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百神(短編)

さて、と。
一段落したしそろそろ休憩するか、と話していた俺達に「それならこれを食べてみる?」と皿に盛られた見た事の無い焼き菓子に、俺達の目線は釘付けになっていた。


《チョコクッキー・スノーボール》


「うわあ…どうしたんですか、これ?」


目をキラキラと輝かせながら尋ねているヤムを横目に、「お前が焼いたのか?」と焼き菓子を一つ摘まんで口に放り込む。
バターよりもココアの味が広がるがサクサクとした食感が何とも気分が良い、クルミの歯応えが食感を邪魔していない所がまた良いと思う。
良いと思うが、こんなモノをこの男がわざわざ作る訳が無いと分かっているだけに出所が気になった。買ってきた訳では無い筈だ、此処にはこれ等を焼くだけの材料が揃わないのだから。
輸入されているのならば、この中の誰も見た事が無いのは不自然過ぎるし、揃わないモノを他国に出向いてまで揃え、尚且つ男ばかりが集まる研究所への差し入れに焼いて来るとは到底思えなかったからだ。


案の定、俺とヤムに尋ねられたこの男…シンがなんて事も無いと言った表情をしながら言葉を紡ぐ。


「僕では無くて、焼いたのはシャマシュだよ。今年は日本風のバレンタインにするんだって」


と。
この言葉に俺とヤムは驚いてしまった。焼き菓子を摘まんでいた手を思わず止めてしまう程に。


……いや、まて。
これを俺達が食べても良いのか?
お前どうした、見守り愛が長過ぎて感覚が可笑しく為ったんじゃないのか?
バレンタイン(よりも未だ早いけど)の意味合いを知らないのか?否、それよりも『日本風』とは何だ?


訳が分からない俺達にカモミールティーを入れて来たアプスが、「嗚呼、成程それでですか」とシンの言葉に頷いている。


「……どういう意味だ?」

「ティアマト曰く、今年は『日本風』に、女の子同士でチョコレートのお菓子を贈り合うそうなんですよ。日本では特定の異性にチョコレートを贈る風習の他にも、『友チョコ』なる仲の良い同性にチョコを贈り合う事があるそうなんです」

「へぇー、そうなんですか」

「まあ、一般的に考えても甘いものが苦手な男性は多いからね。返って来ないのも虚しいだろうし、だから流行ったんじゃ無いかと僕は考えているけどね」

「ほう」


そう言いながら口に放り込む所を眺めつつ、「それが何故ここに有るんだ?」と新たな疑問をぶつけてみる。
するともぐもぐと口を動かしながらカモミールティーを一口啜り、ふう…と少し遠い目をして一言呟いた。


「味見して欲しいって」

「ほう…それは……」


何ともまあ、あの太陽神らしい要望で、と言って良いものか否か。
『友チョコ』なるイベントを成功させたいらしいあの太陽神はティアマト達に渡すチョコレート菓子の練習をしていて、たまたま其処に居合わせたシンに食わせながら感想を聞き、腕を磨いている様だ。
恐らくこの焼き菓子もその戦利品、と言うか…迷惑料と言った所だろうか。
その割に量が多すぎるのでは無いかと思うのだが、と俺は焼き菓子を手に取り口に放り込んだ。


うん、美味い。
甘過ぎない所や、この食感が癖になりそうだ。まあ、強いて俺自身の好みを言えば表面にべったり付いている粉糖の量を減らしても良いのでは無いかと思う位で。
それでも焼き菓子自体の甘さは其処まで感じず、サクサクとした食感にクルミの香ばしさと歯応えが良いからかそう悪くは無い味だ。
甘いものが好きな部類に入るヤムやアプスに至っては、意識的に粉糖が多く付いている焼き菓子を選んで口にしている様だし、延々と甘ったるい物を食わされないだけマシだと思ったのだが。


「しかし…よくもまあ此れだけの材料を調達出来たものだな。こんな焼き菓子は見た事が無いぞ」

「それは…シャマシュは彼女と何時も冒険を供にしているからね。きっと一緒に冒険している間に色んな物を見て、学んで、自然に材料も集まったんだと思うよ」

「成程。それでか」

「そう。太陽神としての勤めもこなしてるからアスタル様も僕も文句は無いけどね」


その割に、何だその大きな溜め息は。
シンは妙に疲れた表情を浮かべながら、カモミールティーをもう一口。
「シン君?」と隣に座っていたアプスも心配そうに声を掛けた。


「え、嗚呼…御免。大した事じゃ無いんだけど、その……今晩は一体何を食べさせられるのかなって思ってね」

「は?今晩?」

「え、『友チョコ』用に練習していたのはこのお菓子ですよね?…他にも何か作られるんですか?」

「あれ、言って無かったかな?
シャマシュは各々のイメージに合わせてプレゼントしたいんだって、だから僕達が今食べているのはムンム用なんだよ」


絶句。
このシンの言葉には俺だけじゃなくアプスも言葉を失ってしまった。
ただ一人、ヤムだけは「へえー、ムンムもきっと喜んでくれますね!」とかニコニコ笑って焼き菓子を食い続けている。
一体何処まで入るんだ、お前のその胃。ヤム、お前の胃はブラックホールか。レヴィアタンも真っ青だぞ、その食いっぷり。


「それは……大変ですね」

「まあ、僕の勤めが終わってからになるから今晩と言うか…明日になってはいるんだけどね。其れでも……シャマシュはろくに眠れないまま日々の勤めに入る訳だから、味見するのも勿論だけど…心配なんだ」

「だろうな」


それには大きく頷いた。
なまじ太陽神の兄みたいに振る舞い、常日頃から見守り愛を貫いているこの男にとっては気が気では無いだろうよ。
むしろ友チョコとやらの菓子は全部同じで良いじゃないか、無駄に凝らんでも良いだろうが。
凝ってやるならこの男にでもくれてやった方が何れだけ価値が有るか、と思ったが良く良く考えずとも”味見役”として直接食えてる訳だから特に問題が有る訳では無いかと思い直した。


そうだ、何を不憫がってやる必要が有る。
何だかんだと言いながらも、この月神は”兄の様な立場”を最大限に活かせて、彼の想い人(と言うか太陽神)の手作りバレンタインのチョコレートを思う存分堪能出来ているんじゃないか。
疲れた表情も、大きな溜め息も、心配だと言うその口も、其れでも『その役目を代わってやろうか?』と言った所で嫌がるのは目に見えているだけに、俺は焼き菓子を二つ三つ手に取り続けて頬張ってやった。


丁度上手い具合の甘さだったソレが、何だか一気に甘ったるく感じたのはきっとこのじれったい月神と、鈍すぎる太陽神のせいだと内心悪態を吐きながら。


(終わり)


バレンタイン前なのでこんな短文を。
お久し振りのギル様視点な、シン→シャマです。
とは言え、恐らくシャマシュもシン様の事が好きなんだと思うよ。
味見役に頼んでるとか、何だかんだでシン様の味の好みで作ってるとか、色んな種類のチョコレート菓子を作るとか、挙げ句の果てに残った菓子は「皆で食べてね(とか言ったに違いない)」と渡してる時点で余程好きじゃなかったら出来ないと思うんだ。
ギル様はそんなじれったくて鈍い二人に悪態を吐いてます。
とっととくっつけよ、です。
シャマシュはバレンタイン前日まで色んなチョコレート菓子を作るに違いない、それを全部シン様に味見させては残った物をプレゼントします。
きっと月神殿のシン様の寝室(か、書斎)には大量のチョコレート菓子が暫く机を占拠しているに違いない。
と言うか、早く気付いてやってくれ!


ホワイトデーの前になると今度はシン様がソワソワしながら準備してそうですよね(笑)
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