if(もし…)
Part.2
ヴァリスゼアの人々にとってクリスタルを用いてもたらされる“魔法”は祝福である。そして恩恵をもたらすマザークリスタルは加護なのだ。
それが“人”に与えられた理であり常識である。この大陸に敷かれた理(ルール)だ。
例外は存在する。ドミナントと呼ばれる召喚獣をその身に降ろせる存在とベアラーと呼ばれるクリスタルを介さずに魔法を使える“道具”。各国によってドミナントの扱いは異なる。
ロザリア公国やザンブレク皇国では王侯貴族として敬う扱いに対し、そのロザリア公国と長年マザークリスタルドレイクブレスの所有権を巡って敵対してきた鉄王国にとっては信仰の対象であるクリスタルを穢す存在である為に兵器として見放されている。
では協定を結ぶか破棄するか決断を迫られている隣国、北部地方では—。
役に立つのか、どうか。
我々の利益になるのか?
民の前に立つ、かつてのシヴァを宿した女性のようにな。
だが、かつての勝利の後はどうだ。マザークリスタルドレイクアイももう存在していない。この領土はもう黒の一帯で一杯だ。
つい最近、ロザリアとの国境付近の小麦畑がエーテル溜まりに沈んだばかりだぞ。
それに付け込んでお前の領地から族が私の領地に入り込んで!荒らし放題ではないか!
娘よ。
役に立て。我々が生き残る為に、な。
お前のいる意味はそれだけだ。
白銀公よ、決断を。
「ジル。お前は—」
…ああ。
(本当の私を見てくれる人は誰もいない)
「北部へと、ですか」
王座に就いているエルウィン大公が兵をさらせ。第一王子でもありナイトでもあるクライヴは立ち上がるとしっかりと頷き。
その命が下された意図を探ろうとマードック将軍へとも視線を送る。
剣の師でありエルウィンにとってはかねてからの友であり。騎士でもある将軍も頷いた。
「そうだ。妙な噂のことは聞いておるか」
「はい、北部から流されているものを。将軍もイーストプールへ向かうと伺いました」
大公は王座に深く体を沈め静かに息を吐いた。
「お前にも話した通り、近い内に戦が起こる。ドレイクブレスをロザリアに取り戻す為に、な」
北部地方のほとんどが黒の一帯に沈んでいると報告が入り始めたのはドレイクアイが失われてからだ。クライヴとジョシュアにとっては祖父の時代に当たる。
「平定の為に幾度がロザリアの騎士たちと共に遠征に向かった。和平は目前となっていた」
それが途端に北部から沈黙を貫かれるようになったのはここ2年程前となる—…。
そして噂が出回り始めたのはちょうど1年前。
「…戦に出る前にフェニックス・ゲートにて啓示を授かるのはお前も知っているな?」
神妙に頷く。フェニックス・ゲートの中に入れるのはフェニックスのドミナント。ジョシュアだけだ。それ以外の魔法にも力にも。あの場所は反応しない。
「慣わしに従い、ジョシュアを連れフェニックス・ゲートへと向かう。その前に確かめて欲しいのだ。北部地方から流されている噂が本物なのか」
エルウィン大公とクライヴ―父と子の青い瞳が交差する。
「…噂の内容とは。現在北部地方において。シヴァのドミナントが居る、というものです」
「シヴァが…」
祖父の時代に当時の大公がロザリアを守る為にその身に降ろした火の召喚獣フェニックスと。ドレイクアイを失いロザリアへと侵入するために当時のドミナントである女性がその身に降ろした氷の召喚獣シヴァ。
召喚獣戦と呼ばれる各国においての切り札がぶつかり合ったのだ。その場所はエーテルの暴走により地形も大きく変わり。黒の一帯とは異なる未だ人が寄り付かない場所である。
その当時はシヴァの勝利となった。
しかしながら北部地方は各地方の権力者たちが己の権利と利益を主張する余り部族がまとまらず、エルウィン大公の遠征により平定目前となっていた。
「仮にシヴァのドミナントが居るとして。仕掛けて来ないこの状況は不自然ではある。とはいえ、慣わしに従いジョシュアを連れ出した隙に狙おうとする可能性も捨てきれん。クライヴよ。ロザリアの盾としてこの責務を引き受けてくれるか」
「勿論です」
武者震いとは違う。この身をもって不死鳥の盾になったのだと先ほど遠征から戻った父を迎えに出。しっかりと公主を受け継ぐのだと決意を感じた弟の様子をこの目にしたのと同じ。
彼の中で強い炎の揺らめきが髄から灯されるように燃え立つ。
「頼んだぞ。兵達を幾人か遣わそう。それと、トルガルを連れて行くが良い」
エルウィンのその語りにマードック将軍も笑みを浮かべた。
「トルガルを?」
「あれは北部地方で産まれた。向こうで勘を働かせ。何やら見つけ出すであろう」
先ほどのようにロザリアの兵士たちと共に整列していると。クライヴと出会ってからすぐに懐いたトルガルは仔狼の頃はよく状況などお構いなしに彼に飛びついてきたものだ。
“静かに、トルガル!”
慌てて止めてもじゃれつくのが大好きなこの狼へ言う事を聞かせるのはなかなか骨が折れた。大公はトルガルのその様子を見てわしわしと頭を撫でると“大物になるな”と明るく笑っていた。狩りはまだ始めていないが確かにトルガルなら何か見つけられるとクライヴも微笑んで頷いた。
「北部への道のりは門に居る兵に尋ねると良い」
明日は早朝に出発となる。しっかりと準備を整え。
そして頼んだぞ、クライヴ。
第一王子であり、第二王子フェニックスのドミナントであるジョシュアのナイトが敬礼と共に王の広間から去ると—。
「将軍、それとは別にロザリス城から—…」
「おっしゃる通り。宝物庫から高価な貴金属が運び込まれていると報告があります。…気が休まる時がないですね」
だがその相手が狡猾で。未だに証拠を上げられるほど消息を掴めていない。
「…政(まつりごと)は魔窟だ」
だからこそ、弟には兄が。
ジョシュアに盾であるクライヴが必要なのだ。
仮の者として大公の座に就き。次の世代のふたりの息子たちへ。
お前たちが陰謀が渦巻くこの階級社会へと飲み込まれないように計らうのも。
父としての務めだとエルウィンはそう考えていた。
ロザリアはひとりの男が立ち上がり。そしてそこに人々が集い合い。
人と人が手を取り合って成っている国なのだから。
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