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百神(短編)


昔の人間達は日食を『世界の終わり』だと思い、恐怖の対象にしていたと思うけれど……どうやら今の人間達にとって日食は『綺麗で観測の対象』になっているらしい。
そんな事が分かっただけでも、今のこの時代に再び解き放たれて良かったのかも知れない……と、僕は思っていたけれど。



───…でも、だからって様々な神話なり何なりで集まった僕達"神"と呼ばれる者が『揃って仲良く日食観測』しなくても良いのでは……。



言い出したのがあのキツネ、もとい我が師であるアスタル様なだけに文句も言えないけれど……それでも一体どれだけ暇を持て余しているのか、むしろ…あのポセイドンと呼ばれる海の神も『メデューサを助けてやってくれ』とか言ってた割に、何か嬉々として観測に参加しているし。
もう何処から突っ込みを入れたら良いのか分からないだけに、ただ笑って誤魔化す事しか出来ない僕自身にも呆れてしまうけれど、彼女が喜んでいるみたいだし良いかと思っていた。



…………あの時までは、だけどね。



《金環日食に便乗しても良いですか?》



「シーン!ねえ、ちょっと…起きてよ!少しだけで良いから起きてってば!」



月の神殿で一人穏やかに眠っていた僕を、ユサユサと揺さ振り起こしたのは細くて白い両の腕だった。
もう修行時代では無いと言うのに、一応は男神に分類される僕の寝室に、あの頃と変わらず…否、あの頃よりも美しく成長した女神となっているシャマシュが僕の身体を揺さ振っている。
幾ら布越しとは言え、僕の身体はそれだけでカッと熱く火が出そうだった。



「……シャマシュ、一体どうした…?
君が一人で僕の所に来るなんて、珍しいじゃ無いか」



何とかそれだけを口に出すも、熱くなる身体はどうも抑えられそうに無い。僕は無理矢理にでも抑え無くては、と理性を総動員させて今の状況に耐えていた。
ギシリ、とシャマシュの重みに耐え兼ねたベッドが小さく抗議の音を漏らしている。
重いと言ってもシャマシュの身体が重過ぎる訳では無い、僕が使っているこのベッドが一人用故に『二人も乗らないでくれ』と文句を言っているだけだ。



シャマシュはベッドからの抗議はおろか、僕が薄い布一枚で有る事にも気付いていないらしい。
又は、考えてすら無いのかも知れないけれど……幼い頃から全く変わらない表情を見せながら、『あのね…』と言葉を紡ぎ始めた。



「アスタル様がおっしゃっていたのだけど、今日地上では金環日食が有るのですって。
それで、折角だから皆で観測してみないかっておっしゃっていて……今、皆で月の神殿に集まっているのよ」

「金環日食……またおかしな事を思い付くものだね。昔ならば『滅びの日』だとか言って騒いでいたのに、今は親睦ついでの観測会なのかい?
……まあ、それならば月の神殿から見る方が綺麗に観測出来るだろうけれどね」



『あの方らしいと言えばらしいけれど…』と、続ける僕の腕を手に取るとシャマシュは『だからね、シンも一緒に行きましょ?』と誘いの言葉を発している。
あのキツネ…もといアスタル様の真意は恐らく金環日食や親睦の為というのはついでに過ぎず、ただ僕に対する嫌がらせの延長線で有る事は間違いないだろう。
まあ、師の言葉を借りるとするならば『これも修行の一つじゃ』とでも言うだろうけれど。そこにシャマシュだけでは無く、周りの神達や解放してくれた彼女、ナビィまで巻き込むのだから……本当にタチの悪いおキツネ様だと思う。



「シン?」



キョトンとシャマシュは僕の目の前で首を小さく傾げていた。
加えて掴んでいる手はそのままだったりするから、本当に罪深い太陽神だと僕は思う。
だけど……今回だけは流石に賛同出来そうに無かった。何せ僕は地上の時間に直しても少しの時間では有るけれど、これから久し振りに休もうと思っていたのだから。



神であるからこそ人間達みたいに頻繁に眠る必要は無いけれど、それでも多少は休まなければどんな支障が出るか分からない。
今の様に天界に居るならば特に問題も起こらないが、常に地上で活動するとなると……休めるものならば出来るだけ休めて置かなければ。


そう、月の神殿自体は地上に有るが……今、僕とシャマシュが居るこの場所は、天界にある僕の宮殿。正確に言えば『月の宮殿にある僕自身の寝室』だったりする。
月の神殿から意識を集中し、宮殿を思い浮かべば此処に来れるが……まず来れる者は居ないだろう。アスタル様とシャマシュ位では無いだろうか?
何せ……細部まで宮殿の姿を思い浮かべ無くては成らないのだから。


そういう訳で、此処まで来てくれたシャマシュには悪いけれど僕は彼女に『済まないが、僕はこれから少し休むから』と謝った。
途端に哀しそうな表情を浮かべるシャマシュの頭を僕は優しく撫でては、『そんな顔をしないで』と言葉を繋げていく。



「僕が休まなければいけない事は、同じ神である彼等だって分かっている筈だよ?
君が僕と彼等との距離感を少しでも埋めたくて来てくれた事には感謝しているけれど、それでも今は万全の力で彼女達の力に為らなければいけないと思う。だから……彼女達を優先させて欲しいんだ」

「…………分かってるわ。シンの言っている事は間違っていないもの。
でも、部分日食は2時間位有るけど、金環日食は5分位しか無いって。これを逃したら、また後何十年も先になるって聞いて、だから……どうしてもシンと一緒に見たかったのよ。
我が儘だって分かってる、でも…ほんの5分だけで良いの。シン、お願い」

「シャマシュ……」



やれやれ。
僕は口には出さずに小さく溜め息を吐いた。
此処までお願いされたら『仕方ないか』と思ってしまいそうになる。本当は少しでも休むべきだ、と分かっていながらもシャマシュのお願いを叶えたいと思ってしまうじゃ無いか。


他の者、そうだね…僕を解放してくれたあの人間の彼女やナビィなら『仕方ないね』と願いを叶えていただろうと思う。
助けて貰った義理も有るし、何時も一生懸命な彼女達を見守るのは悪くないと思っているから。
そんな彼女達と同等、もしくはそれ以上に願いを叶えてあげたいと思ってしまう相手は目の前にいる太陽神だ。
時に独り占めしてしまいたいとさえ思わせる彼女からの可愛い我が儘、例えこの言葉が『あくまでも同僚としての好意から来るもの』だとしても、それでも嬉しくない訳ではない。


…………勿論、男として意識されていないと再認識してしまうから、胸がキリキリと痛むけれど。
だから、かも知れない。
少しでも意識して貰いたくて、こんな意地悪を彼女に言ってしまったのかも知れない。



「分かったよ、君の望みを叶えてあげる。でも……代わりに君も僕の願いを叶えてくれるかな?」

「お願い?何?
私の我が儘に付き合ってくれるのだもの、私もシンのお願い、聞くわ!」

「…有難う。
ねえ、シャマシュ。君は前に地上の話で『眠り姫』の話を聞いた事が有ったよね?」

「眠り姫?
……嗚呼、ナビィ達が言っていたお話ね!『百年の眠りについたお姫様を王子様がキスして起こすお話』よ」

「それ、してくれるかな?」

「………………え?」



最初は意味が分からなかったらしい。
何が?と首を傾げながらも僕との会話を復唱しつつ、改めて意味を理解するまでに約一分。
早くしないと金環日食に間に合わなくなるかも知れないよ、と言いたくなるのを抑えながらも彼女の様子を眺めていると……。



「え、え、ちょっ…と、待ってよ?
眠り姫のキスって、そのく、唇…だったわよね?
え、え、と……つまり何?シンが私にキスしたいって事?」

「まあ、確かに『眠り姫』の話に当て嵌めると君がお姫様役になるね。
でも……今、眠りたいのは僕の方だから"お姫様役"は不本意ながら僕になるのでは無いかな?」

「あ、そ、そう…ね。と言う事は、王子様役が私って……え!?」



どうやら"される"のと、"する"のとではシャマシュの中で大きく違うらしい。
普段から大きな瞳を更に大きくして、彼女は珍しくオロオロと狼狽え始めた。耳まで朱く染まった顔は、まるで春に色付いたバラの花の様だと僕は思う。
と、言ってもバラの花はどちらかと言えばイシュタルの方がイメージとしては合うかも知れないけれど。



───…彼女のバラは真っ赤なバラ。シャマシュは…淡い桃色、かな?



野原に元気良く咲き誇る、慎ましくも生命力に満ち溢れた草花。
僕にとって、シャマシュと言う女の子はそういうイメージだ。なまじあのアスタル様に放任主義と言わんばかりに育てられたからか、どちらかと言えば淑女とは掛け離れた成長をしてしまっているけれど。
それでも不意に見せる少女の様な可憐さを、僕はとても気に入っているから。



───…流石に、意地悪が過ぎたかな…。



可哀相になる位オロオロと狼狽えている所を見ていると、流石に悪い事をした様な気がして僕の胸がチクリと痛んだ。
少しだけで良いから僕の事を意識して欲しかったのと、此処は一応でも男の部屋…しかも寝室になるのだから危機感を持って欲しかった…からとは言え、泣き出しそうな顔を見てしまうと罪悪感が募ってしまう。



───……これは幾ら何でも急きすぎたな。僕もまだまだ修行が足りないね。



こんな顔をさせたい訳じゃ無い。
かなり試されてる状況だったとは言え、彼女が来てくれて嬉しく無い訳では無いし……何より狼狽えている彼女を見るのは正直、可哀相な事をしたと思うと同時に『可愛いな』と思ってしまう。からこそ反省していると言うべきか。



───…冗談だよ、って言ってあげる方が良いのかな?
決してからかった訳では無いけれど、無理矢理奪いたい訳では無い訳だし…。



したく無い訳では無い、けれど意識されていない事を分かった上で強要するのは不本意過ぎるし、何だか惨めでは無いか。



そう思うから、僕は『冗談だよ』とシャマシュに言おうとした。
『からかったつもりは無いけど意地悪が過ぎたから、今から観測に付き合うよ』と言おうとした……その時だった。温かく柔らかい感触が、僕の唇に触れて来たのは。



「……………こ、これで…良いのよね?」



驚いて言葉の出ない僕の目の前で、恥ずかしそうに俯いたシャマシュがそう呟いた。
僕の両肩に手を置きつつも、その指は小さく震えていて…怒っていると言うよりも、ただ恥ずかしいと言う気持ちが強いのだと言う事は伝わって来るけれど。



でも、僕はもう駄目だ。
限界はとうに越えてしまった、あれだけで満足なんて出来る訳が無い。
ずっと求めていた、無理矢理奪いたい訳では無いけれど…それでもずっと前から欲していた。



「………済まない、シャマシュ。
僕は…今の、あれだけでは……どうやら足りないみたいだ」



我に返った時には彼女を腕の中に捕らえていた。逃げない様に捕らえ、彼女の唇に僕の唇を重ねてしまっていた。
唯一の救いは、未だこれ以上の行為に及ぶ前に我に返れたと言う事だ。深く絡め合う口づけでは無かった事だ。
ただ、角度を変えながら…啄む様な口づけを彼女に与えた。彼女は訳も分からずに、ただただ震えるばかりで抵抗一つ出来ない様だったけれど。
触れるだけの口づけを何度も繰り返す内に、僕の心も漸く落ち着いてきた。
ソッと唇を放すと、シャマシュは半ば放心状態で僕に凭れ掛かって来る。



「ね、眠り姫…って、こんなに沢山……キス、してなかった…わよ?」



息も絶え絶えになりながら発せられた言葉も、僕を責める訳でも無く……本当に疑問と言った感じの言葉だった。
此処まで来ると逆に心配になってしまう、意識されていないとしても此処までされても尚、どうして怒らないのか?
僕は無理矢理シャマシュの唇を奪うだけでは飽き足らず、散々堪能した男だと言うのに。



「……君は怒らないのか?」

「だって……………お願いに来たのは、私よ?
やくそく、したのも私……それに、嫌じゃ、無いから…平気、よ……」

「……………嫌では無い?」



シャマシュのこの言葉に、僕は益々訳が分からなくなってしまった。
意識されては無い筈だし、先程までの様子を見る限り…彼女が"こういう事"に関して免疫が無いのは良く分かっている。
例え濃厚に睦み合った訳では無いにしても、シャマシュからすれば逃げられない状態で好き勝手に唇を使われていたのだから……憤慨しても可笑しく無いのでは無いのか?



グルグルとループし続ける疑問に捕われ固まっている僕の胸の中で、『はー…』と漸く息を整えられて来たらしいシャマシュは『ねえ、シン』と改めて声を掛けてくれる。



「貴方は私にキスして起こして欲しかったのでしょう?……と、いう事は、キスしたいと思ってくれてたって事なのよね?」

「………そういう事になるね。まあ、危機感が足りないと思ったのも有るけれど…」

「私だって、貴方の所"以外の宮殿"になんて仮に招待されても行かないわよ。
これでも貞操観念はきちんと持ってるわ。……ただ相手が貴方なら良いって思ってるだけよ」

「え……シャマシュ?」



シャマシュはそこまで言うと、少しだけ頬を膨らませながら僕を睨んだ。頬も耳も真っ赤に染まっている所を見ると、照れと怒りが混ざっているのかも知れない。



「あのねえ、シン。
子供の頃ならともかく、異性が寝ている部屋に平気でズカズカ踏み込むって事はそれなりに覚悟はしているんだって気付かないの!?
それも一人で踏み込んで……幾ら幼馴染みでも、私だって緊張もするしドキドキするわよ!一緒に日食を見たかったのも確かだけれど、それ以上に……貴方の傍に居たかった、ただそれだけ」



『もう!本当に変な所で鈍いんだから!』と続ける姿は、恥ずかしくて恥ずかしくて堪らないと言った姿だった。



「こ、こんな…自分から殿方にキ、キスするなんて"はしたない事"してる時点で気付いてよね!」

「はしたないって……」



───…女性は一生に一度、ミュリッタ(イシュタルの別名らしい)神殿で売春をする風習があって、「人以上の力を得られる道はただ一つ、それは女神を抱擁することだよ」とか豪語していたイシュタルとはまた対照的な…。



これはアスタル様の教えなのか、又は……最近仲良くなった天照達の影響なのか分からないけれど、シャマシュはどうやらかなりの貞操観念がある様だ。
でも、まあ…これはこれで悪くは無いかな。むしろ嬉しいかも知れない。



「…………シャマシュ」



ソッとシャマシュの身体を抱き寄せた。途端にビクッと大きく身体を震わせてしまうシャマシュに、僕は『大丈夫だよ』と微笑んだ。



「君のお陰ですっかり目が覚めたし、君の気持ちも良く分かったから……だから先程みたいな不躾な真似はしないよ、今はね」

「今は…って……」

「僕だって誰彼構わず"こんな事"を要求したりはしないし、相手が君だからだって思わ無いのか?
……まあ、時間的にもそろそろ地上に戻らなければ金環日食に間に合わなくなるからと言うのも有るけれどね」

「えっ、嘘!!!?そ、そんなぁ…こんなに頑張ったのに……」



間に合わないかも知れない。
そう思い、一気に落ち込んでしまうシャマシュに僕は『だから大丈夫だよ』と笑った。



「今の君は心が騒いで集中出来ないから一人では地上に戻れないかも知れないけれど、僕は違う。
君のお陰で今の僕はこの上なく落ち着いているから、安心して掴まって良いよ……今戻れば丁度見れる筈だから」

「本当に?」

「僕が君に嘘を吐いた事が有ったかな」

「ん、無いわね」



何時もの僕に戻ったからかシャマシュも安心したのか、僕の胸元に擦り寄るとギュッと背中に両腕を回した。
それだけで『ほんのり』と心が温かくなってしまう。本当は二人分の転送になるから、必要な集中力も倍になる分、少し疲れてしまうけれど……。



───…今度は僕がシャマシュの願いを叶えてあげる番だからね。
帰してあげるよ、彼等の待つ地上へ……。



強く強くイメージすれば、それだけで直ぐに地上へと戻る事が出来る。
もうすっかり慣れてしまった独特の浮遊感と、僕と言う存在が失くなる感覚。これらを持て余しながら、僕とシャマシュは地上へと再び舞い降りた。



◆◆◆



「なんじゃシン、そのだらし無い格好は?
せめて着替えてから来ぬか、情けないのう」

「その言葉、そっくりそのまま貴方にお返ししますよ……アスタル様」



地上へと戻って来た僕にアスタル様は早速、今の僕の姿を見て注意を言って来た。
シャマシュは改めて自分の行動が恥ずかしい事の様に思ったらしい。僕からパッと離れると、そのまま天照達の方へと駆けていく。
そんなシャマシュを見送りながらも、僕はアスタル様への抗議も忘れない。
何せ今のアスタル様の状況だって充分過ぎる程に『情けないお姿』なのだから。今の僕の姿を見て注意出来る程、立派なお姿だとは到底思えない。



「まあな、確かに威厳有る姿とは言えないが……可愛らしいキツネ様だと思えば、サマになっているんじゃないか?」

「駄目ですよ、ギルガメッシュ。
アスタル様も星を司る神なのですから、今のこの時間はお休みになられる時間でしょう?…バステト様も気持ち良さそうに眠っていらっしゃいますし、今は金環日食を楽しみましょうよ」



『さあ、シンも!』とヤムに手を差し延べられながら空を見上げると、部分日食が始まっている最中だった。
成程、地上から見るとこんな感じになるのか。
光り輝く太陽に少しずつ少しずつ覆い被さっていく月、実際の距離に直せば覆い被さる事なんて有り得ないが……地上から見ると、まるで本当に太陽にゆっくりと近付いている様に見えるから不思議な気持ちだった。



「来て良かったじゃろう?」



バステト様と一緒に誰が用意したのか分からない籠の中に、厚手の詰め物と布で簡易のベッドを作り、その中でまどろんでいるアスタル様が顔を覗かせながら尋ねて来る。



「そうですね。何だか…不思議な感覚では有りますが」

「ワシ等は神故に直接見ても何とも無いが、人間は直接見るのは危険じゃからの。
あやつの所に言って、注意してやっとくれ」

「相変わらず貴方は人使いの荒い…何故、貴方自身が彼女に言ってあげないのですか?」

「ワシゃ寝る。
それに……あやつの所に行けば、シャマシュにも逢えるじゃろ?」



ニヤリと、凶悪過ぎる笑みを浮かべたキツネは『これぞ真の金環日食じゃのうて』とか言っていて、僕は思わず『この性悪狐が…』と呟いてしまっていた。



「金環日食…確かに」

「流石、アスタル様ですね!とても上手な例え方だと思います」

「そこは納得する箇所では無いと思うけれどね」

「だが、まあ…お前を呼びに行ったり、お前だって大人しく戻って来る位だから嫌では無いんだろ?
上手く事に運べないなら、研究の協力をして貰っている礼に"惚れ薬"や"媚薬"位は作ってやらん事も無いぞ」

「ギルガメッシュ!幾ら何でも無理矢理は良く有りませんよ…?
確かに彼女は"そういう事"には疎そうでは有りますが、そんな事をしてもしシンが彼女に嫌われでもしたら、僕達がシンに恨まれてしまいます」

「おっと、それは面倒だな。
何せ、こいつは結構黒いからな。一体何処で恨みを買うか分かったモンじゃない」

「……………あのね」



これ以上此処に居ると、どれだけ話のネタにされるか分からない。僕だけなら未だしもシャマシュの事まで馬鹿にされている様で、流石に気分が悪くなるし……。
僕は『悪いけれど間に合っているから、余計なお節介は止めて貰えるかな』と、ギルガメッシュに釘を刺しつつシャマシュ達の居る場所へと歩を進めた。



彼女達は直ぐ目と鼻の先に居たと言うのに、こちらはこちらで何やら騒々しい。
疑問を抱きながら彼女達に近寄ると、段々と話の内容が聞こえて来て……僕は『何を話しているんだか』と頭を抱えたくなってしまった。



「良いじゃないか、暇つぶしに教えてくれよ。……で、付き合ってる奴とは何処まで行ったんだ?ん?」

「止めておやり。しつこい男は嫌われるよ」

「はは、それは困るな。…だがまあ、年配者として初々しい恋愛話に口の一つや二つ挟みたくもなるって思わないか?」

「暇つぶしで尋ねてる時点で説得力が無いし、こういう時は見守ってやれば良いじゃないのさ」



先日解放出来たポセイドン様がシャマシュに根掘り葉掘り尋ねているのを、珍しくイシュタルがシャマシュの前に出て窘めている。
シャマシュはと言えば、こういう話題に自分自身が話の中心になる事が余り無いからか、酷く困惑して今にも泣き出しそうな顔になっていた。



───…あれだけ観測を楽しみにしていたのに。



あれでは折角の金環日食が見れないでは無いか。何時もは凜と前を向いている彼女だけに、恥ずかしさの余りに俯いてしまっているのを見ると、何だか段々と腹が立って来てしまう。
とは言え、此処で僕がシャマシュの庇護をすれば火に油を注ぐ様なものでは無いか。
仕方がない、此処は…と、僕は同じく『まあまあ』と仲裁に入っていた解放者とナビィに声を掛けた。



「一体何の騒ぎかな?
神殿内で観測以外の目的で騒いでいる様ならば、全員お引き取り願うよ」

「あ、シン様。騒いでしまって本当に申し訳ございません!
実はクピド様がシャマシュ様に『さっきまでより一層キラキラ輝いてるね、恋が上手くいったみたいでボクも嬉しいよ』みたいな事をおっしゃられまして、それを聞いていらっしゃいましたポセイドン様に色々と質問されて困っていた所を、イシュタル様に助けて頂いていたんです」

「へえ……」

「今は折角の金環日食ですし、観測しましょうよって声を掛けているんですけど……ポセイドン様ってば、シャマシュの反応が面白いみたいで離してくれないんですよ」

「そうみたいだね」



僕の質問にナビィが細かく状況の説明をしてくれて、解放者である彼女は『やれやれ』と肩を竦めながらもポセイドン様を宥めてくれようと声を掛けている。



「全くじゃ。そっと見守ってやれば良いのに、ほれもう泣きそうじゃ」

「此処でシン様に止めて頂くと、きっともっとポセイドン様からの質問責めに合うと思いますし…本当にどうすれば良いのか困ってしまいます」

「そう言えば、シン様は何か他に用事が有ったから来られたんですよね?どうしたんですか?」

「嗚呼、アスタル様から『人間の目で直接太陽を見ると危険なので、決して見ない様に』と言って欲しいと頼まれたから伝えに来たんだ」

「何じゃ、ならば"じぃじ"が直接言いに来れば良いのにの。おぬしが来たら余計に拗れるでは無いか」

「あのキツネは敢えてぶつけるのがお好きですので」



そこまで話すと『嗚呼…』と、解放者である彼女と天照は納得してくれたらしい。
『目の事は心配無用じゃ!わらわが傍に付いとるから、太陽を見ても問題無しじゃ』と胸を叩きながら、満面の笑みを浮かべてくれているから本当に心配は無いらしい。
確か、彼女もまた太陽神だったな…と納得しながら、『ならば連れ出しても構わない?』と一応の了解を貰う為に言葉を紡いだ。



「シャマシュを助けてくれるなら良いですよ」

「そう?それなら失礼…」

「「って、ぬおわっ!?」」



女の子だとは思えない声を上げて、解放者の彼女と天照が目をぱちくりさせながら僕を見ている。
驚くのも無理は無い。何せ今、僕は彼女達を抱え上げているのだから。
見た目でも僕はそう逞しい身体を持っている訳では無いから、彼女達もまさか自分達を軽く抱え上げられるなんて思ってはいなかったみたいだ。
『シン様は腕力もあるんですねー』とか、のほほんとした感想をナビィが言っている中、僕は彼女達にこう伝えた。



「此処よりももっと綺麗に観測出来る場所がある。とは言え、人間の君には目に負担を掛けてしまうからどうか…と思っていたけれど、彼女の加護があるなら問題は無いみたいだし……そちらに案内してあげるよ」

「おおっ、流石は月の神様じゃのう!
そんな良い場所があるなら早う案内せい」

「勿論、シャマシュも連れて行ってくれますよね?」

「元々、あそこから見える月を彼女に見せてあげたかったからね……一緒に連れて行こうと思っているよ」

「ならばお任せします!…ってあ、シャマシュがこっち見ながら泣く一歩手前になってますよ」

「あ、これは大変じゃ!誤解される前に行くのじゃ!」



言われなくても。
そう口には出さずにシャマシュ達の方へと近寄ってから彼女達を下ろすと、僕はポセイドン様達にニコリと微笑んでからこう伝えた。



「お楽しみの所を邪魔して悪いのですが、シャマシュと観測をする約束をしていたので、彼女を連れて行っても構いませんか?
……こちらよりももっと綺麗に観測出来る場所があるので、ご希望とあらば天照達を案内するついでに貴方もご案内致しますけれど…?」

「おっ、そいつは良いな!どうせならもっと綺麗に見える所で見る方が、良い思い出にもなるってモンだ!
……とは言え、折角の二人きりの時間を俺達が邪魔しても良いのか?なあ、別嬪さんよ?」



にこやかに笑いながらも語り掛けて来る言葉には裏が含まれている。
これはシャマシュには手に負えない相手だったに違いない。
成程、だからイシュタルが窘めていたと言う訳か。何だかんだと言っても同郷故にか、意外にもシャマシュを庇う様に立ち塞がってくれたイシュタルに感謝したくなった。
とは言え、彼の言葉には悪意が含まれている訳では無く、本当に只の暇つぶし兼初々しい恋心の相談相手位にはなってやるかと言う程度の、ほんのお節介ついでの親睦を求めての行動だったのだろう。
裏は含まれているが、長年生きてきて身に付いた癖か…元々の性分と言った感じで、陥れるとかそういうつもりでは無さそうだ。



「別に構いませんよ。
あくまで観測されるだけならば、貴方を咎めるつもりも有りませんから」

「はははっ!
穏やかそうに見えて、腹の中はなかなかに面白そうな兄ちゃんじゃ無いか。
折角のお誘いお受けしたい所だが……今回は此処で良い。俺もからかいが過ぎたみたいだしな、そろそろ可愛子ちゃんを解放してやるよ。
それに……隣にゃ、こーんな別嬪の姉ちゃんが居てくれるんだからな。侍らしてたら罰が当たる」

「えー?私の事かい?
冗談じゃ無いよ!どうして私があんたと二人きりで仲良く観測してなきゃいけないのさ?」

「おいおい!
冷たい事言うなよ、イシュタルちゃんよ!今度、俺の海に案内してやるからさ。寂しい海の王を慰めてやってくれよ」

「何で私が慰めてやらなきゃいけないのさ!」



そんな軽口を言い合いながらも、イシュタルはヒラヒラと僕達に『行け』と合図してくれているから。僕達も好意に甘えて、その場を後にした。



◆◆◆



「わあ…!
本当に此処から見ると良く見えるわね!」

「だから言っただろう?…綺麗に観測出来る場所があるから案内するって、もしかして方便だとでも思った?」

「それは無いわ。
だってシンが私に嘘を吐いた事は無いし、でも……此処に私が入っても良かったの?」



心配そうな顔をしてシャマシュは僕を見詰めている。まあ、心配するのは仕方のない事かも知れない。
これが事情とか知らない者には特に気にも止めない場所だろうけれど、同じく太陽神殿を護っているシャマシュからしてみれば『最も重要視しなくてはいけない場所』故に、此処に部外者の私が軽々しく入って良いのか…と気にするのは当然だと思う。
何せ、この場所は……月の神である僕が、日々"月を観測し思案に耽る場所 "なのだから。
同じく太陽神殿にも有るだろう"太陽の動きを観測する場所"、そこは僕もアスタル様も誰も知らない……シャマシュだけが知っている場所。
役目としては全く一緒の場所だけに、この場所の重要性を知るシャマシュには逆に居心地の悪い場所なのかも知れない。



「心配無い。
君がコッソリと忍び込んでいたりすれば、僕は容赦無くお仕置きするけれど…僕が一緒に居て『良い』と思っている時は大丈夫だよ」

「そうなの?……それなら良いんだけど、少しずつ太陽に重なる月って綺麗ね、シン」

「そうだね。あ、ほら…いよいよ始まるよ、金環日食だ」

「わあ……これが金環日食?本当に指輪みたい!
地上から見る月と太陽って素敵ね!」



丁度、神殿の至る所から歓声と「ゴールデンリングだー!」等の言葉が聞こえて来たから、この瞬間ばかりは太陽と月が見せるショーに皆が釘付けになっているみたいだ。
解放者とナビィ達は此処からは未だ近い場所に居るけれど、気を遣ったのかも知れない。
此処に来る前に『此処からでも充分綺麗に見れますし、私達はここで!』とか言いながら離れていったから、今、此処に居るのは僕とシャマシュの二人だけだった。



金環日食は直ぐに終わってしまう。それが終われば、また何時もの日常へと人々は戻っていくのだろう。
僕達もまた石にされた同胞や神々を解放するべく、戦いに投じる日々へと戻っていくのだろうし……今位は彼女とこうして穏やかに居ても良いかも知れない。
そう、思っていたけれど。



ぐらり、と。
目の前が一瞬だけ暗くなり、支えられずに身体が倒れ込むのを咄嗟に手摺りに掴まった。
どうやら解放されてから今まで不眠不休で活動していた事が祟ったらしい。シャマシュもそれに気付いたのか、日食をそっちのけで僕の背中を摩りながら『大丈夫!?』と尋ねて来る。



「全然休んでいなかったのね?…だから今日、宮殿まで戻って休んでいたのね!?
シンの馬鹿!どうしてそう言ってくれないのよ!…言ってくれたら、こんな…無理にお願いしないのにっ!!!!」

「まだ、大丈夫だと思っていたからね……少し休めば直ぐに良くなるよ。
……だから、そんな風に自分を責めるな。僕が君と見たいと思った、ただそれだけだから」

「それだけって……」



嗚呼、失敗したなあ…と思った。
こんなに心配させるつもりも、泣きそうな顔をさせるつもりも無かったのに。
とは言え、天界とは違い地上では疲労と言うものがかなり溜まり易いみたいだ。宮殿に戻るだけの集中力も殆ど無いだけに、地上での寝所なんて用意すらしていなかった今の状態で、一体どうやって休むべきか。
最悪、此処で動ける様になるまで休んでから一気に宮殿へ戻る事になるかも知れないけれど……自業自得だし仕方ないか、と思っていた僕に、状況を察知したシャマシュが『休む場所なら大丈夫よ!』と言葉を紡いだ。



「太陽神殿に来れば良いわ!私、あの子達と何時も一緒に寝ているから地上に寝所を作っているもの。
そこで休んで、少し元気になったら改めて宮殿に戻れば良いのよ!ね?」

「否、幾ら何でも君のベッドを占領する訳にはいかないだろ?
大丈夫だ、此処で休めば問題無いし…シャマシュ、君が責任を感じる事は無いのだよ?」

「平気よ。私の神殿はお客様が来ても休める様にベッドも多いし、それに……違うわ。
責任を感じて、と言うよりも…貴方が心配なだけよ。何時も何て事も無い様にこなしてしまうけれど、貴方って結構溜め込んでしまうから」



真剣な瞳で見詰められて、温かい掌で包み込む様に僕の手を握るシャマシュを前に断る事なんて出来る訳が無い。
金環日食が終わってしまったとは言え、未だあと少し日食の余韻は続いているけれど……僕はシャマシュに連れられて、月の神殿を後にした。
一応、シャマシュに案内されてベッドに横になる前迄は意識も保っていたけれど、横になった途端に強い睡魔に襲われて、この後の事は何も覚えていないけれど。



………それでも、微かに太陽の匂いがして…。



嗚呼、こうやって地上で眠るのも悪くは無いかも知れないなと…そんな事をぼんやりと思っていた様な気がした。
だけど誰かが『これぞ真の金環日食』だとか言っていたのが聞こえたから、起きて尚覚えていたら……取り敢えず神技でもお見舞いしてあげようとか、そんな事を考えながら。



(終わり…?)

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