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百神(短編)


すやすやと。
心地好い微睡みの中で思う存分睡眠を貪っていた若者の部屋に、難しい表情を浮かべた…此方は若者とはまた違ったタイプの眉目秀麗な……若者がやって来た。
ふう、と眉間に深い皺を作りながらやって来た彼は、気持ち良さそうに眠る若者の身体を容赦なく蹴りあげる。


「うごっ…!?」


これには流石の若者も悲鳴をあげるしか無かった。
容赦なく蹴りあげつつも若者が起きればそれ以上の攻撃をするつもりは無かったらしい、が、其れでも端正な顔立ちには似合わない険しく難しい表情はそのままに、彼は若者を睨み付けていた。


「えーと、何?」


そう声を掛けるも、彼は用件を言おうとはしない。
悟れと言う事だろうか?…いやいや、まさか。
若者は鈍い頭でぐるぐると考えを纏めていこうとしたが、いかんせん彼とは余りにも交流が少ない事実を思い出し、『あ、無理だな』と考える事を放棄した。
そもそも無駄じゃないか、コミュニケーションが測れない相手の気持ちを悟れってのが土台無茶な話なんだし。


そんな不躾かつ理不尽な起こし方をしてきた彼が漸く口にした言葉は「付いて来い」と言う、何処までも命令口調な、コミュニケーションなんて有ったもんでは無い俺様的な、そんな横柄な言葉だった。
本当は付いて行かなくても良いんじゃ無いか、若者はそう思ったが……また蹴られては堪らない、とのそのそ起き上がる。


「わざわざ叩き起こさなくても、おれはきちんと聞こえてるんだけどなあ…」


そんな細やか過ぎる抗議だけは忘れずに。
彼は無言だった。無理矢理叩き起こしておいて、何だその態度…と流石に声に出して文句を言ってやろう、と若者が彼の肩に手をやった、その時。


「着いたぞ、此処だ」


そこは古ぼけてはいるものの、何とも造りは立派な…所謂”とある宿屋の部屋のドア”だったのだが、若者は「あれ?」と間抜けな声を出した。
こう言う施設を利用しなくてはいけない者を若者は知っている。否、利用している者に若者も、目の前に居る”彼”もまた助けられたクチなのだから、知らない訳が無い。


でも、その……何故だろう?
若者は益々首を傾げる。
もしこの部屋に居る”者”が、若者もよく知っている”彼女”だとすれば、彼が自分を連れてきた意味が分からない。
一応は自分も”男”に分類されるのだから、否、勿論目の前に居る彼も”男”だけども。


混乱する若者を無視して、彼は慣れた手付きで部屋の扉を開けた。
小さく纏められた荷物を見ても、『嗚呼、やっぱり彼女の部屋だ』と若者もまた認めざるを得なかったのだけれど。


「……変な真似をしたら、その首が飛ぶと思え」

「いや、そんな真似しないけど……」


ギロリ、と。
凄まじい程の眼光で彼は若者に釘を刺す。
そもそも眠っている年頃の娘の部屋に男二人が居る状況がどうなのか、と言ってやりたいが……この様子ならばきっと彼は頻繁に足を運んでも『怒られない』関係を築いているんだろう、と若者は理解した。
すなわちこの部屋でイレギュラーな存在は自分だけ。


「あの…何で、おれを連れてきたんだ?」

「………………」


彼は何も言わない。
だけど今までの不遜な態度では無くて、何処か哀しそうな…悔しそうな、そんな表情を浮かべているだけで。
此れは仕方ない、彼が言わないならあの子に聞こう、と若者は恐る恐る彼女の顔を覗き込んだ。
彼女は眠っている様だ、様だったのだが……。


嗚呼、そう言う事か。
若者は漸く全てを理解した。
何故、彼が己を連れてきたのか。何故、この部屋だったのか…解ってみれば何と単純かつ無難な選択か。


「……私では、出来ないから」と、若者が眠る彼女に近付いている時に彼は呟いた。
苦しそうに呟いた彼はもう居ない。
確かにそうだろうな、と若者は苦笑する。
此れが、例えば魔神と戦いに行くとか、強い魔物を倒しに行くとか、とにかく戦いに関係する様な事なら彼も此方に助けを求めたりはしなかっただろう。
むしろ意地でも自分がその役目を担おうとしたに違いない。それが出来なかった、だからあんな風に起こしに来たのだ。
有無を言わさず連れてきたのも、あんな棘の有る言い方しかして来なかったのも、恐ろしい位の鋭い瞳で此方を牽制したのも、全ては目の前にいる”この娘”の為と考えたら頷ける。


全く、信用されているのかいないのか。
兎も角、このままでは彼女も身体が休まらないだろう。それは死活問題だ、彼女は自分達みたいな封じられている神々を解放する役目を背負っているのだから。
そう思いながら、若者は娘の身体を揺さぶった。
直ぐに閉じられていた瞼が開く所を見ても、彼女がここ数日満足に眠れていない事が良く分かる。


「モルフェウスさま…?」


少し呂律の回っていない声が若者の耳に入り込んで来る。モルフェウス、と呼ばれた若者は「うん」と頷くと彼女のシーツに潜り込んだ。
普段はふわふわで触り心地の良い羊の形をした”夢見の枕”を抱き締めている若者だが、その枕は眠れない彼女に貸してあげて。代わりに甘い香りのする彼女を若者は抱き締める。
そんな事が出来るのも、若者が彼女に対して艶かしい感情を全く持っていないからなのだけれども。
ぽんぽん、と彼女の身体を軽く叩きながら、「眠れないって辛いよね」と言葉を紡いでいく。


「おれもそうだったから分かるよ。
毎日毎日本当に辛かった、だから君の気持ちも良く分かるよ……言ってくれれば良かったのに」

「でも…モルフェウスさま、折角眠れる様になったですのに」

「あはは、確かに寝てる所を起こされると堪らないけどさ。大丈夫だよ、だっておれは”夢の神”なんだから…さ」


ぽんぽんと軽く叩き続けながら、「おれなら何時でも君に、素敵な夢を与えてあげられるよ」と紡がれていく言葉に安心して、彼女はゆっくりと夢の世界へと導かれていった。
段々と力の抜けていく娘の姿に安心して、若者もまた再び睡眠を貪り始める。


すやすやと。
心地好い微睡みの中で、本当はこうやって一緒に眠ってやれば良いだけなのにな、と今は居ないあの眉目秀麗だが不躾な”戦の神”に悪態を吐きながら。

───


若者→モルフェウス様。
彼→アレス兄様。
彼女、又は娘→オリ冒険者(♀)のアルデ。

モルフェウス様の喋り方とか、良く掴めないままに書いてます、申し訳ございません。
うーん……モルフェウス様は何時も微睡みの中で喋ってくれてるからなあ、逆に難しいわ。・゜゜(ノД`)
駄文過ぎていて本当に申し訳なく…!
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