本編
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「久しい光景だわ・・・」
木の頂点につま先立ちし、奥州を眺める。ここ五年、色々な地方で情報収集をしていた私は、ようやくその情報を握って故郷に帰ってくることができた。五年も貯まっている情報は最近のも入っており、きっと奥州に、いや、政宗様に貢献できるに違いない。
早速 入城し小十郎様に挨拶をすませると、着物に着替えた後に政宗様の元に通される。政宗様は五年前に比べてとても立派になられ、たくましい領主へと変貌をとげていた。それがとても嬉しいのだ。この方であれば、この男が奥州を束ねていれば、私の故郷がなくなることは絶対にないと安心できる。だからこそ、私は五年も故郷を忘れ仕事に没することができたのだ。
しかし、だからといって長々とここでくつろぐわけにもいかない。五年分の報告を終えた後、すぐに旅立ち、新たな情報を仕入れなくてはいけないのだ。そのため感謝の意をこめ深く礼をした後、すぐさま本題に入った。懐から巻物を出し、政宗様に献上する。しばらく黙って読んでいた政宗様を、うつむかせた顔を少しあげて見上げてみる。本当に凛々しいお方だ。もしこれが恋慕の情であれば私は忍失格だけど、違う。単にお慕いしているだけだ。それに見ればわかるのだ、この人は私を女として捉えてない。自慢ではないけれど、大切な部下だと思ってくださっている。
「・・・・・・(それでも、なんだか寂しい気持ちになるのはどうしてかしら・・・)」
これ以上考えるのはよそう。そう思って目をつぶった時だった。
私が背中をみせている方向には、廊下につながるふすまがある。それがほんの少し開いていることに気づいた。さっきから風がふいていると思ったけど、きっと後ろのふすまが原因らしい。奥州にまだ雪は降らないけれど、最近は寒い日々が続く。政宗様に体をこわさせぬため、閉めようと思い、そっと腰をあげてふすまの方に体を向かせる。
「・・・・・・?」
「・・・・・・」
そして、ふすまの向こう側にいる目と、視線がからみあった。顔の半分だけがふすまからのぞき、体はふすまに隠れている。その目はしばらく見つめていてもまったく瞬きせず、睨みも笑みもうかべずに、ただ眺めているだけだった。誰だろう、顔だけで判断するしかないけれど、見覚えのない、どうやら女子。このような女子は見たことがない。忍び込んだのかと疑いが浮上したが、殺気のかけらも感じないし、忍ぶなら天井やふすま越しなど、姿を見せるはずがない。きっと私が奥州を出ている間に新しく入ってきた女中なのだろう、と簡単に思ったのがいけなかった。
女中なのだから、すぐにふすまを閉めてくれる。そう思いこんだ私が政宗様の前に戻った時、ちょうど巻物がまき直されていた。政宗様は巻物を握ったまま、脇息にもたれた。そして軽くため息をついて、にっと笑う。
「ご苦労。だいたいの他の国状は把握できた。相変わらず乱れてやがるな・・・」
「はい。それからあまり大きな声では申せぬことが一つ」
後半の部分は、まだ感じる視線のことだった。わざわざ振り返らなくてもわかる、あの女中は盗聴をやめていない。たかが、というわけではないけど、この情報は勿体ぶる意味でもなく、大きな声では言えない、重要なことだ。
政宗様は目を鋭く細め、「OK.」と頷かれた。
「そうか、それならもう少し寄りな」
「はい」
一歩踏み出した途端、後ろからミシッと音がした。え、と本能的に振り向い(てしまっ)た私の目に、鬼が映る。
先ほどまであったのは顔の、しかも目だけ。しかし今は違う。半分顔を出し、さらにふすまを彼女の手が握っていた。そして、その指がおかれた部分に、バキッと勢いよく穴が開く。
まったく状況が理解できない。あの女中はなんなの? ただの女中にしてはどこかおかしいし何よりあんな握力のある女が、女中? うすら寒さをおぼえながら政宗様に小声で尋ねてみると、返事は簡単なものだった。
「まっ政宗様・・・あの女中は・・・」
「No. 女中じゃねえ、居候だ。気にすんな」
「は、はい」
気にするなと仰るけど、実際被害にあっているのは正直いって私だ。女中ではなく居候のようである女は、明らかに私を敵視している。親や友を殺された恨みをはらすべく、という目的は違うだろう。私は忍であるけれど、人を殺めたことはない。密偵が主体の忍なのだ。
なぜ私が見知らぬ女に恨まれなくてはいけないのかまったくわからない。それでも一つ思ったのが、握力が強い女は居候、つまり傭兵なのではないかということ。忍ではない。傭兵ならば納得・・・・・・できない、かもしれない。
しかし、背後に気をとられるわけにもいかない。私の目的は任務の報告のみ。
「近々・・・・・・」
「オンベイシラマンダヤソワカ・・・毘沙門天よ・・・我に力を・・・ッ!!」
「政宗様、後方から殺気がするのですが」
声を出した瞬間、数珠がじゃらじゃらと鳴り、続いてうなるような低い声でとなえられた真言。これは毘沙門天だ。毘沙門天といえば越後の竜・上杉謙信。
そう思いながら半泣きになりながら政宗様に訴えたものの、また「気にすんな」の一言。いえ、政宗様。気にせずにいられません。忍としてはまだ浅はかですが、こんなに女からの敵視を向けられたのは初めてのことです。
「(もしやあの者は、政宗様をお慕いしているのでは・・・)」
「・・・そんなにアイツが気になるってんなら、追い出すか」
「い、いえそのようなことは・・・!」
「嘘つくなよ、アンタ顔に出ちまってるぜ? あんなabnormalなやつ、初めてだってな」
「は、はあ・・・」
五年も異国語から離れていた私は、政宗様のお言葉の一部がよくわからなかった。それでもわかる、今の「あぶのーまる」は決して褒めていない。
政宗様が、側にいた小十郎様に何かを耳打ちする。すると小十郎様は首肯と同時に席をお立ちになった。どうやら本当にあの女を離してくださるようだ。口に出しはしないけど、正直安心する。敵として何度も修羅場をくぐり抜けてきたけれど、あんなに私怨の敵視は初めて。躊躇なく殺すわけにも詰問するわけにも、何より政宗様が「気にするな」と仰るのだから、どう対処すればいいのかわからなかった。
小十郎様がふすまに手をかけた瞬間、勢いよくすぱん!と閉めた。途端廊下側から「おぎゃー」と赤ん坊が生まれたような奇声があがる。もしや挟まれたのだろうか。同情しそうになったけど、どうやら彼女は手を引っ込めたらしい。
「酷い小十郎さん! 今のは黒ヒゲも真っ青な危機一髪ですよ! 指がちぎれたらどうするんですかバカー!」
「なっ(小十郎様に対して馬鹿?!)」
小十郎「さん」と呼ぶだけでも仰天ものなのに、抗議の声を平気であげるなんて。無礼にもほどがあるのにも関わらず、小十郎様は無言のままだった。唖然呆然とする私をよそに、政宗様はどこか楽しそうに傍観している。
そして、小十郎様もふすまの向こうに消えた。その後は、女の声だけが聞こえる。小十郎様の声は低いため聞こえずらいが(きっとこちらの報告に邪魔にならぬよう気を回してくださったんだろう)、女の声は遠慮ない。もともと声が高いのも手伝って、ふすま一枚ごときで防ぐことのできる音量でもなく、筒抜けだった。
ちなみに、その声の前に一発小十郎様の拳骨が下ったのは、音でわかった。
「いたァァ! 何すんですか小十郎さんのバッ嘘です、調子にのりました。その、お客さんが来てるから、暴力はないだろうとか思ってました。すいません。えっいや違いますよ! 私前々盗み聞きとかしてません、常に脳みそは政宗さんでいっぱいです! ・・・いや今のは変態だからとかいうんじゃなくて、ただ純粋に政宗さんと今後の将来について真剣に考えてただけで・・・いやだから違いますって、私まだ変態じゃありません!! 政宗さんの見えにくい愛がほしくてつい24時間いつでも後を追っかけちゃう、可愛らしい乙女なだけですううう!!!」
「それを変態っつうんだボケナスがァァァァッ!!!!」
突然の、しかも小十郎様の久々に聞く怒鳴り声に、私は反射的に肩をすくめてしまった。いつ聞いても恐ろしい。特に政宗様関連になると、小十郎様は熱くなってしまう。
続いて、ずるずると何かが引きずられる音、あの女の声がどんどん離れていくのがわかった。そして再び奇声と抗議の声があがる。しかし、その言葉のほとんどが私にはよく理解できない。
「うわああああ駄目なんだって小十郎さん!! あの人が政宗さん目当てだったらどうするんですかっ。そしたらバリバリ最強NO.1どころかバリバリ浮気100%でしょ?! 現場おさえないと慰謝料もとれませんし!!」
「奥州の忍とてめーみてェな変態を一緒にすんじゃねェ。それに心配すんな、そんなに雷が好きならお前の脳みそを今度避雷針がわりに使ってやるよ」
「えっそっちのバリバリじゃなくて・・・って、あの? ちょっ、こ、小十郎さん? そっちは池で、しかも今は初冬という時期でちょっなっま」
説明口調の後に続いて、ばしゃーんと何かが水に入れられた音が耳に入ってきた。
・・・最早何も言うまい。五年の間に、どうやら米沢城は変わったようだ。色々な意味をこめて。
とにもかくにも、ようやく静かになった空間になると、私は一つ咳払いをして、報告を無事に終えた。
全ての情報を政宗様に渡し終えた。その達成感から今までの疲労感が押し寄せてくるが、私には休む暇(いとま)などない。すぐ次の情報を仕入れなくてはいけない。
が、その前に。
浮かせた腰を再びつけると、私は政宗様に失礼ながらも口を開いた。
「あの、政宗様・・・。出過ぎたことかもしれませぬが、お聞きしとうございます」
「なんだ? 言ってみな」
「はい。あの女は、・・・いえ、あのお方はいったい何者なのでしょう。見たところ敵でも忍でも傭兵でもなさそうですが・・・」
「あの女か。ななしっつう名前なんだが、アンタが聞きたいのはそれじゃねェんだろう。・・・そうだなァ。アイツが何者かって?」
あごに手をそえ考え、政宗様は口端をあげて答えた。
「俺のgirl friend. ・・・だな」
「・・・・・・左様ですか・・・」
あまりにも楽しげに、得意げに仰るものだから、それ以上尋ねることができなかった。
こうして一つの疑問を残したまま、私は再び奥州を出たのだった。次に会った時、あの女性はどうなっているのだろう。これは少し、楽しみかもしれない。
けれど、いや、それにしても、
「があるふれんどとはなんだ?」
これでも「政宗の浮気疑惑にすねるヒロイン」リクです(えええ)かわいらしさもシリアスのカケラもないっていう。むしろくのいちさんが可哀相だ・・・なんだこのヒロイン。