2020(03)

■Singing spills over

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「おはようS君!」
「出た! あ、いや、おはようございます」
「君が俺をめんどくさい院生だと思ってるってことだけはよ~くわかったよ」
「では必要以上に声を掛けないでもらえると助かります。俺は4年生の先輩方のように面白くも何ともないので」

 京川さんという院生は、どこか浮世離れしていると言うか、よくわからない人だ。いや、この人の生態についてはわからないままでいた方がいいのかもしれない。ただ同じゼミの関係と言うだけでやたら絡まれるようになってしまっているのだけど、正直どうすればいいやらわからず困っている。
 俺が日々動画を見ているゲーム実況集団USDXの黒幕、キョージュの中の人でもある。それをサラッと言われた時に驚いたリアクションがマズかったのか。それとも、京川さんが裏で仕事を手伝わせている磐田先輩とそこそこ仲良くしているのも過剰に絡まれる原因のひとつかもしれない。

「今度また歌物の動画が出るんだけどさー、あっ、こないだの曲聞いてくれた?」
「はい、それはもう。ソルさんの歌がとても素晴らしく」
「だよね、ソル推しのS君ならそう言うと思ったよ。ところで、S君の先輩に菜月ちゃんているでしょ? お団子髪の」
「話の内容次第では今ここで俺が京川さんを亡き者にしますが」
「ステイステイ! だーいじょうぶだって! ダイちゃんからもあの子に手を出したらわかってるよねって念を押されてるし! かわいい子だけど手は出さないよ!」
「京川さんの言うことだけに全く信用なりませんが、ダイさんの目があるなら安心ですね」
「俺、本当に全く信用されてないんだね」
「女性を食い物にして生活しているのに何故信用されると思うのか。意味がわからない」

 京川さんから菜月先輩の名前が出た瞬間の殺意が我ながら凄まじかったので、やっぱりこの人は危険人物だなあとしみじみと。そう言えば京川さんはダイさんとも仲良しでいらっしゃるから、そういった意味では監視の目があってよかったかもしれない。

「それで、菜月先輩がどうしたんですか。用件次第では」
「わかってるって! 俺がボコボコにされるような話じゃないってば! こほん。USDXの歌物の話が加速したのって、4年組4人とあの子がカラオケに行ったときにチータがテンション爆上げしたからなんだってね」
「はい? 菜月先輩がUSDXの大人組以外の4人とカラオケ?」
「俺たちが音楽拠点にしてる家の真ん前に住んでるみたいじゃん、たまたま通りかかったところにカラオケに誘われて~的な」
「あの、これはもしや世間が狭かったパターンのヤツですか?」
「そうなんじゃないの、俺もよく知らないけど」

 確かに菜月先輩の歌はとても素敵でいらして、カラオケに行ったときは俺もその美声を堪能している。何が凄いって、曲に応じて声や歌い方を使い分ける表現力だ。パワフルな声やのびやかに透き通る声、それからアニメ声や萌え声なんかも余裕でやるんだぞ!
 そりゃあ、菜月先輩の歌を聞けば俺でもきゃっきゃと興奮するんだ。あらゆる音楽からインスピレーションを受けるっていうチータならワンチャン暴走の可能性もあったかもしれない。何にせよ、それで作曲が勢い付いて歌物の曲だけじゃなくてインスト曲ももりもり作っているそうじゃないか。

「俺もUSDXの曲の一ファンとしては新しい音源が出ることは歓迎ですね」
「まあ、俺とかレイ君はそれでもいいと思うんだよね、特にノルマがないし」
「ノルマ?」
「今まで出してる曲って、基本的にチータの打ち込み音源なんだけど、それじゃ納得しないんだよね。だから、俺とレイ君以外には実際にやれるようになれってノルマが出てて。レイ君がギター始めさせられたのだってその所為だしね」
「キョージュはバイオリンの練習をしなくていいんですか」
「え~? だってあれ元々ソルの所有物だし~、アイツ今社畜じゃ~ん、動画見てくれてるなら知ってると思うけど~」
「確かに、ソルツミが日々更新されていますが。……えっ!? ソルさんはバイオリンまで堪能でいらっしゃる!?」
「そうだよ。バイオリンすごい上手。俺も弾けるようになったらモテるかなと思ったけど、これが難しくてさ。でもレイ君て真面目だよね~、サブチャン見てくれてる? ギターの練習動画すごい上げてるじゃない」
「サブチャンの主ですよね最早。マイクラの整地放送も見ます」
「何にせよ、あの子の歌のおかげでチータが暴走して、他の子が結構忙しくなってるみたいっていう、S君の顔で思い出したの!」

 どうやら実際に菜月先輩がどうこうというワケではなく、菜月先輩の歌が波及してUSDXメンバーの忙しさに繋がっているという雑談のようで一安心。でも、社畜モードのソルさんは冗談でなく忙しいらしいから、そんな時にさらに忙しくなっているというのは想像に絶する。

「とりあえず、京川さんが菜月先輩に手を出したとか挨拶したとか目が合ったとかそういう話で無くて良かったです」
「えっ!? 挨拶もダメなの!? 目が合うのも!? でも~、そこまで過保護にされてても~、実際は男の腕の中で寝てるかもよ~?」
「今何と?」
「だから圧! ゴメンって! 冗談だって!」


end.


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ノサカが直接的に菜月さんのモンペだのボディーガード化してる話っていうのもなかなか珍しいですね。さすが樹理ちゃん。
プロ氏の話ではまだ菜月さんが実際ゲストボーカルとして歌ってますよ~っていうのは伝わらないような感じですね。
でも、レイ君には練習ノルマじゃなくて作詞ノルマが課せられているので、実質ノルマがないのはプロ氏だけだったりする

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