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百神(短編)


武骨でぎこちない指だが、何処か優しい手付きの指が娘の髪を撫でる様に触れている。
その指が『優しい』と感じたのはあくまでも娘がそう感じただけだったのだけれど。


「…………伸びたな」

「冒険出た時から、ですから…伸びる、ですよ」

「そうだな。不便では無いのか?」

「だいじょぶ、ですよ」


旅を始めてからもう数年が経つと言うのに未だ慣れない娘から片言の返事に、娘の髪を優しく撫でていた指の主は小さく笑った。
この娘に途方も無い旅を始めさせる”切っ掛け”を与えてしまったのは自分にも原因が有り、その恩に報いる為にも協力していた筈だったのだが、その旅が一年、二年と繰り返されていく度に、無力な娘と同じ時を過ごす内に『其だけでは無い別の感情が生まれている』事実を認めなければ為らない。
指の主、否…”彼”はそう思っていた。そろそろ認めなければ為らないのでは無いかと、彼はそう思っていた。


考えてみれば可笑しな話だ。
力を奪われ、力を分けられて数個の石に封じられていた彼。それもご丁寧にも複数の魔神がそれらの石を持ち、彼の場合は本の中に魔神ごと封じられていたのだから。
そんな風に封じられていた者は彼だけでは無い。
様々な国の、様々な時代を象徴する、所謂”異国の言葉では八百万”と呼ぶらしい……そんな途方も無い数の者達を救済する旅人に選ばれたのが、今、彼が優しく撫でている娘だった。其だけの話だった。


それでも、そんなにも沢山の本の中から、彼の本を一冊抱き締めていたのはこの娘だったのだ。たった一冊だけでは彼を解き放つ事は出来ない。
それが解っていても、娘はずっとその本を手放さなかった。宝物だと言わんばかりに、ずっとずっとその本は、一人で旅を続ける娘のお供の様だった。


無事に解き放たれてからも、まだ不充分である事が解ってからも、娘は彼を旅の共とした。戦の神だと言う彼に何を感じたのかは分からない。
分からないが、娘は彼の事を「にいさま」と呼ぶ。それは解き放たれてからも、他の神々がどんどん彼同様に解放されていても、漸く本来の力が戻った”今”でも変わらず、彼だけに娘はそう呼んでいる。


「にいさま」


娘は嬉しそうに彼を呼んだ。
小鳥の囀りの様な可愛らしい声に、普段は無表情…良くても無愛想な表情しか見せない彼にしては珍しく、穏やかな笑みを浮かべた。
彼の姉が見れば驚くかも知れない、否…彼を知る神々の誰が見ても酷く狼狽えるに違いない、そんな彼の無意識化に作られた微笑みを知っているのは、彼の紅い瞳に映っている娘にしか知らない……小さな、小さな秘密だった。


武骨でぎこちない指、でも何処か優しくて暖かい掌。
普段は娘の力では到底持てない大きな斧を軽々と持ち、その斧でむしろ楽しんでいるかの様に魔物を、魔神を屠る彼の掌が傷付けない様にと恐る恐る触れて来る。
慈しむ様に撫でられる指が、掌が、娘は大好きだった。
他の神々と彼を比べるつもりは無いが、其れでも戦いばかりに興味を示し、余り浮わついた経験が無かったのか…又はもう既にその類いの経験は飽きる程に済ませてしまっているのか、年頃の娘相手に気の利いた台詞の一つも吐かない。そんな彼だけど。
不器用ながらにも傍に居てくれる、戦い以外の言葉は余り言わない彼だけど、口を開けば「手合わせしたい」や「力の無い奴は放っておけ」と切り捨てるかの様な言葉を発してしまう、そんな彼だけど。


其れでも直ぐに「助けられたクチだから、仕方ない。助けに行くか」と言い訳みたいに言葉を紡ぐ彼が、娘には堪らなく愛しくてどんな魅力的な言葉や、どれだけ素敵な人が現れても彼に勝る人は居ない。娘はそう思っている。
それらを彼自身に伝えるつもりは無いが、娘は彼に甘える様に凭れながら瞳を閉じた。


「……眠ったのか?」


遠くから彼の心地好く低く響く声が聴こえて来る。しかし娘の瞼は硬く閉じられていて、開く気配は感じられない。
暫くして、ふわりと娘の体が宙に浮いた。ゆっくりとした足取りで触り心地の良い布の感触を肌で感じながら、娘は寝かされているのだろうか…と重くなった瞼を開く事が出来ない侭にそう考えていた。
寝かされてからも彼の掌は娘の髪を撫でていた様だったけれど、娘の意識が完全に夢の世界へと落ちたのを見計らってから、その掌をゆっくりと耳に頬へと移動していく。
武骨でぎこちない指が娘の柔らかな唇に触れた時、彼は娘も知らない位の、甘くて何処か熱っぽい微笑みを浮かべながら、薄い唇を娘の唇に押し当てた。
押し当てた、と言っても直ぐに離れていく…それ位の子供同士の触れ合いみたいな口付けだったけれども。


「……お休み、私の…」


ほんの少し離れた時、彼が小さく囁いた言葉を聞いた者は誰一人として居なかった。
娘が彼には決して伝えない言葉と、彼が意識の有る時の娘には決して見せない瞳とそれらを物語る行為と言葉の意味。
『神』と『人間』の境界がそうさせているのか、それとも……それらを口にするのも惜しい位、今の関係が心地好いものなのか。又は、娘の生が終わる時…その時が来る迄、秘密にしていたいだけなのか。


全ては旅の終わりに。

───


書き始めて思った事→あれ、シンシャマじゃない?(´・ω・`)?
書きながら思った事→あれ、アレ主(♀)!?Σ( д )゜゜
書き終わって思う事→あれ、無駄にシリアス?ちょっとどうなってるの!?(笑)


オリ冒険者(♀)は当方宅のアルディリアです。戦の神(ギリシャ)は勿論アレス兄様ですよヽ(・∀・)ノ
オグマ兄さんでも良かったんじゃね?
と思いましたが、オグマ兄さんの場合は軽く気障な台詞も吐けるに違いない(誉め言葉)ので、戦い大好きな不器用アレス兄様の『自覚してる上で本人には明確な気持ちを伝えてない』話にさせて頂きました。
アルデも兄様に伝えてないね、軽く「大好きなのです」は言ってるし甘える仕草もしてるけど、兄様からの溢れる愛情の指摘とかはしないですよ、な展開でしたね。
実際に指摘されたら恥ずかしいなんてもんじゃないよね、『神』と『人間』の境界~を考えてるのはきっとアルデの方が強いと思う。
それらを口にするのも惜しい~のがアレス兄様かな、と何となく思ってます。
流石にシリアス風味で神様とオリ冒険者をくっつけたら駄目かも、と思っての苦肉策ですね。申し訳ございませんm(__)m
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