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守護神(百神・ギルガメッシュ&主人公(♀))


「それではギルガメッシュ様、暫くの間宜しくお願いしますね」

「ああ」



解放されてから今まで顔だけはたまに見せていた娘が何の気まぐれか俺を守護神に指名して来た。
特に予定が有る訳でも無い、毎日思うままに研究していただけの今までとまるで変わらない日々。それが多少変わる位で俺にとっては守護神に成ろうが成るまいが『変わらない』事だから承諾してやる事にしたが。
それでも何だか変な気分だった。
まさかこの俺が"守護神"なんてものになるとは……そう考えてしまうのも、恐らくこの地上で、"国王"なんてものになっていた記憶が有るからだろうが…。



あの日とまるで変わらない地上。
だが確実に変わりつつある地上。



石なんてものに変えられている間、ただ研究が出来ない事が歯痒いと思っていた。
これが例えばシンやヤムならば遠慮無く"その石"を分捕って、様々な実験や研究に利用してやるのに。
俺自身が"石"になってしまったら、その実験も研究も出来ないだろうが!
と、本気で歯軋りしたものだ。



───…よし。俺がこいつの守護神で居る間に、もし誰かは知らない"神"の解放石が手に入ったら一つ二つ借りて実験してやるか。



そんな事を思っている俺に、何となく嫌な予感がした娘が「駄目ですよ?」と声を掛けて来る。



「何がだ?」

「ギルガメッシュ様、興味津々なのは解りますけど……解放石に色々試すのは駄目ですよ。思わず声に出してしまう位、実験したいんだろうなあとは思いましたけど……流石に知らない神様の解放石に悪戯するのは良くないと思います」

「悪戯?
何を言っている。これは名誉ある事だとは思わないのか?」

「ギルガメッシュ様にとっては良い事かも知れませんけど、勝手に利用されてる"その神様"にとっては嫌な事かも知れないじゃ無いですか」

「……フン、つまらん」



変に生真面目に嗜められると、何だか俺の方が駄々をこねるガキみたいじゃ無いか。
俺よりも遥か、遥か、遠い時代に産まれた未来人に説教されるとは……ハッキリ言ってしまえば良い気分では無い。
生意気だが憎めない相手、ともなると余計に文句も言えなくなるものだな、と俺はこれ以上の言葉を掛けるつもりは無かった。



《守護神》



「ギルガメッシュ!」



娘の守護神になってから数日後、心配したのかどうかは知らないがイシュタルが説教宜しく俺を呼び止めた。
相変わらず五月蝿い女神様だ。とは口に出しては言わないが、一体何の用だと言葉を発すると「どうもこうも無いよ」と珍しく眉間に軽く皺を寄せている。



「実験やら研究するのはアンタの勝手だけどね、あの子を困らせるのだけは止めてあげなよ?……全く、もう少し優しく接してあげられないのかい?」



不器用なんだから、そう溜息混じりに言葉を繋げるイシュタルを冷たく睨み付けると「お節介が…」と呟いた。



「気に入らなければ俺以外の、もっとお優しい神様に"守護神"でも何でも頼めば良い。同じバビロニアならシンやヤムに頼めば良いだろ」

「何を言い出すんだよ!…ギルガメッシュ、アンタ…本気で言ってるのかい?」

「フン、冗談で言う訳が無いだろうが」

「アンタねぇ……」



はあー…と、大袈裟に息を吐いてるイシュタルだが「あの子はねアンタと仲良くなりたいんだよ」と俺に今更ながらの言葉を吐いている。
知っている、そんな事を今更イシュタルから言われなくても分かっている。
俺を守護神に選んだのも、少しでも俺の事を知りたいからだ。
何時も塔に篭って研究ばかりしている俺に、地上の、外の空気でも吸って貰いたかっただけなのかも知れない。
それでも……イシュタルに言われたから仲良くする、なんて有り得ない。気に入らなければ"守護神"なんてなる訳が無いだろう。例え解放して貰ったとは言え、否…して貰ったからこそ、成りたいとは思わなかった。
解放して貰った事に対しては褒めてはやったが、だからと言って感謝して守護神になってやるのは別問題だ。あくまでも気が向いたから、地上で直接魔物や魔神と戦うのも良い刺激になると思ったから。ただそれだけに過ぎない。



困らせてやるな?
優しく接してやれ?



…………それこそ俺には出来ない注文だ、適材適所と言う言葉を知らんのか。



何やらイシュタルが吠えているのを俺は右から左へと聞き流し、サッサと娘の居る所へと移動する事にした。
未だ"守護神"の任を解かれていない以上、出来るだけ娘の傍を離れない方が良いだろうと思ったからだ。それ以上でも、それ以下でも無いが。



娘の姿を見掛けた時、とても見覚えの有る暖かな色合いのベールが一緒に視界へと入って来た。
あのベールを見ると人間として生きていた頃の事を思い出す。彼女は既に切り離して考えているだろうが、俺は今でも色褪せる事なく覚えている。



───……そう言えば、シンの奴が『彼女とシャマシュは本当に仲が良いからね』と言っていたな。



塔の中で俺の研究を手伝ってくれていた時、不意に窓から見えたらしい二人の姿を眺めながらシンが苦笑混じりに呟いていたのを思い出した。
「仲が良すぎて、互いに愛称で呼び合っている」とも。「神と人間との境界位は弁えて欲しいんだけどね」とも呟いていたが、俺はその話を聞きながら"らしいな"と、シンには気付かれない所で小さく口許を緩ませたものだ。



「おい」



と、声を掛けると二人がくるりと振り向いた。パッチリとした大きな瞳に俺の姿が映し出されている。



「あ、ギルガメッシュ様!」

「ギルガメッシュさん、こんにちは!」



余程仲が良いらしい。
手を握っている所を見る限り、余り離れたく無いのかも知れないが……確かに、シンが苦笑するのも仕方ないのかも知れない。



「仲が良いんだな」と言うと、「だって親友だもの」と満面の笑みを俺に向けて来るシャマシュを見ると、嗚呼この笑顔を見ると文句言えなくなるんだろうなと理解はしたが……。



「そう言えば、イシュタルさんが探していたみたいだけど…もう会った?」

「嗚呼……フン、何やら文句言ってはいたがな」

「あんまり心配させちゃ駄目よ?
イシュタルさんは何時もギルガメッシュさんの事を心配してるみたいだもの、たまには安心させてあげなくちゃ」

「それを言うなら、お前もシンを安心させてやるんだな。何時もお前の事を心配ばかりしているぞ」

「え、そうなの?うーん…私って、そんなに安心感が無いのかしら?」



娘の方に小首を傾げながら尋ねているシャマシュに、娘もまた「シャマはつい張り切り過ぎちゃうから、シン様もつい気にしちゃうんだよ」と言葉を発している。



「シャマ?」



シンから聞いてはいたが、どうやら本当に愛称で呼んでいるらしい。
娘から愛称で呼ばれていてもシャマシュは特に気にも止めずに、「そうよ。私からそう呼んでって頼んだの」と娘に抱き着いている。



「だから私もアルディリアの事はアルデって呼んでるわ。アグニもそう呼んでるもの、何も可笑しい事は無いでしょ?」



可愛らしく笑みを浮かべながらそう言葉を紡ぐシャマシュは、本当にごく普通の人間の娘の様だった。
全身で好きだと好意を表している姿は、この娘に"別の意味合いで"『好きだ』と表していたアグニ、と言う名の異国の神に少し似ている。
太陽神と火の神、だから似ている部分は多少なりとも有るのかも知れないが。



───…昔は、俺の事も『ギル』と呼んでくれていた癖に。



三分の二が神、残り三分の一が人間……なんて言う、良く解らない微妙な立場の間で産まれた俺を、シャマシュはずっと見守ってくれていた。俺にこの造形を与え、危機が迫る度に、祈りを捧げる度に救いの手を差し延べてくれた。
そう、それこそ"守護神"の様に。
娘の様に愛称で呼ぶ、なんて大それた真似はしなかったが……驕り高ぶり、傲慢な態度ばかり取り、『暴君』だとまで言われていた俺を決して見限らずに守り続けてくれた太陽神は、俺にとって唯一の"神"だった。


暴君故に他の神が寄越したエンキドゥと真の友となれたのも、友と共にフンババを退治する為に旅立った時も。
そんな真の友が、俺の買った神の怒りの矛先に命を奪われた時も、死と言う物を酷く恐れ、永い永い旅をした時も……何時だって等しく俺を見守ってくれた唯一神。



一応でも"人"としての生を終えた時、俺は彼等と同じ『神』となった。
神となった時、俺の前に現れた太陽神シャマシュは「初めまして、ギルガメッシュさん」と微笑んだ。まるで最初から無かったのだと言うように。



「ギルガメッシュさん?」



大きな瞳が俺の姿を映している。
神と人間として会っていた(と言っても完全に姿が見えていた訳では無いが)頃よりも、明らかに感じる絶対的な距離……これはどういう意味を持っているのか、俺にはちっとも解らないし、解りたくも無いが。



「……そうだな。
別に神と人が馴れ合ったらいけない、なんて規則は無いし別に構わないだろ」

「そうよね!
ギルガメッシュさんにそう言って貰えると、何だか安心するわ!有り難う、ギルガメッシュさん!」



途端ににこやかな笑みを浮かべられると、俺もどう接したら良いのか解らなくなってしまう。



昔の様に、ただ祈りを捧げれば良い訳では無い。むしろ捧げられた祈りに耳を傾ける側になってしまったのだから、傾けるべき耳を人間達に向けてやらねば為らないと言う事なのだろう。
が、俺にはそんな真似は出来そうにない。



かつて無条件に俺の祈りを聞き入れてくれた、この小さな太陽神がとても大きく…雄大な神に思えた様に、俺もまた人間達の目に大きく雄大な神だと振る舞え無ければ為らないのでは無いか?
その為に、様々な状況を想定して実験なり研究をしているのでは無かったのか?
少しでも……俺の理想とする"神"に成りたかったのでは無いのか?



「ギルガメッシュさん、大丈夫?」



悶々と自問自答を繰り返していた俺の両頬に両手を添えると、シャマシュは優しく笑っていた。
「大丈夫だ」と絞り出す様に答えると「そう?」と直ぐに触れられていた両の掌が離れていったが。
娘はそんな俺達の様子をただ黙って見守っている。この神話好きな娘の事だ。
俺の話も何処かで読んでいるのかも知れない。又は、ヤムかシン辺りがこの娘にあの話を記した粘土板を読ませた可能性だって有り得るだろう。



今の、未来人には理解しがたい伝説。縦横無尽に人々の生活に、心に介入して来る気さくで感情豊かな神々と、そんな神々に振り回されながらも生きていく人間の話なんて……今の、大抵の神々が苦しむ人間達に手を差し延べ様とはしない事が"普通"となった時代の未来人には到底理解出来ない話。
あれを粘土板に記した人物もまた、俺が没してかなり経過した頃だった筈だ。
あの粘土板が今も未だ風化せずに残っている事には驚くばかりだが、それでも歴史の紐を組解いていく様に、新しい解釈が生まれる度にどんどん風化されていく真実は……当事者達だけが知っている、ただそれだけで良いのかも知れない。
確かにあの時代、あの場所に俺という人間は存在していた。例え完全に風化され、未来人の記憶にすら失くなってしまおうとも構わない。
俺は確かにそこに居た。それで充分だ。



「おい、次は何処に向かうつもりだ」

「次ですか?次は南の島なんてどうですかね」

「南…?
ああ、ハワイ島と呼ばれる場所の事だな。確か伝説は歴史の物語と古代ハワイ人の格言から構成された神話で、神話はより普遍的なポリネシア神話の変形したものと考えられているとか書物で読んだが……」



そう呟くと、何故か娘とシャマシュは呆気に取られた様な表情を浮かべながら俺の事を凝視している。
「ん?」と確認しようと口を開いた瞬間、「凄ーいっ!」とシャマシュに抱き着かれた。



「凄い!ギルガメッシュさんって本当に凄いわ!私達でも知らない国の神話や伝承にも詳しいだなんて、何時も色んな本を読んでいる証拠よ!」

「は?いや、別に…ただ興味が湧いて読んでみただけで完全に理解している訳じゃ無いぞ?」



らしくなく面食らったまま真実を打ち明けるのも馬鹿だと思うが、こう素直に褒められると何だか調子が狂うじゃないか。
娘もまた羨望の眼差しをこちらに向けていて、益々どう言えば良いのか解らなくなってしまう。



「それでも何も知らないまま冒険するよりも、ある程度分かっている方が安全だわ!
ギルガメッシュさんの研究熱心な所は最大の長所であり武器よ、アルデもそう思うでしょ?」

「うん!」

「いや、だから…あのな」



駄目だ。
普段からこう裏表のまるで無い、邪気の無い称賛なんてものには無縁な連中と一緒に居るせいか余計に気恥ずかしい。
大体どうしてこう素直過ぎるのか、シャマシュはまあ仕方がない。育てたのがあのジジイ…もといアスタル様だが、そんなシャマシュのフォローをしているのがあの腹黒い友人、月神のシンだからだ。
シンは特にシャマシュを第一に考えて行動している節があり、すっかり純粋培養されていそうなシャマシュにそう言われるのは、ある意味仕方がないとは思ってもいるが……何故、地上で生きている未来人の娘が此処まで素直に育っているのか。色々有るだろう、嫉みやら裏切りやら非難やら…そういう連中に揉まれて自身も多少は疑う事を覚えていくだろうし、恨んだり羨んだり裏切ったり、そんな事が平気で出来る様になるのが人間なんじゃないのか?
なのにそんな素振りが全く見えない。そう思うと、何だか頭が痛くなりそうだ。



「うん!でもこれなら安心して任せられるわね」

「あ?」

「ギルガメッシュさん、アルデは一生懸命だけど私みたいに周りが見えなくなる時が有るから助けてあげてね」

「あ、ああ…出来る範囲になるがな」



すっかりシャマシュのペースに乗せられている気がするが、何故か嫌な気がしない。
シャマシュは俺の両腕を握ると、「それじゃ私は一度戻るけど…」と言葉を紡いだ。



「何か困った事が有ったら、私の名前を呼んでね!直ぐに助けに行くから」

「え、でも他の神様はそんな事…」



しないよ、と言いたいんだろうな。
そりゃそーだ、俺だって呼ばれたって気が向かなければ来たくもない。
だが、このシャマシュと呼ばれた太陽神にとって"そんな事は逆に有り得ない"事なんだがな。
それが分かるのも、伊達にこの太陽神に護られて生きて来た訳じゃないと言っているみたいだが、まあ事実そうなんだから仕方がない。
シャマシュは「良いのよ」と笑った。



「言ったでしょ、アルデ?
私と貴女は親友よ。貴女は私だけじゃない、シンもアスタル様も助けてくれた。私なんて本来の力まで取り戻させてくれた、そんな貴女のピンチに助けに行かないなんて……太陽神のプライドが許さないわ」



「だから絶対に呼ぶのよ」と告げると、そのままフワリと宙に浮いた。このまま太陽神殿へと帰るのだろう。



───…勝手な真似をすると、ジジイ達にもまた怒られる癖に。



それでも、この人好きな太陽神は躊躇わずに手を差し延べてしまうのだろう。
それこそ俺自身を何時も見守ってくれていた"あの時代"の様に。
パタパタと軽く手を振ると溶ける様に姿を消してしまう。すると完全にシャマシュの気配がこの地上から感じられなくなった。



「シャマって真っ直ぐで何時も元気いっぱいで、とても優しいですよね」



ぽつり、と独り言の様に呟く言葉に「まあな」と答えると、



「昔もそうだったんですか?」



と、思っていた通りの言葉が返って来る。
「ヤムか?シンか?」と尋ねると、「いえ、アスタル様です」と苦笑混じりに答えてくれる娘を見て、あのジジイ…と内心悪態を吐いた。



「不思議だったんです。ギルガメッシュ様って、他の神様には結構自信家って言うか…誰に対しても強気に接してるのに、シャマには何処か優しいなあって」

「………チッ」

「でも接点は無さそうだから、何でかなって…そしたらアスタル様が貸してくれたんです。ギルガメッシュ様が生きた軌跡を、この地上の世界最古の文明で生まれた文学を」

「読んだなら分かっただろう、ウトナピシュティムから不死の薬草のありかを聞き出し、手に入れた癖に蛇に食べられてしまった……そんな爪の甘い愚か者、それがこの俺だとな」



フン、と敢えて厭味気に言い放つが、娘には余り効果は無いらしい。
「ふふっ、自棄にならないで下さい」と微笑むとゆっくりとだが思い出す様に言葉を紡いでいく。



「ギルガメッシュ様は確かに不死性を獲得する事には失敗したかも知れません。ですが、ウトナピシュティム様の助けから、再生すると言うもう一つの可能性に辿り着いたのでは有りませんか?
不死の薬草、では無くそれは"若返りの草"だった。その草を蛇に食べられたけれど、その蛇は脱皮を繰り返す……つまり不死には為れないけれど、人も動物もまた再生出来ると言う可能性をギルガメッシュ様は私達に教えてくれたんです」

「……………フン」

「前に何処かで読んだ文章ですが、そこにはこう書かれていたんです。
『英雄も賢者も、満ちた後はただ欠ける時を待つ。それは新月と同じ。人々は言うだろう。「彼のように力強く支配した者は、他には居なかった」と。まるで……』」

「……『まるで暗い月の様に、陰に入った月の様に、彼の居ない世界に光は射さない。嗚呼、ギルガメシュ、これこそお前が見た夢の意味だった。運命はお前を王にした。けれども永遠の生命を、与えてはくれなかったのだ。』」



まさか俺が、後世にも語り継がれ、様々な国の言葉で訳されたり解釈されている言葉の、ほんの一小節に過ぎない様な文面を読んでいたとは思いもよらなかったのだろう。
驚いて俺を見上げる娘に、チラリと横目で見遣ると「神となった時に、シンが俺に向かって言った言葉だ」と教えてやった。
一体何処で読んだのか、本人も余り覚えてはいないと言っていたが…それでも。



「俺はただ俺として生きただけだ」



後世の未来人が何をどう感じ、何を取り入れながら語り継がれていくか…そんな事に興味なんてものは引かないが、それでも愚かだと嘲笑われようが、それでも偉大なる王だと羨望されようが、俺には何も感じなかった。
確かに元は俺の軌跡を綴った物語だったかも知れない。
だが当事者が既に居なくなった、否、歴史なんてものは勝者が好きな様に塗り替えてしまうもの。在りの侭、赤裸々に真実のみを語り継がれる事は無いと言える。
その中で、後世の民達にも改竄されながらでも伝わっている事。
それこそがこの世の真実だ。



「少なくとも私は、ギルガメッシュ様の事を嫌いでは有りませんよ。きっとシャマもそう思ってると思います」

「……フン、お喋りの好きな奴め」



ニコニコと、微笑んで立っている所を見ると、まるで太陽神がそこにいるかの様だ。
とは言え、調子が狂うと迄はいかないが。
しかし…さっきから娘を見ていて気付いた事だが普段よりも動きが若干可笑しい。
恐らくシャマシュもその為に娘の傍に付いていたのだろうと思う。


魔神や魔物と戦闘中の時に複数の神を呼び出すのは、その人間の集中力の低下と共に体力の消費も激しいから、"超魔神"と呼ばれる魔神戦の時以外の呼び掛けに応じない。それは神同士の暗黙の了解の上での話なのだが、守護神が離れている時や特に移動していない時は負担も差程掛からないから と娘にあれこれと尽くしてしまう神も少なくは無い。
が、娘の体調不良を告げなかったのは…シャマシュなりに俺に遠慮したのだろうと思った。今の守護神は俺だから、と。



「お前、ちょっと俺に付き合え」



「え?」と娘が言う前に、俺は娘の腕を掴んで勝手知ったると迄はいかずとも既に記憶してある宿までの道をスタスタと歩いていく。
訳が分かっていない様だが、こうなった俺を止めるなんて無駄だと分かっているだけに娘も大人しく付いて来ている。
宿に着くと早速娘を部屋に押し込め、俺は湯を沸かして準備を始める。相変わらず意味が分かっていないのだろう。



「あのー…ギルガメッシュ様?」



一体何を始めるんですか?
とでも聞きたいのだろうが、俺の雰囲気を察して尋ね難いと躊躇している様だ。
それなら好都合だ、と俺は出来上がった甘草(リコリス)の茶を娘に渡してやった。



「飲め、お前の鎮咳や去痰にも効く様に丁度良いブレンドにしてある」

「え…と」

「風邪引いてる癖にベラベラと喋ってるから、咽頭炎なんぞになるんだ。馬鹿が」

「気付いてたんですか?」

「何の為の守護神だと思ってるんだ。お前……ただ旅に付いて行って、時々気が向いた時だけ神技使って手助けしてやるだけが"守護神"だとか思ってた訳じゃ無いだろうな?」

「それは思ってないですケド…」



ブツブツと何やら困惑気味に呟いているだけで一向に飲もうとしない所に苛立ち、「飲め」と脅しを利かせると、娘は漸くチビチビと飲み始めた。
「何か飲み難い」とか。折角作ってやったと言うのに、子供っぽく文句を言ってる娘の言葉は全て無視して、俺はナツメヤシを一つ口の中に放り込んだ。食べ慣れた甘さが口の中に広がっていく。
「あっ、私もそっち食べたいです」とか益々子供みたいな駄々をこね始めた娘の額を軽く小突くと、「咽頭炎なんぞ起こしてる馬鹿な助手には分けてやらん」と一蹴してから、ナツメヤシをもう一つ口の中に放り込んだ。



「それを飲んだら、今夜はもう寝てしまえ。何時までも起きていたら治るものも治らん」

「大丈夫ですよー…そんなに酷く無いですし」

「ッハ!咽頭炎を起こしてるお前に拒否権は無いと思え!」

「うう…何時ものギル様だー、俺様帝王なギル様が居る……」

「お前、本当に良い根性しているな」

「いひゃい!いひゃい!!」



軽口とは言え、言い合える位には互いの事を知っているとは思う。
思うがやはり腹が立つ物は腹が立つ。娘の頬を摘んで横に引っ張ると、娘は相変わらず抗議して来る。
その娘の抗議も無視して、頬を今度は縦に引っ張り…と言うよりも下瞼を下げて目の色を確認した。
どうやら黄疸や酷い充血にまではなってはいない様だ。ついでに舌を見てやると今の所は目立った異常も解らないが、喉だけが少し腫れて赤くなっている。
俺は医者では無いから大きな異常になっていない限り気付けないだけかも知れないが、気付けない位の小さな異常ならば確かに今夜ゆっくり休めば良くなるだろうと思う。



「……フン、分かったなら大人しく寝てしまえ。南の島に向かう日がどんどん遅くなるぞ」

「い、今のに何の意味が…」

「さあな」



頬をさすりさすりと摩る娘を横目で見遣りつつ、椅子にドカリと座り、持っていた本を開いて読み始めた。
「あれ?」等と声を発して、身を乗り出して来る娘に「おい、寝ろよ」と注意を促したが余り効果が無いらしい。気付けば俺の横で読んでいる本を覗いて来ている娘の額を指で弾いてやった。



「あのー…ギルガメッシュ様?」

「何だ?」



弾かれた額が痛かったのか、今度は額をさすりさすりと摩っている娘を無視して再び本を読み始める俺を睨んで来るも、言っても無駄だと分かっているのだろう。
今度こそ大人しく横になりながら、「どうしてそこでルーン文字ですか?」と尋ねて来る。



「……お前の傍に居ると、様々な国の、様々な時代の神に会う機会も多いからな。その分、影響を受ける事も少なくないだろ」

「成程、ギルガメッシュ様って本当に本が好きですよね」

「当然だ。本はただ知識を与えてくれるものでは無い、心を豊かにもするからな。
帝王たるもの知らない事を『知らない侭』にするのは、俺の気が済まん」

「だから手始めにルーン文字ですか?」

「手始め?……何言ってる?
先ずエジプト関連の書物を、それから中国に南北米大陸神話に日ノ本の書物も読んでみたぞ。今は北欧関連に手を付けているだけに過ぎん」

「研究に必要無さそうな本は、何と無く二の次…三の次だと思ってました」

「フン、無駄だと思ってる事が意外な道標に為る場合もあるものだ。お前も俺の助手ならば覚えておくのだな」

「はーい」



モソモソと寝やすい位置を探しながら、娘は丁度良いと思われる定位置を見付けたのか……そのまま「くー…」と眠り始めてしまった。
寝付きは良いと思う。むしろ早過ぎると思う位だ、定位置さえ見付けてしまえばきっと朝まで起きない。
そんな娘なのに、今夜は妙に寝付きが悪かったな。そう思いながら本を読んでいる俺に、コトンと小さなカップが机の上に置かれた。


見た事の無い茶、と言う事は異国の茶なのだろう。何かの乳でも入っている様だ。一見、珈琲と呼ばれるモノに色合いが似ているが、見た目の色合いよりも円やかな色彩だし何よりも香ばしい豆の香り、とやらよりも茶葉の香りと…香辛料の様なモノの匂いがした様な、ただそれだけの認識で"これは茶"だと言っているのだが、あながち間違いではなさそうだ。
恐らく未だ手を付ける前の文化の産物だな、と小さなカップに入ったそれをまじまじと眺めていると、カップの横に流れる様な字でメッセージが添えられているのが目に入って来た。『息抜きにどうぞ』と書かれた字はヤムの字だが、その下に書かれていた内容を読む限り、ヤム自身もまた頼まれたのだと言う事が良く分かる。



「直接、渡しに来れば良いものを…」



そう軽く悪態を吐くものの、あの男から見ても俺から見ても"遠目から見た事は有っても、名乗り有った事すら無い"のだから遠慮して当然かも知れないが。
見た事の無い茶と、その横に置かれたカードには『教えて貰って作った』とあった。『味は保証しますよ』ともあった所を見る限り、ヤムもまた振る舞って貰ったのだろうとは思う。そうで無ければ、こんな面倒臭い真似をする訳が無い。
礼儀正しい奴だが、実はやんちゃで子供っぽい部分を持っているヤムの事だ。当の本人が止めていなければ、きっと眠る娘を叩き起こしてでも飲ませようとする。



「……しかし、これをどう作ってやれって言うんだ?」



解らない侭に手にして一口飲んでみると、ジンジャーの味がした様な気がしたが……どうやら甘い茶の中に、様々な効能のある香辛料が入っている茶の様だ。と、舌で少し転がしながら考えた。

もう一口飲むとジンジャーの他にもシナモンの味も感じた気がしたが、それ以外にも入っている筈なのに良く解らない。
恐らく鍋に茶葉と水を入れて、その後か直ぐかに香辛料を全て入れて煮たさせている。茶葉が開いたら今度は乳を入れて、表面に乳の膜が張る前に火を止め、カップに入れる時に濾しているのだろうとは思うが……肝心の香辛料が解らない。もっと言ってしまえば分量が既に解らないものを、一体どうやって作れと言うのか。



「チッ……仕方がないな」



そう呟くと、俺はさっきまで読んでいたルーン文字の書物から『紅茶事典』と書かれた本に切り替えた。
とは言え、読んだ所で何が入っているかまでは分かる訳が無い。あくまでも作り方の確認みたいなものだった。
中に入っている香辛料が完全に分からなければ、娘に作ってやれる訳が無い。
香辛料は……俺でも解らない物を使っている可能性が有る。恐らく人体にも多少なりとも影響を与える物だろうから、慎重に扱わねば何かしら悪影響を及ぼし兼ねない。
まあ……あの火の神も、自身が気に入っている娘の体に悪い影響を与える様な調合はしていないだろうが。



最悪、火の神にこの茶の作り方等を指南した方の神にでも尋ねてみれば何とかなるだろうが……何もせずに尋ねる様な、そんな自尊心が傷付く様な馬鹿げた真似はしたくない。
とは言え、ろくに会った事すら無い異国の火の神に教えて貰う事は、俺の自尊心が益々抉られる事も良く分かっていた。
それならば、未だ会って話した事のある賢者と呼ばれた神話時代のインドの王……あの男に聞いた方が自尊心もマシだと思う。





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