ケンカに、だと?」


 それも、子供のケンカに。

 不謹慎かもしれねェが、最悪の状況ではないはずだ。少なくとも消えてはいないのだから。

 少し冷静になった俺に対し、良直は頭を垂れた。

 まだ、声が震えている。


「頭の…打ち所が悪かったせいで、」


 その後の言葉を耳にした時。

 両手にしっかり握っていた書簡が、バラバラとすり抜けて、畳に落ちた。




 
  




 どうも、わたしです。

 わたしは、わたしです。

 どういう状況かというと、夏目漱石が「我が輩は猫である。名前はまだない」と書いているように、わたしには名前がありません。

 もっと正確に言うと、忘れてしまいました。



 覚えているのは、冷たい雪の上に大の字で寝転がって、空から白い雪が降り始めたのを眺めていた頃からです。

 わたしの周りを小さな子供たちが、泣きながら見下ろしていました。特に一人は、鼻水も垂らして、「どうしよお」としきりに言っています。

 よくわからないけど、笑顔の似合う子供たちがこうも集まって泣いていては、こっちまで悲しくなってきます。だから泣かないで、と言ったはずなのに、口が動きません。手をのばそうにも、手が動きません。

 あれ、なんで動かないんだろう。本気になって起き上がろうと全身に力を入れても、まるでわたしの体じゃないように、言うことをききません。

 どうにもできないまま、やがて雪の冷たさが気持ちよくて、どんどん眠くなりました。



「そして現在に至るわけです、どうでしょうこれ」

「どうでしょうってどうなんでしょう」

「どうなんでしょうってなんですか?」

「え、ちょ、その単語も覚えてないの?」

「いえ知ってますけど、貴方の言ってる意味が理解できなくて」

「すいません、きみ本当に記憶喪失? 俺に対する仕打ちまったく変わってねーんだけど!」


 癖毛の激しい髪をぐしゃぐしゃとしながら、男の人が頭を抱えます。

 どうやらこの人は、お医者さんのようです。会話からして、記憶をなくす前のわたしも知っているんでしょう。

 あれから、目が覚めた時にはじめにいたのがこの人でした。今いる場所も、怪我をした人や具合が悪い人を治療する医務室だそうなので、お医者さんに間違いはないと思います。


「あー、まァ外傷は酷くねーようだし」


 おでこにかかった髪をあげられ、貼り付けた布…ごしに、恐らく傷を見ているであろうお医者さん。その目にやる気が感じられません。なんだか不安になってきます。本当に酷くないんでしょうか、この生気のない目で言われると、逆の方が正しいんじゃないかと思い始めます。

 人は見かけによらない、という言葉を、今ほど信じたい時はないでしょう。


「本当ですか? 嘘だったら針千本飲ませますよ」

「嘘ついてねーけど、くれるんなら針千本よりもっと良いモンくれよ。すっぽんでいいからさァ」

「? なんですっぽんなんですか?」

「そんなことも知らないんですか、奥州の女王様は。決まってんだろ、夜にはげ」


 わたしと向かい合っていたお医者さんが、突然横に倒れました。その後ろには、片目を黒い眼帯で覆ったお兄さんが立っていました。…もしかしてこのお兄さんがお医者さんを気絶させたのでしょうか。


「Hello. こんなところで油売って何してんだい?」

「…………あのぉ…」


 なんだか親しげな口調ですが、ちょっと高圧的です。

 そんな人に対して、わたしの言い方はきっと失礼に違いありません。

 けれど、初対面のお兄さんに対する返答といえば、こんなものしか浮かびませんでした。


「すみません、どなたでしょうか?」


 すると。

 先程まで余裕の面持ちだったお兄さんの表情が、固まりました。

 ああ、やっぱり失礼な言い方だったようだ、と慌てて頭を下げますが、


「すみません、」

「All right. なら俺が思い出させてやるよ」

「!!!?」


 その頭をガッと掴まれました。無理矢理顔を上げさせられ、その目の前にはお兄さんの恐ろしすぎる鬼の形相と握り拳が…!


「ひっ…!」

「Ah?」

「…っう…ぅわああああああん!!」


 あまりにも怖くて、自然と涙も声も思い切り溢れ出てしまいました。あの目は、普通生きていたら到底お目にかかるようなものではありません。

 いくらわたしが失礼なことを言ったからといって、どうしてあんなに睨まれなくてはいけないのでしょうか。そんな混乱と純粋な恐怖心から、涙が止まらないのです。

 一方、それに驚いたのはあちらのお兄さんです。そのおかげかどうかはわかりませんが、とっさにわたしの頭から手を離してくれました。


「政宗様!!」


 助かった、と思った矢先、またもや強面のお兄さんが部屋に入ってきました。

 わたしの泣き声はヒートアップです。

 もう生きている心地がしません。

 コンクリート詰めにされてどこぞの湾に沈められるんでしょうか。


「いったいここはどこなんですかぁぁぁっ!!?」


 とにかくこの人たちから離れて、あの子供たちの元に帰りたいです(無害そうだから)

 鼻をすすり、目から滝のように流れる涙を、ただひたすら手で何度もこすり取っていると、突然その片手を掴まれました。


「やめろ」


 後から登場したお兄さんです。肩が跳ねたわたしの前に、スッと差し出されたのはハンカチのような生地でした。机の上に置いてあったのを拝借したようです。

 どうやらこれで涙を拭きなさいということだそうで、わたしはそんなお兄さんの優しさに意外性を感じたあまり、ぴたりと泣くのをやめてしまいました。


「…ったく、訳もわからず泣きやがって」

「No. 泣かせたのは俺さ」

「…! 政宗様…」

「いつものmischiefかと思って頭つかんだらこのザマだ。…小十郎、こりゃどういうことだ?」

「恐れながら、今し方良直から耳にしたばかりで…。ここは此奴から聞かれたほうがよろしいかと」


 眼帯のお兄さんから視線を外したお兄さんは、すぐにお医者さんを蹴りつけました。

 すると恐竜のような鳴き声と共に、お医者さんが目覚めました。


「いてェェ!! 全力投球で人のケツ蹴る道理がわかんねーよ!!」

「わかんねーならこの状況を理解しろ。これでのんびり寝られると思ったら大間違いだ、馬鹿野郎」

「くっそー…なんつー人使いの荒い…」


 お医者さんはのっそりと起き上がり、座っていた椅子にもう一度座り直しました。

 ちなみに、眼帯のお兄さんはわたしからちょっと離れてます。紳士的なお兄さんはわたしの隣で、年下であろう眼帯のお兄さんを気にしています。

 ……本当に、ここはどういうところなんでしょう。


 
  


「ガキ共の喧嘩止めようと間に入ったらしーんだが、ガキが投げ合った石の一つが、運悪く頭に当たったんだと。外傷は額に一カ所で、まぁ倒れた時にできたもんだ。問題の頭には傷一つついちゃいねー。しかし打ち所が悪く、」

「記憶をなくしちまったってわけか」

「ああ」


 お医者さんの言葉を、傷のあるお兄さんが引き継ぎました。

 勿論、今の話はわたしのことです。そのはずなのに、まるで他人のことのように、聞き流しそうになってしまいます。つまり、全く思い出すことができていないのです。

 二人がこちらを見た時、わたしはすぐに頭を下げました。


「すみません、全く覚えてないです…」

「……てめェが謝ることじゃねェ」

「そうそう、悪いのはあのクソガキ共」

「そいつらも悪くねェ」


 めこり、とお医者さんの顔が、オールバックお兄さんの足によって地にめりこみました。再び眠りについたお医者さんの顔は、いったいどんな表情なんでしょう。

 それよりも、そういった行動を平然とやってのけるお兄さんと、目の前で暴力事件が起きても動じない眼帯のお兄さんに、やはり恐怖心が芽生えそうになります。


ななし


 お医者さんの後頭部から足をどけたお兄さんが、わたしを見てそう言い放ちました。

 今のは、明らかに名前です。ということは、


「………あっ、わ、わたしのことですか?」

「ああ、そうだ。お前はななしという女で、この城に住んでいる。俺は片倉小十郎。そしてあちらにおられるのが、城主の伊達政宗様だ」

「城主…ということは、一番偉い人なんですね」

「そうだな。奥州を治められている。それでお前は」

「小十郎」


 突然、眼帯のお兄さんがぴしゃりと止めました。

 そしてこちらに歩み寄ってきながら、


「今はその情報だけで十分だろ。いっぺんに言われても困るのはコイツだ。アンタも、今日は名前だけ覚えておきな」


 最後の部分でわたしを見るお兄さんに対して、コクコクと頷きました。

 ええと、確か。ああ、でも「今」のわたしからすれば初対面なわけで、その初対面でいきなり名前を呼ぶというのもおかしいから、


「かたくら、さんと、だてさん、ですね」


 当たり障りのない、名字呼び。


「………」

「………」


 ……………。

 ………………。


「……………で、よかったですか…?」


 長い長い沈黙。

 …を、恐れながら破らせていただきます。

 二人は、何故か呆けたような顔をしています。名前は間違えていないはずですが…多分。


「…ああ、そうだ」


 ゆっくりと、伊達さんが首肯しました。どうやら今度は失礼ではなかったようで、安堵のあまり情けない笑みを浮かべてしまいます。

 そんなわたしの頭をくしゃりと撫で、伊達さんは背中を向けました。


「政宗様。ななしは…」

「お前に任せた。Sorry,I don't know what to do. 何、ちょっくら頭冷やしてくるだけさ」

「…………」


 片倉さんは黙り込み、お医者さんはふわぁとあくびをしています。

 わたしは、何もできず、ただただ伊達さんの後ろ姿を、眺めることしかできませんでした。










Re:set

(どうしたらいいのか

 わからねェんだ)










お医者さんのモデルはもちろんアホの。笑
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