パッカパッカと音がする。それは下から聞こえてきて、妙に生々しいというかなんというか、なんだろう頭がカッカしているというか、胃液が逆流しそうというか、

「というか地面近ーーーー！！！」</big>

　何がどうなってるのかさっぱりわからない私は、馬の背に足をひっかけていなかったら間違いなく地面に優しくちゅーしていたほどの位置にあった。つまり、足が上、頭が下の状態だ。そんな、ギャグマンガじゃないんだから・・・ッ！
　絶叫した私に気づいたのか、私が気絶する寸前に聞いた声がまた降ってきた。

「Good morning,ななし」
「！　そっその声はダーリン！　・・・あれっ？　おかしいなダーリンの声が随分上から聞こえてくるんだけど！」
「そりゃそうだ、俺が目ェ離してる隙にアンタずるずる落っこちまうから」
「なんで私が悪いみたいな言い方になってんですか？！」

　まったくうちの旦那ときたら！（あれっなんだか猿飛さんみたいな言い方）　ひいひい言いながらも、私は自力でお馬さんの背中に全身を乗せた。ふう、とため息をつくと、あたりを見回す。どこかの山道みたいだけど、甲斐じゃなさそうだ。真っ暗な中、月が酷く明るく道を照らしてくれている。
　こちらに背中を向けている政宗さんにたずねると、どうやら甲斐から奥州に帰っている途中のようだ。・・・でも。

「・・・政宗さん、このスピードで奥州に着くんですか・・・？」
「そりゃあ着く」
「いや、そういうんじゃなくて。・・・今日中に」
「Don't be unreasonable.（無理言うな）」

　私はあまり英語にあかるくないけど、ドントビーという言葉からして、駄目っぽい気がする。というか無理だ、絶対に。車や電車の世の中ならともかく、一番早い交通手段が馬で、しかもそのお馬さんは今かっぱかっぱとゆっくり歩いている。甲斐と奥州がどれくらい離れているのかは正確にわからないけど、とりあえず野宿するんだ、とは理解できた。
　・・・・・・野宿？

「・・・・・・寒気がする（ななしの奴、妙なこと考えてやがる）」
「それなら、ななしがあっためてさしあげますわ☆」

　すすす、と政宗さんの背後に寄り、ぴったりとくっついた。ところがどっこい、さすが私の夫は反撃も素早いもので、私が自分の腰に手を回す前に、先に私の肩をつかむと（体は前を向いたまま）、斧か何かを振り下ろすかのごとく、前にたたき落としたのだ。
　馬と一緒に、私はヒヒン！と嘆いた。

「酷いです政宗さん！　馬に謝ってください！」
「自分はいいのかい」
「あっ私はいいです、謝るよりチューを」
「・・・何度転んでも起きるな、アンタは」

　呆れた声の政宗さんだけど、私は謝るとかちゅうとかどうでもよかった（あ、いややっぱチューはな・・・！）　政宗さんが近くにいるのだ。それがとても嬉しくて幸せで、心からホッとした。振り向くと、いつもの政宗さんで、手綱を握っている。その手綱と政宗さんの間に器用に入ると、私はニッと笑った。

「お久しぶりですね、政宗さん」
「ああ、ご機嫌そうで何よりだぜ」
「えへへ、そりゃあもう！」
「ほお・・・」

　眉根をぴくりと動かした政宗さんに気づかず、私は甲斐で楽しかったことを話した。勿論、真田さんに０．１％ほどときめいたことは秘密だ。話し終わった後、政宗さんは一言だけもらした。

「どうやら、ひねりつぶすだけじゃ たらねーみてェだな・・・」
「え？　なんて言いました？　何をひねるって・・・」
「いや、・・・帰ってからのお楽しみだ」
「えっ」

　もしかして、奥州では私の「おかえりなさいパーリー」をやってるんじゃなかろうか！　えへへ、やっぱ伊達の妻ってなかなか豪勢なんだね！　きっと政宗さんは何かご馳走を作っていたけど私のためにわざわざ甲斐にやってきて、帰ったらそのご馳走を作らなくちゃな、イコール（何か材料を）ひねりつぶさなくちゃな！みたいな風なんだ。そう思うととっても楽しみ！！

「早く着かないかなっ、奥州！」
「そうだな。早く着かねーとなァ」




　
　　




　奥州に到着した後、私はすぐに布団に入って寝た。この時ばかりは政宗さんと一緒に寝ようとか思うよりも先に、疲れがたまってしょうがなかった（後で考えたらすごーくもったいなかったんだけどね・・・）
　そして目をぱっちりと覚ました時、外はお昼。
　目の前には、よりによって、

「こっこここここ！？」
「鶏になったのかテメーは」

　小十郎さん・・・！　そういえばこの人とケンカしたまま奥州出たんだっけな。ていうかなんでこの人がいるんだろう。まさか、と思って周囲を目だけで確認してみても、私の部屋だった。
　あぐらをかいていた小十郎さんは、鼻をつまんで苦い顔をした。

「お前、くせーな。さっさと起きて体洗ってきやがれ」
「ひっどー！！　女の子にむかってくさいとはなんですか！　そんなこと平気で言う男はモテませんよ」
「悪ィな、現実は逆だ」
「むきいいいい！！！」

　間違ってる、世の中間違ってる！！　こんな極悪非道・略して極道な男にどうして女性が惚れるのか！？　きっとこの男は他の女にはクールでワイルドな一面しか見せてないんだ。かーっいるんだよねこういうカッコつけたがりの奴！！
　・・・という以上の文句諸々を心の中だけですましたものの、顔には出ていたようで。

「・・・・・・おい、なんだその顔は。文句あんのかコラ」
「イエイエイエイエイエイエ滅相もありません～」
「嘘ついてんじゃねーぞクソガキ！！　むかつくんだよそのわざとらしい無表情！」
「ホギャアアアア！！！」

　こめかみを同時におさえられ、情けない悲鳴をあげる。その苦しみからやっと解放された時、私はようやく小十郎さんにたずねることができた。

「で、どうして小十郎さんがここにいるんですか」
「お前に言うことがあってな」
「・・・・・・それなら、私も言うことがあるんです」

　きっと、甲斐に行く前の会話のことだろう。私だってあのまま水に流すつもりはない。そしてどうせなら、この際ハッキリ言ってやりたい。寝かせていた体を起こし、正座をすると、小十郎さんと真正面に向き合った。そして、口を開く。

「私、小十郎さんに言われました。尻軽女だの、一方的につきまとってるだの、なんも考えちゃいねーだの、相手にしてるのはただの『男』じゃないだの」
「・・・ああ、言ったな」
「全部あってます」
「・・・・・・」

　尻軽女はともかく（真田さんは本当にちょっとだけだし！）、一方的なのも、政宗さんの気持ち考えてないのも、政宗さんは天下を狙う伊達政宗で、それにまず、私はここの時代の人間じゃない。たしかに全部あっている。
　それでも、言えることがあるのだ。
　膝の上にのせた拳を握りしめて、目つきを細める小十郎さんを見つめ返した。

「あってる、けど、それでも私 政宗さんが好きです。自分勝手だけど、この想いは本当に止められませんっ」
「・・・一つ聞く。お前にとって政宗様は、一体どういうお方なんだ？」
「それは勿論、ありのままの政宗さんですよ。伊達家の当主や奥州の筆頭や、強くて立派な将軍とか、そんなちゃらついたブランドのない、たった一人で存在する『政宗さん』が好きなんです」

　もし政宗さんが伊達家の当主じゃなくなっても、筆頭じゃなくなっても、強くなくなって将軍を引退しても、私は好きでいつづけられる。彼が彼である限り。
　黙り込んだままの小十郎さんは、私を厳しい目つきで見ていたのをフッとゆるめた。そして一言、

「そうか」

　とだけ。
　このとてつもなく短い返事になんだか拍子抜けしてしまったけど、でも、小十郎さんの言いたいことはなんとなくわかった。これは言葉では言い表せられない。それでも伝わったんだから、それで充分だ。それに、なんとか小十郎さんと仲直りできたっぽいしね！　小姑だといっても、ケンカしたままじゃ気まずいだけだし、良かった。
　張りつめていた空気が和らいだ時、私は小十郎さんに促した。

「それで、小十郎さんはなんの用だったんですか？」
「あァ、政宗様がお前をお呼びだ。行くぞ」
「えっマジですか。そろそろ婚約指輪くれる時期だから？」
「・・・そのむかつく程の前向き思考はいい加減やめろ・・・」
「そうじゃないと私まったく見当ないんですよ！　なんだろう、小十郎さん知ってます？」
「大体は見当がつくぜ？」

　小十郎さんがあの時にやりと笑った意味、そして政宗さんが言った「ひねりつぶす」を、身をもって理解し体験することになるのは、数分後のこと。









「あれっなんで剣を持ってん…ギャア！」
お祭り編終了！　小十郎さんと仲直りできてよかったネ☆