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聖闘士星矢【アイオロス受】短編

 嘆きの壁で束の間の再会と、そして直ぐにまた散り散りに離れた筈だったこの魂は、一体何の奇跡が起こったのか、冥王と戦女神の命を懸けた聖戦で散ってしまった双方の戦士達が『協定』の上、再び肉体を受肉されて蘇る事になってしまった。

 正直に言ってしまえば困惑しているのは、此処に居る全員だっただろうと思う。色々有りすぎた、そんな一言では言い表せられない程に夫々の胸の中には様々な感情が渦巻いていて、とても素直に喜べるものでは無かっただろうと。
 サガもアイオリアも、デスもディーテも勿論他の者達も『このまま果てると思っていたし、このまま終わらせてくれる』と漸く肩の荷が降りていたと考えていただろうに、そう思うと俺自身もだが何を言えば良いのか分からなかった。

 否、言わなければいけない相手、謝罪しなくてはならない相手は俺の直ぐ目の前に居る。嘆きの壁で邂逅した時ですら何も言えなかったのだ、今、このタイミングで伝えずいつ伝えられるのか。

 と思いながらも唇が縫われているかの様に息一つ吐くのも困難になってしまい、鉛の様に重くなった身体が、どれだけ目の前に居る相手に対して緊張してしまっているのか。聖闘士として失格で情けない事この上ないが今すぐ逃げ出してしまいたいとすら思ってしまう。

 彼ーーーアイオロスは沈黙したまま何かを考えている様だった。
俺が生前の彼を見たあの頃の姿のまま、何一つ変わらない何処か幼さを残してはいるものの、それでも当時はとても大人に見えて憧れ慕った彼のまま、ただただ思考を巡らせている姿は『当時のまま』過ぎていて、酷く目頭が熱くなるのを感じていた。

「……うん、やはりどう考えても神の真理を理解する事は出来そうにないな。ならばこうして再び肉体を与えられて蘇ったのだ。私達が出来る範囲にはなるが、他の聖闘士達や聖域への貢献に尽力するべきだと思う。そこで私は手始めにそれぞれの宮の損傷が激しい様だから順番に修繕し、近隣の村にもどれ程の被害が出ているのかの調査に出ようと思うのだが、サガ、お前はどう思う?」
「は?」
「は? では無いだろう、サガ。嘆きの壁での役目を終えて、私達はあのまま次の世へと向かうのだろうと思っていたが、何の因果かこうして全員が聖域に蘇って来たのだ。ならば私達の出来る事をしなくてはと考えるのは自然の流れだとは思わんか?」
「いや、確かにそうかも知れないが…アイオロスよ。突然蘇ってしまい困惑しているのは皆も同じだ。先ずは互いに思っている痼りを取り除いてから、今後の事を話し合うべきではないか?」
「む、痼りを取り除くのは構わないが……私が見るに、お前達の成長振りを考えてもかなりの時が流れているのだろう。長年蓄積された痼りを取り除くとすれば一体どれだけの時間を要するか……その時間が有ればより多くの人達を救う事が出来ると思うのだ。せめて同時進行で進めていく事は出来そうにないか」
「……そもそもアイオロス、お前は、私達に対して何も思う事は無いのか? お前こそ言いたい事が沢山あるだろう……嘆きの壁でのあの邂逅だけで納得出来ているとは思えん」
「…………そうだな。私とて言いたい事の一つや二つはあるさ、だが全て終わった事だ。過去を悔い、嘆いた所でその心が癒される訳でも救われる訳でも無い。私達は女神の聖闘士だ。再び与えられたこの命、女神の、この地上に住む者達の為に尽くさねば、恐らくだが癒される事は無いだろうと私は思うがな」

 淡々とだがはっきりとサガに語るアイオロスだが、明らかに俺達にも言っているのだろう。聞いていると『嗚呼、彼らしいな』と懐かしく感じてしまった。
 彼を討った後、俺は『正しい事』とは『正義』とは何なのかを見失った。俺にとって正しさの、強さの象徴の様な存在だったアイオロスでさえ『自らの欲』を抑える事が出来ず、闇に堕ちてしまったのだと。
 憧れ慕い、彼の様な男になりたいと強く抱いていた心はあの日に砕け、ただただ裏切られた。憎い憎い悔しいと、教皇からの命をそのまま遂行してしまった。否、聖闘士として教皇の命に従うのは当然の行動で、実際にあの後から紫龍に討たれるまで葬ってきた数はどれ程になるのか……それでも後悔したのは、『本当に正しかったのか』と自問自答した相手は、俺が討ってきた相手の中ではアイオロス唯一人だけだった。

 紫龍の命懸けの言葉と、女神が居なければ俺は真実に気付かぬまま、この聖域で同朋達とこうして逢う事も叶わなかったに違いない。

 そんな尊い存在である女神と、荒削りだが真っ直ぐで勇敢な少年達が守り抜いた世界だ。本来ならば再び立つ事も叶わなかった俺達が『再びこの地の上を踏み締めて』いられるのだ。
 何時まで立っていられるか、この命は、この肉体は、何処まで保つのか…神々の真理が分からない以上、最低ラインである『一般的な人間の生よりも残り短い期間しか維持出来ない可能性もあるだろう』とアイオロスは考えたのだろう。
 そういう所が彼らしいと俺は思った。幼い頃、彼がよく俺とアイオリアに語っていた事だったからだ。

『分からない時、迷う時は、最初の自分の直感を信じるんだ。その時は上手くいく場合とは別に上手くいかない、最悪な展開も想像する。より最悪な展開を考え、それを回避するにはどうすれば良いかと動く事で免れる事が出来るだろう?』

 そう明るく話してくれたアイオロスだが、その考えに至るまでに様々な事があったのだろうと思い、早く山羊座の黄金聖衣を授からなくてはと強く思ったものだった。

「…………そのお前の揺らがな過ぎる正論さが、私の未熟さを、至らなさを思い知らせるのだ! アイオロス!」
「サガッ!」

 珍しく感情を露わにしたサガがアイオロスの胸元に目掛けて両腕を振り下ろす。ガチャと金属の当たる音が小さく響き、肩を震わせる姿が遠い昔となってしまった十三年前のサガの姿と重なった。
 俺達には決して見せなかったサガの弱い姿だ。全く動じていない様子を見る限り、アイオロスだけには見せていたのかも知れない。

「……サガよ、お前は私をそうやって正しいと言うが、私はそうは思わない。何時だって肝心な所で間違えてばかりいる。未熟なのも至らないのもお互い様だ、だからこそ対話も必要だがせめて復興する事も視野に入れて共に歩みたいのだ」
「お前の、一体何処が未熟だと言うのだ?」
「未熟ではないか。あの日、中身がお前だと信じられずに幼い女神を抱えて逃げる事しか出来なかった。本当にお前の事を思うならば、お前と対峙したあの時、私はお前を取り押さえねば成らなかったのに。もっとお前の苦しみに寄り添い、お前の声を聞いていればもっと違う未来が有ったかも知れないし、皆を巻き込まなくて済んだだろうに……」

 そう続けながら酷く真っ青な顔をアイオロスは俺達に向けて「本当に済まなかったな」と儚く微笑んだ。


…………真っ青な顔?


 そこで漸く違和感に気が付いた。蘇った俺達は全員が聖衣を身に付けているから気付かなかったが、十三年前のあの日の続きのままだと言わんばかりの姿で蘇っている。と言う事はだ、まさかとは思うが『わざわざご丁寧に聖剣を受けたまま』蘇させられている……なんて事になっているのでは無いだろうな?

 不意に思い浮かんだ嫌な予感は、否、まさかと頭を振った。ざっと見た限り俺を含めて後の連中も傷らしい傷が残されている訳では無い様に見える。
 だがアイオロスの青い顔は、どう考えても『何かを隠している』様にしか見えないし、何よりも微かに鼻腔で捉えた血の臭いは…。

「…………っ、おい! アイオロス!」
「うわっ? どうした、シュラ?」
「…シュラ?」
「貴方達が今後どうするか話し合うのは構わないが、その前にアイオロスよ。貴方…何か隠していないか?」
「へ、隠す? 何をだ?」
「ん? そう言われてみれば、先程から妙に血生臭い気がするな」

 突然俺が二人の間に入った事で漸くサガも我に返ったらしく、冷静に今のアイオロスを見て俺と同じ考えに辿り付いた様だ。こうなると途端にアイオロスは気まずそうな表情を見せながら、一歩また一歩と後ろに下がっていく。

「間違いないな」
「思い出した。アイオロス、貴方は何か隠し事がある時は頑なに口を閉ざすか、逆に雄弁になっていた。そしてバレそうになると…」
「お前にしては珍しく申し訳なさそうな顔をして逃げようとする。さあ、今ならば怒らないから白状したらどうだ?」
「いや、サガ? お前がそう言う時は決まって怒号が飛んでくるから全く説得力が無いのだが?」
「お前が最初から素直に申告すれば、私もこうやって怒らずに済むのだ! 大体お前は何時もそうだ! そうやって一人で勝手に決めて、一人で勝手に……!」

 其処まで叫んだサガは悲しく目を伏せた。失言だと気付いたのだろう。『一人で決断させて、一人で戦わせて、一人旅立たせた』のは、悪の心がさせたと言ってもサガ自身だからだ。
 アイオリアですら言わない言葉を、サガが言ってはいけないと思い唇を閉ざし、その代わりにアイオリアが「兄さん」とアイオロスの傍にそっと近付いて来た。

「アイオリア…」
「本当だ、此処まで近付いたら血の臭いが良く分かる。ねえ、兄さん? 俺は兄さんの意見に賛同しますよ。だがその前に兄さんは怪我を治療する事に専念して欲しい。当時十歳とは言え、その傷はシュラの聖剣を受けた傷だろう?」
「あー…やはり分かるか?」
「当然だ。聖衣越しとは言え、こうして掌で触れると微かに俺の小宇宙を感じる……どの程度の傷が残っている状態なのだ?」
「深いが、あの時とは違い小宇宙は充分あるからな。意識して塞いでいるから、人馬宮に戻ったら傷口を縫おうと思っているから心配は無いぞ」
「兄さん」
「アイオロス…お前って奴は……」

 サガとアイオリアが半ば呆れ気味な表情を見せている。


 そうか、自力で治そうとしていたのか……そうか。
 嗚呼、変わっていない。俺達がどれだけ成長し変わってしまっても貴方だけは変わらない。
 それが有り難くもあり、心配でもあり、目が離せないと俺は改めて思うから。
 俺は先程から黙って様子を眺めているデス達に視線を傾けた。呆気に取られながらも、今のアイオロスの状況を正しく理解してくれている様だ。


「…………デス」
「あん? あー…はいはい。手配すりゃ良いんだろ? もうとっくに手配済みだっての」
「は?」
「先程からの貴方達の遣り取りを見ていればね、私達でも優先するべき事が何であるか位は分かるさ」 
 デスに声を掛けると、デスに続けてディーテの苦笑混じりな声が聞こえて来る。その言葉に焦りを見せたのはアイオロスだ。

「ちょっと待て? 手配とは何だ?」
「アイオロス、貴方にとっては直ぐの出来事かも知れないが……俺達の成長を見れば分かる通り『十三年後』の未来なのだ。あの頃の俺達は頼りにならなかっただろうが、今はそんな事にはならない位には大人になったと思う」
「いや、だから手配とは何なのだ!」
「往生際が悪いですよ、兄さん。今は医学も進歩していますので、良い機会です。ゆっくり治療に専念して下さいね」
「何を言ってるんだ。医者に見せずとも縫えば済むのだから、わざわざ見せに行かずとも…」
「その縫う行為を、医者に見せて縫って貰おうと言っているのだ。女神自ら迎えに来てくれるそうだから、無駄な抵抗せずに行って来い」
「女神だと! この様な事で女神のお手を患わせるなど…」

 『女神』の名を出されれば流石のアイオロスも困り果てた顔を見せながらも、抵抗らしい抵抗をせず大人しくなる。
「困った時の女神だな」とシャ力の声も聞こえて来た。
 当然だろう、アイオロスは幼い女神を守る為に一人で聖域中の者を敵に回して戦い抜いた男なのだから、他の誰でもない。
『女神を困らせる、心配させる。手を患わせる』事を尤も回避したいに違いないからだ。

「私達が怪我をした時はあれだけ心配し、とても丁寧に治療してくれていたアイオロスが、まさか自分に対してはあれ程に無頓着だとは思わなかった」
「まあな。風邪を引いた時とかよく林檎とか食い物を届けてくれたりもしたし、何だかんだ言って面倒見も良かったなってのは思い出したが、此処まで適当だったとはなあ…俺も驚いたぜ」
「ならば今度は俺達が手助けしてやらねばな」
「……本人は困りそうではありますけどね」

 ふふ、と笑うムウの顔は「やれやれ」と言っていて、カミュ達の会話を窘める訳でも無く、ただ穏やかに見守る姿勢を見せている。

「さて、納得した所で…兄さん、ひとまず獅子宮に戻りましょうか。入院になるかも知れませんので、着替え等の準備も必要になるといけませんし」
「待て、アイオリア。行くならば磨羯宮だ。この人の着替え位ならば揃っている」
「「シュラ?」」
「準備が出来次第、アイオロスを連れて獅子宮まで降りていくから、お前は他に必要な物がないか獅子宮で足りなさそうな物がないか用意しておいてくれ」
「もしかして付いて来てくれるのか?」
「………お前一人でこの人の付き添いは大変だろう。怪我を負わせたのは俺だ、せめて協力させて欲しい」
「流石に黄金が二人も抜けて私の付き添いは多いだろう? 私ならば大丈夫だ。寧ろ治療に専念するだけならば一人でも問題ない」
「見た目は俺達と差程変わらなくても、兄さんは十四歳でしょう? 十四歳はまだ子供なんです。聖域外に行くのですから、付き添いが居ない方が問題になりますよ」
「そんなものなのか?」
「「そんなものだ」」

 俺の言葉に被ってサガの言葉が飛んでくる。任務以外で聖域から出なかったに違いないアイオロスからすれば、一般常識からは程遠い認識を様々と知らされて、こちらの方が困惑しているのだろう。
 差程、変わらない体格であろうと何処か幼い顔立ちをしているアイオロスが不安そうにしている姿は妙に庇護欲をそそられて『嗚呼、やはり俺はこの人を犠牲にして大人になったのだ』と改めて胸が締め付けられた。
 例え再び陥れられてアイオロスを討てと命じられたとしても、俺は恐らく命じられるがままに彼を討つだろう。
『女神の命を脅かした』と言われれば、どれだけ血反吐を吐こうが迷い苦しむ事になろうが、きっと彼の命を奪おうとするだろう。誰か、例えば弟のアイオリアでさえ彼の最期は奪わせない。其れだけは他の誰であろうと許さない。

 それでも年下となってしまった彼は『己の正義の為に戦って来たのだろう』とあるがままに受け入れてしまうのだ。聖闘士としては優秀で、次期教皇を命じられる程だった彼だが、大人になってから見る彼は人間的に見てもまだ未熟で、真っ直ぐで素直な少年だと思う。
 どちらが良かったのかは言えないが、折角互いに蘇ったのだ。少しずつ大人になる彼を見守れたら良いと俺は思うから。

「さあ、行くぞ」

 今はただ繋いだ手を離さないでおこうと、俺はアイオロスの手を強く握った。
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