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ハモン・セラーノの晩餐会(アレス×創作冒険者(♀))


【ハモン・セラーノの晩餐会】


「わあ…どうしたの、これ?」

「バルで見掛けてな、余りに美味そうだったから譲って貰ったんだよ」


ギルドに戻って来た私達に声を掛けて来たのは、解放者である娘の幼馴染みの男だった。男の隣で苦笑混じりに立っているのはこの男の守護神だろう。
黄水晶の瞳が私の解放者である娘を見詰めている。何処か優しく見守る様な瞳を見る限り、どうやら此方の神も娘の守護神になっていた事が有る様だ。
目が合った神は私にも苦笑混じりの笑みを浮かべている。私とはタイプは違うがどうやら同じ戦を司る神の様だ、とは言え知的な雰囲気を漂わせている所を見ていると、どちらかと言えばアテナに似ているタイプの戦の神なのかも知れないが。


「にいさま、にいさま」


嬉しそうな顔をして、娘が私に声を掛けて来る。「何だ?」と尋ねると、「生ハムです、にぃに、くれたです」と笑っている。


「生ハム?」


娘が手渡して来た生ハムはかなり質の良いものだった。此れと一緒にワインを飲むとさぞかし美味いに違いない。


「『ハモン・セラーノ』と言うらしい。イタリアのプロシュット、中国の金華火腿と並ぶ世界三大ハムの一つだそうだぞ」

「俺達の故郷の生ハムなんだよ、そのまま食っても美味いし、フルーツと一緒に食っても美味いんだぜ!」

「ほう……確かに、色艶も良さそうだな」

「にいさま、食べるです?」


やはり故郷の、となると懐かしさも相俟って嬉しいものなのだろう。娘は本当に嬉しそうだ、キラキラと輝く瞳が喜びを一層強いものにしている。
「食べたいか?」と言えば確かに食べてはみたい、が……既に親密深い関係となっている私が呼ばれて良いものだろうか?
他の、まだ其処まで親密を深めていないだろう神々に振る舞ってやる方が、この解放者達にとっても良いのでは無いだろうか?
珍しく返答に困っている私を見兼ねたのか、もう一柱の神が娘に話し掛けた。


「勿論、俺も彼も他ならぬ君からのお誘いだ。喜んでお呼ばれしたいが、どうせならば皆で共に食事する方が良いのでは無いかな?
例えば……未だ信頼関係が成立出来ていない神と親睦を計る、と言うのも悪く無いと思うよ」

「ほえ、親睦…です?」


こてん、と小首を傾げる娘に「そうだよ」と言葉を繋げる。


「ハモン・セラーノと言えばとても素晴らしい食材だ。他の国の神々も興味が有ると思うしな、量的にもほんの一部の神しか呼べないだろうが、せめて喜んで貰えそうな神を招待しても罰は当たらないだろう?」

「それなら、シャマ呼ぶです。ダヌママとティアマト様、アプス様とケイロン先生呼ぶです」

「そうだなあ…俺の方はオグピーが居る訳だし、此方はクーフーリン様を呼んでおくか。あ、アテナ様は呼んだ方が良いのか?」

「否、私とアテナは常に情報交換している様な仲では無いから他を優先すると良い」


男からの問いに其れだけ答えたが、二人があげている名前を聞く限り信仰…否、親好の深い神々ばかりの様なのだが。
苦笑しながらも「先日解放出来た二柱はどうだ?」と言葉を紡いでいる”隣の神”はかなり弁の立つ神の様だ。
恐らく未だ親好が足りていないであろう神々を会話に出している、私には思い浮かばない選択肢だ。『オグピー』と呼ばれたこの神は、まるで友人同士の様な気さくさで男と交渉している。


「プテサンウィ様とハオカー様か…そうだな、喜んでくれそうでは有るな」

「ならば話は決まったじゃないか。オルランド、君が彼等を呼びに行くと良い」

「俺が!?…あ、まあ…そうなるわな。おお、分かった」

「序でにアルディリアの呼びたかった神々にも声を掛ければ良いだろう、どうせ何かしら料理をするのだろうし……俺達が居ても邪魔になるだろ?」

「おお!?ちょっと待てよ、アルが呼びたいっつーてたのバラバラじゃ無かったか?
ちょっ、勘弁してくれよ!俺達が呼びに行くとしても結構時間掛かるだろ?」

「いや…そうでも無いさ。お姫様が招待したいと所望した神々の大半がバビロニアエリアだったし、俺がクーフーリンとダヌに声を掛け、オルランドが先程の二柱、そして……」


其処まで言葉を繋げると、彼は私の方を見た。ケルトの言葉を巧みに扱って会話をしていた彼等の言葉を、私は理解出来ない訳では無い。
娘は良く分かっていない様だが、此方の神が何を言おうとしているのか分かるだけに「アルディリア」と、私は娘に声を掛けた。


「ほえ、何です?」

「ケイロンならば私が呼びに行ってやろう。他国の神々ならば彼等が呼びに行ってくれる様だから、お前は…此れを料理していてくれ」

「でも人数が分からないですから、色々な食材に混ぜるですよ?」

「構わん。お前の好きな様に作れば良い」

「うん、分かたです」


こくんと頷くのを確認すると、「ではケイロンを呼びに行く」と姿を消した。
ケイロンの元へ行くのは苦痛では無い。幾ら同じギリシャの神々であろうとも、そう例えばアフロディーテ達の所やその辺りの神々の元へ行け、と言われるよりも幾分マシだ。
ケイロンは直ぐに見付かった。薬草を摘んでいたらしいケイロンに用件を伝えると、「ならば…」と棚に並んだ沢山の小瓶の内の一本を手にしている。
「それは何だ?」と尋ねると、「ヤロウの傷薬だ。火傷や切り傷に良い」と答えてくれた。


「アルディリアは水仕事が好きだからな、有って困る物では無いだろう。生傷が絶えないオルランドの分も持っていく事にしよう」

「相変わらずだな。面倒見が良い…確かアキレスにも作り方を教えていなかったか?」

「当然だ。アキレスも含め、彼等は私の弟子だからな」


そう言うとケイロンは準備が整ったのか「さあ向かおう」と私に声を掛けて来た。ケイロンもまた娘達に会うのが嬉しいらしい。
ギルドへと戻って来ると、バビロニアの神々は既に集まっていた様だ。ケルトの神々と娘の幼馴染みのあの男は未だ戻って来ていないらしい。
どうやら気を利かせたらしいナビィが彼等に声を掛けた様だ。しっかり者の女神達は娘の料理を手伝っているのか、此処に居るのは男神達しか居ないが。


「今日はお招き下さり有り難う御座います。あ、ティアマトが焼いたピスタチオのケーキなのですが、アレスさん達もどうですか?」


穏やかに笑みを浮かべて声を掛けて来たのはバビロニアの神々でも”最初に淡水から生じた神”と言われているアプスと言う名の神だった。
同じく塩水から生じた女神ティアマトの夫にあたる筈だ、「後で構わない」と答えケイロンの隣の椅子に腰を下ろすと、今度はアプスに付いて来ていたらしいバビロニアの月神が「やあ」と変わった茶を目の前に置いてくる。


「これはカモミールだな。鎮静に抗炎症、抗痙攣に発汗。消化促進に抗菌、殺菌、利尿、嘔吐予防となる優れた茶だ」

「そうなのか?」


薬草に精通したケイロンらしく一目見てハーブと効能について説明してくれた。「へえ…流石だね」と月神も何処か嬉しそうにケイロンの次の言葉を待っている。


「それ故に女性にとって良い茶であると言える、が…妊娠中の者やアレルギーを持つ者にとっては毒に成り得るとも言える。此処に居る者は問題も無いだろうが……」


そう呟くとケイロンは徐にカモミールティーを口に含んだ。匂いを嗅ぎ、口の中で風味を楽しみながらも一気に飲み干したケイロンは「ふむ…申し分無い」と呟いた。


「流石、カモミールの栽培も行っているだけは有る。入れ方も風味も効能も、熟知していなければ出せない味だ」

「それはどうも有り難う。貴方は薬草の知識にも長けていると彼等から聞いてはいたけど、僕の想像以上に優れた知識の方な様だね」

「さあ、アレスも頂くと良い。気分が安らぐぞ」


ケイロンから勧められる侭にカモミールティーとやらを一口飲む。
リンゴに似た甘酸っぱい香りがする、と聞いてはいたが…私にとってはただ甘ったるい匂いだけでは無いかと思った。だが匂い自体は確かに甘ったるいと感じたが、味自体は然程思わない。
不味いとも、美味いとも思わない。が、悪くはない…と私は思った。
気分は確かに落ち着いていく様な気がする、此ならば娘に飲ませてやっても良いかも知れない。
とは言え、戦う事以外に関しては不器用過ぎるくらい不器用な私にはこの様な作法等こなせる筈も無いのだが。


こんな風に時間を潰している内に、もう一人の解放者がつい先日解放したばかりだと言う二柱を連れて入って来た。
その後で解放者の守護神をしていた、あの”オグピー”と呼ばれていたケルトの神が同郷の二柱…否、その後ろに付いてきてしまったらしい女神二柱も居たから、合わせて五柱か。
結構集まった様な気がする。
ギリシャは私とケイロンのみだが、今回はこれで良かったのかも知れない。
むしろこれは個人的な意見に過ぎないが、ギリシャの…そう私の父神やペルセウス達にあの娘を、私を解放したあの娘を余り会わせたく無いと思っている。


叔父上達ならば良い。冥王は先ず娘に危害を加えないし、良識の有る方で有る事は私も良く分かっているからだ。海王に関しては一見ちゃらんぽらんに思われるが、中身はなかなかに頼り甲斐の有る方でも有る。
幾ら女好きで有ろうとも、妻であるアムピトリーテーに息子のトリトン、ネーレウスまで揃っている状況で娘に手を出す真似はしないだろう。
問題は、それらの状況ですら関係なく口説くのが私のあの父神であると言う事だ。
父神の恋愛癖は最早”悪癖”だとすら思う。母神は違うがアテナとは良くその話をしていた。
解放者達をあの父神に二人きりで会わせては為らない、もし何かしら問題が発生した時、私のあの愛情深いが故に繊細な母神がどんな理不尽な罰を与えようとするか分からないからだ。
彼等…特に私の、あの娘に危害が及ぶ様な事態は回避せねば為らない。


だから呼ばなくて良かった。せめて母神も居る時で無ければ、彼等が私の母神を解放してからで無ければ、とカモミールティーを飲みながらそう考えていた。


「君には合わない味だったかな?」


不意にそう尋ねられて、嗚呼…難しい顔をしていたかと「可でも無く、不可でも無い。だが悪くない味だ」と正直に答えた。
「それなら良かったよ」と月神がホッを胸を撫で下ろしている。


「考え事をしていただけだ、気にするな」

「おや、君が考え事?……戦いの神だし、やっぱり魔神や魔物の事でも考えていたのかな?」

「そうだな……その辺りだ」


隠す事では無いが、馬鹿正直に答えるのも何だか酷く見苦しい気がしてそうぼやかした。身内の恥だ、今は特にそう思う。
父神に認めて貰いたいと、私なりに思っていた時も有ったと思う。だが父神が愛していたのはアテナであり、アポロンであり、アルテミスであり……その辺りの神々や、父神が気に入る度に身籠らせた人間との子供達ばかりだった。
その中に私は入っていない、が、母神に私は愛されていた。叔父上達もまた私を邪険に扱おうとはしなかった。
その事に関して恨むつもりは毛頭無い、私は戦えればそれで良かったからだ。戦いの中で存在を証明出来ればそれで良い。


恨みはしなかったが、内心呆れてはいた。男も女も、美しければ何でも良い…と言い放つあの色欲まみれの父神を。
私も決して誉められた者では無かったが、それ以上に、美しく優しい母神を傷付けている父神の事を軽蔑していた。
そう言えば、このバビロニアの月神もまた父神に対して余り良い感情を持っていないと聞いたが、今もそうなのだろうか?


確認したいと思ったが、同時に此れだけ違う国の神々が揃っている状況で質問してどうする、と気持ちを切り替える事にした。
アテナとも話し合った、叔父上達も同じ結論だった。

”女神ヘラを解放する迄は、解放者達と父神を極力会わせない”

他国の最高神を見習って頂きたいが、ギリシャの最高神は昔から全くぶれずに、己を解放してくれた”解放者”を口説き、冒険中でも関係なく此処では言えない様な真似をしようとする。
……………解放者達が会おうとするのは止められないが、せめて解放者が父神に会おうとする時は誰かが供に付いていく。
大変だが、解放者が特に生娘の場合はそうしようと結論付けていた。


「ふむ……魔神か」


ケイロンは何となく心情を察していたのだろう。月神に「もう一杯頂けるか?」とカップを渡している。
「喜んで」とケイロンのカップにカモミールティーを注いでいく、と一緒に私のカップにもカモミールティーを注いでくれた。


「君達も気苦労が絶えないみたいだね」


そう意味深に言葉を紡ぐと、彼はキッチンへと戻って行った。プテサンウィ、ハオカーと呼ばれる二柱とケルトの神々の分の茶を準備したかったのだろう。


「なあなあ、何食べさせてくれるんだろうな?」


トントン、と。
私の肩を軽く叩いて声を掛けて来たのは、ケルトの半神半人の英雄と言う立場の若者だった。
長髪を束ね、すらりと高い鼻筋に人懐こそうに見えるが何処か美しさも併せ持つ、恐らく”美形”の部類に入るだろうそんな若者が、私に声を掛けて来た。
「さあな」と返事をすると「楽しみだなあ!アイツの作る物ならきっと美味いに違いないし」と嬉しそうに言葉を続ける。


「最近アイツとはなかなか会えなくてさ、会っても直ぐに帰っちまうし…オグマからたまに話を聞くから寂しくは無いけど、やっぱりこの目で見ないと心配って言うかさ……」


照れ臭そうにだが、嬉しさの方が感情的にも勝っているのだろう。
守護神に選んで貰えていない寂しさよりも、少しぼんやりしている娘が心配であると言う感情の方が勝っているのと同じ様に。


「ハモン・セラーノと呼ばれている生ハムを使った料理だ。私も今回が初めてだから詳しくは知らんがな」

「ハモン・セラーノか……そのまま食っても美味いって聞いたけど、そっか、アイツはそれを料理するんだな。へへっ、何か楽しみだな!」


人懐こいと言うべきか、人好きそうな若者と言うべきか。
気さくに話し掛けて来た若者は、娘の手料理を食べた事が有るらしく「どんな料理に化けるんだろうな」と思いを馳せている。
あの娘…アルディリアと言い、彼女の幼馴染みのオルランドと言い、”解放者達”は国も何もかも垣根を越えて神々に愛されている。有る者はまるで彼等の父や母の様に、兄や姉の様に、弟や妹の様に、長年の友の様に、中には愛しい恋人に対する様に彼等に接している様だ。


……私はどうなのだろうか?
他の冒険者達に対する扱い方としては、兄の様に接していると言うよりは戦友の様な扱い方をしている様に思う。
ならば彼女に対してはどうなのだろうか?
戦友とは違う気がする、兄の様にとも違って来た様にも思う。だがその理由を考えてはいけないのでは無いかと思うのは私らしくないと思うし、何となく理由自体にも私は気付いている。
しかし他の神々の様に彼女を愛しいと思う気持ちの侭に触れてはいけない。
言葉には出さない、最期の瞬間まで傍に居たいと願いはしてもそれを口には出さない。触れてしまえば最後、私はその願いを口にしてしまうだろうからだ。
閉じ込めたい訳では無い、束縛したい訳でも無い。短い人の世で、最期のその瞬間まで命を燃やすであろう彼女の供に居られれば良い。それ以上は何も願わない。
……願ってはいない、が、この願いこそが最も彼女を執着している願いに過ぎない事は私が一番良く分かっている。


「なーんじゃ、お主。さっきから眉間に皺を寄せおって、折角の色男が台無しじゃぞ?」

「うおっ!?ビックリしたー!え、と何だ?キツネのじいさんか?」


何時から其処に居たのかは分からないが、ケルトの神と私の前に見た目だけは何とも愛らしい風貌の老体のキツネ神が立っていた。
本来ならば顔見知りになる機会も無いだろうキツネ神だが、彼女の守護神を良く受けている私は決して知らない訳では無い。
この老体のキツネ神は先程のバビロニアの月神である彼の師匠に当たる神だ、皆が『食えない』と称する星神だ。確かアスタルと言う名だったか。
アスタルは「ふんっ!何時の世も若造共は礼儀がなっとらん!!」と悪態を吐くと、器用に椅子を使い机の上によじ登った。
ゴソゴソと何かを取り出すアスタルを、私とケルトの神は顔を見合わせながら見守っていると「食え」と何かを渡してきた。


「え、何だこりゃ?」

「見て分からんのか、無花果じゃよ」

「いや…それは分かるが……」


渡された無花果の処理に困っていると「食えと言うたじゃろうが」とふんぞり返っている。


「折角の晩餐会なんじゃろうが。そっちの能天気な若造みたいには出来んにしろ、その辛気臭くグチャグチャ考える暇が有るなら其れでも食うて待っとれ」

「能天気な若造って…俺か?」

「他に誰が居るんじゃ?…のう”セタンタ”」


”セタンタ”と呼ばれた瞬間、ケルトの神は顔色が変わった。『何故、知っているのか?』とその顔は物語っている。
怒っていると言うよりも明らかに困惑だ。
何処まで知っているのだろうとか、名前すら知らない神に何故此方の事を知られているのか、と言う意味合いの困惑。
そんな微妙な空気を壊したのは、この場には不似合いな何とものんびりとした女性が現れた時だった。
「あらあら、喧嘩は駄目よ?」と言いながら運んで来た料理を並べている。
この女性、いや女神を知らない訳では無い。確かケルトの神だ、大地を作った母神だった筈だ。
私の次に解放されたこの母神は、フィドルの演奏に長けた少し天然気味な女神で、名をダヌ…と言っただろうか?
料理を作ると塩と砂糖を間違えるとか、彼女を楽隊の者だと勘違いしていたとか…思い出しても不思議な女神だと思う。
が、不思議だと思いこそすれ、何故か其処まで苦手だとは思っていないのも事実だった。
余り立ち入った話をした事は無いが、私の次に召喚の書を使って解放された女神だからか、「はい、アレス」と置いてくれた料理を「済まんな」と伝えた。


「へえ、お前がギリシャのアレスだったのか!」

「クーフーリン、お前…今まで誰だか分かっていないのに、あんなに馴れ馴れしく話していたのか?」

「えー!?何だよ、オグマ!
お前も知らないと思ってたから何も言わないのかと思ってたのに、アレスだって分かってたなら教えてくれよな!」

「ええい!こんな所で痴話喧嘩は止めんか!!…と言うより、そちらの若造もハッキリとは分からんかったから黙っておったのじゃろうが。
ワシはお主等の事はよーく分かっとるが、互いに自己紹介でもすれば良い話なんじゃからギャアギャア喚くで無いわ」

「あ、それそれ!
何でキツネのじいさんが俺の事を知ってるんだ!?」


すっかり忘れていたに違いない話題だったが、アスタルの言葉から再び思い出した疑問をクーフーリン、と言う名のケルトの神がぶつけている。
「キツネのじいさんでは無い、アスタルだ」と、ずっと私の隣で黙ったまま様子を見ていたケイロンがクーフーリンに伝えた。


「アスタル…?」

「確か…バビロニアの星神だったな。見た目とは裏腹にかなりの高齢で、あらゆる物事に精通した隠遁者だと聞いたが…」

「隠遁者のじいさんが何で俺の事を知ってるんだよ?」


彼女の幼馴染みであるオルランドの守護神をしていたオグピーことオグマから詳しく説明を受けても、クーフーリンには疑問が残るらしい。
まあ、私も同じ気持ちだが。
彼女…アルディリアの守護神をしている時に、頻繁にバビロニアへは足を運ぶからか彼等の事は大抵分かるだけにある程度は流せるが、余り付き合いの無い彼等には困惑する事ばかりだろう。
しかし何と説明すれば良いのやら、考えあぐねている私達の前にもう一人の女神がやって来た。


「もう!駄目よ、アスタル。
余り他国の神を不安にさせるのは良くないわ、年配者なら逆に導いてあげなくちゃ」


そうアスタルに意見しながら、「御免なさいね、アスタルは食えないおじいさんだけど許してあげてね」とクーフーリン達に飲み物を渡している。


「私はティアマト、苦い水の女神とされたバビロニアの女神よ。
今日はお会い出来て嬉しいわ。出来れば今度は解放された全ての神と、こうやって集まれると良いわね」

「苦い水?……ああ、海水と言うか塩水の女神と言う事だな。
俺はオグマ、此方は幼馴染みのクーフーリンです。此方こそお会い出来て光栄です、確かにこういう機会はまた設けた方が良いでしょうね」

「ティアマト…って事は、バビロニアでも全ての神々を生み出した母神って事だよな。何か凄いよな、今日だけで知らない神にどんどん会ってるぜ」


クーフーリンの言葉に「本当ね」と、ティアマトも笑っている。何とも穏やかな光景だ。
オグマは女性に対しては紳士的に振る舞う性質らしく、バビロニアの女神に対しても礼儀を弁えている。
ダヌも「皆で一緒にお食事会って素敵だわね」とニコニコ微笑んでいるし、「全員となると場所を確保するのも大変だろうけどな、でも面白そうでも有るな」とクーフーリンも同意した上で考えていた。


「別に食事会に拘らなくても良いじゃろう、天気の良い日に野原でピクニックがてら茶会するのも悪く無いと思うしの」

「有無。一緒に腕の立つ者同士、手合わせの場を設けるのも良いだろう。きっとより有意義な時間が過ごせるに違いない」


アスタルとケイロンの言葉に「それは良いな!」と益々喜んだのはクーフーリンだ。
「確かに其れならもっと楽しめそうだ」とオグマも頷いている。


「あらあら、それじゃ怪我した時の為に救急箱を用意しておかなくちゃね」

「もうっ!男の子ってば、本当にやんちゃさんばかりなんだからっ!」

「まあ良いんじゃない、ダヌ?
女の子は女の子同士でのーんびりお茶会していましょうよ」

「まあ!私も参加させてくれるの?嬉しいわ!
それじゃその時は私からティアマト達に、フィドルの音色をプレゼントするわね」

「ふふっ、その日が楽しみだわ」


料理の準備をしている内にすっかり意気投合したのか、ダヌとティアマトは次のお茶会について話をし始めている。この様子では近い内に現実のものとなりそうだ。


「なーんか楽しそうだねー、その時は皆で一緒にダンスしようよ。きっともっと仲良くなれるよー」

「俺達の腕も磨かれ、互いに情報交換も出来るか……神同士の交流と言うのも悪く無いな」


解放されたばかりの二柱、プテサンウィとハオカーと言う名の神々もまた話を聞いていたのか頷いている。プテサンウィと言う女神は今にも踊り出しそうな勢いだ。
確か北欧の最高神もまた踊るのが好きな神だった筈だ、きっとこの女神に触発されて我を忘れて踊り出すに違いない。
そんな最高神を父に持つ神々もまた慌てて参加させられるだろうが、案外良い気分転換になるかも知れないとも思った。
騒ぐのが苦手な神々は大人しく茶会に洒落込むだろうが、それ以上に騒がしく大変な一日になるに違いないだろう。


その日までに彼の母神を、私の母神である女神ヘラを解放出来ているだろうか?
出来ていなくても私が娘の傍から離れなければ問題も起こらないだろうが、其れでも広大な野原でとなると用心に越した事は無い。


……今日の様な穏やかな晩餐会には為らないだろう、と思う。


「おやおや。皆さん、楽しそうですね」

「盛り上がっている所で悪いけど料理が冷めてしまうよ?……せめて晩餐会が始まってから会話を楽しむ方が良いんじゃないかな?」


料理を並べに行った二柱が一向に戻って来ないからか、バビロニアの二柱が代表で様子を見に来た様だ。
片方はティアマトの配偶者であるアプス、もう片方は私にカモミールティーを入れてくれた月神のシンだ。大皿に盛られた料理を運んで来たらしい二柱が、机の真ん中に大皿を置いている。
どうやら皆で取り分けて食べる料理の様だが、その前にティアマトやダヌが運んで来た料理と合わせてもかなりの量を作っている事が見て取れる。ハモン・セラーノは何処に使われているのだろうか?


「おおお…すっげー!これ中に何が入ってるんだろうな?」

「此れは…確かエンパナーダと言う名のパイだな。基本はツナとトマトを入れるそうだが、此ればかりは切り分けた時で無ければ分からないだろうな」

「へえ…オグマ、良く知ってるな」

「オルランドが前に振る舞ってくれてな。その時に少し調べた事が有るだけだ、そう詳しい訳では無いぞ」

「それじゃ此方の綺麗なのは何だろうな?…海老とかイカとか、トマトに胡瓜にピーマンに、パプリカや玉葱も細かく入ってるだろ?」

「これはサラダか何かでは無いか?……流石に名前までは俺も知らないから、後で聞く事にしよう」


並び始めた料理を見ながら、クーフーリンとオグマが話をしている。彼等の会話を聞きながら、どんどん運んで来るアプス達を捕まえて「手伝う事は無いか?」と聞いてみた。
出来上がった料理を運ぶ位の事しか有りませんが、其れで良ければとアプス達に案内されてやって来たキッチンには色とりどりの完成された料理が並んでいる。
本当にもう運ぶ位しか手伝う事は無い様だ。


「あ、アレスさん。こんばんは!」

「ああ、久し振りだな」


丁度目が合った私に挨拶して来たのは、バビロニアの太陽神だ。彼女と仲の良いこの太陽神はどうやら到着してからずっと、このキッチンで調理を手伝っていたらしい。
「かなり作ったな」と言うと、「作ったのは私達だけじゃ無いのよ。ティアマトもダヌさんも一緒に作っていたんだから!」とニコニコしながら教えてくれる。


「ほら、良い匂いでしょ?…これギネスケーキと言うんですって、ダヌさん達が焼いてくれたのよ」

「にいさま、こっち、ティアマト様とシャマが作ったです。ホブスとシシケバブなのです、中に入れて食べる、美味しいです」

「そうか、かなり豪勢な晩餐会になりそうだな」

「今夜はソパ・デ・アホに生ハム入れたです、にんにくスープです。ぽかぽか、元気になるですよ」

「そうか…クーフーリン達もきっと喜ぶだろう」


それ以外にも色々作られているが、大皿に乗せられた料理やダヌ達が作った料理は量も多めになっているだけで、それ以外の料理は少な目に盛られていた。
どうやら量自体は少な目に、メニューを多めにしているらしい。
ダヌ達はケーキを焼いた所を見る限り、スープの類いは既に彼女が作っていたからだろう。ティアマト達が作ったホブスと呼ばれる丸い形で平たいが、ポケットの様に開いているパンが皿の上に何枚も重ねられている。
その隣の皿には串に刺した肉と沢山の野菜が盛られている所を見る限り、此れがシシケバブと呼ばれる料理なのだろう。


どういう風に食べる料理なのかは彼女が話してくれていた様に、パンの中に肉と野菜を詰めて食べれば良いのだろうが、中に詰めずとも丸めて食べても良い料理なのかも知れない。
言われるが侭に皿に盛った料理を順番に運んでいくと、ケイロン達が並べ直したのだろう。先程までは別々に分かれていた机を一つの大きな長方形の形に合わされていて、晩餐会らしい食堂へと変わっていた。
先に運ばれていた料理も本来のあるべき場所に置かれているし、オルランドが用意したのかワインやビール等の飲物もきちんと並べられている。


「あ、アレス様達のワインは此方になりますから」


そう言って見せられたのは神殿でも見掛けた赤ワインだった。
「此方では無いのか?」と尋ねると、「献上してる様な酒の方が良いんじゃ無いですか?」と逆に尋ね返された。


「気にするな、今夜は折角の晩餐会だろう?……食事に合う酒ならば其れが良い」

「そっか…そう言って貰えると助かるぜ。ゼウス様みてえに『高級赤ワイン20本』とか言われたらどうしようかと思った」

「そんな事言ったのか?」

「言った言った、俺もアルも言われた時は二人で途方に暮れたぜー、あれ」


ケラケラと笑っているが、聞かされた私の方は引き攣った表情しか出来そうに無い。
あの父神の事だ。恐らく其れを欲するに至る理由も有るのだろう。
其れでも……解放者である彼等の大変さと、この長期に渡る旅を強いている事、生命の危機を紙一重の中で続けさせている事、挙げれば挙げる程キリは無いが、そんな彼等に頼む貢ぎ物も半端じゃない量になる場合が多いと言うのに、なかなか手に入らない高級赤ワインを20本だとは……私でもそんな事は言えなかった。
伯父上が聞けば卒倒するに違いない、何せあの伯父上は欲する事ですら戸惑いを隠せなかったのだから。


「……オルランド、済まん」

「へ?…いやいや、アレス様が謝る事じゃねえだろ?」

「いや、それでも……済まん」

「そうかぁ?……うーん、まあゼウス様は解放する時が既にキツかったって言うか、無理じゃね、とか思ってたけどさー、まあ…解放しか出来なかったけどよ」

「解放しかでは無い、解放されてあの方は喜んでいる。だからそう気にするな」


思わず敬語を忘れる位、オルランドは私が謝罪してきた事に驚いてしまったらしい。
「そっか、だからアルに会いたがってるんだな」と頷きながら語った言葉に、「なに?」と私は尋ね返した。


「いやさ、幾ら無頓着だっつってもゼウス様にどういう逸話が有るかって位は、俺だって分かるからよ?
オグピーとも話してさ、ゼウス様への貢ぎ物は極力俺が渡しに伺ってるんだよな。その度に『娘は何時来るんだ?』って聞かれるんだよ、だから会いたいんだろうなぁ…ってさ」

「待て、それは…」

「嗚呼、分かってる。分かってるつもりだぜ?…ポセイドン様から大抵の事情は聞いてるし、ヘラ様が解放出来る迄は会わせねえ方が良いんだろ?」

「アルディリアには何と言い聞かせているんだ?」

「うん?…ゼウス様もヘラ様に会いたいだろうから、ヘラ様が何とか解放出来たら一緒に行けば良いって言ってるぜ」

「そうか……済まんな」

「気にするなって、アルに何か有ったらアレハンドラにぶっ飛ばされるからな。ま、要は保身みてえなモンだから」


気さくに笑みを見せるオルランドは一風変わった冒険者だ。解放そのものには否定的で無ければ肯定的でも無い。
旅に出るのも気が向いたら出発するが、気が向かなければギルドのキッチンで何かツマミになる物を作りつつ酒を飲んでいるか、と思えばバイトに明け暮れているかのどちらかだ。
アレハンドラと言うのは、アルディリアの育ての親だ。彼女の『おばさん』らしいのだが、かなり豪快な気質の持ち主らしい。
彼女愛用のフライパン、調理にも使うが専ら武器だ──は、アレハンドラから譲り受けた物らしい。これ等を見ても、どんな人物像であるかは見て取れそうだが。
冒険に出る前は彼女はその”おばさん”の店を手伝っていたそうだ。料理の手際の良さや、食に対する拘りを持っているのも其処から来ているのだろう。


彼女の守護神をしている時は、貢ぎ物で渡される様な献上品とは違う物を口にする事は少なく無い。
別に食べなくても平気だが、一人でぽそぽそと食べている所を見ていると何故か物悲しく映ってしまって…と言うのが大半の理由だろう。
たまに彼女の手料理を共に食しているが、故郷の料理だけでは無く、旅をしている国で学んだ料理等も彼女は思うが侭に料理していて、付き合うのもそう悪くは無いと思っている。
こうやって付き合っているのは私だけでは無い。クーフーリン達も勿論だが、バビロニアの太陽神や北欧の戦乙女達等は彼女と一緒に泊まる事もある様だ。
何だかんだと言いながらも解放者である彼等が可愛くて仕方がないのだろう。


「にいさま、にぃに。ご飯なのですよ」

「おーう、じゃあそろそろ始めるか!」

「席は決まっているのか?」

「好きな所でだいじょぶ、なのですよ」


ほわほわした笑顔で私とオルランドを呼ぶ彼女は、疑う事を知らない生娘の様だと思う。彼女の隣には太陽神の娘が既に座っていて、私はそんな彼女の逆隣に座る様に促された。
オルランドはオグマとクーフーリンの真ん中に座っている。どうやら二人が彼の席として取っていた様だ。
流石に食事中まで騒がしく、とは成らないものの、あちこちから軽い会話は聞こえて来る。
この料理は何と言うのか、とか。
どういう風に食べれば良いのか、とか。
これ等の質問に答えられる者が答え、聞きながら、真似をしながら晩餐会を楽しんでいる。


「アルディリア、これは何と言う料理だ?」


見た目も可愛らしい料理に目を奪われて尋ねてみると「エンサラディージャ・ルサ、ですよ」と返って来た。
エンサラディージャ・ルサ、と教えられても何が何だか良く分からない。とは言え、折角綺麗に形が整えられている料理を無作法に掻き混ぜたくは無いのも事実で、どうすれば綺麗に分けられるだろうかと少し考えていた私を見兼ねたのか、娘が器用に分けてくれた。


「”エンサラディージャ・ルサ”はポテトサラダなのです、中にツナと人参と玉葱と、今日は枝豆にしたです。アリオリソースで食べるとおいし、ですよ」

「アリオリソース?」

「アリオリソースはニンニク入りのマヨネーズです、作ったです。ソパ・デ・アホにもニンニク使ったですね」


そう教えられながら口に入れてみると、成程…マヨネーズとサラダの混ざり具合等が丁度良い、と思った。
潰れたジャガイモもまた適度に塊として残っているのも悪くない、人参も良いが何よりも玉葱が良いなと私は思った。良い味付けだ、此れだけでも充分おかずになるな、と思える程に。
エンパナーダは定番らしいツナとトマトでは無く、生ハムと豚肉の香草焼きとなっていた。
オグマとクーフーリンの二人が話していたもう一つのサラダは『サルピコン・デ・マリスコス』と言うらしく、魚介類や野菜を細かく刻み、そこにドレッシングを掛けて和えたマリネだそうだ。魚介類は「これを使わなければ成らない」と言う事は無いらしい。
ポテトを横に添えられた『アルボンディガス』と言う肉団子もまたワインに合っていると思った。神によってはビールを好んで飲んでいたが、私は赤ワインが丁度良いと思いながら食事を続けていく。
アルボンディガスの中には松の実が入っているらしい、幾ら手伝っていた女神達が居たからとは言え、良くもまあ彼是と色々作れたものだ。
恐ろしいのは此れだけでは無いと言う事だが、全く彼女の食に対する拘りやら情熱には脱帽させられる。


「これはロースカツだな、これは何と言うんだ?」

「”フラメンキン”ですよ、此れにも生ハム入れるです」

「此方はイカか…トマトをピューレしてイカを一緒に煮込んだのか」

「”カラマレス・レジェノス”言うです。イカの詰め物の事です。トマトと一緒に辛口の白ワインも入れてるです、詰め物の中にも入ってるですよ」

「ハモン・セラーノか?」

「はいです。晩餐会のメインなのですよ」


メインだと言っているが、メインに成りそうな料理は他にも有る。良く彼女が作っているトルティージャと言う名のオムレツをバゲットに挟んでいる物も有るし、オレンジとアーモンドのパエリアなんて物も作られている。
どうやら色んな国の神々が集まっているからか、様々な料理を作る事にした様だ。
良く見ると、プテサンウィやハオカーはパエリアが特に気に入っているのか、お代わりしているプテサンウィをハオカーが窘めている。
クーフーリンはバビロニアの女神達が作ったホブスとシシケバブを食べていて、そんな彼の隣にちょこんと座っているケルトの女神が、そんな彼の為にホブスの中に野菜とシシケバブを綺麗に詰め込んでいる。
ぽそぽそと何やら話し掛けて、詰め込んだホブスのサンドを渡そうとするが、「折角作ったんだろ?食ってみろよ」と逆にクーフーリンは彼女に勧めていて、其れを見ていたオルランドとオグマの二人が苦笑を漏らしていた。


「彼女は貴方に食べて貰いたかったのでは有りませんか?」


そんな彼等の様子に気付いたバビロニアの神、アプスがクーフーリンに声を掛けているし、「健気じゃのう」とアスタルもまたフラメンキンを頬張りながら微笑ましい光景を眺めている。


「えっ…あ、う……そっか、じゃあ…ありがと、な」


そんな風に言われては流石に受け取らざるを得なかったらしい。クーフーリンは深く考える事を止めて、大人しそうな女神からホブスのサンドを受け取った。
受け取ってくれるだけで嬉しかったのだろう、女神は白い頬を紅く染め上げながら、彼女の白い肌に負けない位の綺麗な”エンサラディージャ・ルサ”を食べ始めた。
様子を見ていると女神が彼──クーフーリンに対してどういう感情を抱いているのか、良く分かる。
こんな私でも分かる位だ、恐らくクーフーリン本人以外の者は分かっているのでは無いだろうか?



「アレスさんも遠慮せずにどんどん食べてね!」


アルディリアの隣に座っているバビロニアの太陽神──シャマシュからもホブスのサンドを手渡された。
その前から結構な量のスペイン料理を食していたから、流石に苦しくなって来たのだが……と、どうすれば良いかと考えていた私に月神がソッと助け船を出してくれた。

「そろそろ辛いのでは無いのかな?」と言いながら、空いたワインの瓶と新しいワインとに交換する為に席を立っていたらしい。
「ワインは注がせて頂いても大丈夫かい」と尋ねられたので、「それなら大丈夫だ」と答えると程好い量のワインを注いでくれる。それに一口、唇を寄せるのを見てから言葉を続けた。
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