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百神(短編)


有無を言わさず宿屋に泊まらされる羽目に陥ったトーマは内心落ち着いてはいられなかった。
只でさえ関わり合いの少ない上に、言葉の問題やら性格の違いからかどう扱えば良いのか分からない”あの男”の幼馴染みと暫く冒険を共にする事になってしまい、背に腹は変えられないと”あの男”を巻き込んだ感は否めない。
が、だからと言って……こんなフカフカの布団とか、落ち着いた木目調の家具だとか、普段はギルド以外では専ら野宿こと木の上で軽く寝て過ごしているトーマにとって落ち着いて居られる筈も無く、どうして良いのか分からず、ただただ右往左往する他に為らなかった。


───いっそ、とんずらぶっこいてしまおうか?


トーマは強く頷くと思わず窓に手を掛ける。
が、その手を掴む者が居るのも事実で。
逃げたくても逃げられない、チッ…と舌打ちしながら相手を睨むと、其処に立っていたのは正しく”あの男”こと同室になったオルランドだった。


《苦手なアイツ》


「良いじゃねえか、たまにはこう言う所で休んでも。まさか街に着いてるわ、アルも居るのに『野宿しようぜ』とは言えねえだろ?」


そう笑いながら炭酸水が入った瓶を投げ付けて来るのを、トーマは咄嗟に受け止めながら「危ないだろ!」と声をあげる。
取り敢えずくれたんだろう、と、蓋を開けて一口飲むと、シュワシュワとした炭酸が喉を刺激しながら潤していく。


「…だったら、アイツとお前だけ泊まれば良いだろ?」

「そりゃ無理な相談だな。んな事言ったら、アルも泊まらねえって言い兼ねねえぞ」


「アルも大概頑固な所が有るからなあ」と気楽に笑いながら壁に凭れて飲んでる姿が、何だか妙に様になっていて忌々しい。


「って言うか、何でお前…上半身裸なんだよ?」

「ん~?風呂上がりだし?…こんなクソ暑い日に、熱いシャワーを浴びた直ぐに服なんざ着れるかよ」

「だからってな…」

「何だ?照れてるのか?」

「んな訳ねえだろっ!!」


嗚呼、もう。会話になりゃしねえ!!
トーマはやり場の無い怒りを、誤魔化す事もせずに炭酸水を一気飲みした。
この冒険を始めてから様々な人種、様々なタイプの人間達に出会った。中には人間では無い異種族の者も居た。
だが、この二人みたいな両極端な変わり者に出会った事は余り無い。
性格的には良い奴だと思う、が、トーマに言わせれば『お節介』だ。

オルランドの幼馴染みのアルディリアは、のんびりほよほよとした人の良い姉ちゃんで、兎に角言葉が通じない。
酷い時なんて『意味が逆だろっ!』と突っ込みたくなるわ、片言のレベルを越えて突然単語の命令系な発言をする事も多々ある。
こんな状況で良く今まで生きていられたな…と本気で思ったが、彼女と共に旅をしている連中を見て「成程」と納得した事は記憶に新しい。
が、アルディリアはまだマシだ。

トーマにとってはオルランドこそが苦手とする人物に他ならない。
元々、闘牛士らしい彼は攻撃にも隙は無いが飄々とした所がある。
アルディリア程では無いが、お人好しな部分も有るが根本的に気紛れで合理的な性格だと思う。気が乗らなければ、一日中ギルドの厨房で何か作ってるか、バイトに明け暮れて帰って来ないかのどちらかだ、と前にナビィが困っていたのを思い出す。
今回も言葉の通じないアルディリアと二人旅は流石に無理だ、とオルランドに頼った訳だが、『他の奴に頼めば良かった』と後悔したのは今日だけで何度有っただろうか?


そんな事を考えながら、ちらりとオルランドの姿を視界の片隅に入れると、身体中に散らばる無数の傷に目を奪われた。
真新しい傷も有るが、基本的に古くて深い傷ばかりだ。抉られた傷なんてのも痛々しく残っていて、コイツ…良く今まで生きていられたなとトーマは茫然とそんな風に思ってしまった。


「ん、何だよ。トーマ?」


余りに仰視してしまっていたのだろうか?
トーマの視線に気付いたオルランドに尋ねられて、「…傷」としか答えられなかったが、「ああ、これか」となんて事も無い風に淡々と教えられた。


「別に大した事じゃねえよ。本職中に受けた名誉の傷さ」

「其れだけの傷をこさえておいて大した事じゃないのかよ?…闘牛士って良く分かんねえ」

「そうかー?…獲物を前にした時の高揚感と、ギリギリの所を躱しつつ出来るだけ苦しめずに仕止めた後に、聞こえる浴びせかけられる様な”あの歓声”を一身に受けた時の興奮や悦びの前じゃ、こんな傷なんざ霞んで見えるもんだぜ?」

「死んだら元も子もないんじゃないか?」

「分かってねえなー?……何時死ぬか分かんねえから、命を賭けて燃やすんだろ?」

「結局、見世物だろ」

「まあな。でもよ?俺も高揚感と達成感を得られるし、観客も嬉しい。…ま、野蛮だ何だと言う連中も多いし、実際闘牛から離れている奴等も多い。だからまあ、自己満足に過ぎないんだろうけどよ」


そう続けるオルランドの傷に恐る恐るとでは無いが、そっと触れてみると、やはり深く抉られた傷が痛々しくて「良く生きてたな」と見たままの感想が吐いて出ていた。
一歩間違えれば不具者どころか命を奪われかねない。


「なあ?闘牛士ってのは、そんなに儲かるのか?」


何やら華やかな世界なイメージがするからそう尋ねてみると、「まさか」とあっけらかんと返って来る。


「儲かってるのは一握りの幸運と実力に恵まれた有名闘牛士位さ。マネージャーを付けて興行主と賃金の交渉をさせてるし、興行主だって多額の金を払ってでも来て欲しいから必死だしよ。
大概の闘牛士は食っていけねえから他の仕事をしながら契約書の声が掛かる日を待ってるし、いざ出られても極端に金額が少ない場合も多いからな。試合に出られても結局は出費のほうが多い時なんてのもザラだぜ?」

「益々分かんねえ…!」


全然良い事なんて無いんじゃないか?
と、トーマは頭を抱えた。
話を聞く限り、『やってみたい』と憧れる箇所が見付からない。だが、このオルランドと言う男は闘牛士になる為に、神父には為らず家を飛び出したと言う話を聞いた事が有る。
益々もって理解不能だ。
嗚呼、だからコイツに付いてる守護神達は大抵戦いに関係が有りそうな男神ばかりなのか。


納得した様なそうでも無い様な、そんな微妙な感情をもて余している時、控えめにドアをノックしてから顔を覗かせたのはアルディリアとナビィだった。


「アルディリアさんが厨房をお借りしてご飯を作ってくれましたよ~。トーマさんもオルランドさんも一緒に食べましょう!」


嬉しそうに声を掛けて来たのはナビィで、アルディリアはただニコニコと笑っている。
嗚呼、相変わらずコイツは殆ど喋らないな。まあ、此処でズレた発言を連発されて一々突っ込むのも疲れるけれど。


「お!良いね、良いねー!アルと旅をしてる時は、飯の心配しなくて良いのが有り難いぜ。な、トーマ!」

「別に。無ければ無いでどうとでも為るし」


そう言い返すと、突然オルランドから容赦無いデコピンをされてしまった。
何するんだ、と文句を言う前に「ま、確かにどうとでも為るけどな?」と言葉が聞こえて来る。


「其れでも食える時に食わねえのは馬鹿だと思うぜ?…飯食ったり、寝れたり、そんな”当たり前”が出来るってのが生きてるって事なんだからな」

「何だよ、それ。説教か?」

「違ぇよ。あくまでも俺の持論さ。飯が食える時は目一杯食う、わざわざテメエで作ってまで食うのが面倒で出来ないもんだから、作ってくれる相手が居るってのは有り難い事だってのが持論って訳だ」

「ふーん」

「其処に俺だけじゃねえ、皆が居る一時を共有出来るなんてもんは奇跡だって思うぜ?───…生きてなきゃ出来ねえだろ?」


まるで噛み締めてるかの様な発言に、さっきまでのやり取りをトーマは思い出していた。
一瞬、一瞬を生きてる様なオルランドの生き方は真似したいとは思わないが、『何となく生きている』のでは無く『全力で生きている』のだと考えれば、何となくだが彼が刹那的な闘牛に魅せられたのも分かる様な気がしたからだ。

……とはいえ、やっぱり良く分からないのも事実で。


「本当にお前って良く分かんねー…」


生きたいのか、生きたくないのか?
ただ戦いたいだけの戦馬鹿なだけなのか?
根本的な部分ではぐらかされている気がして、やっぱりコイツは良く分からなくて苦手だ、とそんな事を思いながら一人溜め息を吐いた。
(終)


一瞬一瞬を全力で生きているけど、余りそんな風には見せない闘牛士と、飄々としている様で意外に相手を見ている(気がする) トーマさんを敢えてぶつけてみましたヽ(・∀・)ノ
オルランドは普段は其処まで本心を見せようとはしないので、トーマさんには結構見せてたかも…と書いていてビックリしていたのは私です(笑)
くろろさん、有り難う御座いました!(*´∇`*)
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