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千銃士(短編)

アリ・パシャさんと千鳥のとある1日を書いてみました。
アリ・パシャさんを見ていると幸せにしてあげたい欲が出てくるので、どうにか書けるように練習してみようと思いながら書いてます。
千鳥の秘密を知ってしまった日の出来事。

明日以降にぼちぼち書いてると思うので、無事に公開出来ていたら「あ、多少は元気になったんだな」と思って下さい(;A´▽`A


↓↓





「ちっ、どうしてこんな事に……」


思わず舌打ちしてしまったが、そうした所でどうなるものでは無い。分かってはいたが、今のこの最悪な状況をどう打開すれば良いか、不意を突かれた今の俺様には何も思い浮かばなかった。


【BLACK MEMORY】


「いやはや全く…困りましたね」


俺様の横でマスターである千鳥が本当に困っているのか?
な声色で独り言の様に呟いている。普段の俺様ならば悪態か嫌味の一つでも言ってやった位だが、それさえも思い浮かばい。

事態は最悪の状況だった。

元々、今日は非番で、俺様が外に出た理由も熱を出したエセンの薬を買いに街に来ただけという物だ。珍しく他には特に用事は無い。
普段から散々こき使っているエセンに何時までも寝込まれる訳にはいかない、そう、それだけの理由で街に来たと言うのに、出掛け先にて同じく街に来ていた千鳥と遭遇し、序でに世界帝の雑魚共が一般人を無差別に襲っている場面にも遭遇してしまった。

勿論、護身用のナイフに俺様の愛銃も持ってはいる。だが、最初から出撃するつもりで準備している時とは違い、今日は弾の予備もそこまで持っていない。
加えて雑魚共と言っても結構な数で徒党を組んでいる奴等と違い、此方に居るのは俺様とメディックの千鳥しか居ない。

多勢に無勢とは良く言ったものだ。

さあ、どうする?
どうやってこの危機を脱する?

連中はまだ俺様と千鳥に気付いてはいない。だが気付かれるのも時間の問題だろう。


「ふむ…一般人をこれ以上傷付ける訳にもいくまい。後で始末書ものだが、やるしか無いか」
「は?おい、お前」
「アリ・パシャ殿。私のこの姿はユキムラとマフムト殿しか知りませぬ。貴殿もどうか他言無用でお願い致します」
「なに?」


そう言うなり、メディックである筈の千鳥が見る間に光り始め、その光の中で異国の鎧に身を固めた姿に変化した。
一際目立つ朱色の鎧は、まるで的にしろと言っている様な物じゃないのかと思う。
驚き、ただ武装した千鳥の姿を見続ける事しか出来ない俺様に「大通りを抜け、礼拝堂を左に向かった先でお会い致しましょうぞ」と小さく呟くと千鳥は世界帝の連中に向かって吠えた。


「我が名は大千鳥十文字!!異国より参った武士(もののふ)なり!
世界帝とは力の持たない者を踏み付ける事しか出来ぬ愚か者ばかりか!我が槍の味を味わうが良い!!」


そう続けながら飛び出した千鳥は、真っ直ぐ連中目掛けて槍を突き刺した。不意を突かれた連中は驚き、慌てて銃を構えるが接近戦に持ち込まれて右往左往している。
そこで俺様は漸く我に返った。

大通りを抜け、礼拝堂を左に向かった先……流石に街の見取り図くらいは頭の中に叩き込んでいる。

何が有った?
少なくともその先にある存在が、この危機を脱する手立てがある筈だ。
挟撃する訳では無い、あの発言と敵陣に直接飛び込んで行ったあの女の様子を見るに、誘き寄せる役を買って出たのだと言う事は良く分かる。


「…………水門か!」


気付いた瞬間、身体は大通りでは無く別の道に足を向けていた。
千鳥は恐らく奴等を水門まで誘き寄せる、何処まで持つかは分からないが速いに越した事は無いだろう。
水門までの道は此方の道を走った方が速い、だが、幾らなんでも無謀過ぎる。


「死にたいのかっ!馬鹿がっ!」


走りながら口から付いて出るのは、あの馬鹿に対する悪態だけだった。
今、あの女に死なれては困ると何度か言ってやった筈だ。だと言うのに、あのお人好しの馬鹿は一向に直らない。

誘き寄せる役は俺様でも良かった筈だ、ああ、否、違う。あれだけの多勢に踏み込んだ所で直ぐに弾数が尽き、ナイフ一本で相手をする羽目に陥るのは目に見えている。
レジスタンスにまで報告が届き、他の貴銃士共が慌ててやって来たとしても、この辺りの一般人は既に踏み躙られた後だ。
助けるならば速いに越した事は無い、が、一人で相手にする馬鹿は自ら死にに逝くようなものだ。勇敢と無謀は紙一重とは良く言ったものだ、あの女にピッタリの言葉じゃないのか。

危機を脱しようと考えた。だが、それはあのお人好しな馬鹿女を抱えて逃げる為だ。その中に既に踏み躙られていた一般人達は含まれていない。
俺様達に出来る事はレジスタンスの上層部に報告し、次の悲劇を生まない為の対策を練る事だろう。生き延びた人間共に手を差し伸べてやる事じゃないのか?

嗚呼、変な所がマフムトにそっくりだ。
戦いは嫌だ、戦う力を持たない、余は祈る事しか出来ない、そう宣う癖に奇妙な行動力がある。
もし此処に居たのが俺様では無くマフムトだったなら、そう考えるのも忌々しい。
改めて考えなくとも分かる。奴の事だ、千鳥が飛び出した時点で奴も咄嗟に飛び出すだろう。
とは言え、なかなか銃を握るとは思えない。おおかた千鳥と共に逃げた振りをしながら水門まで走るに違いない。
奴お得意の祈りでもしながら、嗚呼、そう考えるだけで腹立たしい。

別にあのお人好しの馬鹿を無視して基地に帰っても良かった筈だ。
だと言うのに、俺様の足は全く言う事を聞かない。
悔しいがあの女より速く走れない。銃を持ち、一定の距離を保ちながら戦う俺様とは違い、槍で直接獲物を刈り取る接近戦を得意としているのならば、速さの面だけでも俺様はあの馬鹿に劣る。
劣る事が分かっているからこそ近道で水門まで向かっているのは分かる。向かう必要は無い筈だと言うのに、だ。


「諦めたく無かったのか俺様も!……っは!すっかり腑抜けた思考に絆されたものだ!!」


腹立たしい。
何が忌々しく腹立たしいのか、俺様の言う事なんて全く聞かないあの馬鹿女に対してか?
否違う、そんなお人好しの馬鹿女に付き合ってしまっている俺様自身にだ。

『悪くない』そう笑っている俺様自身の甘さにだ。

何故か手に取る様に分かった。彼奴がどうしようとしているのか、二人しか居ないからこその『二人だから出来る最善の方法』で、彼奴は俺様もあの連中共を助ける為に動いている。その中に俺様が身限る可能性が有る事を忘れている様な間抜けっぷりだと言うのに。

あの異国の鎧に身を固めた姿、嗚呼、あの姿ならばまだ持ち堪えられるかと、あの馬鹿の可能性に賭けたのか。


「……………此処か!」


珍しく息を切らせて走った先、其所に古びてはいるがこの辺りではまだ立派な水門が聳え立っていた。
丁度、管理を任されているらしい爺さんが扉から姿を見せたのを良い事にと状況を説明した───が、爺さんは半信半疑で首を縦に振ろうとはしない。

嗚呼、ほら見ろ。
絆だ何だとほざいていても、こう言う時は何も効力を発揮しないじゃないか。

ちっ、と俺様は舌打ちすると爺さんの首筋にナイフを突き立てた。
途端に怯え震える爺さんの喉元をこのまま切り裂いてやっても良いが、あの馬鹿はそれを望まないだろう。この作戦に乗ってやっているのは俺様自身だ。
最後まで乗ってやっても良い、何よりも今は時間が無いんだ。切り裂いてる時間すら惜しい。


「……おい、爺さん。この後ここにやって来る世界帝の連中に撃ち殺されるのが良いか、このまま俺様の言う事を聞かずに喉元をかっ切られるのが良いのか、好きな方を選べ」


少し離れた所から騒々しい声に混じって無数の銃音が耳を捉えた。
流石の爺さんも聞こえたのだろう、「ひっ」と声を発すると震え腰が抜けた身体で何とか這いながら水門の扉を操作するレバーを指差した。


「ふん、これか。ならば此れは貴様が操作しろ。合図は俺様がする、貴様はただ俺様の命令を聞けば良い……死にたくなければな」


ガタガタ震える爺さんの姿を視界に入れながら、俺様はまだ全体を見渡せる高台に向かった。
水門の中に入ってしまったら外の状況が分からなくなるからだ。爺さんにも指示が聞こえる位置、全体を見渡せる位置、丁度良い場所に陣取った俺様は今度はあの馬鹿を探すべく目を凝らした。


「ちっ……何処だ、何処にいる!?」


あれだけの鮮やかな朱色の鎧だとは言え、混戦した状況下で探し出すのは至難の技だった。来ていない訳では無い、生きて来ていなければ、この世界帝の連中が此処まで誘き寄せられていない筈だからだ。
此処で見誤ると全てが台無し、俺様も、爺さんも只では済まない。だからこそ失敗は有り得ない。
俺様は一度だけ深く息を吸い込んだ。今はあの女が何処に居るのかを確認している場合では無い。


今は、この世界帝の連中を片付ける方が先だ!!


大半の連中が射程内に入った瞬間、俺様は爺さんに叫んだ。


「今だ!開けろ!!」


そう叫んだ途端、門から大量の水が世界帝の連中を飲み込んだ。いきなりの水に連中も驚く暇も無く、一気に飲み込まれ流されていく。そこで俺様は漸く見覚えのある紅い紐を捉えた。
形振り構わず飛び込み、その紅い紐を目掛けて泳いだ。洒落にならない程の水は濁流の様だ。視界が悪いなんてもんじゃない。
それでも俺様は、世界帝と共に飲まれたお人好しを何とか抱えて這い上がると、何時の間にやら消えている鎧には気付かず、お人好しの胸元を開けて気道を確保させると、躊躇いもせず女の唇に息を吹き入れた。
中に入った水を抜かなくては、ただ、其れだけの行為だ。それ以外の意味は無い。
胸元に両手を添え、一定のリズムと力で押すのも、息を吹き入れるのも、何度も繰り返しているのも、今は俺様のマスターであるこの女を助ける為だ。

決して、この女に好意が有り、ただ其れだけの理由で『助けたい』と思っている訳では無い。

数回繰り返していると、娘の唇からごぼっと水が出てきた。げほげほと咳き込みながらも漸く体内から吐き出せた水のお陰で少し意識が回復したのだろう。
ある程度連中を流れ出したと言う所で再び水門の扉を締めたのも良かった、互いに水浸しだが、これ以上の被害が拡がらないのならば事を荒立てる必要はない。


「………あり、ぱしゃどの」
「今は喋るな。俺様はただお前の策に講じ動いただけだ」
「それでも、ありがとうございまする。貴殿がいなければ無駄になる所で御座いました」


ふふっ、と微笑むこの女が怖い。
俺様の野望に立ち塞がる『壁』、その中に含まれているこの女───マスターにはこんな一面も有ったとは。
ただ傷を癒すだけ、ただ俺様達を目覚めさせる力を持っているだけ、そう考えていた認識を今一度改めなければ為らないとは。

そう、内心で溜め息を吐きながら。


「とんだ休みになったものだな」


「俺様もお前も」と続けると、「全くですな。流石に少し疲れました」と返しながらも温かさを求めて俺様に擦り寄ってきた。
そうして眠る千鳥に「俺もだ」と聞こえないだろう返事を返すと、彼女を抱えて立ち上がった。
落とさない様に大切に、慈しむ様に。

今はまだ手離す訳にはいかないからだ、そう自身に言い聞かせながら。


【終】
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