2020(03)

■cute little voice

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「奈々せんぱーいっ!」
「くるちゃぁーんッ! くるちゃんは今日もかわいいねーッ、きゃっきゃっ」
「奈々、余所様のお嬢さんなんですからくれぐれも……わかってますね?」
「うう……そんなぁ……」

 今日は奈々が装飾関係の仕事を始めるというのでノウハウ継承のためにサークル室に遊びに来たら、緑ヶ丘から1年生が遊びに来ていた。今期はウチと緑ヶ丘の思惑が合致した結果、こうして向こうからアナウンサーを派遣してもらって昼放送の枠を埋めているらしい。
 で、たまにこうやって本来借りている子じゃないのが遊びに来るらしい。本来派遣されているすがやんという子は良くも悪くもMMPの空気に馴染んできて、昼放送の収録後には普通にMMPらしい悪乗りに混ざりながら活動をしているとか。……緑ヶ丘からクレームが来ないといいけど。

「菜月先輩ッ! 夏合宿で一緒の班だったくるちゃんですッ! かわいいんですよーッ」
「依田くるみです!」
「確かにかわいいけど、装飾の話はどうなった?」
「そうだぞ奈々。菜月先輩が何のためにお越しくださっているのか考えたらどうなんだ。ご多忙の中何とかお時間を見つけてくださっているんだぞ」
「うう……ごめんなさい……わかってはいるんです、装飾のお仕事を菜月先輩から引き継がなきゃいけないっていうのはわかってるんですッ! でもくるちゃんですよッ!?」
「奈々先輩ごめんなさい、あたしが考えなしに遊びに来ちゃったせいで~!」
「くるちゃんは悪くないよッ!」
「……ノサカ、これがゲッティング☆ガールプロジェクトの成れの果てか」
「そうです」

 気を取り直して、装飾関係の仕事の継承をする。今回作るものは食品ブースのテントに掲げる看板だ。段ボールを土台に、そこに絵を描いた模造紙を張り付けて完成だ。それだけのことなんだけど、MMPの男連中はどいつもこいつもこの手の作業を不得意としているんだ。
 今年はついに奈々にこの作業を継承出来るということで、至っている今日だ。指定した材料はしっかりと用意してもらっていたので、こっちがこっちの作業をしている間に昼放送の収録をやってもらうことに。

「大体のデザインは出来たな。これを模造紙に下書きして」
「ルーズリーフと比べると大分大きいですね」
「今回のデザインは遠くからでも分かりやすく、かつオシャレに目立つことを目的にしてるから今までよりはシンプルだぞ。ただ、その分精密さが必要になる」
「うっすうっす」
「奈々先輩、向島さんは何を出すんですか?」
「フライドポテトだよーッ」
「いいですねー! おいしいおいもをザックザク~、油のプールでカッリカリ~、お塩をパラパラ振りかけて~、ほくほくポテトの出来上がり~」
「くるちゃんのお歌ーッ! 久々に聞いたけどやっぱかわいい!」
「即興で歌う子なのか」
「そうなんですよ菜月先輩かわいいですよねッ!」

 しかしまあ、気持ちはわかると言え奈々がくるみを溺愛している様を見るとカンザキが最初に「余所様のお嬢さんですよ」と忠告した理由も何となくわかるような気がする。このまま緑ヶ丘に返しませんと言い出しても何らおかしくはない。
 もっと歌ってーと奈々がくるみにリクエストしているんだけど、うーん。今日はこれ以上の進捗は求めない方がいいかな。うちが半ば諦めかけたとき、突如カノンがこっちにずいっと寄って来て、これだと目を輝かせている。何だ?

「りっちゃん先輩! これっす! これっすよ! くるみ、アナウンサー席に座って座って」
「えっ、えっ!? あたしミキサーなの知ってるよねカノン!」
「今の歌もう1回歌ってもらっていい?」
「ちょっと待ってよ、マイクの前で!? 何で!?」
「耳に馴染むコミカルな歌だよ! これで大学祭に向けた士気を高めるんだ! はい。3、2、1、キュー」
「えっ、あっ、はい。おいしいおいもをザックザク~」

 突如として始まったレコーディングが、何故か他人事に思えずくるみが大層気の毒に思えて仕方ない。ただ、こういう方面で暴走した奴を止めることはそう簡単じゃないことを最近身をもって学習したから、うちはご愁傷さまですと哀れみの目で見るしか出来ない。

「うう……恥ずかしい……」
「大丈夫だって、内輪でしか使わないし」
「でも内輪では使うんでしょ!?」
「俺は良かったと思うけどなー」
「すがやんは他人事だから!」
「や、いい歌スよ。とても即興で作ったとは思えないスわ」
「確かに耳には馴染むからな。これをMMP食品ブースのテーマソングにしよう」
「え~、恥ずかしいですけど~、でも~、先輩たちに褒めてもらえて嬉しいです~」

 内輪でしか使わないと言いつつも、きっと大学祭当日のブース内で使ってるんだろうなあと思うと、なかなか悪い連中だなあと思う。ブース内は内輪だからという理屈と、緑ヶ丘とは大学祭の日程が被ってるからバレないだろうという理屈でゴリ押しするんだろうな。

「……カンザキ、この歌はもちろん」
「ブース内で使いますよね~」
「だよなあ」


end.


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くるちゃんが遊びに来ました。そうなるとやっぱり奈々がきゃっきゃとするのだけど、あくまで余所様のお嬢さんです。
装飾のノウハウがどうしたという話のはずが、脱線しがちなのはやっぱり作業者が菜月さんじゃないからか。
そう言えば、くるちゃんて即興でいろいろ歌う設定だった。最近はお話の上ではご無沙汰だったけど、この歌が向島食品ブースの鍵となるの?

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