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百神(短編)


バレンタインデー。
或はセントバレンタインズデー(英語:St. Valentine's day)と呼ばれているこの日、丁度2月14日に当たるこの日に祝われている行事の一つで、世界各地では……まあ所謂『男女の愛の誓いの日』だと何処かの書物の中に入っていた様な。


そんな事を不意に思い出してしまったのは、きっと彼女が僕をこんな場所に呼び出したからだと思う。
勿論、この天然気味な娘が呼び出した理由として『男女の愛の誓いをする為』に呼び出したとは考えられないし、ただ単純に「素敵だと思いません?」と共感して貰いたくて呼び出したに過ぎないと分かってはいるけれど。



「素敵な場所だと思いません?」



そう興奮気味に尋ねなくても、と苦笑しながらも「……そうだね」と冒険者でもあり解放者でもある彼女に笑みを返した。


確か起源としては、人間達が定めた歴によると269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日らしく、主に西方教会の広がる地域において伝えられた。とか書いていた様に思う。
その聖ウァレンティヌスとやらも、まさか世界中の人間達の文化の中に、此処まで深く浸透するとは夢にも思わなかっただろうね。
そんな事を考えながら、僕は暫く色とりどりの華やかで甘い催し会場に魅入っている彼女の保護気分で眺めていた。



《抜けない棘-ポルボロン-》



「でも……ここが君の来たかった場所?
ふぅん、アスタル師匠とシャマシュが見たら大喜びしそうだな。教えるべきか、騒がしくなるから黙っておくか…」



そう呟きながら景色を眺めていると、「教えないんですか?」と彼女に尋ねられる。
「何故?」と逆に尋ね返すと、彼女もまた「シン様って不思議な方ですよね」と小さく笑っている。



「そんなに不思議かな?僕はそう思った事は無いけれど……」



不思議なのは君の方だよ、と僕は言いたくなったのを我慢する事にした。
あれだけ大勢の神々を解放し、親密を深めていき…今も未だ解放石となった神々の解放に尽力している合間に、こうやって親しくなっている神にも気を配れる所とか。
特に媚びを売っている訳でも無く、ただ自然に心の中にストンと入り込んで来る彼女は本当に不思議な子だと思う。



「あ、そうだ。シン様、これどうぞ」



思い出した様に小さな箱を僕に手渡して来る。思わず受け取った僕に、「パウンドケーキですよ」と彼女は笑った。



「これを僕に?それは、どうもありがとう。…うん、やっぱり師匠にもシャマシュにも黙っておこう。君と僕の時間を邪魔されてはかなわないからね」

「あはは、有難うございます。でも……この時間が終わった後は、シャマを此処に案内してあげて下さいね」

「え?」



「どうして?」と言う前に、彼女は「だって…」と苦笑しながら言葉を紡いでいく。



「ギルガメッシュ様が言ってましたよ、『このバレンタインデーと言う日は、男女の愛を誓い合う日だ』と。
だから何時も肝心な言葉ほど口を閉ざしてしまう月神に、お前からウチの太陽神を呼び出す様に頼んでやれって」

「彼が?全く……余計な事を…」



思わず舌打ちしてしまう僕に、「大切に見守って下さっているんですよね?」と彼女は笑う。
「ただ危なっかしくて手を出してしまうだけだよ」と言い返すと、「思わず手を貸したくなる位には見守って下さっているんでは?」と言い返されてしまって流石にぐうの音も出なくなってしまった。



「きっとね、ギルガメッシュ様もシン様とシャマの事が心配なんですよ。他にも言ってましたよ?
『シンの奴はシャマシュに変な虫が付かない様に、本人の知らない所で異性が近付かない様にしてる様な奴だ』って、『その癖、自分からは何もせずに人畜無害な顔しか見せないから腹が立つ』とも言っていましたし」



つらつらと並べ立てられる言葉の意味に気付かない程、僕だって愚かでは無い。
むしろ言われても仕方のない事を、僕は確かに彼にはして来たのだから。王としての役目を終え、神となった彼には本当に手酷い目に遭わせてしまった、と自覚もしている。
流石に謝りはしないけれど、こうやって彼が口出しして来るのを文句も言わずに黙って聞き流す位で留めているのは、きっと後ろめたさが有るからだろうし。シャマシュの事が有ろうと無かろうと、僕自身もまた彼の事は嫌いでは無いからだろうと分かってはいる。が、それでも……。


それでも耐えられなかったんだ。


ただでさえ地上で"王"として生きていた頃の彼は、太陽神を心酔し苦難な道程を旅する時は決まって祈りを捧げ、そんな彼を太陽神であるシャマシュは特別に目を掛けている……それ位、心の何処かで繋がっていた様な二人が、同じ神の立場となっても今までと変わらず触れ合っていく。
そんな事、僕にはとても耐えられなかったから。
だから再会する前のシャマシュに、僕はソッと小さな魔法を掛けた。この魔法はシャマシュ自身を傷付けない代わりに、シャマシュを心酔していたギルガメッシュの心を少しだけ傷付けてしまう…そんな魔法。



『僕達と同じ"神"となった彼に、"人"の頃のまま接するのは……彼に対する侮辱になるのでは無いか?』



そう一言吹き込んでしまえば、彼女がギルガメッシュと再会した時、どう行動するかは手に取る様に分かっていたから。
分かっていて尚そう言ってしまったのは、きっと僕自身の心の弱さが原因だと分かっている。シャマシュが地上の、人間の彼等を気に掛け…何かしらと手助けする度に、彼等もまたシャマシュに祈り、頼る度に……複雑な感情に支配されていた理由も、きっと全てが分かっていて、だからこそ『僕自身が気付かない様に』と気持ちに気付かない振りをしながら優しい月神(兄)を演じて来た。
エンリル様達に怒られて、シャマシュが僕に泣きながら「わたし、余計な事した?」としがみついて来られた時も、「良かれと思った事でも、相手にとって益々窮地に立たせてしまう場合も有るんだよ」と言う事しか出来なかった。
人間の彼等にとっては抜けなくてはいけない試練なのだから、僕達に出来る事は総てを等しく見守る事だけだとそう悟らせる事ばかり繰り返して言っていた、あの頃はそう伝えて実際に人知れず行動に移す事。
僕はそれを見せる事でシャマシュに教えようとした。



人畜無害、傍から見ればそう取られても仕方のない事だろう。実際は僕こそ正に"彼女の虫"で有ると言うのに。



「あのね、シン様。
確かに今日は『男女の愛を誓い合う日』ですけど、それ以外でも例えば家族だったり友達同士だったり…同僚とかそういうのでも『何時も有難う』って気持ちを込めて贈る風習も有るそうです。だから…シン様もその気持ちでならシャマに渡せるんじゃ無いですか?」

「え?」



確かに、そういう風習になっている地域も有ると文献には書いてあった。
けれどそれに託けて、と言うのも何か違う気がして……「つまり」と、僕は彼女に言葉を発する。



「君が僕達を順番に呼び出しているのは、その気持ちを伝える為…かな」



成程ね。
如何にも彼女らしい、と僕は思った。
彼女もまた「こういう時くらい素直に『有難う』って言いたいじゃ無いですか」と笑いながら話してくれて、僕の中に刺さる抜けない棘を引き抜いてくれようとしているのが伝わって来てしまうから。



「やれやれ、仕方がないな。
……で、僕からシャマシュを呼び出せば良いのか?騒がしいのは苦手なんだけどね」



折れるしか無いじゃないか、そう思った。
でも何か用意していないといけないのかも知れない。
そう思うと、今度は何を渡せば良いのか解らなくなってしまう。



「………参ったな」

「どうかしましたか?」

「いや、いざそうなると何を用意したら良いのかと迷ってしまってね」

「何時も私にして下さる様な、えーと…何でしたかね、あれ……胡桃とレーズンが入ったケーキ。あれならシャマも喜ぶと思いますけど?」

「フティラト・ジャザル?……あれは、シャマシュも良く食べてるし…余り代わり映えがしないと思うから」



思わず呟いた言葉に反応を返して、色々と彼女なりに案を出してくれるけれど、なまじ相手が幼馴染みみたいに育ったシャマシュに渡すとなると『これだ』と言う決定打に欠けてしまう。
「そっかぁ…」と、一緒になってウンウンと唸ってくれている彼女を見ている内に、僕は一つ思い付いた事を口に出した。



「そうだ、アルディリア。
君の故郷のお菓子とか教えてくれないか?……それなら新しいし、シャマシュも喜ぶと思うから」

「私の?………それならポルボロンとか良いかも知れませんね。
クリスマスシーズンには欠かせない御祝いのお菓子なんです」

「ポルボロン、聞いた事が無いから良く解らないけど……うん、君に任せるよ。教えてくれないか?」

「お安い御用ですよ!私も故郷では良く作ってましたし、シン様が良ければ一緒に作りましょう!」



僕の両手を握って快諾してくれた彼女に連れられて、今度は彼女が宿泊している宿の店主に頼み込み調理場を借りると、二人でポルボロンと言う"御祝い"のお菓子とやらを作る事にした。



「ポルボロンは元々修道院で作られたのが始まりなんですよー」

「へえ、そうなんだ」



そんな話も交ぜながら、彼女から教わる侭に焼いていく。
此処にはバターしか無いからバターを使ったけど、故郷ではラードを使っているとか。それでもバターはバターの良さが有るので何も問題は無いですよ、とか。
口の中に入れると、ほろほろと崩れていく独特の食感を持つお菓子だから、溶けない内に『ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン』と3回唱えると幸せが訪れるとか……故郷に思いを馳せながら、彼女から色々な話を聞いた様な気がする。



「それは彼には話したのか?」

「彼?」

「君の大切な火の神だよ。こういう話もたまにしてあげると、きっと彼は喜ぶと思うけどね」

「あー…そうですね。うん、無事にお渡し出来たら話してみます」



そう言って、幸せそうにラッピングが終わったポルボロンの箱を持って微笑む彼女は愛らしいと思った。
やっぱり愛情を伝え合う日、と言うだけの事は有る。
別にチョコレート菓子にこだわる必要は無いらしいけれど、それでもコッソリとポルボロンとは別に可愛らしいチョコレート菓子も一緒に渡すらしい雰囲気を漂わせている彼女を見ていると、こういう催し事は"可愛らしい女の子"が一生懸命作ったり、お店に並ぶお菓子を選んだり、可愛く見える様にラッピングしたりするのが見た目でも似合う気がするし、何よりも"恋する女の子の日"と言う印象を受けてしまうけれど。



「シン様、シン様も頑張って下さいね!」

「何を頑張るのか解らないけど、まあ…呼ぶだけ呼んでみるよ」



───…今だけ、そんな乙女のパワーとやらに背中を押されてあげるよ。



火の神に会いに行く彼女と別れて、シャマシュの居る太陽神殿へと向かう途中……味見の為に残しておいた"ポルボロン"を一枚口に入れてみる。
口に入れた途端にほろほろと崩れていくポルボロンが溶けて無くならない内に、僕はさっき聞いた"おまじない"を人知れず実行していた。



「ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン」



効くかも知れない、効かないかも知れない。それでも効いて欲しいと願う。
神の身分である僕が願掛けなんて変な話だと思うけれど、それでも少しでも幸せになれると言うのなら。



あの扉を叩く勇気を与えて、ポルボロン。



(終)



最初は、シャマシュとティアマトとその他乙女軍団の『恋する彼(夫)に想いよ届け!ドキドキ!大作戦』にしようかと思っていた。
……癖に、蓋を開けるとこんな事になっていた。何故だ!?(笑)
シン様が黒い乙女思考なんだか、ピンクな乙女思考なんだか、いまいち良く解らない位置付けになっていて……何が起こったのか良く解りません。


無理矢理にでも短く、バレンタインに間に合わせたいと思って書いたらこうなっていたぜ!駄目だこりゃ!


シン様、ポルボロンの願掛けしなくて良いから迎えに行ってあげて下さい……多分、シャマは待ってくれてますから。


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