本編
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「ななしー、起きなさい!」
呆然としていたわたしをシャキンとさせたのは、ドアの向こうからの、懐かしい声。
「!」
わたしは何も言わずに、足をもつれさせながら部屋を飛び出した。そして、
「おかああああああああさああああああん!!!」
パジャマ姿にエプロンをしたお母さんに、思いきり抱きつく。抱きついた拍子に、ふわりと懐かしい香りがした。ああ、お母さんだ。思わず泣きそうになるけど、笑顔でそれを押さえ込む。何年ぶりだろう、とキラキラした目でお母さんを見上げると、「はあ?」とすんごい引いた表情をしていた(えええええ!!!)
「何? どうしたの? ・・・それに、その服」
「え? あ」
「そんな昔の着物、もってたの?」
あ、そういえば着物のままだったんだ。お母さんからいったん離れてくるんと一回転して、にこっと微笑む。
「似合う? これ彼氏からもらったのウフフ」
「はいはい。いいから早く着替えて朝ご飯食べなさい、遅刻しちゃうから」
見事に適当にあしらわれ、わたしはすねながらも部屋へ戻った。せっかくの親子の感動の再会もくそもないじゃないかちっくしょう。着物を荒々しく脱ぎ、ぽいっとベッドへ放る。そしてクローゼットを開き制服を手に取った。まじまじと見ると、うん、本当に懐かしいわ。まるで今日から入学するような気持ちで制服に袖を通し、全身が見える鏡の前で笑ってみる。うわああわたしって学生だったんだあ(いかん、戦国に長くいすぎたせいで本来の職業を忘れていた・・・!)
そして再度名前を呼ばれ、わたしは慌てて部屋を出る。けれどやっぱり、違和感があるのだ。なんというか、こう、
「足がものすごいスースーする・・・じゃない!!」
着物で生活していたから足は隠れたままだ。でも今は制服で、年頃はスカートを膝の皿よりもあげるのが主流なんだろう(わたしはあまりあげてないけど) だからいつもより足が寒い。寒いんだけど、この違和感じゃない。
久しぶりに椅子に座り(「おお」と感動したら、お母さんに変な目で見られた)、行儀よく「いただきます」と手をあわせる。そして箸をつかみ、ようやく我が家の朝食にありつくことができた。するとお母さんがぎょっとしたように、
「・・・あんた、食べる前にいただきますなんて言ったっけ?」
「え? 言ってなかった? ・・・あ、おはよーお父さん」
「おはよう」
向かいの部屋から出てきたお父さんは既に会社に出る支度をしていて、鞄をつかむついでに 振り向いてわたしを見た時、あれっというように首をかしげた。どうしたんだろう。
「珍しいなななし、必需品は?」
「え?」
「えってお前、いつも携帯電話見ながら朝ご飯食べてるだろ」
あ。そうだ、ケータイ! 変な違和感はこれだったんだ!! 何しろ数年前の習慣だからなあ、すっかり忘れちゃってた。まさかなくしたとは言えないわたしは、「今日はそんな暇ないから」と誤魔化した。
・・・・・・ん? そういえば、今ってあれからどのくらい時間すすんでるんだろう。お母さんもお父さんも、わたしがテレビに抱きつきながら「なついよ!」コールしてたらぽかんとしてるし。
「・・・お母さん、今日って何日?」
「カレンダー見なさい」
言われた通りにカレンダーを見て、本日二度目の絶句。
今日は、トリップした日の翌日。
「・・・え」
つまりわたしは、たとえるなら、トリップを夜だけで過ごしたことになる。起きた時は朝だったし。
「・・・・・・・・・おっお母さん! わたし昨日の夜部屋にいたよね?!」
「いたでしょうよ」
「お母さんわたしの部屋に来なかった? わたし部屋にいた?!」
「さあね、部屋にいってないからわかんない」
もしお母さんがわたしの部屋に来ていたら、(わたしは既に戦国時代にいたということだから)部屋にわたしはおらず、大騒ぎになっていた・・・・・・のかな? それともわたし、魂だけトリップとか・・・あははははいやないない、そんな器用なマネわたしにできるはずがない。
なんにしても わたし、昨日の夜にトリップして、今日の朝に帰ってきたってことだよね? でも、じゃあ、あの戦国時代での毎日はなんだったの? 何年もあそこにいたのに、春も夏も秋も冬もあそこで過ごしたのに、危ない目にだってあったのに。たくさんの人にも、月日をかけて会ったのに。政宗さんと、小十郎さんと、真田さんと、猿飛さんと、アニキと、それから・・・・・・・・・。
「じゃあいってきます」
「いってらっしゃい」
よかった、二人が玄関で。
わたしは急いでティッシュに手をのばすと(これも久しぶりだ)、いつもは決してつまらないはずの鼻を勢いよくかんだ。
「おはようななしちゃん」
「・・・アイちゃん!! お久しぶり!!」
「え? 昨日一緒に帰ったよ~」
わたしに冷たいツッコミをいれることなく、ほんわかと答えるのは我が友、アイちゃんだ。癒しだ、癒し。向こうではほとんどの人がわたしに冷たかったから、この子の寛容な心は居心地がいい・・・! いやあ何もかもが新鮮だよ、教室だって机が小さく見えるし、教科書をパラパラとめくっても「え、これ習ったっけ」と本気で汗ダラダラだしね!!(しょうがないよ何年も勉強してないんだもの・・・!) でも大丈夫、今日は数学がないから、あたる授業はない。数学以外の教科は、基本的に挙手制だった気がするし。
「ななしちゃん、そういえばメール返してくれなかったでしょ」
「えっ嘘 メールしてくれてたの? ごめんね、ケータイなくしちゃって」
あれから朝食をすませた後、必死に部屋を探したけど、ケータイは見つからなかった。自分の家の電話機からかけても着信音がまったく聞こえないし。どうやら、あっちに置いてきたみたいだ。
でもそんなことを話すわけにもいかず、わたしは簡単に言った。するとアイちゃんは眉を八の字にして、
「そうなんだあ、ドンマイだね。早く見つかるといいね」
すごく親身になってわたしを慰めてくれるきみに、全米・・・じゃないか、全私が感動した。アイちゃんは本当にいい子だ。いい子すぎる。永遠にこの子と友達でいたいと固く思えるよ、うん。
そして朝のSHRが終わり、懐かしい先生の授業を受け、昼休みが終わり、午後の体育で何年ぶりかの球技をして、一日は終わった。
「ななしちゃん、帰ろ~」
「・・・・・・ごめんアイちゃん、図書室行きたいんだけど」
「図書室? 珍しいねえ、調べ物?」
にこにこと笑って、アイちゃんは快諾してくれたので、わたしはアイちゃんと一緒に図書室へ行った。アイちゃんの言うとおり、わたしは図書室が好きというタイプじゃない。むしろ早く帰ってテレビを見るか、アイちゃんと寄り道してどこかに買い物に行く女子だ。でも、今は違う。
わたしは、伊達政宗について何も知っていない。そして、知らないままでいるわけにもいかなかった。
「アイちゃん、歴史ってどこの本棚?」
「こっちだよ~」
一学期だけ図書委員をしていたアイちゃんに従い、歴史の本が並んだ本棚の前に立った。そして伊達政宗に関連した本だけをとると、テーブルにおく。そして椅子を引きドスンと腰をおろすと、早速ページをめくった。
そのわたしの行動に、アイちゃんは「どうしたの?」と聞いてくるかと思えば、黙って隣に座り、別の本をとった。一緒に政宗さんのことを調べてくれるみたいだ。
「伊達政宗かあ。独眼竜政宗だっけ?」
「うん、そうそう。わたしね、この人に興味があって」
「へえ~、ななしちゃんが。・・・魅力的な人なんだね」
「え?」
思わずびっくりしてアイちゃんを見ると、彼女はスマイルを浮かべて、
「だって、本嫌い!歴史嫌い!なななしちゃんが、わざわざ自分からすすんで知ろうとしてる偉人だもん」
「・・・・・・」
私も伊達政宗についてはよく知らないから一緒に勉強しちゃおう、とアイちゃんは本をぱらぱらとめくった。マジで癒されるんだけど。ああもう友達っていいな。同年代の女の子っていいな。
・・・こっちのほうが、わたしにはやっぱりあってるのかもしれない。毎日が退屈で、たいしたスリルもないけど、そのかわり生活は充実している。安心と安全で護られているこの平成が、わたしの時代。
「・・・あれっななしちゃん、もう本閉じちゃうの?」
「うーん・・・・・・なんか無駄かな、と思って」
そうなのだ。今調べたって、わたしがまたあの時代にトリップできるという保証は何一つない。前よりも政宗さんのことをたくさん知って、それがどうなるというのだろう。
「ていうか、史実の伊達政宗が英語喋るわけでもないしー」
「えーそうかなあ? 私は伊達政宗が外国の言葉喋れると思うけど」
「ええええ?!!! なっなぜアイちゃんがそれを・・・?!」
ぎょっとした目つきでアイちゃんを振り向くと、彼女は「これこれー」とページの文章を指でつついた。な、なんという小さい文字・・・なんでアイちゃんこんな文字の羅列を飽きずに読めるんだろう。
必死に目を細めて、行を間違えないように読んでみる。
「えーと・・・政宗さ・・・伊達政宗の遺品に、ロザリオ・・・があったことなどから・・・・・・、彼はキリスト教信者だったのではない・・・かあああああ!? ええええ嘘だッ有り得ない!!」
「え? どうして?」
きょとんとしたアイちゃんに、わたしはくわっと目を開きながら熱弁した。
「だってあの俺様主義の性格なのに、イエス様大好きなんて絶対有り得ないよ!! むしろ俺が世界を動かしてるみたいな発言が・・・」
「・・・・・・」
「・・・(げええええしまったああああ)」
「・・・・・・ななしちゃん?」
「って、前読んだ本に書いてあったのよウフフ!」
「なんだあ、そっかあ」
あはははははははは!と二人で大笑いした後、アイちゃんは再び本に目をおとす。なのでわたしも、やめようと思っていた読書を再開せざるをえなかった。アイちゃんだけに政宗さんを調べさせるわけにもいかないしね。
ところがわたしの本には伊達政宗のことではなく戦のことばかり評価されているから、見当違いのようで、わたしはすぐにやる気をなくす。隣をみればあと二冊。いかん、読む気が起きない。
「アイちゃん、もういいよ。その本読んだら帰ろう?」
「え~、もうちょっと読んでみようよななしちゃん。ほら、これはどう? もう一冊は違うみたいだね」
二冊のうち一冊は、アイちゃんの言ったとおりわたしの欲しい情報が載ってなさそうな本のタイトルだった。伊達政宗はサブメインとなっているようで、ちょこちょことしか書かれてない(チッ!!)
アイちゃんに促されて、わたしは勧められた方の本を手に取る。比較的新しそうな本かな、紙がそんなに痛んでないし。
「!! こっこれは・・・!」
「どうしたのななしちゃん?!」
「・・・すごく、詳しく書いてある・・・・・・!」
「・・・ななしちゃんってば。本ってそういうものだよ~」
クスクスと笑ったアイちゃんは、わたしと一緒にページをゆっくりとめくっていった。
そしてそのうち、とある見出しで目が留まる。
「幼少時に右目を失明・・・・・・!?」
「ああ、それ知ってる~。天然痘っていう病気の後遺症なんだっけ?」
「えっそうなの?」
「うん」
そこを読んでみるといいよ、とアイちゃんに言われ、わたしはすぐ文章に目をおとす。
そして、愕然とした。
「・・・・・・(こっ小十郎さん・・・!)」
伊達政宗は天然痘が原因で右眼の視力を失い、更にその患った眼球が眼窩から突出してしまった。その姿を母親の義姫は姿が醜いと疎み、弟の伊達小次郎だけに愛情を注いだそうだ。そのせいもあり、政宗は大きな劣等感を抱き、無口で暗い性格になってしまった。そこで景綱(小十郎さんの本名だそうだ)は、自ら政宗の頭を抱え込み、短刀で一気に眼球を抉り出したという。そして政宗は暗い性格から一変し、快活で文武両道に精進する少年に変貌した・・・・・・ということだった。
「・・・・・・・・・」
もしかして、政宗さんがあの時キレたのは、わたしが自分の顔を悪く言ったからだろうか。「政宗さんの顔なんか見たくない」って、言ったからかな。だとしたら最悪だ、わたし。本人のコンプレックスを、言葉で見事に突き刺しちゃったんだから。
それに、あの眼帯。まさかこんな事情があるとは夢にも思っていなかった。てっきり戦で怪我したのかと・・・・・・ううん、言い訳はやめよう。わたしは知ろうとさえしなかったのだ。本人の為を思ってあえて聞かなかったんじゃない、全然興味がなくて、それでよく政宗さんを追いかけたもんだ。
さらに次のページをめくり、わたしは自分の頭を勢いよく机にたたき込む。
「ななしちゃん?!! 大丈夫、どうしたの?」
「アイちゃん・・・あたしゃもう失恋したも同然だよ・・・・・・ッ!!」
「ええ?」
天正7年、三春城主の娘・愛姫を正室とする。
この、たった一行にも満たない文章に、わたしは真っ白な灰となった。
勘弁してくれ。この状況で、シビアな現実を突きつけないでくれ。
「(そりゃね、いくら自称伊達の妻だっていってもどっかの隅じゃあ思ってたよ・・・わたしが本当にそうなるのは無理じゃないかって。でもさ、でもさ、なんでよりによって今この事実を知っちゃったのかな・・・!!)」
「? ななしちゃ~ん、声が小さくて何 言ってるかわかんないよ~」
うう、いかん。自分への情けなさ+突然の失恋に、理性が保たない。
必死にこらえたのに、アイちゃんが困ったようにわたしの顔をのぞきこんで「泣きそうだよ」と背中をさすってくれるもんだから、つい涙腺がゆるんでしまった。
「・・・ヴヴヴヴ~~アイちゃああああん・・・・・・!!」
「えっ? ななしちゃん?! な、なんで泣いてるの?」
オロオロとするアイちゃんに申し訳なさでいっぱいだ。わたしだって突然友達に泣かれたら困るしびびる。早く泣きやまないと。でもそれが容易にできることじゃないのは、自分が一番理解していた。
アイちゃんは席を立つと、また戻ってきた。そしてティッシュの箱をわたしの手元におき、足もとにはゴミ箱を置く。
「なんだかわかんないけど、元気出して。ね?」
返事ができないわたしは、黙って頭を下げた。
いったいわたしは、これからどうすればいいんだろう。謝りたい、でも戻れない。それに政宗さんの本当の相手はわたしじゃない。とにかく会いたい、でも会えない。
この先が不安でたまらなくて、恐くて。こんなわたしにできることといえば、こうやってアイちゃんの優しさにつけこみ、涙を流すことしか思いつかなかった。
本は無言で閉じた。
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