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百神(短編)


君ともっと仲良くなりたいから。
否、少し違うな。君ともっと色んな話がしたいから、クルクルと表情が変わる小さくてしっかり者で、それでいて頑張り屋な君を……もっと近い場所、君にとって心の安らぐ位置に居たいから。



だから、こんな事を始めたのかも知れない。



《君ともっと》



「シンの髪って綺麗ね」



切っ掛けは彼女の言葉だった。
どうして突然こんな言葉を口走るのか分からないし、前々から思っていたのかすら皆目見当もつかない。
訝し気に彼女を見詰める僕に、彼女は『やだ、そんな嫌そうな顔しないでよ』と笑っていた。



「日の光に照らされたシンの髪って、キラキラ輝いていて本当に綺麗だなって思ったのよ。
…ほら、私って思った事を直ぐに口に出しちゃうから」

「僕自身は、そう綺麗だとは思わないけれど…」

「自分自身ではそう思うかも知れないわね、でも私は綺麗だと思うわ。シンの髪、私は好きよ」



そう言って笑う彼女の顔、僕の目には彼女の方が綺麗だと思うのに。
何故か『君の方が綺麗だよ』と言う事が出来なくて、『そうかな…?』と首を傾げる事しか出来なかった。



変な話だと思う。僕は今でもそう思っている。
僕の髪は白っぽくて、何処かくすんだ灰色だ。そう綺麗な色だとは思わないし、むしろ……僕の目には彼女、シャマシュの髪の方が美しいと思っていた。
明るく輝く金色の髪は、彼女にとても良く似合っていると……似合っていて、とても美しいとそう思っていたのに。



ただ、僕の髪が『好き』だと言ってくれた事が嬉しかったのかも知れない。
思わず取り繕い、平常心を装う位には…彼女の何気ない『好き』と言う言葉に、僕は心を掻き乱されたのかも知れない。



それは僕にとって、嬉しくもあり…苦くて歯痒い記憶だった。



彼女が『好き』だと言ってくれた髪を切る事も出来ず、面倒だと思いながらも髪を結う度に僕は深い溜め息を吐く。
白っぽくてくすんだ灰色、黒と言うより中途半端な色合いのこの髪を……『綺麗』だと『好き』だと言う方がどうかしている。
だが、尤もどうかしているのは僕自身の不可解な行動と思考の方だ。
面倒だと思うならば切ってしまえば良い、彼女の髪の方が綺麗だと思うのならば『綺麗なのは君だよ』とそう言ってしまえば良いじゃ無いか。
溜め息を吐く度に、僕は自らの未熟さと意志の弱さに自己嫌悪に陥りそうになってしまう。



───……切ってしまおうかな、きっともうシャマシュ本人も忘れているだろうし。



そう思うのに、彼女の前に出るとそんな感情を忘れてしまうとか。本当に僕自身、訳が分からないと思う。



───…って、そんな事は無かったか……何せ、今日は彼女とナビィを前にして『好き』だと言ってくれたから。



本当に変な子だ。結い終わった髪を見て、僕は小さく微笑んだ。
石の中に囚われた時、僕の中で常に渦巻き支配していたのはアスタル様とシャマシュの安否だった様に思う。
そんな事は二人を前にして言ったりはしないけれど、僕は僕自身が助かるよりも二人の無事を祈っていた。


「助けてくれ」と、頼んだりもしたけれど……本当に助けてくれるとは思いもしなかったし、形式上…石から出してくれたとしても、僕に会いには来ないだろうとも思っていた。
だがシャマシュにとても良く似た彼女は、僕を石から出すだけでは無く、まるで僕の心を見透かすかの様に、シャマシュを連れて会いに来てくれるから。


今日だってそうだ、彼女とナビィが…あの日のシャマシュと同じく僕の髪が綺麗だと言った。
綺麗だから羨ましいと、そう言った彼女達にシャマシュが言ってくれたのだ。得意げに何処か自慢する様に、「でしょう?お日様に照らされて、それが流れる様に輝いているから本当に綺麗なの!だから私もシンの髪は大好きなのよ」と変わらない笑顔で僕を見ていた。



その言葉が、その笑顔が、僕をどれだけ喜ばせているのか知りもせずに。



しっかりしていて、でも時々妙に失敗してはアスタル様に叱られているシャマシュを慰めて、それとなく手助けする位の事しか出来ない僕だけど、それでも何か出来ないだろうか?
月の神殿で、穏やかで優しい月の光に包まれながら考えるのは……何時も彼女、シャマシュの事だった様な気がする。
シャマシュは、僕にとっても明るくて強く気高い太陽だ。太陽神と呼ばれるに価する存在だ。
そんな彼女を抱き寄せて、強く抱き締める強さは僕には無いけれど……真綿の様な柔らかさで、華奢な身体を包み込む両腕は持っていると思う。



「眠れない」と耳にしたら思わずカモミールティーを入れてあげる位には。
「美味しい」と言われたカモミールティーを、より一層美味しく入れられる様に、密かに練習してはそれとなく…アスタル様やギルガメッシュ、ヤム達に飲ませたり。
「良い匂いね」と言っていたカモミールを、知り合ったばかりのフローラやゴブリンやアドニスに育て方を教わり、実際に育ててしまう位には……僕はシャマシュともっと近い場所で、彼女にとって僕と言う存在が、心の安らぐ位置である様に居たいのだろうと思うから。



───…口には出せないけれど、僕だって君が『好き』だと思っているのだから。



今は未だ僕の髪が『好き』だと言われているだけだけど、何時か…そう何時か僕自身も引っ括めて『好き』だと言って貰える様に。
その前には僕からも君に伝えたいと思っているけれど、妙な気恥ずかしさやプライドが邪魔をして言い出せないから、そんなモノを全て捨てられる位……今の気持ちが溢れてどうしようも無くなるその時まで。



せめて、月に祈ろう。
彼女が穏やかに眠れる様に、また朝日の下で太陽に負けない位の、元気で明るく輝いている……あの綺麗な笑顔で大地を蹴り、駆けられます様に。
………昨日と変わらない笑顔で、僕に微笑んでくれます様に。



そして願わくば……。
時には太陽に覆い被さる月の様に、たまにはシャマシュを人知れず僕の腕の中に包み込んで隠してしまいたい。
そんな欲望も引っ括めて、僕を受け入れて貰えたら…僕を選んでくれるならば、と。
君ともっとずっと一緒に居たいと思うから、そう祈りもするし願っているから。
だから、こんな事を始めてしまったのかも知れない。



「…………君が、好きだ。ずっとずっと前から、君を愛おしいと思っている」



……昇り始めた太陽に向かって繰り返す告白を。
眠る前に、ただ繰り返す意味の持たない愛の言葉を。まるで彼女を前に言っているかの様に。



「……………好きだ」



そう何度も繰り返して。



(終)





たぎってコツコツ書いていたら、シン様が思いの外一途な尽くし屋さんで…同様に黒い人(笑)になってしまいました。
此処まであからさまに好意を向けていながら、周りが気付いていないと思っているのかい?
な、シン様視点のシン→シャマですが……気付いてないのはシャマだけだと思うよ。
私の書く攻めさんはー、どうしてこう尽くし屋さんが多いのか?
と、首を傾げたけど……親密度が上がって来たシン様(アスタル様ことお狐様もですね)に、毎回毎回『ほら、君が好きそうなものを用意しておいた。遠慮なくお食べ。』なんて言われているものだから、すっかり気に入った者には尽くし屋なイメージが……。
まるで可愛い孫を待つ爺ちゃんor婆ちゃんみたいな…そんな印象が強すぎたのかも知れません、はい。
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