2023(02)
■The winner's torso
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「可能性はあると思っていましたが、まさか本当に首席で卒業されるとは……」
「はい。秋学期末テストの前にはオールSを崩さないことを狙っているとも聞いていましたけど、まさかここまでやってしまうとは……凄いを通り越して正直ドン引きです」
向島大学の卒業式が執り行われている会場の外では、卒業生を出迎え、見送る在校生で黒山の人だかりが出来ていました。MMPでも例に漏れず先輩方をお出迎えすることになっているので、メンバー総出で集まっていたときのことです。
4年生の先輩……主に律先輩とこーた先輩が、野坂先輩を冷やかし、茶化しながらこちらの輪に加わってくるではありませんか。2人がかけていたコールは「首席」。この場合、この言葉が意味するところはまず間違いなくそうでしょう。
以前から野坂先輩の学業面での成績はオールSであるという風には言われていました。ゼミではそれで大学院生の京川さんにS君というニックネームで呼ばれています。凄いを通り越して引いてしまうというジュンの言うこともわかります。実際に私も圧倒されてしまっています。
「あソレ首っ席! 首っ席!」
「お前らいい加減にしろ」
「野坂さんが卒業生代表として言葉を述べた場面はし~っかりと! 撮影してありますからねえ~?」
「おーっ! こーたサン見せてくださいよ」
「松兄の他に野坂さんの晴れ舞台を見ったいっ人~」
「はーい! こーた先輩見せてください!」
「師匠、俺も見たいですわ!」
「じゃあみんなで見ましょうか」
「今すぐ消せ!」
「え~? 最低でも圭斗先輩と菜月先輩に送ってからじゃないと消せませんねえ~」
「ナ、ナンダッテー!? いい加減にしろ! いいか、絶対に送るなよ! 先輩方の端末に俺の動画が送られるなど迷惑でしかない!」
こーた先輩のスマートフォンを4年生の先輩を含めたみんなで囲みます。最初に興味を示した奏多やジャック、うっしーが最前列に陣取り、動画の再生を今か今かと待っています。パロもうきうきとして、楽しみにしている様子です。
1年生の比較的落ち着いているグループの3人はいつものように静かなので動画に興味がないのかと思いきや、ツッツもみんなの隙間を縫って顔を覗かせていますし、ジュンと殿はそもそも背が高いので上から覗き込めてしまいます。みんなしっかり興味はあったようですね。
「やァー、野坂さんアンタマジ化けモンすね」
「奏多に言われる筋合いはないのだが?」
「いやいや、首席サマに比べたら俺はクソザコですわ」
「おっ、まっくろジュンジュンがアップ始めるか?」
「やめろうっしー。そんなものはいない」
「それはそれで残念です」
「春風先輩?」
「見てみいジュン。まっくろジュンジュンにも一定数のファンはおるんや」
「春風先輩だけでは」
星大志望で二浪して、コンプレックスを抱えたジュンの暗黒面が出て来る“まっくろジュンジュン”をそう言えば久しく見ていません。コンプレックスを吹っ切った今のジュンももちろんいいと思うのですが、あの尖ったジュンが見られないのは寂しく思います。
「えっとッ、いつもの感じでいくなら4年生の先輩を胴上げする流れなんだけど、先輩たちどういう順番で舞います?」
「や、自分は重量級なンで辞退しヤす」
「左に同じく。私を持ち上げるのは現役生も大変でしょう」
「大丈夫っすよ。そもそもの人数が増えてますし、重さの分も奏多殿ジュンっつー3人で大体カバー出来るっす」
「重さの点で言えばヒロさんが一番軽そうっすね」
「おー、そうだそうだ、無事に卒業出来たことを祝ってもらえよ」
「何やの。僕がフツーにやればフツーに卒業出来るよ」
「大部分が野坂さんのおかげだと思いますけどねえ……」
「ホントに」
ゼミ室でヒロ先輩が野坂先輩にテスト対策を強請る場面を見ていた私とジュンも、敢えて口には出しませんがこーた先輩と律先輩に同意し、頷きます。ヒロ先輩はこれまでの行いからか、最後の最後までそれなりに履修が入っていました。
その行いで1、2年生の頃に酷い目に遭ったという野坂先輩は決してヒロ先輩を助けないと心に誓っていたそうです。ですがヒロ先輩が私とジュンに縋ろうとすると、さすがに後輩が犠牲になるのは可哀想だと庇ってくれたのです。
「ま、1番に舞うのは向島大学ナンバーワンの男っしょ! 野坂さん! 舞いますか! 囲め野郎共」
「え、ちょちょ、おい待て奏多」
「春風、野坂さんの荷物持っといて。こーたさん、動画班準備いいすかー?」
「ええ、ばっちりですよぉー」
「いいか、落とすなよ? あと、空中でひっくり返すなよ? あと」
「じゃ、行くぞー! そーれ」
「松兄ッ!」
「何すか奈々さん」
「一瞬浮いたー……フェイントかけるな!」
「かけ声ってどーするの? わーっしょい? バンザーイ?」
「ま、この場合卒業おめっとさーん、首席バンザーイのバンザーイすかね? 実質大学内優勝なんでアレの感じで」
「いいねッ! 何回舞う?」
「じゃあ、縁起良く7回にしますか!」
こういうときの段取りと言うか勢いは、さすが体育会系の奏多だなあと思います。仕切り直してもう一度。
「じゃ、改めまして4年生の先輩方卒業おめでとうございます。野坂さん首席バンザーイ!」
「バンザーイ!」
「バンザーイ!」
力をカバーすると言われた奏多、殿、ジュンの3人が如何せん長身なので、想像していたより高く野坂先輩の体が宙に舞っています。小さい方のパロはバンザイをするだけになってしまいました。その高さに周りの人たちの視線も集めているような。しかしそんなことにはお構いなく、私たちはバンザーイと声を上げ、先輩方の卒業を祝います。
「た、高い……お前ら全然容赦しなかったな!?」
「……すみません、普通に、やったつもりでした」
「あー、野坂さんが殿をイジメてますよー。ひっどいんだーひどいんだー」
「平均身長が上がってるンで、必然的にリリースポイントが高くなってヤすねェー」
「野坂先輩あのクソデカ商社に勤めるんですし、この程度の高さにビビっとったら仕事にならんですよ」
「胴上げはただの高所とはワケが違うのだが? まあ、何にせよ見送りありがとうございます。言って今から始まるワケだから、喜んでもいられない。それこそ無能の大卒にならないようにだな」
「次会った時に先輩らが口だけの無能になっとったら俺が容赦なくぶっ殺しますんで安心してください」
「何をどう安心すればいーんスかねェー」
以前、野坂先輩が頑張る理由を聞いたことがあるのです。それだけがすべてではないそうですが、「愛する人と、その人と築く家庭を守る力をつけるため」とのことです。お慕いしている人に相応しい人間にならなければならないのだと。
風の噂などでその想い人を知ってしまっている私としては、野坂先輩が自ら天井を設けることはないのかなと思ってしまうのです。その方は私から見ても凄い人ですし、野坂先輩であれば尚更強い想いを持っていらっしゃるでしょうから。
始めはそうでなかったとしても、成績表のSの数や割合は愛の強さに比例するのでしょう。いつか成就することを私も祈っています。距離や機会の問題もありますから、決して簡単なことではないですが。まずはこーた先輩に今日の動画を送ってもらえばよいかと思います。
「じゃ、メシ行きますかね」
「首席ボーナスで卒業記念品と金一封もらったノサカがみんなの分奢るべきやと思うんやよ」
「意味が分からない」
「首席って金一封出るんすか!?」
「記念品って何ですか?」
「あーあー、メシ行くんだろ? 奢りはしないけどさっさと行かないと店なくなるぞ」
end.
++++
オリジン2年生が卒業とはなかなかに感慨深、くならないのがMMPである
動画撮影神崎は成人式からのテッパン。
(phase3)
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「可能性はあると思っていましたが、まさか本当に首席で卒業されるとは……」
「はい。秋学期末テストの前にはオールSを崩さないことを狙っているとも聞いていましたけど、まさかここまでやってしまうとは……凄いを通り越して正直ドン引きです」
向島大学の卒業式が執り行われている会場の外では、卒業生を出迎え、見送る在校生で黒山の人だかりが出来ていました。MMPでも例に漏れず先輩方をお出迎えすることになっているので、メンバー総出で集まっていたときのことです。
4年生の先輩……主に律先輩とこーた先輩が、野坂先輩を冷やかし、茶化しながらこちらの輪に加わってくるではありませんか。2人がかけていたコールは「首席」。この場合、この言葉が意味するところはまず間違いなくそうでしょう。
以前から野坂先輩の学業面での成績はオールSであるという風には言われていました。ゼミではそれで大学院生の京川さんにS君というニックネームで呼ばれています。凄いを通り越して引いてしまうというジュンの言うこともわかります。実際に私も圧倒されてしまっています。
「あソレ首っ席! 首っ席!」
「お前らいい加減にしろ」
「野坂さんが卒業生代表として言葉を述べた場面はし~っかりと! 撮影してありますからねえ~?」
「おーっ! こーたサン見せてくださいよ」
「松兄の他に野坂さんの晴れ舞台を見ったいっ人~」
「はーい! こーた先輩見せてください!」
「師匠、俺も見たいですわ!」
「じゃあみんなで見ましょうか」
「今すぐ消せ!」
「え~? 最低でも圭斗先輩と菜月先輩に送ってからじゃないと消せませんねえ~」
「ナ、ナンダッテー!? いい加減にしろ! いいか、絶対に送るなよ! 先輩方の端末に俺の動画が送られるなど迷惑でしかない!」
こーた先輩のスマートフォンを4年生の先輩を含めたみんなで囲みます。最初に興味を示した奏多やジャック、うっしーが最前列に陣取り、動画の再生を今か今かと待っています。パロもうきうきとして、楽しみにしている様子です。
1年生の比較的落ち着いているグループの3人はいつものように静かなので動画に興味がないのかと思いきや、ツッツもみんなの隙間を縫って顔を覗かせていますし、ジュンと殿はそもそも背が高いので上から覗き込めてしまいます。みんなしっかり興味はあったようですね。
「やァー、野坂さんアンタマジ化けモンすね」
「奏多に言われる筋合いはないのだが?」
「いやいや、首席サマに比べたら俺はクソザコですわ」
「おっ、まっくろジュンジュンがアップ始めるか?」
「やめろうっしー。そんなものはいない」
「それはそれで残念です」
「春風先輩?」
「見てみいジュン。まっくろジュンジュンにも一定数のファンはおるんや」
「春風先輩だけでは」
星大志望で二浪して、コンプレックスを抱えたジュンの暗黒面が出て来る“まっくろジュンジュン”をそう言えば久しく見ていません。コンプレックスを吹っ切った今のジュンももちろんいいと思うのですが、あの尖ったジュンが見られないのは寂しく思います。
「えっとッ、いつもの感じでいくなら4年生の先輩を胴上げする流れなんだけど、先輩たちどういう順番で舞います?」
「や、自分は重量級なンで辞退しヤす」
「左に同じく。私を持ち上げるのは現役生も大変でしょう」
「大丈夫っすよ。そもそもの人数が増えてますし、重さの分も奏多殿ジュンっつー3人で大体カバー出来るっす」
「重さの点で言えばヒロさんが一番軽そうっすね」
「おー、そうだそうだ、無事に卒業出来たことを祝ってもらえよ」
「何やの。僕がフツーにやればフツーに卒業出来るよ」
「大部分が野坂さんのおかげだと思いますけどねえ……」
「ホントに」
ゼミ室でヒロ先輩が野坂先輩にテスト対策を強請る場面を見ていた私とジュンも、敢えて口には出しませんがこーた先輩と律先輩に同意し、頷きます。ヒロ先輩はこれまでの行いからか、最後の最後までそれなりに履修が入っていました。
その行いで1、2年生の頃に酷い目に遭ったという野坂先輩は決してヒロ先輩を助けないと心に誓っていたそうです。ですがヒロ先輩が私とジュンに縋ろうとすると、さすがに後輩が犠牲になるのは可哀想だと庇ってくれたのです。
「ま、1番に舞うのは向島大学ナンバーワンの男っしょ! 野坂さん! 舞いますか! 囲め野郎共」
「え、ちょちょ、おい待て奏多」
「春風、野坂さんの荷物持っといて。こーたさん、動画班準備いいすかー?」
「ええ、ばっちりですよぉー」
「いいか、落とすなよ? あと、空中でひっくり返すなよ? あと」
「じゃ、行くぞー! そーれ」
「松兄ッ!」
「何すか奈々さん」
「一瞬浮いたー……フェイントかけるな!」
「かけ声ってどーするの? わーっしょい? バンザーイ?」
「ま、この場合卒業おめっとさーん、首席バンザーイのバンザーイすかね? 実質大学内優勝なんでアレの感じで」
「いいねッ! 何回舞う?」
「じゃあ、縁起良く7回にしますか!」
こういうときの段取りと言うか勢いは、さすが体育会系の奏多だなあと思います。仕切り直してもう一度。
「じゃ、改めまして4年生の先輩方卒業おめでとうございます。野坂さん首席バンザーイ!」
「バンザーイ!」
「バンザーイ!」
力をカバーすると言われた奏多、殿、ジュンの3人が如何せん長身なので、想像していたより高く野坂先輩の体が宙に舞っています。小さい方のパロはバンザイをするだけになってしまいました。その高さに周りの人たちの視線も集めているような。しかしそんなことにはお構いなく、私たちはバンザーイと声を上げ、先輩方の卒業を祝います。
「た、高い……お前ら全然容赦しなかったな!?」
「……すみません、普通に、やったつもりでした」
「あー、野坂さんが殿をイジメてますよー。ひっどいんだーひどいんだー」
「平均身長が上がってるンで、必然的にリリースポイントが高くなってヤすねェー」
「野坂先輩あのクソデカ商社に勤めるんですし、この程度の高さにビビっとったら仕事にならんですよ」
「胴上げはただの高所とはワケが違うのだが? まあ、何にせよ見送りありがとうございます。言って今から始まるワケだから、喜んでもいられない。それこそ無能の大卒にならないようにだな」
「次会った時に先輩らが口だけの無能になっとったら俺が容赦なくぶっ殺しますんで安心してください」
「何をどう安心すればいーんスかねェー」
以前、野坂先輩が頑張る理由を聞いたことがあるのです。それだけがすべてではないそうですが、「愛する人と、その人と築く家庭を守る力をつけるため」とのことです。お慕いしている人に相応しい人間にならなければならないのだと。
風の噂などでその想い人を知ってしまっている私としては、野坂先輩が自ら天井を設けることはないのかなと思ってしまうのです。その方は私から見ても凄い人ですし、野坂先輩であれば尚更強い想いを持っていらっしゃるでしょうから。
始めはそうでなかったとしても、成績表のSの数や割合は愛の強さに比例するのでしょう。いつか成就することを私も祈っています。距離や機会の問題もありますから、決して簡単なことではないですが。まずはこーた先輩に今日の動画を送ってもらえばよいかと思います。
「じゃ、メシ行きますかね」
「首席ボーナスで卒業記念品と金一封もらったノサカがみんなの分奢るべきやと思うんやよ」
「意味が分からない」
「首席って金一封出るんすか!?」
「記念品って何ですか?」
「あーあー、メシ行くんだろ? 奢りはしないけどさっさと行かないと店なくなるぞ」
end.
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オリジン2年生が卒業とはなかなかに感慨深、くならないのがMMPである
動画撮影神崎は成人式からのテッパン。
(phase3)
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