千銃士(短編)
あの大戦から何れだけの時を過ごしたのだろう。
あの方の地獄への共に、そうひっそりと願っていた最期の望みすら叶わなかった私は、再びこの世に舞い降りる事になった───それも”人”の様な器を借りて。
本来ならば私も『刀剣男士』として、審神者を主と呼び、審神者の命ずるがまま戦場へとその身を投じる筈だった。
だが私の場合、どうしても投じられない理由が有ったが為、「それならば世界帝軍と戦うレジスタンスに所属し、貴銃士と呼ばれる古銃の主人となり平和を目指して尽力せよ」と言われ、訳が分からない侭に異国へと足を踏み入れた。
人の様な器を持っては居るが、勿論、私自身は人では無い。所謂『付喪神』と呼ばれる存在なのだが……この異国では先ず理解されないだろう。
だがそれが逆に良かったのかも知れない。
この場所では私の事を知る者は居ない。私の正体に気付く者が居る筈も無い。
ただただ人の子の振りをして、世界帝軍とやらと戦えば良いのだから、私にとって何も戸惑う事は無い筈だ───そう思っていたのだが。
拝啓、真田源二郎信繁様
こんな異国の地で、貴方様が最期の切り札として用意していた銃と再会してしまいました。
私は一体どんな顔で彼と向かい合えば宜しいのでしょうか?
【拝啓、真田源二郎信繁様】
「イエヤス!今日こそお前を討ち信繁様の無念を晴らす!」
嗚呼、今日も今日とてあの子は元気に家康公の愛銃を追い掛け回している。
『馬上宿許筒』と呼ばれたあの子は此処ではユキムラと呼ばれる事になった。そんなユキムラは、同じくイエヤスと呼ばれる事となった彼相手に「あれやこれや」と勝負を仕掛けては、彼に上手くあしらわれている様だ。
あしらわれても仕方が無いだろう。何せあの大戦は既に過去の話なのだから。
あの子は寸前の所で役に立てなかった事、源二郎を一人で黄泉の世界へと旅立たせてしまった事を悔やんでいるのだろう。
己の無力さを痛感したのだろう。だから行き場の無い感情をイエヤス殿にぶつける事で遣り過ごそうとしている…のかも知れない。
あくまでも推測の域を出ない結論で締め括ると、私は深い溜め息を吐いた。
そう言えばこの基地にはまだ姿を見せてはいないが、秀忠公の銃も居る筈だ。一応今回の上官殿にあたる恭遠殿がその様な事を話してくれていた。未だ姿を見せないのはたまたまか、それとも彼の方も真田家に対しては余り良い印象を抱いていないだろうから、その相性も関係しているのかも知れない。
───…否、それこそ推測の域の話に過ぎない、か。それならばユキムラよりも先にイエヤス殿が来て下さった理由が分からない。
貴銃士達同士の繋がりや過去の出来事を知る度に、何処の国も互いの信念の為、民の為、領土拡大の為と理由は違えど戦い、血と怨恨を残している事を知った。
何処の国も、何時の時代も、人は人を殺めるべくその為に武器を取り、多くの血と屍を大地に積み上げていった。
私にせよ、彼等にせよ、そんな人間達の殺める道具として生み出され、その器を”人”へと変えて戦っているだけに過ぎない。
その時代の持ち主の思考を受け継いだ訳では無いだろうが、其れでも各々が誰かに仕え、誰かと競い合い、利用し、警戒し、ただただ怒りを露にぶつけている姿を目の当たりにすると、未だ消化出来ない彼等を『人間の様だ』と庇護したくなるのは、単に私自身が『人間』になり損ねた存在だからだろうか?
───…何を今更。私が付喪神である事も、刀剣男士では無く女士であったが故に審神者の元で直接戦う事が許されなかった事も、異国の地で貴銃士達の主人として衛生兵として治療に携わる事になったのも為るべくしてなった事、彼等の様に振る舞える立場で居たかった等……烏滸がましいにも程がある。
私は源二郎に、粉々に砕け散った後も人々に語り続けられ、人々の記憶に残り、大切にしてくれたからこそ付喪神となれた存在。
人間達の為に尽力する事こそが私にとって至上の喜び、彼等の望み通りに、彼等の願いを叶える為に力を振るわねば今の私は私では無くなる。不明瞭な存在として堕ちる訳にはいかない。
「はあ?なんだそれ!?はんどしぇいく?ふざけるな!!」
相変わらずの怒声に視線を傾けると、どうやら何とかして友好な関係を築きたいと思っているらしいイエヤス殿が、ユキムラにハンドシェイクを試みようとして失敗した様だ。
ハンドシェイク、確かベス殿曰く『握手』の意味で有ったか。否、イエヤス殿…幾らなんでも急きすぎだ。
意味の解らぬあの子相手では急く気持ちも分からなくは無いが、まだ互いに来て数日、まだまだ心の整理も切っ掛けも足りない状況では、頑ななあの子は益々意固地になるに違いない。
イエヤス殿の掌を叩き返したユキムラが怒って廊下を大股に歩いていく。そんなユキムラの後ろ姿を見送りながら、小さく溜め息を吐くイエヤス殿を見ていると、申し訳ない気持ちになってしまうのは、偏に私もまた源二郎の槍だからだろうか?
「……変な所ばかり源二郎に似てしまったな」
あの子は素直でいい子だが、如何せん感情を制御出来ない箇所が有る。恐らくはまだまだ自我が目覚めて間がないのと、源二郎への想いが強すぎて視野が狭くなっているからだろう。
根が真っ直ぐで「こうだ」と思うと梃子でも動かない。そんな所が源二郎に瓜二つだ。
「……仕方が無い、あの子の代わりに私が向かうか」
そう呟いて。掌を叩き返されたイエヤス殿の元へと向かう事にした。
私の正体を知っているのはユキムラだけだが、あの子は深く考えていない。然したる問題では無いと思っている様だった。
「千鳥は千鳥だろ?
俺の知ってる千鳥がマスターってのも不思議だけどさ、信繁様がすっげー大切にしていた千鳥が俺のマスターなんてさ、やっぱりすっげー嬉しいし、隠さなきゃいけないってんなら俺も協力するしさ、だから一緒に世界帝軍の奴等をぶっ飛ばそうぜ!」
思わぬ所で再会し、どう説明すれば良いかと困惑していた私にそうあっけらかんと笑い飛ばした”あの子”の優しさに報いる為にも、あの子の足りない所は私が補っていけば良い。
何せ同じ主の元で、あの大戦を駆け抜けた同士であり、一生懸命に源二郎を慕う姿は、過去の私にそっくりなのだから。
源二郎の事を知っている私が主人だと知り「嬉しかった」と言った言葉通りに懐いてくれるユキムラは、私にとって可愛い弟の様な存在だ。拙い失敗を失敗のままでは終わらせぬだろう、だから、私は私に出来る事を。
拝啓、真田源二郎信繁様
異国の地にて、我等は貴方様の武器であった誇りを胸に、日々一進一退しながらも精進しております。
まだまだ未熟な私達をどうか見守っていて下さい。人々を苦しめている世界帝の者達との戦いが終結するその日まで。
【終】
千銃士でのマスター”大千鳥十文字槍(♀)”の基本性格みたいなものと、ユキムラとの関係性を纏めたく短文にしたものです。
彼等の間に信頼関係は有っても、何か恋愛感情になる事はかなり低い感じになっているかと。
その辺りは抜きにして、姉と弟みたいなやり取りをしている仲の良い二人を「羨ましい」と思って眺めている他の銃士達が日常風景となっている気がします。
「宿許筒ーっ!至るところに落とし穴を作るなと何度申せば気が済むのだ!」
「千鳥こそ宿許筒じゃなくてユキムラって呼べよ!ユ・キ・ム・ラ!!」
「む…仕方有るまい、まだ慣れぬのだ!其れよりも変な所に掘るでない!危ないであろう!!」
「しよーがないだろ!これもイエヤスを捕まえる為なんだから!!俺だってイエヤスが勝負を受けるならこんな事しないって!!」
「………ユキムラ、落ちたのはラップ殿とアレク殿なんだが?」
「え?マジ?」
「…………後で治療してやるから、真の武士らしくお二人に殴られるか撃たれて来い」
「うっわー!ラップ、アレク!大丈夫かあああぁぁぁ!!」
「………………はあ、全く…本当に仕方の無い。取り敢えず埋めるか(穴を)」
みたいな(笑)
で、穴を埋めている所にイエヤスさんがやって来て一緒に埋めてくれる感じです。
最後に穴に落としてしまったラップさん、アレクさん、ご免なさい(;>_<;)
あの方の地獄への共に、そうひっそりと願っていた最期の望みすら叶わなかった私は、再びこの世に舞い降りる事になった───それも”人”の様な器を借りて。
本来ならば私も『刀剣男士』として、審神者を主と呼び、審神者の命ずるがまま戦場へとその身を投じる筈だった。
だが私の場合、どうしても投じられない理由が有ったが為、「それならば世界帝軍と戦うレジスタンスに所属し、貴銃士と呼ばれる古銃の主人となり平和を目指して尽力せよ」と言われ、訳が分からない侭に異国へと足を踏み入れた。
人の様な器を持っては居るが、勿論、私自身は人では無い。所謂『付喪神』と呼ばれる存在なのだが……この異国では先ず理解されないだろう。
だがそれが逆に良かったのかも知れない。
この場所では私の事を知る者は居ない。私の正体に気付く者が居る筈も無い。
ただただ人の子の振りをして、世界帝軍とやらと戦えば良いのだから、私にとって何も戸惑う事は無い筈だ───そう思っていたのだが。
拝啓、真田源二郎信繁様
こんな異国の地で、貴方様が最期の切り札として用意していた銃と再会してしまいました。
私は一体どんな顔で彼と向かい合えば宜しいのでしょうか?
【拝啓、真田源二郎信繁様】
「イエヤス!今日こそお前を討ち信繁様の無念を晴らす!」
嗚呼、今日も今日とてあの子は元気に家康公の愛銃を追い掛け回している。
『馬上宿許筒』と呼ばれたあの子は此処ではユキムラと呼ばれる事になった。そんなユキムラは、同じくイエヤスと呼ばれる事となった彼相手に「あれやこれや」と勝負を仕掛けては、彼に上手くあしらわれている様だ。
あしらわれても仕方が無いだろう。何せあの大戦は既に過去の話なのだから。
あの子は寸前の所で役に立てなかった事、源二郎を一人で黄泉の世界へと旅立たせてしまった事を悔やんでいるのだろう。
己の無力さを痛感したのだろう。だから行き場の無い感情をイエヤス殿にぶつける事で遣り過ごそうとしている…のかも知れない。
あくまでも推測の域を出ない結論で締め括ると、私は深い溜め息を吐いた。
そう言えばこの基地にはまだ姿を見せてはいないが、秀忠公の銃も居る筈だ。一応今回の上官殿にあたる恭遠殿がその様な事を話してくれていた。未だ姿を見せないのはたまたまか、それとも彼の方も真田家に対しては余り良い印象を抱いていないだろうから、その相性も関係しているのかも知れない。
───…否、それこそ推測の域の話に過ぎない、か。それならばユキムラよりも先にイエヤス殿が来て下さった理由が分からない。
貴銃士達同士の繋がりや過去の出来事を知る度に、何処の国も互いの信念の為、民の為、領土拡大の為と理由は違えど戦い、血と怨恨を残している事を知った。
何処の国も、何時の時代も、人は人を殺めるべくその為に武器を取り、多くの血と屍を大地に積み上げていった。
私にせよ、彼等にせよ、そんな人間達の殺める道具として生み出され、その器を”人”へと変えて戦っているだけに過ぎない。
その時代の持ち主の思考を受け継いだ訳では無いだろうが、其れでも各々が誰かに仕え、誰かと競い合い、利用し、警戒し、ただただ怒りを露にぶつけている姿を目の当たりにすると、未だ消化出来ない彼等を『人間の様だ』と庇護したくなるのは、単に私自身が『人間』になり損ねた存在だからだろうか?
───…何を今更。私が付喪神である事も、刀剣男士では無く女士であったが故に審神者の元で直接戦う事が許されなかった事も、異国の地で貴銃士達の主人として衛生兵として治療に携わる事になったのも為るべくしてなった事、彼等の様に振る舞える立場で居たかった等……烏滸がましいにも程がある。
私は源二郎に、粉々に砕け散った後も人々に語り続けられ、人々の記憶に残り、大切にしてくれたからこそ付喪神となれた存在。
人間達の為に尽力する事こそが私にとって至上の喜び、彼等の望み通りに、彼等の願いを叶える為に力を振るわねば今の私は私では無くなる。不明瞭な存在として堕ちる訳にはいかない。
「はあ?なんだそれ!?はんどしぇいく?ふざけるな!!」
相変わらずの怒声に視線を傾けると、どうやら何とかして友好な関係を築きたいと思っているらしいイエヤス殿が、ユキムラにハンドシェイクを試みようとして失敗した様だ。
ハンドシェイク、確かベス殿曰く『握手』の意味で有ったか。否、イエヤス殿…幾らなんでも急きすぎだ。
意味の解らぬあの子相手では急く気持ちも分からなくは無いが、まだ互いに来て数日、まだまだ心の整理も切っ掛けも足りない状況では、頑ななあの子は益々意固地になるに違いない。
イエヤス殿の掌を叩き返したユキムラが怒って廊下を大股に歩いていく。そんなユキムラの後ろ姿を見送りながら、小さく溜め息を吐くイエヤス殿を見ていると、申し訳ない気持ちになってしまうのは、偏に私もまた源二郎の槍だからだろうか?
「……変な所ばかり源二郎に似てしまったな」
あの子は素直でいい子だが、如何せん感情を制御出来ない箇所が有る。恐らくはまだまだ自我が目覚めて間がないのと、源二郎への想いが強すぎて視野が狭くなっているからだろう。
根が真っ直ぐで「こうだ」と思うと梃子でも動かない。そんな所が源二郎に瓜二つだ。
「……仕方が無い、あの子の代わりに私が向かうか」
そう呟いて。掌を叩き返されたイエヤス殿の元へと向かう事にした。
私の正体を知っているのはユキムラだけだが、あの子は深く考えていない。然したる問題では無いと思っている様だった。
「千鳥は千鳥だろ?
俺の知ってる千鳥がマスターってのも不思議だけどさ、信繁様がすっげー大切にしていた千鳥が俺のマスターなんてさ、やっぱりすっげー嬉しいし、隠さなきゃいけないってんなら俺も協力するしさ、だから一緒に世界帝軍の奴等をぶっ飛ばそうぜ!」
思わぬ所で再会し、どう説明すれば良いかと困惑していた私にそうあっけらかんと笑い飛ばした”あの子”の優しさに報いる為にも、あの子の足りない所は私が補っていけば良い。
何せ同じ主の元で、あの大戦を駆け抜けた同士であり、一生懸命に源二郎を慕う姿は、過去の私にそっくりなのだから。
源二郎の事を知っている私が主人だと知り「嬉しかった」と言った言葉通りに懐いてくれるユキムラは、私にとって可愛い弟の様な存在だ。拙い失敗を失敗のままでは終わらせぬだろう、だから、私は私に出来る事を。
拝啓、真田源二郎信繁様
異国の地にて、我等は貴方様の武器であった誇りを胸に、日々一進一退しながらも精進しております。
まだまだ未熟な私達をどうか見守っていて下さい。人々を苦しめている世界帝の者達との戦いが終結するその日まで。
【終】
千銃士でのマスター”大千鳥十文字槍(♀)”の基本性格みたいなものと、ユキムラとの関係性を纏めたく短文にしたものです。
彼等の間に信頼関係は有っても、何か恋愛感情になる事はかなり低い感じになっているかと。
その辺りは抜きにして、姉と弟みたいなやり取りをしている仲の良い二人を「羨ましい」と思って眺めている他の銃士達が日常風景となっている気がします。
「宿許筒ーっ!至るところに落とし穴を作るなと何度申せば気が済むのだ!」
「千鳥こそ宿許筒じゃなくてユキムラって呼べよ!ユ・キ・ム・ラ!!」
「む…仕方有るまい、まだ慣れぬのだ!其れよりも変な所に掘るでない!危ないであろう!!」
「しよーがないだろ!これもイエヤスを捕まえる為なんだから!!俺だってイエヤスが勝負を受けるならこんな事しないって!!」
「………ユキムラ、落ちたのはラップ殿とアレク殿なんだが?」
「え?マジ?」
「…………後で治療してやるから、真の武士らしくお二人に殴られるか撃たれて来い」
「うっわー!ラップ、アレク!大丈夫かあああぁぁぁ!!」
「………………はあ、全く…本当に仕方の無い。取り敢えず埋めるか(穴を)」
みたいな(笑)
で、穴を埋めている所にイエヤスさんがやって来て一緒に埋めてくれる感じです。
最後に穴に落としてしまったラップさん、アレクさん、ご免なさい(;>_<;)