単発物(ジャンル問わず)
「なんで?どうして?
どんなワケで私がこんな所に入らなくちゃなんないのよ!?」
マーニャさんが文句を言うのも当然だ。僕は唇を噛み締めた。
事件はガーデンブルグに到着後、間も無く起こった。吟遊詩人の衣裳に身を纏ってはいるけど、何処か違和感を覚える男性の言葉を考える余裕も無い侭にこんな事態が発生してしまったのだから。
《ガーデンブルグ盗難事件簿》
『天空の盾』を求めてガーデンブルグにやって来た。
女性の国、と言われるだけ有って装飾品や建物の造型にも何処か女性らしい美しさが感じられる。
男性は本当に数える位で、閉ざされていた道が再び開通した事を知った彼等は嬉しい様な残念な様な、と複雑な気持ちを語ってくれた。
村から出て来てから沢山の町、沢山の城を見てきた僕だけど人の多さや文化には戸惑う事ばかりだ。仲間が一緒に居ないと到底耐えられないと思う。
女王様は……守る事に必死なんだろう。
此方の話しには耳を傾けてもくれなかった、ただ『立ち去りなさい』の一点張り。
「仕方ないですし今は大人しく立ち去って、また日を改めて伺いましょうか」
クリフトの言葉に頷きながら宿屋へと向かっている時の事だった。
ガタンッと何か音がしたわ、と耳の良いアリーナが僕達から離れて音のした方へと向かってしまったのを追い掛けると、其処に居たのは何処か不自然な動きをしている吟遊詩人の男性が「そこのタンスを開けるといいものが入ってますよ」とアリーナに言葉を掛けている。
「え?何、それ?」
首を傾げるアリーナと僕達の前からスルリと擦り抜けて居なくなった吟遊詩人と入れ違いに現れたシスターの言葉は、僕達の耳を疑う物だったのだが。
やられた、と気付いた時には既に遅く、僕達は有無を言わさず牢屋の中に入れられていた。
「騒ぐと余計に疑われる事に成り兼ねますからな」と、牢屋の端でどっかり座って瞑想を始めるライアンさんを真似するみたいに、隣に腰を下ろした僕の横で「御免なさい」と責任を感じてるアリーナ。
「姫様のせいでは有りませんよ、正しく有れば直ぐに疑いも晴れますから」と宥めるクリフトの言葉に僕も頷いた。
「犯人は間違いなくあの胡散臭い吟遊詩人の格好をした男の人だよ。幸い僕達は彼の顔を見ている……その事さえ伝えられたら良いんだけどね」
「でもどうやって伝えれば良いの?このままじゃ、あの犯人に逃げられちゃうわ!」
「その心配は有りますまい。此処に居るのは世界を救うべく旅をしている”勇者殿”と、国の危機に立ち上がったサントハイム王国の姫君と神官殿ですからな、ガーデンブルグの女王陛下も無下には扱えず、直ぐにお目通しされる事になりますからな」
「……バトランドの王様から絶対的な信頼を寄せられる王宮戦士様も忘れてますよ、ライアンさん?」
「む?そう言えばそうでしたな。兎も角、姫君は責任を感じずとも良いと思いますぞ。お目通しが叶い、きちんと此度の件を伝えた故に判断を下されるのは女王陛下次第…我等はその判断に委ねるしか無いのですからな」
そんな話しをしている内に女王様の所へと連れて行かれた僕達は、感情的にはならない様にと気を付けながらも『盗んではいない』事、『犯人は別に居て、自分達は犯人の顔を見ている』事を伝えた。
少し考えた女王様の答えは、僕達を一時釈放するから犯人を見付け出す事。その間、仲間の一人を投獄する事だった。澄み切った声で決定された言葉は仕方ないとは言っても絶望を感じる言葉だった。
「うう……。恨むわよ、ユーリル」
「御免なさい、マーニャさん。一刻も速く犯人を見付け出して、助けに来るから…」
簡単に説明した所でマーニャさんが納得出来る筈も無い。
「ユーリル、私がマーニャさんの代わりに入りますよ」とクリフトからの言葉に「御免」と頷こうとした時だった。
「待って!元々アイツの言葉に騙されたのは私よ!!マーニャさんの代わりに私が入るわ」
「え!?アリーナ、でもそれは…」
「姫様!!…姫様にその様な真似はさせられません、私が入ります。ユーリル、さあ私をマーニャさんの代わりに!」
この言葉にはクリフトだけじゃない、僕だって酷く狼狽えた。アリーナにそんな事させたくないのは僕だって同じだったから。
勿論、マーニャさんだから良いって訳でも無い。本当は……誰にもこんな目に遭わせたく無い、むしろ僕が入っても良い位だったんだから。
クリフトもきっと同じ気持ちだった、だからクリフトに頼もうと思っていたのに。
「………その方が良いやも知れませぬな」
ライアンさんはアリーナの言葉に同意した。どうして、とは聞けなかった。
責任を感じていたアリーナ、感じすぎていたアリーナの気持ちを考えたら『私が入ってる方が良い』と思っても仕方がない。
でも……アリーナにそんな事させたくない、責任なんて感じなくて良い。彼女はサントハイムのお姫様なんだから、国王様や城に遣えていた人達が居なくなっているのを何年も必死になって探していた彼女。
挙げ句、無人の城に魔物達が好き勝手に荒らしているのを倒しはしたけど……ミネアさん達の気持ちと一緒にアリーナの気持ちも考えると、苦しくて苦しくて堪らなかった。
「勇者殿、姫君のお気持ちを優先しても良いのでは無いだろうか?……我等がこんな所で長居をすればする程、犯人がますます遠くなりますぞ」
「………そうだ、ね。でも…」
やっぱり言い淀んでしまう。
こう言う時、僕にもっとリーダーとしての決断力とか実行力が有れば。と、思うと唇を噛み締めてしまう。
そんな僕とクリフトの袖を引っ張りながら「お願い」とアリーナは言葉を続けた。
「お願いよ。ユーリル、クリフト。マーニャさんを出してあげて」
「姫様…ですが……」
「アリーナ、君の気持ちは分かるけど責任とか気にしなくて良いんだよ?」
「違うわ、騙されたのは私だもの。それに私は心配なんてしてないわ、二人は直ぐに私を出してくれるでしょ?」
「ね?」と力強く笑ってくれる顔には、本当に事故犠牲だとは思っていない…僕達を信じている顔をしていた。
此れには僕だけじゃない、クリフトも同じ様に感じたみたいだ。ふう、と小さく溜め息を溢すと「ユーリル、お願いします」と哀しそうに苦笑を漏らした。
「分かった。アリーナ、直ぐに迎えに来るからね。それまでちょっと窮屈だとは思うけど、大人しく待っているんだよ?」
「うん、分かったわ!!…それにね、こう言う事って体験した事が無いから…ふふっ、少し楽しみなんだ」
マーニャさんと入れ違いに牢屋に入ったアリーナはそうコッソリと笑うと、小さな椅子にちょこんと座った。
「あの…」と見張りの女性兵士に厚手の布をアリーナに渡して欲しいと、一先ず渡しているクリフトを見て『疑われない為の配慮だな』と気付くだけに、「アリーナ」と僕は言葉を紡いでいく。
「きっと犯人は未だこの近くに潜んでいると思うんだ。隠れられそうな…例えば洞窟とか、そう言うのが近くに無いか確認してみるよ」
「そうね、きっとそうよ。だってこう言ったら悪いけど…泥棒が盗みたかった物が十字架だけだなんて私には思えないもの。
きっとアイツは他に盗みたいものが有ったのよ、それが出来なかったから代わりに盗んだんだと思うわ」
「そんな事、させない。僕達が阻止してみせる、だから少し待ってて!……そしたら今度は皆が行きたい所に行こう、アリーナも考えておいて」
「ふふっ、分かったわ。壁を壊したりしないで良い子で待ってる、そうねえ…未だ見た事の無い場所が良いな」
キラキラと目を輝かせて話すアリーナは何て眩しいんだろう。
「ならば地図でも小さすぎて見落としている場所を目指してみるのが良いかも知れませんね」と、僕の隣でクスッと微笑むクリフトを見て「だな」と僕も笑った。
「じゃあ、行って来るね」
「姫様、このクリフト…必ず犯人を見付け出してみせます。少しお待ち下さいね」
「はいはい、もう…二人共、心配し過ぎよ。私は大丈夫だから、気を付けて行ってらっしゃいってば」
ヒラヒラと手を振るアリーナに後ろ髪を引かれる思いで城を出た僕達に、ライアンさんから事の詳細をきちんと説明された後のメンバーから自分を入れろ、と詰め寄られて大変だったけど……ミネアさんの占いから『真犯人は南に逃げている』と言われた通りに、馬車を南へと走らせている間、皆で洞窟が無いかと探したり。
その間、「その犯人、絶対に頭を丸焼きにしてやるんだから!」と激しく怒りを露にしているマーニャさんを宥めるトルネコさんと、「サントハイムの姫を捕らえるとは…国交問題じゃぞ」とブツブツ恨み節を続けているブライさんの絶対零度の冷気を背中に受けながら、僕達は真っ直ぐ馬車を走らせた。
此れは…いざ洞窟か隠れ家みたいな建物が見付かっても、今度は誰を連れて行くかで揉めそうだな。
そんな事を思いながら。
(終わり)
マーニャさんとミネアさんの呼び方を『マーニャ』『ミネア』と呼ぶべきかで迷いつつ、きっと年上の美人お姉さん二人に向かって呼び捨てはするかなあ…と疑問を抱いたので、『マーニャさん』『ミネアさん』にしてみました。
よくよく考えなくても勇者は私の分身だもんな、幾らなんでも異性の女性に向かって呼び捨ては出来んわ、と。
じゃあクリフトはどうなんだよ、と言われたら(一応)男勇者なので(笑)
当方宅のユーリル君はクリフトには呼び捨てorタメ口だと思う。タメ口と言っても親しみが有るタメ口と言いますか、ライアンさん達にも不意を突かれたら若干砕けた物言いになるのが良いなあ。
アリーナには何かもう優しいお兄ちゃん風になってますね、きっとクリフトに気を使ってるのと『お兄ちゃんが欲しかった』発言を意識してるんだと思います。
お兄ちゃん風だけど悪い時はビシッと怒れる勇者とクリフトが好みかな。
後書きが長くて申し訳御座いません。・゜゜(ノД`)