このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

単発物(ジャンル問わず)

何時だって、失ってから初めて……愚かにも気付くんだ。



どれだけ腕を伸ばしても、どれだけ声を張り上げても…失ってしまったモノは、俺の元には戻って来ないと言うのに。




◇◇◇
━━━…“誰か”の声が聞こえて来る。



「何故じゃ!
何故…負ける事が分かっておる“戦”等に向かおうとするのじゃっ!!!!」

「……………」

「馬鹿め…貴様は大馬鹿者じゃっ!
“義”の為に、わざわざ死にに逝こうとするのが…其れが貴様の“義”なのか……!!!!」

「……………」

「何か言え!
儂すら納得させられず、そのまま無駄死にするのが貴様の選んだ“途”なのかっ!!!!」

「………御引き取り下さい、政宗殿。
西と東に別れた私達が、今更一体“何を”語り合う必要が御座いましょう?
……次に会い見える時は戦場で、其れで宜しいでは御座いませんか…?」



そう深々と頭を下げる若者と、其れでも納得出来ずに詰め寄る若者。
話しを聞くだけでも、二人が前々から面識の合った二人である事は理解出来る。
出来る…が、何故《違えた途》を歩みつつある二人が…こんな風に話し合っているのか、そこまでは分からない。



……そして、引き止めようとする若者の制止を振り切って…只、敵対する勢力に荷担しようとしている若者。
この若者に、何が起こったのか…ただ見ているだけの“俺”には、どうする事も出来なかったから。



「儂は…諦めぬぞ!
貴様が、この独眼竜の元に平伏す迄…何度でも来てやるわっ!!!!」



そう若者に言い放つと、もう一人の若者は山を降りて行ってしまった。
そんな彼を引き止めるつもりも無いらしい若者は、小さく溜め息を吐くと屋敷の中へと入ろうとする。
しかし俺の姿に気付いたのか、門に手を掛けたまま…俺に声を掛けて来たんだ。



「……意外な客人が参って来られる日の様ですね。
その御姿、さぞかし光輝な身分の御方なのでしょう…?」

「Ahー…別にそうでもねえぜ。
むしろ俺自身、何で此処に居るのか…分からねえからな」

「分からない…のですか?」

「全くな」

「為らば、分かるまでの間…屋敷で語り合いませんか?
良い気分転換になると思いますが…?」



そう勧めながら、にこりと笑みを浮かべている若者を見て…少しだけ毒気が抜かれた様な気がした俺は、大人しく若者の好意に甘える事にした。



屋敷の中には人は殆ど居らず、本当に限られた…そう“家族”だけで住んでいると言っても良い様な、そんな印象を与える住まいだった。
其れでも、何処か落ち着いた雰囲気だけは残している。
……其れは、家主である《目の前の若者》に…何処か品の良さを感じるからだろうか……。



そんな事を考えている俺に、若者自らが茶を淹れてくれる。
武骨ながらも繊細な動きは、彼が有る程度の教養を身に付けている証拠か。



「粗茶ですが…どうぞ召し上がって下さい」



コトン。
小さく置かれた湯呑みが、この屋敷中に響く様な錯覚を感じてしまう。
これだけ人気を感じさせない《屋敷》は始めてだった。



「……Thank you」

「さん……?」

「Ohー…Sorry.
悪かったな、今のは『有り難う』って言う意味だ。
南蛮語で『有り難う』は『thank you』…OK?」

「南蛮…そなたも、政宗殿と同じく…異国の文化に触れられておるのですな」

「政宗…?
ああ、さっきまで居た《ガキ》か。
政宗……ね、ふーん……」



そう言えば、確かに聞いた様な気がする。
他の誰でも無い、目の前に居る若者が…あの小さな若者の事を《政宗》と呼んでいた。



───…アイツも《政宗》ね。
『独眼竜の元に平伏す迄…』とか叫んでいたし、案外…他人じゃねえのかもな……───



「いけないな。
相手は仮にも奥州を統べる“王”、その様な呼び方は関心しません」

「そいつも悪かったな。
口が悪いのは生まれつきでね…ヤツも似た様なモンだったし、まあ…此処だけって事で許せよ」

「……仕方が有りませんな。
しかし、誠に良く似ておられる……」

「その《奥州王》にか?」

「ええ。
姿が似ているとか、そういう意味では有りませんが……何と言いますか、心根が似ておられるのでしょうか?
又は、その滲み出る“気”が似ておられるのでしょうな」



《ガキ》という言葉の意味には気付かずとも、その言葉のnuanceで良い意味だとは思わなかったんだろう。
若者は直ぐに注意を施すも、俺が素直に謝罪すると途端に穏やかな笑みを浮かべる。
それ所か、彼もまた“俺とガキ”が似ていると言いやがった。
何処か似ていたから声を掛けたと言いたげに、若者はずっと笑っているから。



「…Ha!
なら“似てる”序でに、ヤツが言っていた《負け戦》に荷担する…って理由でも聞いてやろうか?
関係ねえ俺には言いたくない…って顔してるが、実際…聞いてただけの俺から見ても、ちと穏やかじゃねえ内容だったぜ?」

「……理由、ですか?
また…こちらが、触れられたく無い話しを振りますな」

「なら教えてくれよ。
テメエの命より、守りたい《義》ってのは“何”なのか…を」

「………………」

「……おい」



触れられたく無い“ネタ”で有る事は、俺自身も良く分かっていた。
分かってはいたが、尋ねずにはいられなかったんだ。
案の定、若者は苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべたまま…ただ言葉を忘れてしまったみてえだし、俺も淹れてくれた茶を飲みながら…ただ喋るまで待っていたし、暫く鳥や虫が鳴く声しか聞こえて来なかった様に思う。



そう二人で落ちゆく日を眺めていると、不意に気付いた事が有った。
俺とガキが似ているって言うならば、彼とアイツも似ていると……ただそう気が付いたから。



「アイツだったら、アンタの気持ちが分かるかもな……」



無意識にそう呟いていた。



「アイツ…?」

「Ahー…そう“アイツ”。
俺とは正反対なヤツだし、強いて言えばアンタに似てるし…多分、何となく分かるんだろうな…ってな」

「私に…似ている?」

「似てるぜ。
その変に石頭な所とか、馬鹿正直な所とか…腹立たしい位そっくりだ」

「腹立たしい…ですか?」

「腹立たしいね。
主君の為なら命すら惜しくねえって覚悟は関心するが、生き延び様とは考えねえ…そんなテメエ勝手な考え方で戦に挑める“脳天気さには腹立たしく”思うぜ」

「…………勝手」



再び黙ってしまった若者を横目で見遣りながら、俺は“こういう所も似ている”と思っていた。
勿論、俺のこの言い分も《テメエ勝手》な言い分に過ぎない。
だから脳天気だと言い放つ権利は無いんだ。



其れでも、この石頭で馬鹿正直な人間達には思い浮かびもしないんだろうが。



だから語ってやる事にした。
この若者にも、俺とアイツの話しを聞かせてやる事にしたんだ。



━━━…遠い、遠い《昔話》を。



「俺とアイツは好敵手だった。
其れまでは…国の為、民の為って名分のみで動いていた天下取りだったけどよ。
甲斐で…武田に遣えていたアイツを見て、何だろうな…アイツと殺り合いたくて仕方が無かったんだ」

「武田…お館様に遣えていらしていた方なのですか!?」

「…って、驚く所はソコかよ…全く。
そういう所も、アイツに似てんな…アンタ」

「あっ…申し訳無い。
其れで…殺り合いたくて仕方が無かった、の続きは?」

「乱入出来る限り、武田軍の戦に乱入させて貰ったぜ。
武田軍が居る所にはアイツも居る…アイツを倒さねえ限り、俺は天下取りを始められねえ…とまで思っていたんだ……だが……」



『其れは違っていたらしい』
そう、俺は若者に続ける。
正確には、半分は正しく…半分は間違っていた。



「……アイツを殺らなくても、天下取りは始められたし…至る所で戦ばかりしている現世(うつしよ)で、武田の秘蔵っ子であるアイツが狙われねえ訳が無い。
何より…だ、片方だけが生き延びたら…平和になった世で、好敵手の居ない世で…どうやって技を研けば良い?
あと何年、何十年の《時》を…俺は一人で生きなきゃ為らねえ?」

「……まさか、その方は……」



流石に若者も《その先の未来》に気付いた様だ。
驚いた顔で俺の顔を凝視している。
俺は、そんな彼に首に掛けていたモノを見せた。
過去はアイツの所有していた品であり、今は俺が肌身離さず身に付けている遺品を。



「壮絶な最期だったぜ…織田の、魔王相手に一歩も退かなかったらしいからな。
だが…病で“主”が欠けた甲斐に、魔王を止められる訳がねえ!
逝っちまったよ…俺の目の前で……な……」



チャリッ。
胸元で小さく響く六文銭に、俺は軽く触れるだけの口付けを落とした。
朱黒く変色した六文銭。
バラバラに引き千切れたソレを、必死で広い集めて…其れでもアイツの首には掛けず、己の掌に納めたソレ。



「簡単に渡られるのは困るんだよ。
だから…アイツの首に掛かっていたコイツを、俺が奪ったんだ。
無駄な足掻きかも知れねえがな……」

「そんな…横暴な…事を……」

「横暴?
嗚呼、確かにアイツやアンタならそう思うかも知れねえな。
だが…あのガキも、俺と似た様な真似をするかも知れねえぜ?
それによ、その代わりに……」



若者の顔が見える様に振り向いて、前髪を掻き揚げた。
今迄、誰一人として見せた事が無かった“素顔”。
彼が思わず息を飲むのが分かって、小さく唇の端を上げた。



「アイツの手には、俺の眼帯を握らせてやった。
永年連れ添って来た“相棒”だ…アレを持っていると判れば、コイツを持って行った犯人が誰か?
アイツも気付く…そうすれば俺が逝くまで待ち続けるだろ?」

「何と…言う事を……」

「だからよ、あのガキが俺の真似しない様に…多少言ってやった方が良いんじゃねえか?
ガキが納得するかは別として、だんまり続けて…成仏出来ません、じゃ…アンタも洒落に為らねえだろ?」

「貴方は……一体……」



ぽつりと尋ねてくる言の葉。
だが、その質問に答えてやるつもりは無い。
分かったからだ。
何故、俺が《此処に来た》のか…漸く分かったから。



「さあ…な。
俺が誰なのか、なんざ…アンタ達は気に掛けなくても良い事だぜ?
むしろ…お別れの時間が来たらしいしよ」

「お別…れ?」

「Good-by!!
アンタも“アンタらしく”生きな…真田幸村!!!!」

「なっ…何故、私の名を……!!!?」



ごうっ!!!!
大きくて強い風が、俺と若者の間を割る様に吹いて来る。
その風に巻き込まれるかの様に、俺の身体が宙に舞った。



気が付くと、彼と彼の屋敷は遥か遠い場所に有り…俺は蒼空を漂う気体になったかの様に、溶け込んだ様な錯覚を覚える。



……何故、こんな《幻(まぼろし)》を俺に見せたのか?



薄れゆく意識の中で、俺はぼんやりと考え続ける。



あの頃とは違う、鉛みてえに重くズシリと伸し掛かる罪の重圧。
自由に動く事も侭為らない…軋む様に痛みを訴え続ける肉体。
心と身を汚しても、国を民を守る為にと…誰かを自分を堕とし続けても…其れでも行きたかった場所が有った。



逢いたい……が居たから。



あの若者に語った《昔話》には、偽りが多々含まれていた。



……真実は、きっと自ずと気付くだろう。



───…其れを語るのは“俺”じゃ無い。
だが…願わくば……───



決して交わる事の無い俺達を、引き会わせた悪戯よ。
願わくば…あの二人には、あのガキには…俺と同じ罪を背負わせないで欲しい。
幾ら、俺とあのガキが…同じ《伊達政宗》だとしても。



───…アイツの六文銭を奪った事を、俺は今迄一度も後悔した事はねえ。
だが……巻き込んじまったアイツを、今迄ずっと待たせ続けた事実を…アイツは、“幸村”はどう思っているんだろうな…───



今更ながらの疑問。
あの幸村はハッキリと『横暴だ』と言っていたと言うのに、まだ答えを知りたいのか。



「幸村…俺は何時になったら、アンタの所へ逝けるんだろうな……」



きっと未だ“時”では無い。
俺は…皆を見送ってから、漸く逝けるんだろう。
何となく、其れだけは分かるから。



「いっその事、このまま…ずっと眠り続けられたら良いのによ……」



無理な願いばかりを言の葉に乗せて。
俺は、俺の現世(うつしよ)へと帰っていくんだ。




◆◆◆
……誰かが泣いている。
声を押し殺して、歯を食い縛って…必死に泣く事を堪え様としながら、其れでも溢れる涙が悔しくて…小さな子供が泣いている。



「坊…どうかしたのか?」



余りに痛々しくて、泣き続ける子供に話し掛けた。
その子供は、見目麗しい姿をしているが…右目だけが空洞の、何とも痛々しい姿をしている。
ぽっかりと空いた目で、一体どんな世界を見ているのか…俺はそんな事を思いながら、子供の横に腰を下ろした。



「……失って、初めて気付く。
どれだけ腕を伸ばしても、どれだけ声を張り上げても…失ってしまったモノは、俺の元には戻って来ない」

「だから泣いておったのか?」

「其れが…大切なモノだって、気付いたから……」



チャリッ。
子供の掌で光るモノが見えた。
何故、大事そうに抱えているのかは分からない。
分からない…が、その子供は“その光るモノ”のせいで泣いている様な気がしたから。



「どうして捨てない?」

「……大切なモノだから」

「だが、其れが…坊の負担になっておるのだろう?」

「違う。
コレは…俺が“俺で居られる為に”持ってなくては為らないモノだ。
そして……」



子供は真直ぐ俺を見据えて来る。
“何か”を伝えたいと言う顔だ、だが…子供はそれ以上“何も言わなかった”。



「……帰る。
俺はまだ、此処に来てはいけないらしい」



ぽつり…と、ただ其れだけを呟いて…子供は立ち上がると、ゆっくりと歩き始める。
何故か“光が差す方角”では無い、逆の途を歩く子供を…俺は無意識に追い掛けていた。




◆◆◆
「……誰じゃっ!」



子供を追い掛けた先には、先程の子供は居らず…違う子供が鋭い目で俺を睨み付けていた。



「貴様……妖(あやかし)か?
一体、この儂に何の用じゃ!!!?」

「妖(あやかし)…?」



今度の子供もまた変な事を言う…と思う。
しかし、今度の子供もまた右目を怪我しているのか…眼帯を身に付けていた。



───…身に付けては居る、が…先程までの子供とは“まるで別人”で御座るな…───



そう思い、『おや?』と首を傾げる。



───俺は……こんな喋り方をしておったのだろうか?
むしろ…子供とは“誰で有った”で御座ろう…?───



先程まで一緒に居た筈の“子供”。
其れなのに、肝心の姿を思い出せない。



───……此処まで記憶力が悪かったのか、又は…何か意図的なモノが含まれておるのか?───



訳が分からず、首を捻る俺を…子供は訝しげに眺めていた。



「ただ紛れ込んだだけ…か?
何じゃ、帰り方を忘れてしもうた…と言う顔じゃな」

「そう…らしい、で御座る」

「…ふん。
間抜けな妖(あやかし)もおったモンじゃな」



言葉は手厳しいが、其れでも何処か幾分“優しさ”を含んだ声色で…子供は俺に笑みを浮かべる。



「まあ良いわ。
儂も丁度、退屈しておった所じゃからな…貴様の相手をしてやっても良いぞ」



そう言うと、子供は俺に『食えるなら食ってみるか?』と丸い玉を串で突き刺したモノを渡してくれた。
……丸い玉、串で突き刺した……この食べ物を、俺は昔…食べた事が有る様な気がする。
暫くクンクンと玉を匂っていると、子供は器用に玉を食べて見せてくれた。
俺もまた見よう見まねで口に入れてみると、口の中“いっぱい”に広がる仄かに甘く柔らかい食感に…思わず笑顔が溢れて来る。



「コレは……“団子”で御座るな!
某、昔は良く食べていたで御座るよっ!!!!」

「そうか。
ソレは良かったの」

「すっかり忘れていたで御座るが…団子はこんな味で御座ったな!」

「儂が作った方が旨いがの」

「何と!
そなた、団子が作れるので御座るか?」

「気が向いた時には、な。
まあ…ここ何年と、儂自ら作る余裕も…時間も無いから作っては居らぬが……」



何処か懐かしむ様に、何処か哀しそうに呟く子供を見ながら…俺は団子を頬張っていた。



きっと、作れなくなった理由は…他に有るのだろう。
でも、子供はその理由を…俺には話してくれないと思ったから。
だから暫く団子を頬張り続けていた。



「しかし…先程から見ておったが……貴様、本当に良く食うの。
見ておる儂の方が、胸焼けを起しそうじゃ」

「何と!
こんなにも旨い団子を、食べられないので御座るか?
其れは、人生の半分を損しておられまするぞっ!!!!」

「馬鹿めっ!
貴様の食いっぷりを見ておったら、胸焼けを起したと言うておるじゃろがっ!!!!
団子が食えんだけで、人生の半分を損しておるとは思えんしな」

「そんな事は無いで御座るっ!
某は団子が食えるだけで、幸せを感じたモノで御座る…その幸せが感じられぬ等、お主の一生は寂しいモノで御座るぞ!!!!」

「失礼な事を申すで無いわ、馬鹿めっ!!!!」



まるで兄弟みたいな戯れ合い。
其れでも、この戯れ合いが楽しい…久し振りだと感じている“俺”も、確かに存在していた。



そんな風に戯れ合っていても、その内《人間にとって重要な眠りの時間》はやって来る。
俺は、眠り始める子供を見ながら…俺もまた人間で有った頃は眠っていたのだろうか?
と、そんな事を考えていた。



「……妖(あやかし)、未だソコに居るのか…?」



眠り始めて、未だ一刻が過ぎた所だと思う時間。
すっかり眠っているだろう、と思っていた子供に声を掛けられた。



「未だ起きておったのか?」

「眠れんのじゃ。
昼間の事が忘れられんでな……」

「昼間…?」

「今から話す事は、ただの独り言じゃ。
貴様は聞き流せ…良いな?」

「独り言……」



───…一体、この子供は何を話そうと言うのだろう?───



俺は訳が分からず、だけど子供の言葉を守る為に口を噤んだ。
子供は、ぽつりぽつりと語り始める。



「もうすぐ、この世は天下分け目の合戦が始まる。
徳川に従うか、豊臣に従うか…《東》と《西》に別れての。
皆がどちらかに別れていく中、一人の馬鹿が《西》に付くらしいと耳にした。
…否、最初から分かっておったのじゃ。
あの馬鹿と徳川には浅からぬ因縁が有る…その為に、今は“九度山でただ生かされておる”のじゃからな。
武士(もののふ)として、最期に目にものを見せたい…華を散らせたい、という彼奴の気持ちは何となく判る…じゃがな……」



そこまで言って、子供は哀しそうに眉を寄せる。
苦し気に唇を噛み締める様は、“あの子供”を思い出した。



「其れでも……『生きていて欲しい』と思う気持ちも“偽り”では無いのじゃ…!
彼奴には、戦の無い世は苦痛で有るのかも知れん…だが、その世界にも立たせてやりたいと…そう思う気持ちが、確かに有るのじゃ…!!!!」



━━━…失って、初めて気付く。
どれだけ腕を伸ばしても、どれだけ声を張り上げても…失ってしまったモノは、俺の元には戻って来ない。



不意に“あの子供が言っていた言葉”が、俺の脳裏に木霊する。
顔は余り思い出せない子供。
だが、あの子供が大切そうに握っていた“光るモノ”だけは…妙に印象として強く残っている。



……あの、現世(うつしよ)では《金》と呼ばれるモノであろう“銭”を首飾りにしていたらしい“光るモノ”。
其れは朱黒く変色していて、全部で六枚の“銭”が紐で通された…ただ“其れだけのモノ”。



そう。
ただ…“其れ、だけ……の、モ…ノ”。



ぐらり、ぐらり。
酷く身体が揺れ始める。
こんな事は始めてだった。



同時に、耳を貫く様な鋭くて悲痛な“声”が…俺の頭を支配していく。



━━━…逝くなっ!
未だ、未だ決着は付いてねえだろ…幸村ぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!



あの言葉の裏に潜む《真実》。
其れは……この子供が語った『生きて欲しい』という気持ちから来ておったのか…。



嗚呼、だから。



俺は、漸く“彼”の行動を理解出来た。
どうして俺の六文銭を持っていき、代わりに眼帯を握らせたのか。



其れは“相反する行動”。
だが…彼《政宗殿》が、某に見せた“唯一の人間らしい行動”だったのかも知れぬ。
政宗殿は某の気持ちを理解してくれておったのだろう、だが…それと同様に納得したくも無かったのだな。
某の気持ちを汲み取れば、最期まで武士(もののふ)として戦う事を推さねば為らぬ。
しかし、己の本音は全く別の所に有ったのか。



「………政宗殿」



某は、此処には居ない彼の名前を呟く。
逢いたかった、ただ一目で良いから彼に逢いたかった。
だが……永い、永い“時”を漂っている内に忘れてしまっていた事実に…某は哀しくて蹲る。



政宗殿もまた逝ってしまったかも知れない。
某が現世(うつしよ)の事を忘れている内に、渡ってしまったかも知れぬのだ。



「政宗……どの……ぉ」

「何じゃ?
さっきから何度も儂の名を呼ぶで無いわ、馬鹿め」

「!?」



じわり。
と、目頭が熱くなって来ていた某に…全く気にも止めていない様な子供が、半ば呆れ気味に返事をして来る。



「政宗……どの……?」

「だから何じゃ?」



びっくりして涙が引いた。
この子供もまた《政宗殿》らしい。



隻眼の子供で眼帯を付けている…其れだけで、“似ている”とどうして思わなかったのか。



「妖(あやかし)が、何て面をしておるのじゃ…情け無いぞ、馬鹿め」

「……政宗殿」

「何じゃ?」

「その者は、生きたいとは思うて御座らぬ…が、同時に…信じてもおりまする」

「………………」

「戦の無い“世”を、信じておりまする…が、その世界で生きるには…その者にとって苦しみでしか無いので御座る。
ただ永い時を生かされるだけの人生に、何も見出す事が出来ぬと…そう分かっておるから」

「まるで、貴様もそうで有った…と言う口振りじゃな」



其れでも、決して否定して来ない子供…“政宗殿”に、某の良く知る《政宗殿》の姿が重なって見えて……嗚呼、やはり似ておるとそう思った。



「大勢の命が散って逝った…その中には、その者が尊敬していた者も…信じておった者も居りましょう。
無念を晴らしたい、と言うよりも…彼等は確かに“此処に居た”。
その証を、その者は遺したい…其れを《義》だと思うておるので御座る」

「ほう…其れが《義》と言うモノか。
儂には無いモノじゃな」

「否、政宗殿にも御座いましょう。
政宗殿には守るべき居場所が有る、その者には無い…有るのは《己の心》のみ。
優先しようとする箇所が違うだけに過ぎぬのだ…だから、その者もまた政宗殿の御心を嬉しい…と思うておるで御座るよ」

「………………そうか」

「です、が…其れで、政宗殿の立場が危なくなるのは嫌なので御座る。
だから拒絶もするし、耳を傾け様とはしない…政宗殿も其れは充分分かっておられる筈で御座ろう?」



そう言ってから、政宗殿を見遣ると…何故か彼は子供らしからぬ笑みを浮かべていて、某は首を傾げる。
何か、妙な事を口走ったで御座ろうか?



不安すら抱き始めていた某に、政宗殿は『全く…』と言の葉を紡ぎ始めた。



「貴様は、彼奴に良く似ておるわ…まるで血を分けた兄弟、否…“彼奴そのもの”の様じゃ」



そう紡ぎながら、政宗殿の目線は燦々と輝く月へと向けている。
何処か遠い月に、想いを馳せているかの様に…彼は某に言葉を続けた。



「石頭な所も、馬鹿正直な所も…腹立たしいと思う位“似ておる”わ。
主君の為なら命すら惜しく無い覚悟は関心しておるし、儂の家臣に居れば“心強い”とさえ思う。
じゃが…決して生き延び様とは思わぬ。
己の信念のみで生きられる、戦に臨める“自由奔放さ”には…時として酷く腹立たしく”思えるわ」

「手厳しいで御座るな」

「……ふん。
貴様の下手くそな説得に絆されてやろうとしておるのじゃ、これ位の文句は目を潰れ」

「……有り難い。
政宗殿は、やはり御優しい方で御座るな?」

「馬鹿めっ!
…そうやって、簡単に人を信用する所も良く似ておるわっ!!!!
じゃから…呆気なく迎えが来る、生き延びる為には多少“嫌われておる方”が長生き出来る事も知らんのかっ!!!!」

「もう死んでおります故、某は信じる事を止めませぬよ?」



途端に静まる閨(ねや)の中。
政宗殿もまた別れの時が近付いている事に、薄々でも気付いておったのだろう。
『……妖(あやかし)』と、一言だけ小さく呟くと…彼は意を決して、某に話し掛けて来た。



「もうすぐ夜が明ける。
妖(あやかし)である貴様の時間もそんなに長くは無いじゃろう?
だから…これだけは肝に銘じておけ!
儂は…儂の“やり方”で、彼奴を生かす…とな。
貴様は黄泉でのんびり高見の見物でもしておれっ!!!!」



ビシッと指を某の眉間に突き付けて、意志表明をしてくる政宗殿。
某は慌てて口を開けようとしたが、どうやら時間切れとなってしまったらしい。
一際強い風が、某と政宗殿を割く様に吹き付けて来て…某の身体は夜空を舞った。



───…政宗殿!───



まだ、まだ伝えたかった言葉が有る。
嗚呼…この身が無いのが恨めしい、もどかしい。



───…そなたも、同じ様に苦々しく思うておるのだろうか?
其れとも…某の事は、もうすっかり忘れて生きておるのだろうか?───



そう思った途端、激しい胸の痛みを感じて…某は胸を庇う様に抑えた。



嗚呼、忘却とは…死ぬ事よりも恐ろしい。
何も無かった事にされる事、其れは…時として最も苦しく、そして歯痒く恐ろしい事なのだと思い知らされた。



……苦し過ぎて忘れていた《そなた》の姿。



「もう…忘れませぬ。
政宗殿が来てくれる迄、某は待ち続けまする…だから……!」



もう声を殺して泣かないで───。



きっと次に来る時は、子供の姿では無く《成長した政宗殿》の姿でやって来る事で御座ろう。
その時は、彼自身の言葉で《真実》が聞きたい…と、某はそう思った。




▽▽▽
「関東武者百万あっても、男子は一人も居ないのかっ!!!!」



大坂冬の陣、そして夏の陣。
歴史にも残るであろう“戦乱の世”の終末を象徴する《大戦》に、あの若者の姿は有った。
最期まで一歩も退かず、ただ徳川の首だけを追い掛けた姿に…敵も味方も口々に彼を讃えたと言う。



そんな戦乱の中、もう一人の若者が…己の家臣を使って“彼の子供を助けた事”は…余り知らされては居なかった。
保護された子供達の中には処刑されるであろう男子(おのこ)も居たというのに、彼はその子もまた一緒に大胆とも思える発想を駆使して生かしたらしい。



「幸村の子…じゃな?
怖がるで無いわ、後は儂に任せておけ。
大八…貴様は今より“その名”を捨てなくては為らぬ。
そうしなければ生きられん、其れは遠い未来…真田の名を遺せず朽ちると言う意味じゃ。
……其れは嫌じゃろう?
貴様は今日より《片倉守信》と名乗り、儂に仕えよ…満を持した時、真田に戻す事を約束しようぞ」



そう。
これが彼の言う《彼奴の生かし方》だったらしい。
彼奴が助けられない為らば、彼奴の分身…子供達を助けたい。
其れが、彼なりに見付けた回答だった。



「……凄いで御座るな」



下界を眺めながら、某は思うたまま呟いた。
永遠とも思える、永い永い“時”。
某は、ただ一人を待ち続けながら…ただ彼等の逝く末を見守り続けていた。



「ええ…全く。
政宗殿には、何時だって驚かされてばかりでしたから…」

「某達がこうして話すのは“初めて”で御座るな?」

「そうですね…本来ならば、こうして出会う訳が無い筈ですのに…粋な計いをして下さるモノですな」

「全くで御座る」



そう言って笑い合いながら、二人で彼の様子を眺めていた。



「未だ、あの方は来られませんか?」

「……某が此処に居る。
其れだけで、未だ来ておらぬ事は分かるで御座ろう?
もう慣れたで御座るよ、此処に居れば…何時かは来る筈で御座るし」

「未だ…やるべき事が残っているのでしょうね。
彼もまた責任感の強い方の様でしたから…」

「貴殿はもう渡るので御座るか?」

「……はい。
《輪廻転生》と言う言葉が“真の意味”為らば、私は…生まれ変わって政宗殿達の側に居りたいですから」



穏やかに微笑む姿に、某は…政宗殿の気持ちが、彼の頑なだった心を解したのだと思う。
だから彼なりに出来る精一杯で、彼は政宗殿を追い掛けようとしておるのだ。



「……ご武運を」

「貴方も……」



話したのは此処まで。
彼は予め用意していた六文銭を船頭に手渡し、広い河を舟に乗って渡り始める。
その様子を、某は眺めていた。



某達とは似ている様で違う生き方。
決して真似出来ない生き方を、彼等は見せてくれた様に思う。



不意に感じる硬い感触。
これは政宗殿が、某の六文銭の代わりに渡してくれた《眼帯》で…この存在が有るから、某も忘れずに待ち続ける事が出来た。



「……政宗殿」



其れでも酷く切なさが込み上げて来て、某は眼帯を強く握り締める。



……その時、ジャリッ…と、新しくやって来た《魂》が砂利の上を歩く音を耳にした。
某は顔を見上げて、その《御霊》を確認するべく姿を捉える。



……チャリッ。



その御霊が首に掛けていた六文銭が、存在を主張するかの様に擦れては鳴っていた。
《誰か》だなんて、今更驚く必要は無い。
……だって待っていたのだ。



「待たせたな、幸村…?」



そう言って、少し不敵に微笑む《政宗殿》に…某は思い切り抱き付いた。
……話したい事は沢山有る。
だけど、今は……



「遅いで御座るぞ、政宗殿」



ただそう言って、笑いたかったのだ。



【平行】…同一平面上の2直線、または2平面が、いくら延長しても交わらないこと。
【交差】…筋交いになること。筋交いとは、斜めに交差する事を言う。



本来ならば決して交わらぬ夫々の途。
其れが筋交いに交差して、某達は出会い…そして違う可能性を生み出した。
だが…きっと、その想いの根源は《同一から来ている》ので御座ろう。



ずっとずっと気付かず、言えなかった“あの言葉”。
今度こそ、某から先に……。




(終)




…と言う訳で、何やら中途半端な所で終わります。
一体、幸村が政宗に“何を”言いたかったのか?
……其れは、読み手さんに任せようかと(^_^;)
互いに影響を与え合うだけ与えて、また違う途を歩き始めた…と言う事が書きたくて書いてみた小説ですが、実際は何やら解りにくい展開になっただけだった様な気がします(ToT)
少しでも伝わっていると嬉しい…な(^_^;)



2008.08.23
5/6ページ
スキ