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半間修二

刺すような視線がこちらに向けられていることに気が付いたのは、少し前だ。彼がこちらを見ている。ぬるく、はりつくような視線がわたしに膜のようにまとわりつくのを、理性をなくした頭で感じている。
あはは、と大きな声で笑うと、視線は強くなる。ひざ丈のスカートから覗く足にそそがれる視線を、愛おしく思いながら受け止めていた。

彼は、わたしの彼氏の友達だった。彼氏は暴走族に入っていて、半年ほど前に彼氏から彼を紹介されたのが、出会いだった。半間修二、という名前を聞いたとき、初対面のはずなのにどこか懐かしさを覚えた。

何度か飲みに行ったり、暴走族の集会に参加したりして、半間くんとは顔を合わせた。半間くんは、わたしが首を痛くなるくらい見上げないといけないくらい背が高かった。上目遣いに見上げる度に、彼はどこか嬉しそうに目を細めた。

今日も、彼氏の家で半間くんを含めた数人で宅飲みをしていた。
使い慣れたキッチンでかるくおつまみを作る背中に、視線がささる。振り向くと、半間くんの金色の瞳が細く弧を描いていた。半間くんはよく、こっそりとわたしをみている。
友達同士で騒いでいるとき、集会のとき、最後に手を軽くふりながら別れるとき、半間くんの視線がわたしの肌に刺さるのをかんじていた。

彼氏も彼氏の友達も、強いお酒をあけて騒いでいた。ぐちゃぐたちゃ、ぐだぐだに酔いながらも、テレビをつける。深夜の番組ではアダルトな内容が流れていて、女優と男優がキスする音が、狭いアパ―トの部屋に響いた。

おつまみの乗ったお酒を持ってリビングに戻る。わたしも酔いたくて、度数の高いお酒をいっきに飲んだ。頭の奥が殴られたようにくらりとして、床に座りこむと彼氏がわたしの肩を抱いた。顎を掴まれてキスされる。彼氏はあまりキスが上手じゃなかったけど、彼氏のメンツのために甘い声を漏らした。声が大きくなる度に、耳や頬の辺りに、じっとりとした熱が含まれる視線を感じた。

実際のキスの水音と、テレビからの音が混じり部屋に反響する。半間くんからの視線はやがて焼けつくように強くなった。口笛を吹いて他の友達が煽る。
テレビの中ではキスより先に進んだ。わたしは、彼氏に肩を押されて床に押し倒された。半間くんの視線は、キスをする唇に注がれた。下着に彼氏の手が触れないうちに、彼の体からがっくりと力が抜けた。

酔いすぎて寝たらしい。わたしに寄りかかる体重をどかす。見慣れたはずの天井が知らない家のように
思えた。

酔いで頭がぼやけていて、なにも考えずに天井を見上げた。誰も、動かなかった。彼氏も彼氏も友達も寝てしまったのか動かなくて、テレビだけが動くのが気配でわかった。
体を起こそうとする。その瞬間、熱をおびた金属のような金色が、わたしの目の前に現れた。

息が、できなかった。
しらないうちにわたしのくちびるは塞がれていて、彼氏とは味の違う舌がわたしの口内を犯した。
金属は溶け、わたしの目の中にも流れこんでくる。
はんまくん、と呂律の回らないまま口にした。

「ははっ、みんな寝ちまったなあ」
「ね、やめて、おねがい」

どこか、これを期待していたのかもしれない。抵抗の声にちからがない。半間くんは薄く微笑みながら、渡たしの頬を掴んだ。
わたしの視界には彼の手と、彼が愛おしそうに顔をほころばせる姿しか映っていなかった。かわいい、と半間くんは小さな声で囁いた。

中途半端に高められた熱が、体の芯でくすぶる。
「ん、っ……あ、はん、ま、くん……」
わたしの声は自分でも情けなるくらい媚びがふくまれている。
半間くんはたのしそうにわらう。
「インラン。彼氏以外にキスされてそんな声だすのかよ」
「あは、半間くんこそ、先輩の女に手だしていいとおもってるの?」
「ン、まぁ」
口がふさがれる。アルコールの味がした。
半間くんは、わたしの彼氏の後輩。そしてわたしのことが好きなひと。
お酒で回っていない頭なら、返せない愛情に応えることも赦されるのだとおもう。

「みんな寝ちゃったね。ふふ、半間くん以外おさけ、よわいのかな……?」
「修二って呼べよ、いまくらい」

いまくらい、の言葉に含まれた後悔と切なさが、わたしにはわかる。
いまくらい。
いまくらい、修二くんがわたしにまっすぐに向けてくれる愛情を感じていたかった。

また唇を塞がれる。知らないアルコールの味がした。あまかつた。半間くんののんだお酒が甘いのかわからないけれど、半間くんは、砂糖のように甘い。
砂糖に中毒性があるんだって、と彼氏が得意げに話していたことを思いだした。
中毒性? うわき?
なにも気にせずに、いまは半間くんの甘いキスに浸っていたかった。

半間くんがわたしに視線を向けてくれる度に、女としての価値が高まるきがした。

テレビでは、わたしより美人の女優がセックスしている。
その映像の前で、わたしはわたしに生ぬるい視線をむけてくる彼と、キスしている。

罪悪感と、愉悦が入りまじって、わたしを包む。
「いま、なに考えてんの」
「なんだと思う……?」
「くやしい?」
「なんも。でも、半間くんのこと、かわいいなって、おもうよ」

上から降ってくるアルコールの味が、頭の中を侵食していて苦しかった。
彼氏のことも頭から抜けて、わたしは半間くんがわたしの肌にやさしく触れる半間くんの、大きな手のことだけを考えていた。中毒になりたくない。砂糖にも、アルコールにも、半間くんにも。
薄く目を開けると、金属の瞳は至近距離で、わたしをかたどるようにとろけていた。半間くんのことが愛おしい、と思った。



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