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守護神(百神・ギルガメッシュ&主人公(♀))


「しかし……甘いな」



むにゃむにゃ、と気持ち良さそうに眠っている娘を見ながら、朝になれば少しはマシになっているだろうが…もし無理ならば新しく調合した薬でも作って飲ませてやるべきかも知れない。
そこまで考えが纏まった時、俺はナビィと言う小さな娘の名前を呼んだ。
娘と一緒にやって来た神は、この人間の娘に最初に解放された戦乙女だ。ここ最近は娘が寝ると交代して貰っていたりする。



「毎晩遅くまで済まないな」

「ただ寝静まるまで読書に耽っていただけだ、気にするな…と、また朝には戻って来る。それまでの間、この娘の世話を頼む」

「貴方に頼られる日が来るとはな、本当にアルデは不思議な娘だ」



ふふっ、と小さく微笑む戦乙女に「勝手に言ってろ」と書物片手に一度自身の研究室へと戻っていく。
取り敢えず薬を調合してから休むとするか、そんな事を考えて。



◇◇◇

「到着ー!此処が南の島ですよ、ギルガメッシュ様!」

「見れば分かる」



数日後。
何とか酷くなる事も無く順調に回復した(それはそれで残念だ、試したかったのに)娘と共に、南の島とやらにやって来た。



「先ずはカモホアリイ様の解放石を持って逃げている魔神を探しに行きましょうか」

「まあ、それが妥当だろうな。歩いている内に他の石を持っている魔神と出くわす可能性もある、今のお前の力では到底勝てん連中だろうから、きちんと見極めてから挑め」

「到底勝てんなんて言い切らないで下さいよー!」



ぷくう、と頬を膨らませて怒る娘を見て「事実だろうが」と、膨らませている頬を指で突いた。
到底勝てん、と判断したのは事実だ。今のこいつの力ではギリシャ海中の幽霊船も満足に退けられ無いだろう。
何が足りないか、では無く……単純にこの娘一人の力では既に許容量を越えているだけに過ぎない。持って生まれた潜在能力を高めるにしても、神々との友好度を高めるにしても、引き出してやるにも受け入れられる娘の体の許容量を遥かに越えているのでは話しに為らない。
之ばかりは、娘の体の状況を考えながら少しずつ引き出してやらねば。
だからこそ何だかんだと南の島、とやらに来る前に色々と理由を付けて引き延ばしていた訳だが……。



「ナビィ、見て見て!パイナップルが有るよー!」

「わあ、本当ですね。ナビィ、食べてみたいです!」

「じゃあ傷む前に後で食べてみようか?」

「はい!嬉しいですー!」



観光に来た訳じゃ無いだろ。
そう突っ込むのも馬鹿馬鹿しい。
此処まで来る迄の間、実に馬鹿馬鹿しい事この上ないが……その理由も考えると、やはり焦り過ぎたかも知れん。
と、俺は己のこめかみから血管が浮き出て来るのを押さえながら、ここ数時間の事を思い出していた。


何だかんだと引き延ばしている間、俺は娘を連れてインド大河へと足を運んでいた。
何て事は無い、あの夜…娘の事を特に気に入ってる例の火の神が作っていた茶の入れ方を、賢者だと謳われたインドの王に教わる為だった。屈辱だが、俺自身でも知らない香辛料を使われている様だから手も足も出ない。
入れ方の基本的なやり方は間違ってはいなかった(当然だ)だが、やはり見せられた香辛料の中でも意外だったり良く解らなかった種が見付かった。その種を見せられた時、「あの火の神め…」と呟いたのも記憶に新しい。
それでもインドの…バギーラタ王に教わりながら紅茶、これはマサラティーと言うらしい。を、娘の体に合わせて(娘の嗜好はこの際無視だ)を入れている時、例の火の神"アグニ"が娘恋しさにインド大河へと現れたのを良いことに、礼の代わりと「折角だから、今度は娘本人に入れてやれ」と言ってやったが。


その時、アグニもまた百面相宜しく酷く取り乱し「あれは!お前に入れただけだ!あ、アルデに入れた訳じゃねえ」と本心からは遠く離れた台詞が聞こえて来て、たまたま聞こえていた娘もまた酷く傷付けてしまったらしく……シーターと言う女から蹴りを入れられていた。


その状況を眺めながら、少しだけ気分が良くなった。とは本人達には言わなかったが、「気持ちは解らなくも無いが程々にな」と共に様子を眺めていたバギーラタには、俺の思考が理解出来たのかやんわりと窘められてしまったが。
それでも「アグニ様がマサラティーを作ってくれたんですよ」と娘からこっそりと教えられた所を見る限り、余計な世話では無かった様だが……バギーラタより教えられて作ったマサラティーと、あの夜に飲んだマサラティーの味が若干違っていたからきっと娘が飲んだマサラティーはとても甘かった筈だ。
「とても美味しかった」と言っていたから娘の口には合った様なので何の問題も無いが、あれだけ過保護に気にかけているのならば守護神になりたい。と立候補すれば良いものを……。



そんな事をつらつらと思い出し、思い出に耽っていたからだろうか?
普段ならば空気が変わる前に気付く筈の違和感に、そう魔神が現れる前に気付く筈だと言うのに…反応が一瞬遅れてしまった。
しまった、と慌てて腕を伸ばし娘を護ったから、掠り傷程度の怪我で済んだが完全に遅れを取った事に、俺は唇を噛み締める。



「奴の出で立ち……ッハ!なかなかに厄介な敵がご登場したものだな」

「知ってるんですか!?」

「この俺を誰だと思ってる?
……あれに書かれた事が真実ならば、奴は恐らく"ミル・クラ"だ。死んだ魂を地獄の炎に焼いて食っていた、元は四人の妖精達の母親だろうが」

「"ミル・クラ"……」

「お前の魂を食らいに来た様だな、ッハ!どうする?大人しく食らわれてやるか?」



そう尋ねると娘は勢いよく首を横に振った。当然だ、こんな所で死んで良い人間では無い。
地下世界に住んでいる筈の女王が、よく地上に這い上がって来れたなと呟くと娘もまた「そうですね」と苦笑を漏らしている。
娘もまた己の力ではとても太刀打ち出来ない相手である事を理解しているのだろう。
正確には、神の守護が有り"神々からの恩恵"を受けているからこそ今の自分でも太刀打ち出来ない相手だと分かっている、のが正しい。



咄嗟に娘を庇う時に"ミル・クラ"相手に一太刀浴びせてやってはみたが、それでも平然としている所を見る限り、耐久力も並外れて高いのか……又は俺の力が未だ完全に戻っていないからなのか。



「チッ…大人しく地下世界に篭っていれば、未だ可愛気が有ると言うものを……」



苛々した気分をそのまま"ミル・クラ"にぶつけた所で、俺の神技では奴の耐久力をほんの少し削げる位がやっとだ。このまま持久戦を強いられれば明らかにこちらが不利なのは一目瞭然だった。



「おい、何をボサッとしている!早くコイツと似た境遇の"お仲間"とやらに救援を頼んで来い!!」

「は、はいぃ!ナビィ、頑張りますぅ!」



俺の剣幕に妖精は慌てて飛んでいく。
勿論、飛んでいく妖精を攻撃でもされたら敵わんから、不利でしか無い状況でもと"ミル・クラ"の前に飛び出し、奴の注意をこちらに向けさせたが。
その"お仲間"とやらが近くに居れば良い。
恐らくはその"お仲間"とやらにも神が守護している筈だから、そいつの力を利用出来れば何とかなるだろうとは思うが……如何せん、それまでこちらの体力が持つかどうかだ。


しかし、よりによって"ミル・クラ"とは。俺は娘の不遇さを嘆いた。
"ミル・クラ"とは、ポリネシアのクック諸島にあるマンガイア島において、地下世界に住んでいるとされる醜い悪魔の女王だと読み漁っていた書物の中に書かれてあった。
単に「ミル(Miru)」とも呼ばれ、名前は「赤い」という意味があり、地獄の業火を象徴すると言う。
死んで旅立った魂をアカアンガに命じて捕らえさせ、地獄の炎にくべて焼いて食べてしまうと言われているが、元々はタパイルと呼ばれる4人の妖精たちの母親だったとされている。
"ミル・クラ"は最終的にトゥ=テ=ウェイウェイの息子である英雄ンガル(Ngaru)によって滅ぼされ、地獄の業火は彼の起こした洪水によって消されたと、読んでいた書にはそう記されていたが……。


その英雄ンガルとやらは、どうやって"ミル・クラ"を滅ぼしたのか?
此処に居るのなら是非ともご教授願いたかった。それ位、切迫した状況である事は俺自身よく分かっていた。


咄嗟に、とは言え…"ミル・クラ"自身は確実に娘の息の根を止めるつもりで襲い掛かって来たが、そこで俺が下手に介入せず、最初から戦闘状態にしなければ事済んだだろうと思う。
それなのに介入してしまったのは何故なのか、と改めて自身に問わずとも俺自身が良く分かっていた。



───…馬鹿みたいな話だが、あの時代…何故シャマシュが俺とエンキドゥを何度も救ってくれたのか、同じ神の立場となってから分かるとはな。



ただ、『死なせては為らない』。
あの時代、彼の太陽神はそう思ってくれていたのだろう。
他の神々から「彼等の仲間の様に介入し過ぎるからだ!」と責められても、それでも見守り…導き続けてくれた彼の太陽神。
俺にとって今までも、そしてこれからも変わらないと断言出来る『俺の守護神』。



嗚呼、だからか。
だから、同じ立場になった時「初めまして」と言ったのか。
何時までも無力な人と同じ様に接するのでは、俺にとっても成長しようとする意志を妨げる。それは善くないから、だから一線引く事で俺自身が"神"として必要な知識と役割は何か、を考えられる為に。
同僚、としての意味で「初めまして」と言ったんだな。そうする事で俺を護ろうとした。
同じ立場となってから、そこまで深い付き合いはしていなかった。だから何時までも"知人程度"の会話しか生まれなかった。ただ、それだけだったのか。
分かってしまえば、何て単純な…いや単純過ぎて見抜け無かったと言う事か。



「ッハ、ハハハ……この俺とした事がな……!」

「ギルガメッシュ様?」



突然笑い始めた俺を見て、娘は驚いた顔をして俺の名を呼んでいる。
二人は一人に勝る。
二重、三重に織った布は誰も断ち切る事が出来ない。三つ縒りの綱は切れない。
ライオンも二頭の子供のライオンには勝てない。
そうだ、何度も何度も不安になった。
滝の様に涙を流し、怯え、震えた。その度にエンキドゥに励まされ、戦えと気力を振り絞ったがそれでも……



「それでも、もうどうする事も出来なくなった時は……」



訴えたじゃないか。
何度も何度も祈ったじゃないか。
剣を引き抜いて戦った。あの頃は斧に薬草を塗って戦っていた、それでもフンババには歯が立たなかった。
フンババだけじゃない、イシュタルより仕向けられた"天の牛"を屠った時も、その心臓をシャマシュの前に置いた時も。エンキドゥを看取り、涙を流し、野をさ迷い歩いた時も。
エンキドゥの様に何時か死ぬのだろうか、と死を恐れ、ウトナピシュティムの元へとただ真っ直ぐに突き進んでいた時も。
シンに祈った事も有った。自分を守ってくれと祈り眠り、目を覚ました時に生きている事を喜んだ時も。何時だって俺の周りには神々がいた。
悩み、恐れ、死の手前まで全力で立ち向かい、それでもどうする事も出来ない時は……神に祈り、訴え、導きを求めた。救いの手を伸ばしていたじゃないか。


そうやって生きて来た俺と、"ミル・クラ"と立ち向かっている娘の今の状況はとても良く似ている。
この娘もまた口には出さないが、悩み、恐れ、今も正に死の一歩手前まで"見知らぬ神の解放石"をちらつかせている魔神相手に、到底勝てる筈のない魔神相手に、逃げ惑いながらも立ち向かっている。
今まで剣なんぞ握った事すら無かった癖に、斧も弓も、そんなものを握り戦う事からは無縁の生活をしていた娘には到底耐えられ無かった事も有っただろう。
次々と石の中に閉じ込められていく神々を、少しずつ少しずつ集めては解放し、本来の力を取り戻すべく再び石を探し求める旅。この旅の終着点は一体何処にあるのか、それすら考えられない娘をどうやって導いていけば良いのか。



「………あっ、がっ…ぐうぅぅぅ!」



一瞬の隙を突かれて、"ミル・クラ"の炎に纏われた足が娘の腹に直撃した。
吹っ飛ばされた娘が岩に激突する前に抱き抱え、飛び火した服を慌てて脱がした。げほげほと咳込む娘に巻いていた腰布を取って肩に掛けてやりながら、「大丈夫か?」と声を掛けてやる。



「だ、大丈夫です……不意を突かれてしまいました…」

「フン、敵ながらしつこい奴だ。適当な防具でも身に付けていろ、暫く俺が何とかしてやる」

「で、も……」

「ッハ!そんな姿で戦うつもりか?…確実に死ぬぞ。お仲間が来る前に、お前が死んでは元も子も無いと思うがな!」



そう娘に言い放つと、本の中から久し振りに剣を抜き出した。この剣で何度戦っただろう。
まさかこの俺が神と呼ばれる様になるとは思わなかったし、こうやって再び戦う事になるとも想像すらしていなかった。
だが、何故だろうか?
あの頃はあれだけ恐怖した筈だと言うのに、今は全く感じない。むしろ酷く高揚しているのが自分でも分かっていた。



「ハハハ!魔法でも使えれば良かったんだがな!」



"ミル・クラ"の胴体を剣で斬り付けながら、「チッ!すばしっこい奴め」と悪態を吐く。娘は腹に食らったダメージが酷いのか、何とかローブを身に着けて立ち上がろうとしているのが目に入った。
ふらつく両足に気を取られていて"ミル・クラ"が狙っている事に気付いていない。



「……チッ、今の貴様の相手は俺だ!!」



娘の体を引き裂いたと思ったのだろうが、貫かれたのは奴の方だった。奴の狙いが娘ならば、俺は娘との間に割り込み……奴の眉間を狙って剣を突き付けるだけ。
無論、突き付けた位では"ミル・クラ"の致命傷には至らない。
もはや咆哮でしか聞こえない声を張り上げ、突進して来る"ミル・クラ"を娘を抱え上げてかわすと神技で奴の耐久力を削がしていく。
深いダメージには成らずとも、今の俺達にはそれしか残されていなかった。



「おい、お前!本当に大丈夫か!?」



それよりも気掛かりなのは、抱え上げた時に感じた娘の体の震えだ。小刻みに震える体は恐怖と言うよりも、痛みを我慢している様な震えだった。
げほげほと咳込む唇から血が吐かれたのが見えた瞬間、俺の体が怒りに震えキッと空を睨んだ。



「おい!このままでは本当に死ぬぞ!
これでも未だ地上の問題に下手に介入してはいけない、と悠長に眺めているつもりか!この何の変哲も無い娘一人の命など、どうでも良いとそう思っているのか!!」



"ミル・クラ"の容赦無い攻撃は続いているが、俺は娘を抱えたまま片手で防ぎながらも声を張り上げる。



「冗談じゃない!それが神として正しい在り方だと、それが役割だと言うのならば……俺の方が願い下げだ!そんな神など成りたくも無い!」



この娘に解放されて居ない神々ならばそう思っていても仕方がない。
ろくに面識も無い娘一人の命など軽く見ていても責める権利も筋合いも無いだろう、と俺も思ったが……解放された神々も中には居た筈だ。
その中には、この娘を特に可愛がっていた神だって居た筈だろうが。何を、誰に、今遠慮している?
このまま見殺しにして、自分達と同じ場所に昇格させれば問題ないとでも思っているのか?
ふざけるな。それが名誉有る在り方だと思い上がっているのが"神"だと言うのなら、俺からこの"神"等と言う立場を投げ捨ててやる!



「今、他の人間を守護している神共!良く考えろ!もし貴様等が守護している人間が死の手前に差し掛かっている時、それでも悠長に構えられるのか?!
それは仕方のない事だ、と諦められるのか!どうなんだ!!答えてみろ!!」



勿論、この娘がもう手遅れだとは思ってはいない。ただ早く手当てしなければ危ない状況だと分かるだけだ。
神の呪いに触れ、病いに倒れたエンキドゥが日を重ねる毎に衰弱し、そしてとうとう息絶えた。信じられなくて、彼の体から蛆が湧き、彼の原型を最早留められなくなっても尚、俺は彼の死を受け入れられなかった。あの苦しみを、あの哀しみを、もう俺は二度と味わいたくは無い。


そうで無ければ、誰が好き好んでこんな奴相手にわざわざ俺自ら剣を手に取り戦おうとすると思うのか。
この娘をみすみす見殺しにしてはならない、何故ならこの娘は……俺が認めた"助手"だからだ!
己の力量不足にも関わらず、到底太刀打ち出来ない敵がうじゃうじゃ居る時にわざわざ足を運び、挙げ句、致命傷を与えられて今正に危険な状態でさ迷っている様な、そんな馬鹿な娘だが、それでも。



「おい!お前も俺の助手なら、もっと歯を食い縛れ!こんな"ふざけた輩"に蹴られた位で死にそうになるな!!」



合間で娘にも声を掛ける。ただ蹴られた訳じゃ無いのも解っていた。
"ミル・クラ"が執拗に娘の身体を狙っていた。炎をちらつかせて、勢いの侭に娘の身体から血が流れていくのが解っていたからこそ「しつこい奴だ」と言ったのだから。
それでも娘は必死に"ミル・クラ"の動きに付いていったのだ、その時に生じた隙に腹部を強烈に蹴られたという状況だったのだ。
ギリギリまで下手に介入してはいけない、と暗黙の了解の様な掟にグルグルと縛られている内に起こった傷だった。これ以上、娘を傷付けられる訳にはいかない。
今、此処で意識を失われるのは危険だ。"ミル・クラ"の狙いはあくまでも娘の方で、俺はただの忌ま忌ましい存在に過ぎないのだから。
地下世界とやらに引き擦り込まれたら手も足も出ない。だから"今"は娘を手放す事は出来なかった。



ヒューヒュー、と息が可笑しくなって来た娘の身体を手放すものかとしっかりと抱える腕に力を込める。
お仲間とやらは未だ現れる兆しを見せない。どうやらかなり遠方の国に集中していた様だ。
このままでは本当に、そう思うと背筋が凍る思いがする。俺の様な"人"として生きて来た時代が有る者と、元々"神"として生きて来た者との違いなのだろうか?
此処まで追い詰められていても、『未だ足りない』と判断されているのかも知れない。それで居なくなっても代わりが居る、とそう思っているのだろうか?



───……代わりなんて何処にも居ないのに?



執拗に攻め立てて来る"ミル・クラ"も若干の疲れが見え始めている。流石に娘の魂を喰らおうとしているのに、何度も俺に防がれて同時に耐久力を削げさせられてる事に、疲労と焦りが芽生えて来たんだろう。



───……いっそ、諦めて地下世界とやらに帰れば良いものを…。



欲を言ってしまえば、此処で"何処ぞの神の解放石"を一つ手に入れたい所だが、そんな欲を出して娘の治療が遅れるのだけは何としても避けたい。
ならばいっそコイツが居なくなってくれたら、俺は娘を抱えて何処か…コイツの居ない国まで戻るなり何なりして、娘の手当てをしてやりたい。……そう思っていると言うのに。



「………か、ぜ…が…」

「何?どうした!?一体何が…」



苛立つ感情を抑え切れずに、何度も何度も"ミル・クラ"と攻防戦を繰り広げている俺の耳に娘の呟く声が聞こえて来た。
一体何かと思っていると、懐かしい風が俺と娘の周りで吹かれている事に気付く。



「これは………」



あの時と一緒だ、そう思うと自然に力が湧いて来る。良かった、やはり彼の神は……俺が信じた唯一神の姿そのままだったんだ、と。
そうだ、あの時確かに言っていたじゃないか。『名前を呼べ』と、『直ぐに助けに行くから』と、彼女は娘にそう言っていたじゃないか。
本来の力を取り戻してくれた"親友"だと、だから絶対に呼べと……シャマシュは確かにそう言っていたじゃないか。



「娘、名前を呼べ!」

「え………だれ、を…?」



声を出すのも苦しいのだろう。
朦朧とする意識の中で、俺に言われる侭に必死に思い出そうとしている。
そんな娘に俺は「お前、俺の話を読んだんだろうが!」と叫んでいた。



「どうする事も出来なくなった時に訴えた、そんな神の名だ!何時も俺が祈りを捧げ、そして導かれる侭に旅をし、どうしようも無くなった時に助け舟を出してくれた……そんな、守護神の名だ!」



頼む、思い出せ。
お前じゃないと駄目なんだ。
もう同僚である"神"の俺では無く、"人間"のお前で無ければ動かせない太陽を司る守護神。
生前は男性だと思っていた、あの雄々しく神々しいばかりの輝きを全身に放っていた俺の大切な唯一神。



「…………あ、しゃ…ま」



弱々しく彼の太陽神の名を紡ぎ出そうとした唇を違う腕が塞いで、俺の腕から娘をもぎ取った。
見た事の無い姿をした、瞳だけギョロギョロと忙しなく動かすその悪魔は……"ミル・クラ"の命令を大人しく聞いているアカアンガなのだろう。



「くっ……しまっ…アルディリア!」



思わず叫んでいた娘の名前。
その次に叫んでいた名前は、俺が今も未だ"唯一神"だと思っている守護神の名前だった。



ゴウッ!
と、強く激しい風が悪魔と娘に襲い掛かる。悪魔はそれでも何とか放すまいともがいていたが、一層強い風が吹き荒れ娘を手放してしまう。
俺は咄嗟に腕を伸ばした。すると今度は娘の体をふわりと浮かせた風が俺に向かって吹いて来る。
風の援護で俺は再び娘を保護する事が出来た。



「ッハ!相変わらず粋な事をする!」

「この、かぜ……しゃま、です…か?」

「嗚呼、そうだ。喜べ、娘!
お前は俺とエンキドゥが体験した"13の風"の加護の中に居る、今の世でこの加護を実際に受けたのは"お前"だけだ」

「どこ、から…ふいて……る、ん…ですか?」



呼吸するのも苦しいだろうに。
娘は少しでも大丈夫だと見せる為か、必死に俺に話し掛けようとしている。
「南、北、東、西…四方八方から吹かれているな」と答えてやると、「この程度では終わらんがな」と笑ってやった。



「ほら、見てみろ。
"ミル・クラ"もまた、あの時のフンババの様に前へ進む事も後ろに退く事も出来なくなってやがる……おっと、そう言えば」



俺は"ミル・クラ"の命令を聞いて現れたのだろう悪魔アカアンガに向かって剣を突き立てる。
怯えた様な瞳が俺の瞳を捉えると、慌ててアカアンガは地上世界とやらに逃げていった。



「フン、つまらん」



吐き捨てる様に呟いてから再び"ミル・クラ"の方へと体を向けると、



「おい、ウチの太陽神からの風の味はどうだ?……ただ身動き取れない位の強風を与えられていると思っているなら、それは大きな間違いだぞ?
何せこの13の風は、南の風、北の風、東の風、西の風の次に呻きの風、一陣の強風、
サパルジッグの風、インブラの風、そして……いや、今更説明してやる必要も無いがな。どうせ、もう貴様は逃げる事も敵わない」



そう続けると、俺は本の中に剣を戻し、傷付いた娘をきちんと抱え直すと"ミル・クラ"から少し距離を取り、娘の傷の具合を改めて確認した。
やはり思った通りだ、かなり深い傷が出来ている。どうやら最後の蹴りの時に、傷口がますます広がってしまったのだろう。



「少し我慢しろ、今は応急処置しか出来ないがこの傷ならばきちんと手当てすれば直ぐに治る」



そう言いながら、持っていたガーゼを娘の傷口に押さえて止血を試みていると"ミル・クラ"が風の陣を無理矢理突破し、俺と娘目掛けて突っ込んで来た。



「あ、ギルガメッシュさま…!」



慌てて起き上がろうとする娘に「囀るな」と制止し、「もう奴に勝ち目はない、漸く援軍が到着したからな」と突っ込んで来る"ミル・クラ"の上空に現れた神に視線を傾ける。
そこに居たのは、恐らくは俺の唯一神とはまた違う意味合いで、この娘を大切に想っている火の神で。
確か彼は天上にあっては太陽、中空にあっては稲妻、地にあっては祭火など世界に遍在すると言われていたインドの火の神だった筈だ。
家の火や森の火、また心中の怒りの炎、思想の火、霊感の火としても存在すると言う……全ての火の象徴だとも言える彼は、人間や動物の体内にあっては食物の消化作用として存在し、栄養を全身に行き渡らせて健康を齎し、ひいては子孫繁栄や財産(家畜)の増大なども齎していると書物の中に記されていた。そんな彼が怒りに満ちた表情を浮かべた侭、"ミル・クラ"に目掛けて神技を与えると共に勢いに任せて突進して来る。
それと同時に俺と娘の前に現れた神は、見覚えのある暖かな色合いのベールに包まれた叙事詩として書かれた侭の力を出して、正しく風を起こしてくれている太陽神と、その対の様に現れた月神だった。



「二人共、大丈夫!?」

「良く頑張ったね、アルディリア。
僕が守護していた冒険者(彼)はなかなかに手練れだから、安心して休んで良いよ」



そう言ってニコリと微笑むシンの顔は相変わらず本心が見えない。
シャマシュの方はやはり他の冒険者の守護をしていた訳じゃ無いらしく、「酷い怪我じゃない!」と駆け寄りたいのを堪えているのか、「ギルガメッシュさん!アルデをお願い!私はコイツを何とかするから!!!!」と"ミル・クラ"の方に視線を向けている。



「ああ、任せた。早く倒してくれ、もうその面を見るのも飽きた」



少し手間取ったが娘の傷口の止血も終わり、次は水で洗浄していく。
深い傷だが医師に診て貰う必要は無いだろう。正確には之だけの神がついているのだから、中に居る治療を得意とする神に診て貰えば事足りるだろうと言うだけだが。
それでも折角洗浄した箇所を乾燥させるのは良くないから、保湿出来る様なものは無いだろうか…と考えて、丁度良い物が見付からなかったから"よもぎ"の生葉の揉み汁を患部に塗布し、その上から包帯で巻いてやる事にした。
身動ぎしようとする娘を制止させ、少しでも安静に出来る様にと娘の頭を膝の上に乗せてやる。
漸く戻って来た妖精が持って来た娘の荷物の中に、俺が貸していた腰布が入っていたからそれを娘の体に被せてやってから「少し休め」と言葉を掛ける。



「でも………」



一人で勝手に、しかも悠長に眠ってしまって良いのだろうか。
と、困惑気味に尋ねて来る娘に、「どうせもうこの戦闘は終了する」と援軍として駆け付けてくれた連中の現状況を確認する為、視線を傾けた。
"ミル・クラ"自身は火の耐性が有ったのだろうとは思うが、それでも散々俺が耐久力を削がしてる上に、神技で力をどんどん上げられていく中での強烈な連続攻撃を繰り出され、その恩恵を受けている冒険者達の攻撃力も娘の比では無い位の"力"となっていて、"ミル・クラ"の抵抗する力も共に削がしている事が良く分かった。



「私、焦り過ぎていたんですね……」



そう、ぽつりと呟く娘の心情の中には、己の認識不足や未熟過ぎて恥ずかしいとそう思う気持ちが含まれていた。それはそうだろう。あの冒険者の彼等とこの娘とでは何もかもが違い過ぎている。
例えば冒険者としての心構えとか、体格の差や準備の違いとか。そう言う細かい所から全てが違い過ぎていた。だが………それは。



「出来ない事が恥じゃないだろ」



それ以上は言ってやるつもりは無い。本人が良く分かっていると思ったからだ。
ただ、この娘は自身の力に驕っていた訳では無い。勿論、努力していない訳でも無い。本当に焦っていただけだろう。それは一緒に旅をしていた俺が良く分かっている。



「私………もっと強くなりたいです。ただ思うだけじゃ無くて、早く石に閉じ込められてる神様を解放出来る位、強く強くなりたいです」



本当は悔しくて堪らない、せめて泣きたいのを堪える事で強く在ろうと無駄な事をしている馬鹿な助手の目を、俺は自分の掌で覆い塞いでやった。



「……ギルガメッシュさま?」



何故塞がれているのか良く分かっていない娘に、「休めと言っただろうが」とだけ続けて彼等の戦闘風景に目を傾ける。
娘も何と無く俺の真意に気付いたのだろう、「有難うございます」とだけ小さく呟き……。
俺の掌がどんどん濡れて来るのが分かったが、それには気にも止めずにもう直ぐケリが付くであろう光景を見守っていた。



一際高い雄叫びを上げて崩れ落ちていく"ミル・クラ"を眺めていると、アグニとシャマシュが俺と娘の方へと駆け寄って来る。
勿論、彼等から見て俺は"おまけ"でしか無いが……余程、心配していたのだろう。脇目も振らずに駆け寄って来る二人の気迫に押されそうに成りながらも、「おい、少し落ち着け」と窘めた。



「これが落ち着いていられるかよ!
アルデ!お前は俺達を解放してくれた冒険者の一人だけどな、同じ様に極普通の人間の女の子なんだぞ!助かったから良かったものの、もし取り返しが付かなくなってたらどうする気だったんだ!!」

「ちょっと、そんなにアルデを責めないでよ!今はこんな所で言い争ってる場合じゃ無いわ!」



何故か二人が言い争いを始めてしまいそうになるのを、間に入ったシンが止めている。半ば呆れ気味に窘めていると思うのは、俺の気のせいでは無いと思うが……それでも何とか落ち着いた二人の間を通って俺と娘の前で少し腰を下ろしたシンが「アルディリア」と声を掛けた。



「君は優しい子だから、解放された時の僕達の様子を見ている内に『早く他の神も解放させてあげたい』って思ってくれたんだろうね。その気持ちは本当に嬉しいんだよ……でも、それと同じ位、僕達もまた『君達に無理はして欲しくない』と思ってる。
矛盾しているけれど、その気持ちは同じ位常にせめぎ有っているんだ」

「おい、今此処で言う事か?」

「今しか言えないから言っているんだよ、僕は君の言う『地上の問題に下手に介入してはいけないから、と悠長に眺める趣味は無いし、娘一人の命もどうでも良い』何て思ってはいないからね。
僕だけじゃ無い、どの神も大なり小なりそう思っているんだよ。ただ自分達の役目に対してどれだけ忠実なのかと言う事だけ……忠実で有れば有る程、君達を傷付けてしまう事も増えていると思う…御免ね?」



やはり聞こえてはいたらしい。
ゆっくりと言葉を紡ぎながら、シンは娘の体を優しく撫でた。



「だから…君達が、君が無事で良かった」



『君達が』と言ってしまった言葉を咄嗟に『君が』と言い直す位には、この月神もまた酷く狼狽し心配したのだろうと思う。



「フン、娘が夢うつつの時で良かったな」



俺の軽い悪態に「そうだね。僕も彼女を泣かせたくは無いし、"今"しか言えないと思ったんだ」とシンも苦笑しながら、「さあ、行こう」と今度は俺に手を差し出そうとしている。
娘を落とさない様に、出来るだけ負担が掛からない様に抱え上げるとシンも手助けしてくれながら、不安そうな顔を浮かべている火の神に娘を預けた。
「へ?」と何とも間の抜けた声を発している火の神"アグニ"は、さっき迄の感情過多気味だった表情とはまるで別人だと思う。それだけ心配だったのだろうと思うが。



「落とすなよ」



と、先ずしないだろうがそう一言告げると「誰が落とすか!」とアグニは娘に遠慮してか少し声を下げて言い返して来た。


シャマシュもまた娘の荷物をかき集めてきたのか、アグニとシンが連れて来た二人の冒険者と一緒に近寄って来る。
と言っても、冒険者達は俺とシンに近寄って来たが、シャマシュは真っ直ぐ娘とアグニの方に逸れてしまったが。そんな所が逆に彼女らしいとさえ思ってしまう。
が、娘の荷物を彼女に持たせるのは俺の自尊心が許さない。
彼女…シャマシュの手から娘の荷物を半ば強引に取り上げると、シャマシュから「あーっ!ちょっと!」と抗議の声が上がったが「今の娘の守護神は俺だ」と言い返すと渋々と黙ってしまう。


そんな俺とシャマシュの様子を見ながら、アグニが「なあ?」と俺達に声を掛けた。



「お前等って元々知り合いなんだよな?
何かさっきから見てたが、仲が良いのかそうでもねえのか見えて来ねえんだが…何だ?互いに遠慮でもし合ってんのか?」

「は?」



漸く娘を両腕の中に閉じ込める事が出来て安心したのか、周りを見る余裕の出来たらしいアグニの問い掛けに思わず言い返そうとしたら、「やだ!そう見えた?」とシャマシュの方は特に何て事も無い様に説明をし始めた。



「別に遠慮してる訳じゃ無いわよ?……確かにギルガメッシュさんが人として地上で生きていた頃は、私も色々と手助けしたりもしたけど……それを神になってからも続けるのは、ギルガメッシュさんに対して失礼じゃない」

「そんなモンか?」

「そうよ。何時までも手を掛け続けるなんて、ギルガメッシュさんの事を信用していないみたいじゃない。
ギルガメッシュさんのプライドを傷付ける様な真似はしたくないわ」

「ふーん、まあ分からなくもねえけどよ……でも前々から知り合いだったらさ、その頃から『さん』付けだったのかよ?」

「え、と…それは……違うけど」

「それじゃ、人だった頃は呼び捨てか?」

「呼び捨て、の時も有ったけど……」

「何だよ、歯切れが悪いな」



シャマシュの説明にアグニは一々突っ込みを入れている。
単純に気になったから尋ねているに過ぎないが、それでも……。



「おい、当事者を無視して話を進めるな」



何と無く腹が立つ。
長年気になっていても本人に尋ねる事なんて到底出来ずに、ずっと悶々して苛々していたと言うのに、どうして第三者のアグニが俺がシャマシュに一番尋ねたかった事を尋ねていて、その答えを聞かなくては為らないのか。
段々と腹が立ってアグニの尻尾を蹴り飛ばした。途端に「いってー!」と声が聞こえた。



「何で俺がお前に尻尾を蹴らなきゃなんねえんだよ!!」

「フン、今は俺とコイツの昔話なんざ関係無いだろ。部屋はその奥だ、早く娘を寝かせてやれ」

「おっと…おい、シャマシュ。そこの扉を開けてくれ」

「良いわよ、はい」



………おい。
何でお前が人の国の太陽神を呼び捨て、並びに顎で使ってやがるんだ。
やはり面白く無くて再びアグニの尻尾に蹴りを入れようとしたら、今度はシンに止められた。チッ…と舌打ちしながら娘の荷物を置くと、「で、どうして"ギルガメッシュさん"なんだよ?」とアグニはシャマシュに再び尋ねている。



「…………笑わない?」



シャマシュはアグニの方を向いて言いながらも、チラリと俺の方も視線を傾けて「……私、あの頃は自分の事"男の子"だと思っていたのよね」とボソリと呟いた。



───…………は?



これには俺だけじゃ無い。
アグニもシンも、勿論一緒に付いて来る羽目になってしまった二人の冒険者も目が点になっている。
「だから言いたく無かったのよ」と、シャマシュは照れ臭そうに睨みながら言葉を続ける。



「あの頃は修行に明け暮れていたから、イシュタルさん達とも会う機会が無くて……私にはアスタル様とシンしか居なかったのよ。だから私は、ギルガメッシュさんの事もエンキドゥの事も"友達"だと思ってた。
遠い国の友達だって、だから助けたかったのよ」

「……………は、ははは!馬鹿だ、馬鹿が居る……!!」



娘が眠っているからアグニも出来るだけ声を抑えてはいるが、それでもツボに入ったのか腹を抱えて笑っている。
「笑わないでって言ったじゃない!」とシャマシュは本気で怒ってるのか、怪我をしていない方の娘の手を握りながら「だから」と言葉を続けた。



「私に出来る事は全力で応援したわ、エンリル様からも『彼等の仲間の様に日毎降りていくからだ!』と怒られたりもしたけれど、それでも……私にとって友達だから、どうにかして助けたかった。
でも言ったでしょ?私は自分の事を彼等と同じ"男の子"だと思ってた、違う事に気付いた時は……」

「嘘を吐いてると思われたく無かったのも有るけど、何よりも幻滅されたく無かったんだよね」



シャマシュの言葉に付け加える形にシンが言葉を繋げる。そんなシンの言葉にシャマシュは小さく頷いた。



「……フン、余計な気を回し過ぎだ」



幻滅した訳じゃない。
心酔していた"太陽神"の姿とは似ても似つかない姿で有ったとしても、俺は幻滅なんてしていなかった。
それ以上にショックを受けたのは、初対面の様に、何事も無かったかの様に振る舞われた事だけだ。
だがそれを口に出すのは余計に惨めな気がして、その感情を封じただけ。それは今この状況に置いても変わらなかった。
中空を司るエンリルに感情の侭に怒りをぶつけられても、シャマシュは最後まで見守り続けてくれたと言う事実だけが有れば良いとさえ思ったのに。



「そんな下らない事で幻滅なんぞするか、馬鹿が」

「馬鹿馬鹿言わないでよ!…でも、有難うね。ギルガメッシュさん」

「…………………それ」

「え?」

「"さん"は要らん。調子が狂う」



それだけ告げると、シャマシュは酷く困っている様だった。何故か、なんて考えるだけ無駄だと分かってはいたが。



「ギルガメッシュ、で良いんじゃねえか?」



そんなシャマシュに助け舟を出したのはシンでは無くてアグニだった。「そんな事出来ないわよ」とシャマシュも言っていたが、その言葉を聞いてずっと黙って様子を見ていたシンが小さく呟く。



「………………"ギル"」

「え、でも…シン?」

「君は昔から彼の事はそう呼んでいたじゃないか。もう誤解も何も無い訳だし、そう呼んでも問題は無いと思うよ?」



そう"にこり"と微笑むシンの本心が、俺にはハッキリと見えた気がした。
嗚呼、やはりそうか。
きっとこの太陽神に入れ知恵をしたのは月神だったのだろう。
恐らくはずっとずっと、そう俺が地上で産まれシャマシュに見守られている時も、シンもまたシャマシュのすぐ傍で、彼女を見守り続けていた。本心だけは隠した侭で。


だから人から神となった俺が、今まで通りシャマシュと接するのは我慢為らなかった。彼女が寵愛してくれていた俺が、同じ神の立場となり距離が今まで以上に近付いてしまう事を恐れた。
その為の予防線だったのだろう。これ以上は彼女に近付かないで欲しい、と言う予防線。



───…馬鹿が。



何故、始めようとしない?
俺にとっての唯一神がシャマシュである様に、そんなシャマシュを見守る存在…言わば彼女の守護神はお前だと言うのに、何故今のままで良いと諦める?
完全に諦められてる訳でも無いならば、こんな予防線を張る前に『好きだ』と言ってしまえば良いのに。始めてしまえば、最初からこんなにも苦い立場に直面せずに済んだと言うのに。
俺はシンに悪態を吐く。孤独で繊細な月神に、優しく厳しい月の神に、俺は内心悪態を吐いた。



「馬鹿め、問題有りまくりだ。
今更『ギル』と呼ばれ始めたら、イシュタル辺りが煩くて敵わん。我が儘言わずに『ギルガメッシュ』と呼べは良いだろう」

「どっちが我が儘なのよー…えと、ギルガメッシュさ……ギルガメッシュ」

「よし」



之だけでも問題は有るかも知れない。
何せシャマシュはシン以外の男神の事を呼び捨てには呼ばないから、イシュタル辺りが根掘り葉掘りと尋ねて来るに違いない。まあ、その辺りは「人だった頃、俺にとって守護神だったのだから当然だろうが」と言い切ってやれば、イシュタルもシャマシュに色々と聞いたりはしないだろうが。



「あの……」



漸く話が纏まった頃、何だかんだと此処まで連れて来てしまう羽目になってしまった若い青年の冒険者(シンが守護していた方だ)が俺に小さな石を渡して来る。
見なくてもこの石が何で有るかは良く分かっていた、淡く桃色に輝く石。これは"ミル・クラ"を倒した時に手に入った解放石だろう。



「何故、俺に渡す?お前が手に入れた石じゃ無いのか?」



娘の力では"ミル・クラ"には到底敵わなかった。そんな娘に渡して良い石では無いと思ったから渡された石を返そうとしたが、彼は小さく首を振りこう答えた。



「この石は、彼女とギルガメッシュ様のお二人の力で手に入れた解放石です」

「ギルガメッシュ様は気付いておられなかった様ですが、"ミル・クラ"に一番ダメージを与えていたのはギルガメッシュ様…貴方ですよ」



青年に付いて語ってくれた熟練の騎士と言った風貌の冒険者(こちらはアグニが守護していた人間)が、そう笑みを浮かべて「だから貴方が守護している娘に渡してあげて下さい」と立ち上がる。
青年の方は中性的な顔立ちをしているが若干医療の心得も有るのか、此処に来てから娘の体に負担が掛からない様にと色々と処置を施していた様だし、娘達よりも遥かに年配者だが歴戦を潜り抜けて来た貫禄と、それ以上の人格者の様で俺達が話をしている横で、黙々と娘の体に良い薬草を用意してくれていた。
そんな彼等が腰を上げた、と言う事は『これ以上の長居は無用だ』と言う事だろう。


そもそも生娘の部屋だ。人で有る二人にとっても居心地の良い部屋では無いだろう。
それでも黙って自分達の出来る事をしてくれていた二人に「済まなかったな」とその労を労った。



「いいえ、当然の事をしたまでですから」

「今はゆっくり休み、また何か有った時は宜しく頼むと伝えて下さい。私はそれで充分ですので」



二人はそう言うと、シンとアグニの二人に視線を傾ける。
元々、彼等の守護神をしていたのはこの二人だ。彼等が自分達の旅を続けると腰を上げるならば、二人もまた彼等に付き従うしか無い。
例えアグニの方は特に娘の事が気掛かりで有ったとしても、娘の守護神が俺である以上、眠っている娘に黙って勝手に守護神を交代する訳にはいかない。それと同時にシンもまたシャマシュと離れがたいと思っていても叶わないのは、仕方のない事なんだろうと思う。
今までならば関係無く、冒険者に断りも無く守護神交代も平気で口に出していただろう。それを言わないのは、きっと俺自身もまた『娘の守護神』である事に居心地の良さを感じていて、娘の口から「有難うございます」と役目を外される迄は止めるつもりも無いからだろうと思う。


シャマシュは人間の守護神として来ていないから、戻るとジジイ達から酷く怒られるに違いない。
それでも本人は何て事も無いと思っているのか、シン達に「本当に気を付けてね、行ってらっしゃい」と声を掛けている。
するとシンはシャマシュに言った。



「アルディリアが目覚める迄は此処に居させて貰えば良いよ、ギルガメッシュもナビィと一緒にずっと居るのも退屈だろうし……彼女が目覚めた時に、僕もアスタル様に報告する事が有って一度戻るからその時に一緒に帰ろう」



シンの言葉にシャマシュもまた安心した様な表情を浮かべている。確かに一人で帰るよりも二人で戻る方がジジイ達を黙らせる事が出来るだろうが『報告する事が有る』と言うのは嘘だろう。
やはり只の同僚という訳では無い。何か他者が踏み込められない絆の様なモノを感じた。



「ギルガメッシュ様、また機会が有りましたら是非私の守護神になって下さい!」

「嗚呼、私にも宜しくお願いします」



部屋を出る前に冒険者の彼等にそう言われたのを、今までは興味が湧かなければ受け入れられなかっただろう。
仮に受け入れたとしても、解放してくれたから仕方がないと『守護神』としての意味すら深く考えずに居たに違いない。



───俺自身もまた『守護神』に見守られ、その神を心酔し生きて来たと言うのに。



「俺と冒険に行きたいのか?」



そう彼等に尋ねながら、「…そうだな」と娘の方に視線を傾けて「今の任を解かれてからになるが、それでも俺と行きたいと言うなら何時でも会いに来い」と続けた。
俺自身が求め、旅を重ね、そして得られた全ての事をお前達にも教える為に。それを受け継がせていく事が、今の俺の『守護神』としての役目だと気付いたから。



「俺についてくれば問題ないぞ」



そう不敵に微笑んで。


(終)



そんなこんなで漸く完結しました『守護神』です。
最後の方はまるで蛇足みたいな内容なのに、思うよりも長くなってしまって今まで掛かってしまいました……!
本当に申し訳ございませんm(__)m










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