刀剣乱舞(女性審神者の本丸)
初めて主である彼女に会った時、その見た事の無い風貌に『嗚呼、異国の女人なのか』と納得し、同時に『此れは中々に大変かも知れないね』とも思ってしまった。
何せ管狐の”こんのすけ”曰く、彼女は日の本の言葉を録に話せない。理解も乏しく、そもそも審神者と言う存在も、俺の様な刀剣男士を見たのも初めてだと聞いたからだ。政府は余程、人員に困窮していたんだろうなと思いながらも、目の前の彼女に対して同情の様な物も感じていた様な記憶が有る。
理解が乏しいから殆ど話さない、否、話せない。漸く話したと思ったら年齢の割りに可愛らしい声色で、片言だったり何処か可笑しい言葉になっていたりで微笑ましいとさえ俺は思った。
例えるならば春の陽気、何時もぽかぽかと暖かい日溜まりの様な主は、おっとりとしているが基本的に真面目で、特に料理が好きらしい。尋ねると、主は料理店の娘さんだったのだと教えて貰い、「成程」と納得もしたし、料理なんて全くと言って良い程に出来ない俺や短刀達にとって”主”の存在はとても有り難かった。
《蜂須賀虎徹の教育方針》
人の数、審神者の数だけ本丸も在れば、俺達”刀剣男士”も居る。
俺にとっては彼女の居る”此処”が帰るべき本丸だし、この場所以外に帰りたいとも思ってはいないけれど、なまじ言葉が伝わり難い主だ。審神者である自覚も足りないし、刀剣男士がどういう存在であるかすらも良く分かっていない。
少しでも傷付くと泣きそうな表情を浮かべるし、「大した傷じゃないから大丈夫だ」と訴えた所で、人間と同じ存在の様に接して来る”主”に伝わる訳じゃない。酷い時なんて何処にそんな力が有るのか、と疑いたくなる位の腕力で俺達を抱えて手入れ部屋へと運んでしまう始末だ。
そんな主の元へ顕現されてくるのは短刀と脇差が多く、打刀は俺と大和守くらいしか居なかった。唯一戦力となっていたのは政府から配布された三日月宗近と小狐丸のみ。
そんな頃、戦力かつ勢力を拡大させたいと思った俺達は、主の目を盗んでより厳しい戦場へと乗り込んだ事が有る。
鍛刀では何故か短刀、脇差、打刀しか現れないし、掠り傷程度の傷でも手入れをしたがる様な優しい主。本丸に戻ると審神者の執務の合間に、部屋中の掃除から始まり洗濯やら厨で料理を作ってくれている様な主は、辛さや寂しさを微塵も感じさせない微笑みで片言の「おかえり」と共に出迎えてくれる。
皆、彼女が大好きだ。人間で言う所の『母親』か『姉』か、兎に角『近い存在』の様な主を、短刀達は勿論、脇差達も俺達も…主の微笑みを見ると「帰って来た」と漸くホッと出来る位には。
俺達が無理をして進軍した理由としてはそれだった。
主を喜ばせたかった。政府は何も期待なんてしていないだろうし、右も左も分からない異国の女人を、言葉すら分からない彼女を『審神者』に立て、こんな男所帯の中に放り込んだのだから。だから俺達は少しでも主の役に立ちたかった。主をもっと笑顔にしたかったんだ。
其処で現れた褐色肌の青年は、とてもでは無いが人好きな性格には思えなかったし、「馴れ合うつもりは無い」とまで言い切られてしまったが、その太刀筋は、俺達のまだ微弱な戦力にとって必要な存在だったし、打刀で有るが故に今後進軍する事になるかも知れない夜戦にも役に立つだろう。
彼にとっては迷惑な話だっただろうが、俺達は「馴れ合って貰わなければならない」と必死だった。死活問題だったから余計にだが、俺は一番隊隊長であり近侍である立場を有効活用し、彼を問答無用で副隊長に任命し、序でに近侍の補佐をしてくれと出来る限り”主”の傍で雑用を与えていった。
馴れ合うつもりは無い?
甘えるな。君は今のこの状況を見て言っているのかい?
良く見て御覧よ、この本丸には短刀と脇差と俺達”打刀”と、太刀は三日月と小狐丸の二振りだけしか居ない。鍛刀しても太刀の一振りすら顕現されない程だ。
そんな本丸に来た時点で、君にもそれ相応の覚悟をして貰わないと困るよ。それに……君は、”主”の前でも同じ事が言えるのか?
言っておくけど、君の目の前にいる彼女は、俺達の言葉を殆ど理解出来ない。だからにこにこと笑っているだけだろう?
大倶利伽羅、君、「来てくれて嬉しい」と笑っている”主”にも、そう言って突き放せるのかい?…言葉が通じない相手に?
そう言えば、大倶利伽羅はぐっと口を閉ざして黙々と俺達の中に入って来た。
我ながらに酷い暴言の数々だったと思う。だが、多少であろうとも馴れ合って貰わなければ話に為らなかったし、互いに腹を割って向き合わなければ分かり合うのにも時間が掛かる。
他にも何振りか居ればゆっくり待っても良かった、だけど大倶利伽羅の場合は『速すぎた』。悠長に構えてあげる事も出来なかったのは悪かったと思うけど、と、慣れた頃に伝えると、「今はアンタ達が性急だった理由は良く分かっている。謝る必要は無い」と言って貰えた時は、思わず胸を撫で下ろしたけれど。
その日以降、俺は一番隊隊長と近侍を大倶利伽羅に譲り、俺は副隊長と補佐として色々と助言なり方針を話し合う様になった。
着々と刀剣男士は増えていくが、増える分、厄介な問題事も増えてくる。その度に「どうしようか」と話し合うんだ。二番隊と三番隊にも意見を出して貰いながら、色々と考えを纏めていけるのは有り難いとすら思う。
”主”は相変わらず柔らかく微笑みながら、短刀達にたどたどしい日本語で絵本を読み聞かせていたりで、そんな光景を見た刀剣達は大抵此方の言い分には協力的になってくれるからか、今の所は未だ深刻な問題に直面している訳では無いが。
「なあ、蜂須賀。昨日仕掛けておいた罠の所にちょーっと寄り道しても良いか?」
「ん?ああ、確かこの辺りだったね。良いよ、って言うか…出陣中に良くもまあこんな事を思い付くね」
「しょうがねえだろ。進軍してようが戦ってようが、腹が減る時は飯が食いたくなるし、肉が食いたい時は狩るしかねえんだからよ」
昨日と同じ合戦場に来た俺達に、和泉守と同田貫の二振りがそう声を掛けて来た。
何て事は無い、肉が食べ足りない彼等が「合戦場の周りは自然だらけで獣もうじゃうじゃ居そうだから、兎の一羽でも引っ掛からないか?」と、罠を仕掛けていたからだ。仮に捕まえられたとして、其れを一体誰が捌くんだ?
と突っ込みを入れたかったが、基本的に言い出した者や食べたいと思う者が各自責任を持って行動するなら構わない、と言ってあるから、和泉守か同田貫か……又は肉に目が眩んだ連中が何とかするだろう、と、俺は半ば呆れながら眺めていた。
「和泉守君も同田貫君もワイルドだね。でも捌くのは、せめて大人しい短刀君達が居ない所でしてくれないと困るよ?」
「はっはっはっ、無事に生け捕りが成功しておると良いな」
「……生け捕れた所で、どうせ数も満たないだろう。腹が満たされるとは思えないが、肉の取り合いなんてものに、俺を巻き込むなよ」
俺と同じく傍観者組の燭台切、三日月、大倶利伽羅が注意を促したり、微笑ましく見守っていたり、兎に角巻き込むなと念を押していたりと、彼等の様子を眺めながらその感想は様々だった。
和泉守と同田貫は罠の中を確認し、程々にでも捕まえられたのが嬉しかった様で、俺達に意気揚々と見せてくれる。
「和泉守、同田貫…分かっていると思うけど」
「ああ、分かってるって!ちゃーんと俺達で捌くし処理もするぜ。短刀達には見せねえよ」
「全く、こう言う所もしっかりしてんだからよ」
そんな事を言いながらも、この処理は燭台切か堀川辺りがするかも知れないけどね。と思いながら、再度確認する俺に悪態を吐く同田貫。
最早、一番隊での恒例と化した光景に俺は言った。
「当然だよ。自分達で出来る事は、出来る限り自分達で責任を持つ。決して”主”を困らせない……俺が君達に言った最初の教えだからね。忘れられたら困るんだ」
と。
(終)
蜂須賀さんです。
言葉が通じない”ほえほえ審神者”にも、しっかり向き合った上で助けてくれてる頼れる初期刀。
長谷部さんが遅かった分、審神者の面倒は蜂須賀さんか(巻き込まれ方)大倶利伽羅さん(大抵が一振り目。たまに二振り、三振り目がフォローに入る状況)だったり。
掃除から洗濯、厨での料理に関しては、手の空いている刀剣男士達がちょくちょく手伝っていますので、審神者が疲労で倒れる事は有りません。大丈夫です。
馴れ合わない系男士な大倶利伽羅さん(一振り目)が、一番はっちの教育を受けています。序でにフォローは意外かも知れませんが、三日月さんや小狐丸さんがしてくれていたので、大倶利伽羅さんはやさぐれる事も無く、比較的真っ直ぐな、妥協or諦めました、な、馴れ合わない系男士になりました(笑)
其れでも疲れ気味な一振り目の倶利ちゃんを見兼ねて、二振り目の伽羅ちゃんが良く出てくれる様になり、留守中の審神者の手助けをしてくれる程には慣れてくれたので、はっちの教育は間違ってはいなかったんだろう、と思います。
何だかんだ言いながらも、飴と鞭を使い分ける蜂須賀さんの優秀さプライスレス。