ハモン・セラーノの晩餐会(アレス×創作冒険者(♀))
「苦しい様ならお土産にして持って帰ると良いのでは無いかな?……心配しなくても余った料理は夫々に分けて、包んで持って帰れる様に容器の準備もしているよ」
「そうなのか?……それは助かる」
「確認してみたのだけれどね、ワインも料理に合わせて何種類が用意してくれているみたいだよ。もし何なら帰る時に違う色のワインを貰ってみても良いのでは無いかな?」
「そうだな…と言いたい所だが、私が貰うよりも他の神に献上する方がアルディリア達の為にも為るだろう。だから今回は遠慮しておこう」
「おや、そうかい?……何なら君から他の神に渡しても良いのでは無いかと思っていたけれど、確かにオルランドなりアルディリアなり、彼等から直接手渡される方が喜ぶかも知れないね」
ふふっ、と苦笑混じりに私から離れると今度は太陽神の傍へと彼は近付いた。
もそもそとホブスのサンドを作っている太陽神に、月神の彼が言葉を紡いでいる。
「シャマシュ、君もきちんと食べなくてはいけないよ?……先程からサンドにしてばかりで余り食べて居ないのも知っているんだからね」
「え?そんな事は無いわよ、きちんと食べてるわ」
「そうかな?……僕には”サルピコン・デ・マリスコス”が気になるけどお皿が取れなくて入れられないから、違う事して気分を逸らしている様にしか見えないけど?」
「ちょっ、シンってば何時から見ていたのよ!?」
「君がソワソワしていた時から、かな?……何時お願いしてくるかなって見ていたけど、一向に言わないからもう諦めたのかなと思ったよ」
そう言って、オグマから皿を受け取った月神が小さな太陽神の為に”サルピコン・デ・マリスコス”を分けて入れてやっている。
「有り難う」と微笑む太陽神に、「他に手が届かなかった物は有る?」と尋ねている月神は何処か優しい瞳をしている。
尋ねながらもパエリアを受け取っている所を見る限り、太陽神の娘の様子をずっと見ていたのは強ち間違いでは無いのかも知れない。
”サルピコン・デ・マリスコス”も”オレンジとアーモンドのパエリア”も、そう多い量を分け入れた訳では無く、少しずつ入れては夫々の皿をオグマやハオカーに返している。
余り感情を表に出さないと思っていたバビロニアの月神だが、案外そうでも無いのかも知れないと私は思った。
何処がどう違うのかと尋ねられても恐らく私は的確には答えられないだろう、が、見詰める瞳が何処と無くだが優しいのだと思う。何故だかは分からないが瞳が優しいと思い、何処か暖かいとまで思ってしまう。
「うんっ、美味しい!これがマリネなのね…何だか自然な味だわ、それに優しい!」
もぐもぐと一口食べ終わった後にそんな感想を言っている彼女は、的確な表現だとは言えないものの、溌剌とした気力に溢れた清々しさを感じられた。
「此方は意外な組み合わせだけど悪くないわ、甘酸っぱいけど香ばしい……うん、此方も良いわね!」
「なーんか良いよねー!これ、ピーナッツも美味しいけど、アーモンドも良いもんだね。此れなら幾らでも食べられそうだよ」
豪快に笑っているのはプテサンウィだ。太陽神──シャマシュの言葉に頷きながらパエリアを食べている。
「此方の料理も良いが、このシシケバブと言う肉も美味い。香辛料と焼き加減がまた絶妙だな」
ホブスの中に入れた肉を見ながらハオカーが熱く語っている。「ハオカーは肉が好きだよねー」と、隣に座っているプテサンウィが肘を突いて人の悪い笑みを浮かべた。
「……お主も嫌いでは無いだろう」
「まーねー、ワタシも美味しい物は好きだよー。タンドリーチキンとはまた違う美味しさだよねー」
すっかり打ち解けた様子のプテサンウィに、やれやれと困った様な表情を浮かべたハオカーがいた。どうやらこの二柱は何時もこんな感じらしい。
何処か通じるものを感じたのか、ケイロンもまた小さく頷いている。
「大所帯の食事も良いものですね」
「そうね、皆も招待したい位よ。きっとキングーもムンムも喜ぶわ」
「マルドゥクも喜ぶでしょうね」
「そうねえ……あの子にはその前に大騒ぎしない様に言い聞かせてから、かしら?」
微笑ましい光景に映っているのか、エンパナーダを食べながらアプスが隣のティアマトに話し掛けている。出てくる名前と内容の流れ的にもバビロニアの幼い神々なのだろう。
そう言えばアルディリアに連れられて行ったバビロニアに、悪戯好きで元気に跳び跳ねていた子供の神を見た様な気がする。
大きな黄水晶の瞳と翠玉色の髪を持った少年が、紅玉色の瞳と黝簾石(ゆうれんせき)…と言うと分かりにくいだろうから若干違う様な気もするが、瑠璃色の髪の少年の尻尾を引っ張って「遊ぼう」と誘っているのを、必死に逃げ惑いながら抵抗していた光景を見掛けたのを思い出した。
あの時は特に意識していなかったが、今考えると翠玉色の少年がマルドゥクで瑠璃色の少年がキングーだったのだろう。
確かに元気なのは良い事だが、じっとしているのが苦手な様子だったから多少は言い聞かせておいた方が良いかも知れない。
逆にキングーと言う少年はもう少し溌剌と、子供らしい所を持っていても良いのでは無いだろうか?
…………否、いざとなればアポロンやアルテミスも居るし放っておかない様な気もするが。
収拾が付かなくなった時でも、ケイロンや此処に居るハオカー達が入ってくれそうだな、等と何とも失礼な事を考えながらワインに口を付けた。
「にいさま、楽しいです?」
「そうだな……悪くは無い」
「よかたです、お腹だいじょぶ、です?」
「大丈夫だ。このワインも香りといい味わいといい、良い選択だ…食も進むだろう」
「よかたです、にぃに、喜ぶですよ」
柔らかな笑みを浮かべてホブスのサンドに齧り付く。もぐもぐと頬を膨らませながら食べている姿はまるで子リスの様だ。
少し紅く染まった頬を見ていると、思わず頭を撫でたくなる程に、このアルディリアと言う解放者の娘は小動物みたいだと思う。
「シャマのとこは挽肉を串に巻いて焼いたものを”カバーブ”言うです。えと、肉団子みたいにしてるのをコフタですかね?
此れは四角形に切ってるお肉ですから、ティッカ言うみたいですよ」
「国によって名前が変わるのは良く有るからな、分かり易くする為にシシケバブと言った訳か」
「おいし、ですね」
にこにこ微笑む姿はやはり癒される。
無意識に。
娘の柔らかな明茶色の髪を撫でてしまっていた、我に返った時には撫でてしまっていて、私自身が自らの行動に驚いてしまう。
「あら、アルディリア。アレスに撫でて貰えて良かったわね」
「はい、うれしーです」
驚いている私の横を、空いている食器をカチャカチャと片付け始めていたダヌが、アルディリアに声を掛けた。
「ちょっと恥ずかしい気もするけど、何か嬉しいですよね」とダヌの後ろで一緒に片付けていた三つ編みの少女もまた言葉を続けている。
「お兄ちゃんも良くして来るんですよ~、これってきっと無意識みたいなものなんでしょうね」
「こらブリギッド、此処で俺の事を話題に出すんじゃない」
「だってお兄ちゃんも良くするじゃない」
「だからってな…」
三つ編みの少女の言葉を聞いて、オグマが思わず声を発した。心外だ、と言わんばかりに少女と話しているが余り説得力が無い所を見る限り、本当に良くしてしまうのだろう。
そしてオグマの言葉通りならば、この三つ編みの少女はブリギッドと言う名の、オグマの妹なのだろう。今まで会話をしなかったので分からなかったが、少しおっちょこちょいな女神の様だ。
どうしてそう思ったのかと言えば、そんな話をしながら歩いていたと思ったら突然何も無い床の上に転がっていたからに他ならない。
「ちょっと!大丈夫?怪我してない?」とティアマトとシャマシュが慌ててブリギッドに手を貸している。
序でに何とか割れずに済んだ皿やコップ等はハオカーやケイロンが回収し、汚れた床はアプスとシンが拭いているし、アスタルに至っては「何も無い所で一回転とは、有る意味器用な娘っ子じゃのう」と呆れた声をあげている状況だからだ。
まあ、そのお陰で撫でていた手を引っ込められたのだが。
「ブリギッド!鼻を打ち付けたのか!?」
「だ、大丈夫よ。お兄ちゃん…」
「あああ…全く。ほら此処で横になれ、鼻血でも出たら大変だぞ」
そう言いながらソファーの上に横たわらせている光景を見ていると、オグマは過保護気味で特にこのブリギッドに対しては過剰な程の過保護になってしまうと言う事だ。
様子を見ていたクーフーリンが何とも言えない微妙な表情を浮かべているのが、全てを物語っていると思える程に。
「大丈夫なのに…」と文句を言っているブリギッドと、「駄目だ。暫く休ませて貰え」と言い聞かせているオグマの様子に、はあ…と大きな溜め息を吐くクーフーリンの姿を見た。
余程”日常茶飯事”の光景なのか、肩を竦めたり眉間に皺を寄せてる所を見ると、時々迷惑を被った事も有ったのだろうと思う。が、「可愛い妹を持つお兄さんにとっては心配で堪らないのでしょうね」と穏やかに微笑み、クーフーリンを悟らせているアプスの底の深い包容力には感服させられてしまった。
アルディリアとシャマシュの会話や、実際に二人を見ている時にもちらほらと耳にもしたのが、ティアマトはアプスの事を『控えめな性格なのは良いけど、もっとしっかりしないと駄目よ』と言っていた。が、私から見た彼は確かに控え目だが包容力と芯の強さを持っていると思う。
穏やかだが言いたい事はきちんと伝えている、其れも相手に畏縮させない様な話し方で……此れは相手を労っていなければ出来ない事だ。
広い視野を持っていて、且つ相手の行動と言動に対して”好意的”で無ければ成立しない事だ。其れは真似したくとも簡単に真似は出来ない、彼自身の武器だとも言える。
クーフーリンもそう言われてしまうと苦笑せざるを得ない。
「ははっ…だな」と笑い、残っていた自身の皿に気付いたのか「まだ食べてる途中だったの忘れてたぜ」と言いながら食事を再開させている。
「おーい、皆も残してる分は食べないのかー?……せめて取り分けた分だけでも食べた方が良いぞ?」
「おや、そうだったね。シャマシュ、ティアマトもきちんと全部食べたのかな?」
「私はもう食べたわよ、だからダヌさん達のお手伝いしようと思って席を立った所だったのだもの」
「あら、私もよ。そう言うシンはもう食事は終わったのかしら?」
「僕も終わっているよ。晩餐会の準備は手伝え無かったから、せめて食後のデザート位は手伝いたくてね……そんな矢先に『ガシャアアアン』だから驚いたよ」
どうやら彼等は既に食事を終了させていた様だ。終了させた者から順番に空いた皿を片付け、食事のデザートの用意をしようとしていたらしい。
まだ食事中の者と言えば、アルディリアとクーフーリンにモリガン。あとアスタルにプテサンウィ、オグマに至っては食後のお茶を飲んでいた様だ。オルランドと飲んでいた矢先にブリギッドが転んだ、と言った所か。
「オグピー、お茶が冷めるぞー」とオルランドが珈琲を飲みながら声を掛けている。
そんな騒ぎが落ち着いて来たかと言う時に、其れは突然発生した。
「ぐおおお…!?」と突然悶え苦しみ始めたアスタルに弟子であるシャマシュが真っ青な顔して駆け寄っている。
床に座り込み、女神の膝枕の上で小さな身体をピクピクと振るわせて苦しんでいる所を見ると、かなり大変な状況だ。
「アスタル様、しっかりして!」と泣きそうな顔をして必死に擦っているシャマシュに何事かとやって来たシンが、たまたま目が合った私に声を掛けて来る。
「何、どうしたの?」
「否…良く分からんが、食べていたと思っていたら突然苦しみ始めて……」
「突然?」
そこまで告げるとシンは机の上の、アスタルがちびちび食べていた皿の上の料理に目をやった。
その料理をまじまじと確認すると、「…このキツネ」と口を掌で覆ってしまう。どうしたのかは分からないが彼は心底呆れ果てたと言わんばかりに呟いた。
「これ、何か分かる?」
「”カラマレス・レジェノス”だろう?」
「材料は何で有ったか覚えているかい?」
「「……イカ?」」
同じく様子を見ていたオグマと声が重なった。と、途端にオグマは何か気付いた様で引き攣った表情を浮かべている。
ハッキリ言って二人共に美しい顔が台無しだ。
アルディリアも心配そうにシャマシュと一緒になってアスタルの腹を擦っている。アスタルは苦悶の表情を浮かべていてかなり苦しそうだが…。其れでもシンはそんな師匠を前に冷たく言い放った。
「アスタル様、キツネの身体でイカを食べたらそうなるのは当然では無いですか。キツネはイヌ科ですよ?…いや、ネコでもイカは食べてはいけませんけどね。
言わば今の状況は当然の結果です、そちらで休まれている彼女と一緒に休んでいて下さい……決してデザートまでねだらない様に」
まあ、言われても仕方がないな。
そう言いながらオグマがアスタルの食べ残した”カラマレス・レジェノス”を片付け様としている。それを見て、アスタルは「こりゃ!それはワシのじゃ…!」と恨めしげに前足を伸ばすが、「またシャマシュとアルディリアに心配を掛ける気ですか?」とシンに一蹴されていた。
「ううう…恨む、恨むぞ…シンめ…!」
「アスタル様…お腹大丈夫?」
「今度はじぃじが食べられる物を作るね?御免ね」
理由が解ったアルディリア達は、アスタルがゆっくり休める様にと大きな籠を用意し、そこに柔らかそうなタオルやクッション等を敷き詰めている。どうやらアスタル専用の簡易ベッドの様だ。
そっと横たわらせると、流石のアスタルも観念したのか寝やすい様に身体を丸めている。
「ふむ…消化不良に良い薬草を煎じて持って来る事にしよう」
「薬草!?い、嫌じゃ!寝とれば治るわい!!」
「アスタル様!?」
ケイロンの言葉を聞き、慌てて駄々を捏ねるアスタルと説教を始めるシャマシュと言う何とも情けない光景が広がっていた。
「もうっ!駄目よ、アスタル様!折角、ケイロンさんが薬草を煎じて下さるんだから駄々を捏ねちゃ!良くなるものも良くならないんだからっ!」
「其れでも嫌なモンは嫌じゃ!たかだかイカを食うただけじゃぞ、寝とれば治るわいっ!!」
「マルドゥクやエンキドゥさんみたいな事を言わないで!!アスタル様はいいお年なのよ?……お願いだからお薬飲んで!」
此処で名前が上がる二柱も聞いたら憤慨するのでは無いだろうか?
と思ったりもしたが、最早どちらが親か分からない状況にケイロンもハオカーも声を抑えて笑っている。
シャマシュは余程アスタルの身が心配なのだろう、まるで本当の祖父を気遣う様な仕種でアスタルに言い聞かせている。が、アスタルから見れば『余計な世話』でしか無いらしく、「嫌じゃ!」を連呼し続けていた。
そんな二柱を黙らせたのはやはり残された月神のシンで、彼はキッチンにて煎じた薬草を持って来ると、アスタルの口に問答無用で捩じ込んでしまう。
途端に「うごおおお…!」と悶絶している所を見る限り、かなり容赦が無かった事はこの場に居た誰しもが思った感想だったのでは無いかと思う。
「舌!舌がピリッとした!ピリッとしたぞ、シン!!何て酷い事をするんじゃ!」
「貴方が子供みたいに駄々を捏ねるからでは有りませんか、弟子として師匠の不調を一刻も早く治して差し上げたいと思っただけですよ」
「嘘じゃ!お主は日頃の恨みを晴らしたに過ぎん!!そうで無ければあんな、あんな飲ませ方なんぞせんわい!!」
「そうでもしなければ飲んで頂けそうに無かったので」
「鬼じゃあああ!此処に鬼が居る!!」
わあわあ騒いでいる所を見ても『元気じゃないか』と誰も突っ込む事が出来なかったのは、彼等の中に漂う緊張感の在りそうで無い……この、ほのぼのとした光景を見せられている内に和んでしまったからだ。
「ふむ……どうやらディルの種子を飲ませた様だな」
アスタルの様子を眺めながら頷くケイロンの言葉を聞き、「ディルの種子を使うのなら、直接飲ませずともハーブティーにすれば良かったのでは…」はオグマのコメントだ。
私自身は詳しい事は分からないが、どうやらシンはわざと種をアスタルの口に捩じ込んだらしい。裏を返せば其れだけ怒っていたと言う事だが。
「シン、アスタル様の調子は良くなるの?」
「舌がピリピリする」とシャマシュの胸元にへばり付き泣いているアスタルの頭を撫でながらそう尋ねるシャマシュに、「少し休んでくれればね」と伝えているシンはやはり何処か優しい。
「……あれ、消化不良起こして体調悪くなったのがシャマシュの方だったらさ、もっと優しく飲ませてたんだろうな」
「そうね。シンならきっと同じディルの種子を使うとしても、まだ飲みやすくハーブティーにするんじゃ無いかしら?」
「まあ…恐らくアスタルはハーブティーにしていても飲もうとはしなかったでしょうけどね」
クーフーリンの呟きに同意したのはティアマトで、アプスは仮説を語っている。その意見には私も激しく同意だ、アスタルはきっと嫌がって飲まない。だからこの方法を使うしか無かった。
そう考えてもシンの判断は正しかったと言える。本当に彼等の関係性がいまいち良く分からない。
「なあ、アル。ディルって香辛料だろ?…あれって消化不良に効くのか?」
「はいです。ディルは消化不良改善、鎮静作用、沈痛にも効果あるです」
「他にも利尿効果や神経機能を落ち着かせる事に不眠症改善、口臭解消にも良いとされている」
「へえ…優秀な薬草なんだな」
「しかし食道の筋肉を弛緩させると言う事は、胸焼けを起こす場合が有るとも言えるだろう。逆流性食道炎の原因にも成り得ると言われ、特に高齢者と子供は注意せねば成らない」
「ちょっ、高齢者!?」
「あの量ならば問題は無い、心配せずとも大丈夫だ」
オルランドの質問にはアルディリアと、やはり薬草の知識に長けたケイロンが答えていた。ハオカーと皿を片付け戻って来たオグマが「…ほう」と頷いている。
どうやら副作用の注意点等までは詳しく知らなかったらしい。
「なかなかに学ぶ事が多いな。来て良かった」と呟くオグマに「…そうだな」と私は彼の言葉に同意した。
ヤロウの傷薬もそうだが、ディルの種子の効能にタイプの違う者達との付き合い方等、学ぶ事は沢山有った。こういう機会を少しずつ増やす事は、私達”神”にとっても良い刺激になるのでは無いだろうか?
……その前に父神のストッパー役で有る女神ヘラを解放させねば為らないが。
もう少し威厳ある姿を保って頂きたいが、普段のあの方を間近で見ていてそれが難しい事であるのは重々承知している。
それ故に『彼の最高神が不機嫌に為らない範囲内の交流に止めておいた方が良い』様に思えて為らない。
なまじ様々な国の神々が集っている故に、もし不仲にでも為れば地上にもどんな悪影響を及ぼすかと気が気では無いからだ。
……全く、こういう事で気を揉むのは今までアテナや他の神であったと言うのに、解放者である娘の事となるとそう切り捨てる事が出来ないとは、我ながら修行が足りないと思う。
だが……。
「…………守らねば、な」
漸く落ち着きを取り戻した彼等が「食後のお茶にしよう」と彼是とケーキなり飲み物なりと並べ始めた。「そんなに良く入るな」と呆れながらも手伝い、改めて席に座ると暫く彼等の会話に耳を傾けつつ、女神達が焼いたケーキを放り込む。
途中、目を覚ましたアスタルがやはり駄々を捏ねていたが、「お土産に包んで渡すから」と宥められて漸く満足する光景も有ったし、ブリギッドはやはり器用な転び方を披露していたが、今度はハオカーが咄嗟に支え事なきを得たり……穏やかに、とは程遠い”晩餐会”となってしまった。
が、悪くは無かった。久し振りに楽しい食事会だったと思う。
少なくとも肩肘の張る、形式張った会食に比べれば何倍もマシだったし、逆に騒いでばかりの酒の場で無かったのが良かった。
ギリシャで、皆と共にする会食も酒の場も悪くは無いが何処か肩肘の張るものばかりだった。
それ等に比べれば『楽しかった』と即答出来る程に、それくらい居心地の良い晩餐会だった。
『お開き』と為るのが、何処か寂しいと後ろ髪引かれる気持ちに陥る位に。
余った料理は少しずつ分けて器に入れ、彼等は順番に帰って行った。「今度はピクニックにして、各自で持ち寄ろう」と約束して。
先程まではオルランドの守護神をしているからか残っていたオグマと共に片付けを手伝っていたが、キッチンの片付けも終わったらしい解放者達とも合流し、そんな一人と一柱とも部屋の前で別れた所だ。
今は身体を清めているアルディリアが戻って来る迄の間、普段の日課である武器の手入れを行っていた。明日も振るう事になるのだ、きちんと手入れをしておかねば。
「にいさま」
「出たか。今日は疲れただろうから早く休め、明日もまた旅をするのだろう?」
「はい。明日も宜しくお願いしますです」
髪を拭きながら戻って来たアルディリアにそう伝えると、「太陽神はもうすぐか?」と天井に視線を向けた。アスタルを送ったら直ぐに戻って来ると言って帰ったので、もう直ぐあの太陽神も姿を見せるに違いない。
今夜は特に宿屋に泊まっている訳では無いから、わざわざ戻って来る必要は無い。それでも戻って来ようとするのは、あの太陽神が解放者の娘を気に入っているからに他ならない。ナビィが只今”違う冒険者”の所に行っているからだろうが、こういう時は大抵誰かしらが傍に付いているのが暗黙の了解となっている。
野宿の時ならば夜も共に居るが、こんな風に危険の少ない、穏やかな夜に嫁入り前の娘と共に過ごす訳にはいかないと、娘と気の合う女神に夜の番を頼むのは自然の流れだった。
「にいさま、これ”パンコントマテ”です。あとこれも付けるです」
「生ハム…残していたのか?」
「はいです。にいさま、生ハムとワイン好きですから、一緒にどうぞですよ」
そんな事を言いながら手渡された物は赤ワインだった。どうやらスペインのワインらしい。
プレディカドールと言う名のリオハワインだそうだ。パンコントマテに合うワインらしい。
各々に分けて渡したが、私とケイロンは受け取る事を辞退したからだろう。その代わりなのかどうかは分からないが、少し残ったハモン・セラーノにパンコントマテがとても合うからと作ってくれたらしい。
私はそれを有り難く受け取った、これは断ってはいけないと思ったからだ。
「何時もありがとーです」
ふわりと微笑む顔には悪意や媚びを売る様な嫌な感情はまるで感じられない、其処に有るのは無償の愛情。
有るがままに受け入れられる暖かな毛布の様な、そんな包み込まれている柔らかな微笑みだった。
「それは……私も同じだ。何時も感謝している」
「有り難う」と言葉を紡ぎ、手を差し出した。娘はキョトンと見比べながらも、私の掌に自らの掌を合わせようと手を伸ばす。
ギュッ…と握手したその時だった。
「お待たせーっ!遅くなって御免ね!」
夜だと言うのに何とも元気な声が室内に響いている。太陽神と言うのは何処の国も余り変わらないのか、元気が有り余っている者が多い様な気がする。
握手していた手を慌てて引っ込めてしまったのを見て、娘はどう思っただろうか?
そう思いもしたが、「いや…大丈夫だ」と取り繕う事しか出来そうに無かった。
「もしかして……私、お邪魔だった?」
「まさか、そんな訳無いだろう」
「シャマ、じぃじの身体は大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。私が出る頃にはギネスケーキを頬張っていた位だもの、だからもう大丈夫!」
「ふふっ、それなら大丈夫だね」
いや、大丈夫なんてものでは無い様な気が…と言いたくなるのをグッと堪えた。
何はともあれ太陽の女神が来てくれたのだから、私がこれ以上、此処に居る必要は無い。
嫁入り前の娘の部屋に居座る理由も、権利も無いのだ。そう思い直して「それではまた会おう」と告げると、娘の部屋を後にした。
───…カツン、カツン…。
馴れた足取りで回廊を歩く。
神殿には小さな灯りがぽつりぽつりと点るだけで、辺りは静まり返っていた。
眠っている神も居れば、役目の為に留守にしている神も居るだろうし、それ以外の目的の為に部屋を空けている神も居るのだろう。
それについて何かを告げるつもりは無いし、仮に見付けてしまったとしても何かしら行動に移すつもりも無い。
そう特に意識もせずに自室へと戻ると、美しい楔石の様な髪を靡かせた女神がベッドの上で座っていた。
如何にも休む前に立ち寄ったのだと言わんばかりに座っていた女神が、その煙水晶に似た瞳を煌めかせて「お帰りなさい」と微笑んでいる。
「……アテナか。部屋の主の留守中に侵入するとは、良い趣味をしているな」
娘から貰った藤のバスケットとワインをテーブルに置いているのを見詰めながら、「あの子からの贈り物ね?」と尋ねて来た。
だからどうしたと答える前に、何時の間に私の背後まで距離を詰めたのか──…アテナはその白い腕を伸ばすと、バスケットの中に納まっていた生ハムが乗ったパンコントマテを一枚手に取り、其れを小さく齧った。
「…………おい」
「いいじゃない、此れで許してあげると言っているのだから」
「私はお前に許しを乞う様な真似をした覚えは無いが?」
「………私も行きたかったわ」
「………」
成程、そう言う事か。
其れならば暫くはアテナの抗議を聞かなくては為らないだろう、何せ『常に情報交換している様な仲では無い』からと誘わなかったのは私なのだから。
仕方なく、アルディリアから貰ったプレディカドールの栓を開け、グラスに注いだ。芳醇な香りが室内に広がり、嗚呼…確かに合いそうな匂いだと目を細める。
アテナは私が振る舞おうとしているのが分かったのか、椅子に腰掛けワインを注いだグラスを見詰めている。「ほら」と渡すと「有り難う」と口を付けた。
その間に武具を外し、休む為の準備を整えていく。「全部食べるなよ」とだけアテナに告げると、身体を清めるべく浴場へと向かおうとした。
「あら、お風呂?…折角待っていたのにまた行ってしまうの?」
「明日、いやもう過ぐ今日だな…早いのだから当然だ」
「そう……」
「…………戻って来たら、聞いてやらん事も無い」
「そう………行ってらっしゃい。早く戻って来ないと、全部食べてしまうから」
ふふっ、と笑みを浮かべながらアテナはパンコントマテをもうひと齧りしている。
この調子では本気で全部食べられてしまいそうだ、と少し危機感を覚えた私は心持ち急ぎ足で浴場へと急いだ。
この時間では流石に誰も居ない。湯を沸かして、と言う訳にはいかないから冷浴にしようと思っていた。
が、戻って来たのが分かっていたのか侍女が沸かした湯を張っていてくれていた様だ。オリーブオイルと砂で肌を擦ると、侍女達が現れ”肌掻き棒”を使い、汚れや油を落としていく。
身体の汚れを落とした後、ハーブで作られた軟膏を使い保湿をしていく訳だが……解放者達はこんな洗い方はしていないのだろうと思った。
入浴後の娘の匂いや艶やかな髪を見るとそう思う。国によっては”石鹸”と言う物を作って入浴に使っているのだと聞いたし、今はギリシャでも作られているそうだ。
「もう私一人で大丈夫だ、皆も休め……夜分に済まんな」
侍女達を下がらせると、ハッカを入れた湯の中にその身を沈めた。スッと良い香りがする、髪もその湯で洗うと頭から冷静になれそうだ。
タイムも良いが此方も良い。折角、軟膏を塗り保温して貰ったが…意味の無い物にしてしまったな。
そう思うと申し訳なく思うが、今夜は湯に浸かりたい気分だった。
オリーブオイルと砂で肌を直接擦っているからだろう、若干ピリピリと痛みも有る。
が、この痛みにはすっかり馴れ過ぎていて特に何も感じない。
最後にハッカ湯で顔を洗うと、気持ちを引き締める為にパンパンと強く頬を叩いた。
気持ち早目に切り上げて部屋に戻ると、アテナは既に居なかったが小さなメモだけがグラスの下にソッと挟まれていた。細やかながらに残されたパンコントマテと、かなり飲まれたプレディカドールが寂しくテーブルの上を占拠している。
メモに書かれていたのはたった一行だった。だがその一行が、アテナの心情を切々と表現されている。
「『今度は私も連れていって』か…全く」
一体、何処まで寂しかったのやら。
普段は其処まで飲まないワインをこの短時間でかなり飲んでいる事と言い、留守中の部屋に勝手に入り込んでいた事と言い、素直に「行きたかった」と告げた事と言い、アテナはここ最近、守護神として旅に出られていない事や、来ても直ぐに違う神々の元へと向かってしまう事、そして今回の晩餐会に誘わなかった事に酷くショックを受けていたらしい。
否、守護神云々と言うよりもただ解放者である彼等に会いたかっただけなのだろう。
ただ傍に居たいだけだと言うのに其れが叶わず、もう一柱の戦神が毎回”娘”の傍に居る光景が羨ましかっただけなのかも知れない。
「また拗ねたのか?……女性と言うのは本当に難しい」
微笑みながら『行きたかった』と言う位ならば、最初から苦情なり何なりストレートに現せば良いのだ。
こんな回りくどいやり方をするよりも、もっと分り易いに頼れば良い。当人達に言えないの為らば、最初から誘われる迄、槍の鍛練を怠らなければ良いし、イザとなれば周りを利用すれば良いのだ。
…等と、立場が逆だから言えるのだ。
もし私がアテナと同じ立場で有れば、恐らく何も出来ない。『共に在りたい』と願いながらも、その願いを頻繁に口にする事は無いだろう。
それ位、彼等……特に”娘”には無理強い出来ない。何でもかんでも受け入れてしまう娘に、これ以上何を口に出来ると言うのか…そう思うからだろうか?
プレディカドールをグラスに注いだ。キラキラと輝く濃い紅色は、見ているだけで唇が引き寄せられる。
芳醇な果実の香りに引き寄せられると、酸味と甘味が絶妙のバランスが持続性を与えてくれる。新鮮な果実の風味が濃厚だが優しく、口当たりもまろやかで、確かにハモン・セラーノに合う味だと私は思った。
ハモン・セラーノにも合うし、パンコントマテにも合う良いワインだ。
暫くワインと共にパンコントマテを味わっていく。
普段は其処まで飲まないアテナが此れだけ飲んでしまったのだから、余程気に入ったのだろう。そんな事を考えながら飲んでいたからだろうか。
「………朝、連れていってやろうか」
と、呟いていた。
朝ならばオルランドもまだ居るだろうし、アルディリアとオルランドの二人に会える方がアテナはもっと喜ぶのでは無いかと思ったからだ。
石に閉じ込められていた期間が長かったらしいアテナは暫く人間不信に陥っていた、今は多少はマシになっている様だが、やはり何処か不安は拭えないのか『傍に居て欲しい』と言う瞳をしている。
元々、人好きな箇所が有ったから余計なのかも知れないが……父神に最も寵愛を受けているアテナに父神を任せ過ぎていた分、若干不満を抱いている女神にも気晴らしは必要だろうと考えを纏めた私は、早々に片付けると今夜はもう休む事にした。
───
「アレス、此方で合っているの?」
「ああ、間違いない。だからそう燥ぐな」
朝、アテナの神殿へと赴き、「お前も来るか?」と伝えると喜んで付いてきたアテナが、歌でも歌い始めそうな勢いで尋ねて来る。
どうやら彼等のギルドへ向かうのは初めての様だ。見た事の無い場所、真新しい風景にアテナは心をときめかせている。
「着いたぞ、此処だ」
「此処が……あの子達が居る場所なのね」
そう言うと、アテナはキョロキョロと見渡しながらアルディリア達の”気”を辿って歩いていく。私はその後ろを付いて歩いた。教えてやる事も出来るが、アテナがそれを拒んだからだ。
やがて一つの扉の前に辿り着き、ハアー…と大きく息を吐くと控え目にドアを叩く。
中から「どうぞ」と声が聞こえるのを確認した途端に勢いよく扉を開けた。
「アルディリア!」
「……アテナ様?うわ、お久し振りなのです!ギリシャ、来るでも居なくて、心配だたです!お元気です?」
「ふふふっ、アレスに連れて来て貰ったのよ。もう、また『行く』を『来る』って言っちゃったわね…そんなに難しい?」
そんな事を言いながらもアテナは嬉しそうだ。アルディリアも其れが分かっているからか嬉しそうに微笑んでいる。
「アテナさん…って、アレスさんの知り合いなの?」
どうやら初めて会うらしいシャマシュが小首を傾げている。仕方なく簡単に説明すると、「兄弟が多いって良いわね」と返って来た。
「そうでも無い。その分、揉め事は多いからな」
「そうなの?…でも、一人よりもずっと楽しいと思うな。私は神殿でも一人だからやっぱり兄弟が居ると良いなって思うの」
「え、貴女…一人なの?」
少し驚いた表情をしたアテナがシャマシュに尋ねている。「ええ。でも今はアルデと一緒だから寂しくないわ」と笑っている。
「夜はね。時々、アルデと一緒に眠るの。色んなお話しながら眠れるとね、ぐっすり眠れるのよ」
「そう……素敵ね」
羨ましかったのだろう。
何処か寂しそうに微笑んだアテナを見て、敏感に何かを感じ取ったシャマシュが「そうだわ!」とアルディリアも交えて言葉を紡いでいく。
「ねえ、アルデ!今夜はアテナさんも誘いましょうよ。私達と一緒にお話しながら眠れば、アテナさんもぐっすり眠れるし、きっととっても楽しくなるわ!」
「それ良いね!…あの、アテナ様。今夜、一緒に寝る、です?」
「え、でも……私もお邪魔して構わないの?だって彼女と私は初めて会ったのに…」
躊躇いながら言葉を吐くアテナにシャマシュは「関係ないわ」と力強く答えた。
「アテナさんも私と同じ。アルデに解放された女神でしょ?…それにアレスさんの兄弟さん。其れだけ分かれば充分よ、此れからお互いに知っていけば良いだけの事なんだもの。ね?何も困らないでしょ?」
変わった女神だと思ったに違いない。
が、此れがこの女神の良い所でも有ると私は思う。サッパリとした気性の太陽神、小さな身体に一体どれだけの力を秘めているのか…良く分からないが、同性に好まれるタイプの女神では無いだろうか?
アテナは眩しそうに目を細めると「…分かったわ」と幸せそうに微笑んだ。
久しく見ていなかった微笑みだ。連れて来て良かったな、と内心ホッとしたその時だった。
「思い出したぁぁぁ!!」
と、ノックすらせずに中へと躍り込んで来た若者が一人現れた。息も荒く現れた若者には見覚えがある。
「……クーフーリン様?」とアルディリアが声を掛けると、「あ!アルデじゃないんだ、シャマシュの方!」と目的の人物の姿を探している。
「え、私?」
「そう!俺、お前に聞きたくてさ。あのな?…昨日、お前の師匠から”俺の昔の名前”を紹介する前に言われちまったんだ。何で知ってるのか確認しねえで帰ったのを思い出してさ」
「え?やだ、アスタル様ったら!そんな事してたのね!」
勢いのままに説明していたが、シャマシュにも何とか伝わったらしい。「それはね」と理由をクーフーリンに教えている。
「私達は天体の神でしょ?…地上の人達の生活にも深く関わっていると思うわ。だからね、私達は人々の擁護者でも有るの。
……そんな私達が、そうね…クーフーリンさんみたいに群を抜いて目立っていた人の事を知らないと思う?」
「へ?…そ、そうゆう事か…はあ、成程な。やっと意味が分かったぜ、それならそうと先に言ってくれたら良いのによ…」
「御免なさい…アスタル様、きっとクーフーリンさんに会えて嬉しかったんだわ。『ルーの息子も来るのか!?』ってずっと言っていたんだもの、それクーフーリンさんの事でしょ?」
「あれ…嬉しかったのか?」
「ええ、無花果を貰わなかった?アスタル様、いそいそと用意していたから渡したと思ってたけど…」
無花果?
そう言えば昨日、アスタルから無花果を貰ったな…とクーフーリンと顔を見合わせた。そんな私達に「アスタル様はグルメで大食いだけど、持て成したいって気持ちが強いの。無花果を食べさせてあげたかったんだと思うわ」と教えてくれた。
「若い神様に会いたかったのよ、何時もひっそりと過ごされてるから」
「そうだな」
こういう交流も悪くないな。
私はそう思った。
クーフーリンも恐らく同じ気持ちだろう。
「無花果と言えば、不老長寿の果物だとも呼ばれていたな……アスタルが何故これを持て成しに選んだのかは分からないが、古くより栽培されていた果物だ。アスタルなりに意味が有ったのかも知れないな」
「だな。……何で自分で食わないのか分からなかったが、じいさんなりに喜んでくれてたって訳か…ははっ、なら最初からそう言えば良いのにな」
「アスタル様はね、ちょっと照れ屋さんなのよ。シンにも時々『小僧、小僧!』って言ってるけど、本当は頼りにもしているし、何よりも可愛いと思っているんだと思うわ」
「ああ、確かに!じいさんはお前達に甘えてる様な感じだったよな!……そう言えば腹の調子は大丈夫なのかよ?」
クーフーリンの問い掛けに「大丈夫よ。もう元気過ぎて、ギネスケーキをお一人でペロリと食べていたわ」と答えている。
「ははは!じいさんらしいな!」と大笑いしている所を見ると、クーフーリンはすっかりアスタルに打ち解けているらしい。
「良いわね。私もお会いしたかったわ」
「アテナ……」
寂しそうに笑みを浮かべるアテナを見ているとやはり申し訳無く思ってしまう。クーフーリンも同じなのか「あー…」と頬をポリポリと掻いている。
「師匠はそう言っては無いけど、ネヴィン達は残念がってたみたいだしなあ…今度はピクニックみたいに皆で持ち寄って騒ごうぜって言って、落ち着かせたけどさ」
「そうねぇ…ティアマトもイシュタルさんが料理の腕を振るいたかったのにって後で残念がりそうだわとか言ってたし、今度は皆で一緒に出来ると良いわね!」
「アテナ様、一緒するですよ。だいじょぶ、なのです!!」
アルディリアがアテナの両手を取り、にこにこと微笑みを浮かべている。「また、するの?」と半信半疑に私に尋ねて来るので「そう言う流れにはなっているな」と答えると漸く明るい笑顔を見せてくれた。
「其れなら、私はミロピタを焼くわ。美味しいミロピタを沢山焼いてあげるわね」
「ミロ、ピタ?」
「アップルパイだ、スペイン風に言うと…”タルタ・デ・マンサナ”か。とは言え、カスタードがたっぷり入っているスペイン風とは若干違うがな」
「そうなのです?…何だか楽しみです」
ほえほえと笑っているアルディリアは、未知のアップルパイに色々な想像を膨らませている様だ。「何で知ってるんだ?」と尋ねて来るクーフーリンにも「前に作ってくれた事が有ってな」と簡単に教える。
「ふーん、アレスは甘い物が好きなのか?」
「いや…そう得意と言う程では無い。絶対に駄目だと言う程でも無いがな」
「じゃあ、その時に教えて貰ったって訳か」
「そう言う事だ」
こんな風に何気無い会話が出来るのも、恐らく晩餐会で互いの緊張が解けているからだろう。
「あーっ、そうだ!俺さ、アレスと手合わせして欲しかったんだ!
昨日は其処まで言えなくて、後で『しまった!』って後悔してさ…なあ?ピクニックの時に手合わせしてくれるか?」と誘われる事にも、私は喜んで受け入れた。
願っても無い事だった。私の斧がクーフーリンの槍に何処まで通用するのか、そう思うだけで闘争本能に火が点きそうだ。ピクニックで気を遣うよりも、私にとってはそちらが目的だと思える程に。
「その時は俺も参加させて頂けるかな?」
コンコン、と。
軽いノックと共に現れたのはオグマとオルランドだ。「やれやれ」と肩を竦めている所を見る限り、突然飛び出してしまったクーフーリンを追い掛けて来たらしい。
「俺の神具はこれだが、もしご不満ならば槍も剣術も披露させて頂くが…どうだ?」
そう言って見せて来たのは首飾りだった。変わった形をした首飾りだが不思議な力が滲み出ている。
「まあ…」と、一緒に見ていたアテナやシャマシュもその首飾りに視線が向いていた。どちらかと言えば直接的な力よりも、滲み出ている不思議な力の方に興味が有るのだろう。
その首飾りを眺めながらアテナは呟いた。
「言霊かしら?
沢山の言霊が視えるわ、正確には文字の羅列ね。それ等の文字が縦横無尽に飛び交っている……恐らくはイメージに過ぎないのでしょうけど…」
「不思議ねえ…私にはキラキラ輝く虹の様だわ。とっても素敵に見えるの、ビジョンみたいに流れ込んでくると言うのかしら」
「ふーん…俺には良く分からないけど、二人にはそう見えるんだな。アレスにはどう見えてるんだ?」
「私は静かに燃えている炎が見える。ゆらゆらと揺れている様にしか分からないがな……何故そう見えるのか迄は説明出来ないが」
アテナを筆頭にシャマシュとクーフーリン、そして私が思い思いの感想を述べていく。「ほう…」とオグマは何処か嬉しそうだ。アルディリアもオルランドも首飾りを見ているがそんな風には見えないらしく、「人間には分からないのかもな」と話している。
「感覚的には彼女の言った事が近いが、後の言葉も不正解と言う訳では無い。シャマシュの言う『虹の様にキラキラ輝いている』も、アレスの『ゆらゆら揺れる静かな炎』も…君達の波長を感じ取った首飾りが見せているんだからな。
……だから正確には『どれも間違いでは無い』んだろう。各々の視たままのビジョンが言霊に変わっているだけに過ぎないのだと俺は思っているよ」
彼女とはアテナの事なのだろう。
何処と無く似た力を持つ彼等の目には”羅列”が飛び交っている様に見えているとは驚いたが、其れでも馬鹿にするわけでも無く肯定してくれるオグマに、彼自身の講師寄りな気性さが出ていると思う。
否、講師と言うよりも『公子』かも知れないが。
「ふふっ、そうね……私も貴方達と手合わせさせて貰いたいわ」
「え、マジかよ!?…因みに、あんたの得意な武器は?」
「私は……これよ」
「って、ちょっと待ってくれよ!これ盾じゃん!?」
クーフーリンの反応にアテナは面白そうに笑っている。どうやらクーフーリンがどういう気性の神なのか、既に理解しているらしい。
明らかにからかっている。此処で自慢の槍では無くてアイギスの盾を見せる時点で、彼をからかって遊んでいるのが見て取れた。
「……アテナ、からかうな」
紛いなりにも初対面だろう、と付け加えると「あら?貴方がそんな事を言うなんて珍しいわね」と笑みを深くした。
「ふふっ、御免なさいね。私は昔から人間…特に貴方の様な真っ直ぐな英雄って嫌いじゃないの。それに……貴方も同じ”槍”を得意をすると知って、嬉しくて…」
そうクーフーリンに詫びると「気を悪くしないでね」と付け加えながら”黄金に輝く槍”を見せた。名前自身は私も知らない。
ただその槍は、アテナの力に合わせて輝いている。
「うおお…すげえ!」とクーフーリンもまた目を輝かせた。恐らくは私と同じ、彼もまたピクニックよりも手合わせがメインなのだろう。
「アルデ、それにオルランド。きっと楽しいピクニックになるわよ。
皆でご飯食べて、お話して…もっともっとお互いの事が分かり合えるわ。それって本当に素敵な事よね!」
「本当に素敵だよねー。何を作るか、今の内に考えたいなあ」
ニコニコ笑いながら二人に話し掛けているシャマシュは、どうやら手合わせに参加するつもりは無いらしく、ピクニックについてアルディリアと共に花を咲かせている。
そんな彼女達にオルランドはずっと気になっていたらしい事を持ち掛けた。
「だが手合わせもするんだろ?……何か嵐が起こりそうな予感が犇々するけどなあ、なあ、当日は俺達も薬草いっぱい用意しておくべきか?」
「あら、大丈夫よ。手合わせしたいって言ってる神達だって、互いに怪我を負わせる位の暴れ方はしないでしょうし…イザとなったら手合わせに不参加してたメンバーが一斉に止めたら何とかなるわ」
「でもさ?…中には最高神とか、暴れてえ!…って神様も出て来るかも知れないだろ?……そう言う時はヤバくねえか?」
「そうねえ…暴れたい神も出て来るかも知れないわね。でも、同じ位『穏やかに過ごしたい』神も居るでしょうし…何よりも仕切りたい神も居る筈よ。だから大丈夫!」
シャマシュは力強く答えているが、其れでもオルランドはらしくなく不安を拭えない様だ。それは無理も無い。
オルランドに指摘され、私自身も一瞬頭を過ってしまった不安。
私とアテナがアルディリアから離れた時、あの父神が彼女に接触しないかと言う事だ。
手合わせで地上を荒廃させるつもりは無いし、力の制御をしながら手合わせするのが大前提の上での『手合わせ』で有る事は理解している。
しかし一瞬の隙を突かれて、彼女を連れて行かれ無いかと言う事は『無い』と断言するには、些か自信は無い。
アテナも同じ不安を抱いた様だ。どうするべきかと思案している。
そんな不安を一気に拭い去ってくれたのはアルディリア本人の言葉だった。
「にいさま、シャマ達と一緒に応援するです…見えるとこ、居るですよ」
「楽しみですね」と微笑む彼女を見詰めながら、伯父上達を警護に付けようと考えていた等とはこの先告げるつもりは無いが。
そうまでして守りたい存在なのか、と我ながらに苦笑した。
(終)
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