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単発物(ジャンル問わず)

   秘めた願い


「ねえ、レッド君」

 寝る前に歯を磨いていた俺の後ろに同室のルージュが立っていた。
 この世界に迷い込んで来てからはすっかり日常と化してしまった光景だから誰も気に止めたりもしないし、俺自身もルージュが傍に居る事にも何一つ疑問を抱かない。
 とは言え『どうかしたのだろうか』と言う疑問は残る。

「ほうひた?」

 磨きながら尋ねたからかきちんとした言葉になっていない。これがルージュではなくブルーだったらきっと「磨きながら喋るな」とか「お前に声を掛けた俺が愚かだった様だな」とか呆れながら『無かった事』にするんだろうなと思う。
 そう考えると双子と言っても育ってきた環境とか、当人達の感じ方の違いとかで変わって来るんだなあ、とか口に出したら憤慨されそうだけど。

「ふふ、きちんと言えていないよレッド君。まあ、磨いてる時に声を掛けたのは僕だけど」

 ほら、やっぱり。
ルージュは俺の反応が面白かったらしくクスクス笑っているだけで「そのままで良いから聞いて貰えるかな?」と俺からの了承を得る迄は待つ体勢を崩すつもりは無い様だ。

「いいぞ。なんだ?」

 別に聞いてやる位ならどうって事は無いし、それがこの世界に来てから頻繁に組む機会が増えたルージュ相手ならば尚更だ。俺は磨き終わった歯ブラシを片付けながらルージュの言葉を待つ。

「うん。あのね……こんな事を言うと不謹慎だと思うし、元の世界に帰りたくない訳でも無いんだけどさ。僕、この世界に来て良かったなあって」
「うん」
「レッド君もだけど、元の世界でもお世話になった人達や、共に旅をしてくれた人達も居て、全く違う世界から僕達と同じく迷い込んで来た人達だって大勢居る。この世界だって危うくて、巻き込まれた僕達にとっても存在が維持出来なくなるかも知れない…そんな危機感の中で生きてる事だって理解はしているけどね。それでも」
「なんか良いなって?」
「うん。やっぱり不謹慎だったかな?」

 そこまで口に出すと困った様な表情を浮かべて「御免ね」と謝って来る。

「別に良いんじゃないか。色んな奴が居るから面白いのは事実だし、元の世界じゃ考えも付かなかった事とかも考えられる様になった。それって全く違う世界、思考とか諸々の連中がどんどん来てて、俺達も刺激を受けてるからだと思うぜ」
「そう、かな?」
「そうそう。それにこの世界に巻き込まれたお陰で、俺はアセルス姉ちゃんに会えた。そりゃ、お互い言えない事も有るんだろうけどさ。それでも再会出来たって事だけは『良かった』事になるだろ?」
「そっか、へへ、そうだね」

 そう言ってやると、ルージュは俺よりも年上だとは思えない無邪気な笑みを見せて「ここでは元の世界で身に付けてきた術とは少し違う術とかも知れてさ、勉強になるなって思ってもいるんだ」と続けた。

「それにね」
「うん?」
「これは僕とレッド君の秘密だよ?」
「おう」
「レッド君じゃないけど、僕は此処に居る間はブルーと命を奪い合う必要は無くて、今はその事を考えずに素のブルーと共に戦える。これって本当に凄い事で、嗚呼、良いなあって思ったんだ」
「ああ、そうだな。確かにお前達なら天と地がひっくり返っても『共闘する』とかには成らなさそうだし」
「でしょ?こんな事、元の世界…マジックキングダムでは考えてはいけない思考だし、願ってはいけない、秘めた願いのままで抑えなくてはいけないのにね。僕は良いなと思ってしまった。考えてしまったんだ」

 淡々と語るルージュの言葉に、俺は遣る瀬ない気持ちになった。マジックキングダム側にも何かしら理由あるのだろうとは思う。
だが此奴等は紛うこと無き双子の兄弟で、本来ならば共に育っていても可笑しくはなかった筈じゃないか。
 そんな双子を別々に育てて、今度は互いに殺し合わせる。二人を一つにする為に、と説明されても俺ならば納得出来ないだろうと思う位には、此奴等の事情もある程度は知ってしまった。
 それもこの世界に迷い込んでしまってからだ。だから全部が全部『災難だった』とは思わないし、悪くないと気が楽になった部分は確かに有る。
 だからルージュが「良いなあ」と思うのは不謹慎では無いし、願っても良いし、口に出したって良いんだって俺は思っている。だけどルージュの方はいけない事だと思っているんだろう。
 妙に自分を責めているルージュに「別に願っても良いと思うけどな」と出来るだけ明るく言ってやった。

「俺だってお前達にも誰にも言えない事が有るし、お前にもブルーにも言えない事が有るのは当然だ。だけどな、その中だからこそ生まれる感情って言うか、願いってのも有ると思う。そんな願いまで駄目なんて言う奴等は、例え神様だったとしても、この俺がぶっ飛ばしてやるからさ。だからそんな不謹慎だとか自分を責めなくても良いんじゃ無いか?」

 そう言いながら拳を前に突き出すと、ルージュは一瞬キョトンとした顔を見せたが、直ぐに俺の言葉を理解したらしく「そっか」と苦笑している。

「レッド君がそう言うと本当に何か有った時はぶっ飛ばしに来てくれそうだね」
「来てくれそうじゃなくて、行ってやるって言ってるんだって!」
「ふふ、そっか」
「そうだよ」

 ふん、と。
踏ん反り返りながら断言すると「レッド君は正義のヒーローみたいだね」何て言葉が返って来た。

嗚呼、そうだよ。
そう言ってやりたいけど、それこそが言えない俺の秘密だ。
勘付いてる奴だって居るだろうし、疑っている奴だって居るだろう。それでも俺はこれだけは沈黙を、嘘を貫き通す。

「ははっ、そうか?」
「うん。僕にはそう見えたよ。参ったなあ…レッド君は僕より年下なのに、僕よりもしっかりしてるね。ブルーが妙に意識している訳だ」
「は?彼奴が? 名前が気に入らないからって緊急事態だってのに協力すらしなかった彼奴が?」
「それはブルーらしいと言うか何と言うかだけど…」
「まあな。協力的って言うかルージュみたいな反応されたら、悪いけど何か悪い物とか食ったんじゃないかって心配するぞ」
「確かに…是ばかりはブルーの擁護は出来ないかも」

 これまでのブルーの反応やら対応の数々を思い出しながら言った内容に、ルージュもまた思い当たる節が有るらしく頷くと、二人で小さく笑い合った。
 こんな事を言うと誤解されるだろうけれど、俺はブルーの事もルージュの事も嫌っている訳じゃない。
 元の世界では余り出会う機会が無かったのは勿論だが、仮に出会ったとしても一緒に旅をした事が無かったり、直ぐに別れたりして今みたいに就寝を共にするなんて皆無に等しかった。
 理由としてはそれだけ。だけどそれだけでも『良く分からないからどうとも言えない』と言う評価になってしまったのは仕方の無い事だろうと思う。

 でも勿体ない事をしていたよな、と此処に来てからそう思った。

だってこの訳が分からない世界に呼ばれたとか迷い込んでしまう奴等は、皆が皆、誰にも言えない様な秘密なり想いを抱え込んでいて、本当は『其れ処じゃない』と断る奴だって出て来そうなものなのに、何だかんだ言っても協力を惜しまない奴ばかりが集まっている。
 住んでいた世界そのものが違っても、習慣も何もかもが違っても、一番大切な本質ってもののお陰なのか、いきなりメンバーもバラバラに組まされても困惑するのはほんの数分で、最後には打ち解けて軽口の一つや二つは交わし合っている。

 だから、ルージュじゃないけど良かったなって思っているし、此処に来たからルージュの事もブルーの事も知る事が出来た。二人だけじゃなくてリュートもエミリアもクーンも、もう数え切れなさすぎて言い切れないけど、本当に色んな奴の事を俺は知れたし、俺の事も知って貰えたのは良かったと思ってる。

「レッド君?」
「あのな、ルージュ。お前じゃないけど、俺も思ってる事が有るんだ……お前の秘密を守る代わりに俺のも秘密にしてくれるか?」
「良いよ。レッド君の秘密はなにかな?」
「俺のはな……」

 本当は俺も早く元の世界に帰らなきゃいけない。
 でも、でももう少しだけ。色んな事を教えてくれて、受け入れてくれたこの世界がピンチだって言うなら救いたい。

 なにせ俺は正義のヒーロー『アルカイザー』なんだから。

「もう少しだけこの世界をお前達と一緒に歩いてみたい。駆けていきたい!」
「ふっ、ふふ…そ、それはまた光栄かな?」
「何だよ、笑うなよな。何か言ってて恥ずかしくなってきたじゃん」
「ご、ごめ。でも嬉しいよ、そう思ってくれてるって何か嬉しい」
「そうか?」
「うん。そろそろリュート君達も戻って来るだろうし、この話は此処でお終いだけど、レッド君と話せて良かった」
「俺も、良かった」

 秘密の話をしたのは其処までだ。俺達は互いに『秘めた願い』を心にしまって奔走する日々を過ごしていく。
 何時戻れるかは分からない。
だけど何故か戻れないかも知れないと絶望的な感情に飲み込まれきっと、一人じゃないからなんだろう。

 それでも足元が不安定になって分からなくなりそうな時は、今夜みたいに互いの胸の内を少し曝け出せる。

 その時だけはヒーローの『アルカイザー』じゃなく『小此木烈人』として話せられたら良いと思っている。
 それが俺の秘めた願いの全てだ。
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