本編
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昨日。
珍しくやって来た客は諸大名の一人だった。俺が上座に腰を降ろすと同時にご機嫌とりをはじめ、それと同時に理解する、ああ、「この話」か。
成実が何も言わず俺を促したのは、こういう話を嫌っているのを知っているからだ。俺が顔を見る前に帰らせるから、それを見越してのことだったんだろう。その証拠に、大名の後方に座する成実を睨むと、苦い顔で頭を下げられる。・・・まァ、まわりの大名を敵に回すわけにもいかねえっていうのはわかるが、な。何より成実の顔をつぶすわけにもいかねえ。この場は大人しく相手の話を聞いた上で体よく断るとするか。
・・・・・・・・・そう思っていられたのは、最初だけだった。
「私の娘は幼い頃から笛を嗜んでおりましてな、そこらの笛の名手にはひけをとりませぬ」
だの、
「娘には礼儀を厳しく躾ておりますので、政宗様の身の回りの世話にうってつけで御座います」
だの、つまんねー自慢ばかりだ。ついには俺だけではなく、
「片倉景綱殿はここにおられぬようですが、娘は野菜を育てるのが上手です。きっと片倉殿の仕事も幾分か楽になることでしょう」
「・・・・・・そうかい」
小十郎がここにいなくてよかった、と思わずにやりとする。自分と、見たことのねー女が比較されてんだから、黙ってるはずはねェ。成実を盗み見ると、あっちも同じことを考えていた様で、引きつった表情でいた。
一方、あちらさんは俺の返事が良くないことを悟りつつも、まだ諦めないようだった。しかし俺も黙って聞いているだけにもいかねえ、そろそろしまいにしようか。相手が話し終えて満足したところを見計らい、俺は口を開く。
「一つ聞くが、なぜ俺に娘をやろうと思ったんだい? アンタの領地から、ここまでは遠かろうに。まさか娘を生贄にして、自分が楽するための政略ってわけでもねーよなァ?」
「な、何を突然仰る・・・」
ははは、と乾いた笑いで、そいつは部屋のあちこちに視線を彷徨わせる。やはり、奥州筆頭の親戚という肩書きがほしいだけの、無能な大名のようだな。がっかりだ、・・・と言っても、元々期待なんぞしてなかったが。
「話は終わりだ。俺はアンタのような親戚はいらねェ」
「ま、政宗様お待ちくだされ! 我が娘は決して他の娘に劣りませぬ!」
相手は必死で俺の浮いた腰を戻そうと、早口でまくし立ててきた。やかましい親父だ、本当にこいつの娘は大和撫子だっていうのか? こんな見苦しい姿を見ると、うさんくさくなってくるぜ。
そして、俺が無言であり聞く耳をもたないことを知って、今度は黙り込んだ。俺はそれを見届けて、あぐらをかいていた足をほどき、立ち上がろうとする。
「・・・・・・あの居候の方でございますか?」
行動がぴたりと止まってしまった。その失態にしまったと思ったが、相手はそれを見逃さず、ここぞとばかりにつらつらと雑言を並べていく。
「ここにくる途中、その方を見かけましたのです。ちょうど片倉殿とご一緒されていたのできっとその方かと思いましたが、どうやらそのようで」
「アンタにゃ関係ねー話だ」
「いえ、あります。私は伊達家の身を案じて申しているのです。小耳にはさみましたが、どうやら政宗様はその娘に随分ご執着の様ですな。しかし、きけばその娘、身元のわからぬ不審な女ではありませんか。なぜ政宗様はそのような女を側におかれるのです?」
「おいおい、誰に聞いたんだそれは。まさか天井裏にいる間者じゃねえよな?」
冗談半分で天井を睨み付ければ、相手はすぐに引っ掛かる。うっと苦しげにうなった後、咳き込んだ。どうやら本当に間者を潜ませているようだ、後で小十郎に調べさせるとするか。
やれやれ、と呆れたため息をつくと、相手はめげずにななしの話をべらべらとしゃべり出した。
「私が見るに、どうもその娘は・・・そのう、誠に申し上げにくいのですが、政宗様には似合わぬかと」
「ほう、そりゃどういう意味だい?」
「こう申してはなんですが、どこも秀でた部分がなさそうで御座いました」
「Ha! アンタ、なかなかの目利きだな。まったくその通りだ」
「そうで御座いましょう」
ホッとしたような表情を浮かべる男は、両手をこすりあわせながらヘラヘラと笑い繕う。俺が同意したことで、機嫌が良くなったと勘違いしているようだ。男は余計に話し続ける。まるで俺の親になったかのように俺を案じているように見せかけているが、それが全然違うことはわかりきっている。
「何より一番拙いのは、将来のことです。身元がわからぬとあれば逃げても足がつけにくいということです。あのような、どこの馬の骨ともわからぬ女子は、またふらりと何処ぞへ消えてしまうでしょうに。その時に政宗様は女に逃げられた者として世間に笑われてしまうでしょう」
「・・・・・・・・・成程そうかもしれねえな」
「ええ、ええ、きっとそうで御座います。その居候の娘こそ伊達の栄誉をほしいままにしようと企む悪女なのです。ですから」
「・・・だがな、気をつけな」
「? 何をですかな?」
「いくら正しくても、たとえ充分にあり得ることでも、それが間違いになる時もある」
「・・・?」
床の間に飾られている刀をちらりと見やって、俺は固く震える拳をゆっくりと開いた。これでぶん殴るのは我慢できる。ただ刀にはあまり目をやらねーほうがいいな、そのうち本気にしちまうかもしれねェ。
「あいつを下手に評価しただけ、アンタは自分の寿命をぐんぐん縮めてるってことさ」
なんとか抑えていたがどうにも我慢ができず、俺は冷えた表情を浮かべた。声がいつもよりも低い。自分の目が男しか映していないこともわかった。そしてそれに臆された男は、ごくりと生唾を飲み込んでいる。
なんだこのむかむかした気持ちは。今すぐにでも斬り捨ててやりてえが、如何せん相手は敵じゃねえ、客だ。ここは話でケリをつけるか。
「アンタはあいつを何も知ってねーし、何より知ろうとしちゃいねェ。・・・アンタに、あいつを語る資格はない」
きっとこれは、ある意味での、嫉妬にも似た感情だ。なぜ初対面にも近い男に、勝手に自分の女の話を持ち出されなくちゃあいけねーのか。何も取り柄がないことは認めてやる。顔も美人というほどでもねーし仕草なんてそれこそ女らしくねえ。だが、しかしだ。
「・・・ククッ、Sorry. びびらせちまったな」
「・・・・・・い、いえ・・・私こそ出過ぎた発言を・・・」
この醜い感情を相手に悟られないうちに、俺は表情を崩した。前髪をかきあげながら軽く笑い、冗談のように、しかし忠告でもある言葉を相手に突きつける。
「娘を自分の出世につかうくらいなら、まずはアンタ自身の贅沢を減らすことだな。その贅肉をそぎ落とすことから始めるといい」
「な・・・!!」
「帰りな」
「・・・・・・」
俺のような若造にここまで言われて、心中穏やかじゃねえだろう。もしものことを考えて、戦の準備でもしておくかね。まあ相手はたいした人脈もねえ大名だ、すぐに終わるだろう。
大名のギラギラした目を笑ってはねのけ、手をひらひらと振ってやる。
「Have a Happy New Year.(よいお年を)」
それでも、俺こそ気分が良いわけではない。
『あのような、どこの馬の骨ともわからぬ女子は、またふらりと何処ぞへ消えてしまうでしょうに』
その何処ぞが、もし、ななしの時代であったら、俺はどうすりゃいいんだかね。
そして、俺は今、そのななしを傷つけようとした。幸いそれは小十郎により阻止されたが。小十郎がななしを庇い、俺の投げつけた皿を背中に受ける。それぐらいで小十郎が痛みにうめくはずはねえ。しかしなぜか、自分の背中に痛みがはしった。まるで自分が投げた皿が、俺の背中に直接当たったみたいに。
俺はなぜ、こんなことをしてるんだ。自問自答して出たのは、昨日のことだった。あの発言が耳について離れず、俺を未だ悩ませていたのだ。そしてななしはそんな俺を励ましてくれていた、というのに。
自分のしでかした行動がが信じられず、小十郎を見て、ななしを見る。
俺と目があったななしは怒るでもなく泣くわけでもなく、
「おい待て、ななし!!」
小十郎の制止もむなしく、あいつは広間を飛び出した。
それからしばらく、部屋は沈黙に包まれる。その間に、頭が冷える。
冷えた直後、俺は自分の頬をぶん殴った。
「!!」
「ひっ筆頭・・・!」
「政宗様・・・」
部下の目の前だとか、みっともないとか、それこそくそくらえだ。女を泣かせるどころか、暴力を振るおうとした。今ここに真田幸村がいたら、俺は黙って殴られるし、相手も思いきり殴ってくれただろう。
そのうち、成実から事情を聞いたらしい小十郎は、静かに口を開いた。
「政宗様」
「・・・・・・・・・」
「あの者の話は、お気になさらぬよう。・・・貴方は、正しい」
「・・・小十郎」
救われた気分だ。小十郎の促すような首肯に、俺はすぐに立ち上がりアイツの後を追った。きっと今頃、部屋で泣いてるに違いない。あいつは無駄に意地っ張りだから、人前であまり泣きたがらない。そのくせ泣き虫なんだ、ただ今回は俺がその原因なんだがね。
そうしてすぐに着いた、ななしにあてがわれた部屋は、ふすまが開きっぱなしになっていた。少し違和感があったが、気にせず廊下を踏みしめ、ふすまに手をかける。そして部屋を見回した。
「ななし・・・?」
ななしがいねェ。部屋を見回しても姿はなかった。ここじゃねーとすればいったいどこにいったのか・・・しかし、城内には必ずいるはずだ。城下に降りているわけもない。すぐに小十郎に言って探させようと思い、踵を返した時。
背後の畳に何かが落ちた音がした。すぐに振り向きあたりを睨み付ける。
「・・・隠れてんのか? ななし」
部屋全体に問いかけてみるが、返事はなかった。というよりも、それはない。この部屋には隠れる場所も隠れることのできる家具もねーし、落ちた物は部屋のど真ん中だ。わざわざど真ん中に物を投げる理由はねェ。何よりこの俺が気配をよめないわけがない。間違いなく、今、この部屋には俺以外の誰もいない。まさか忍か?と素早く殺気を出すが、応えはなかった。何より各国の優秀な忍は、今、俺よりも織田に向いているだろう。それにななしをさらう意味もない。あいつは本当に何もできない女だ。人質としてならわからないでもないが、なぜわざわざ年の瀬なのか。この線は薄い。やはり城内を探すほうがいい。
不思議に思いながら、中央へ足を戻す。そして落ちていたのは、ななしが日頃隠れるようにして(実際ばれてるけどな)弄んでいた、長方形の箱だった。穴の貫通した部分に紐が通たれ、その紐についた色々な形をした飾りがぶらさがっている。少し揺らせば、ちりんちりんと小さな鈴の音が耳に響く。
「・・・・・・」
なぜ、ななしの持ち物はあるのに、ななしがいねーのか。何もわからないまま俺は、あいつの忘れ形見を握りしめた。どうかいてくれ。この城内に。
ふと、あの台詞を思い出す。同時に、嫌な予感も冴え始めた。
「ななし・・・・・・!」
迷子になったのはどっち?
政宗は怒ったり真剣な時は異国語を使わないという偏見がわたしにはあります。