テキスト(FF16)

・牢

シドルファスとバルナバス。


シドルファスがどのような人物だったのか弟に尋ねられた。
それほど長い時を過ごした訳ではなかった。
バイロン叔父さんと張り合いをしている富豪に対して久方振りに暗殺部隊にいた時のコードネームを用いた。
5年少し前まではもう捨てられた国と捨てた名前だろうとティアマトに幾度も荒れた言葉を投げつけられ。部隊の誰もが俺の本当の名を呼ぶなんてことはしなかった。

意識を失ったままのジルを抱きしめながら折れそうな心のままあの時は死さえ覚悟していた。その瞬間周囲に雷が落とされた。鉄王国の兵達が焼き焦がされ飛ばされていく。魔物や任務でもそれほど見たことがない属性の魔法。
本名を確かに呼ばれたのは実に13年振りだった。

トルガルが姿を見せてから、断たれていない繋がりがまだあったのだとそう心から感じられた。久し振りだなトルガルと心の中で語りかけるとトルガルも俺の本当の名前を呼んでいて再会を喜んでいるのだとじっと顔を上げて見つめるその金色の瞳から伝わって来た。
グツに頼んでジルをどうするのかどこに連れて行くのかも分からず。このままにはしておけないだろうとシドはさっさと慣れた様子で動き出したものだから。
ジルを匿える場所があり抜け出す機会とお前の仇を討つ時が訪れたのだとそれだけを考えてあいつに付いていった。辿り着いた黒の一帯の中にある隠れ家にいたのは人らしい暮らしをしている彼ら。皆が俺の名を親しみも込めて呼んでくれて。それはシドがこれまでに積み上げてきたものから来ているとすぐに分かった。
お前の仇を討つというそれまでの俺が生きてきた動機は自分がイフリートだと分かってから何もかもが崩れて。逃げ出そうとした俺に再び生きる意味を与えてくれたのがジルとシドルファスという男だったと兄はそう語る。
牢に放り込まれるのも敵であっても放り込むのも後にも先にもあれだけで良いと新しい拠点となったインビジブルでは留置場所は設置されていないのだが特に弟へは告げなかった。ジョシュアもインビジブル内に留置場がないのは兄さんがそれだけ皆とここに来た人たちに慕われている証なのだとそう思っていたので特にそのことへはここに来てからも言及はしなかった。

ウォールード王国にてドリスと共に保護したベアラーの少女、ハイデマリーはここに来てまだ日が浅い。すぐに周囲に馴染める訳ではないが図書館にて本を読むという習慣がつき始めた。そのおかげで教室にて学んでいる子ども達と少しずつ打ち解けつつある。
あの監獄の中でひとり、ひとりとまた居なくなって。とうとうわたしだけになったんです。
たくさんの猛獣たちが解き放たれたのは覚えています。数えきれないほど。ずっと怖かった…。来たばかりの頃はそう小さな声で震えながら話してくれて。ドリスが優しく肩に手を置き。ジルやモリーが植物園で咲いた花や小さい子が食べやすいようにカットしてあるマーテルの果実を。服を仕立てて上げるねとオルタンスやこの絵本を読んでみるのはどうかとシャーリーが驚かせないように丁寧に接してくれて。最初はどうなるのだろうと不安げだった様子もだんだんと明るくなってきたとそう思う。ジョシュアが優しい目つきで少女にそっと告げた。僕が医務室に行くとね、君を同じくウォールード王国から来た人がいるんだ。
もうすぐ新しい命が産まれる、皆にとって弟か妹みたいになるんだ。もし気が向いたら一緒にお話ししてみるのはどうかな。
―はい、喜んで。



バルムンク監獄へシドルファスは余り足を運びたがらなかった。
ストーンヒル要塞から見えるマザークリスタルドレイクスパイン。バルナバスの城とも言えるそこからの風景は好きか嫌いで言えば好きではあったが。
すり鉢状のこの闘技場も兼ねた監獄ではこの世界の現実を目の辺りする。
戦と死。
それがここで管理されているベアラーたちだけでなくウォールード王国の兵と民達にとっては毎日のように起きる出来事であった。
それは人だけではない、ここで管理されている魔獣ベヒーモスも、オーク族もだ。
前者が魔物たちにとって王者だと言わんばかりに魔法さえ使いこなすとすれば後者は敵意と闘争心をむき出しにする。一旦檻から解き放たれたものなら血に飢えた彼らが振りかざす片手斧や片手棍が赤く染まり滴り続けるまで例え同族であったとしても相手を嬲り殺すのをやめない。
そうした奴等であっても一度この王が姿を見せれば瞬時に空気が凍り付くと共に怯む。
オーディンのドミナント、バルナバス・ザルム。
ウォールード王国を建国し今なお王として君臨している男だ。

雷、ラムウの力か。
外大陸から訪れ、覚醒して間もないシドルファスに威厳はあっても威圧は感じさせないでこの男はそう言った。

ある日、突然にな。人ではないんだろう、王様も。
人ではなくなったと。だが、ある意味ではお前にあるものからドミナントとして覚醒したのだろう。
妙な言い草だな。
ラムウは万物を知る賢者として崇められている。知識の探求…お前はこのヴァリスゼアに惹かれてここに流れて着いたのだろう。
おい、勝手に決めつけるな。

バルナバスはそれ以上語ることもなく足を進め。シドルファスも居心地が良いのか悪いのか胸につかえるようでそれでいて嫌ではない感覚に囚われ乍らその後についていった。
ストーンヒル城に王と騎士、ふたりの足音が響く。

オーディンは。
それを尋ねようとして声を抑え込んだのをバルナバスには気づかれたらしい。
歩みを止めることも振り返ることはなく、答えて来た。
「戦…戦いだ」
前身のヴェルダーマルク王国を落とした時のことを思い出し語っているのだろうか。
その時の姿を目に出来ていたら…好奇心に押されている自分がここにいるとシドは感じている。
それと同じようにこの男は自らをこの灰の大陸に差し出しているのではないかとさえ思う。
前身であった大国を打ち、オーク族を制し、大陸全体を制圧させた。
取り繕うとするのであれば、このまま世界でも救うのではないかといわんばかりの王業だ。
そして、正にオーディンを象徴とする戦いの日々だったはずだ。血が流れていく…。
この地がもうそれにまみれなくても良いように、バルナバスは自らを牢に放りこんだかのようにこのヴァリスゼアに囚われているのではないかとシドはこちらを振り向かないその背から語っているように感じているのだ。
「すべてを…背負うつもりかよ」
「いつまでも…この身にあるわけではない。お前の前にもラムウのドミナントが居たように」
石化は避けられない。限りある命は人であっても変わらない。
せめて、バルナバスが人らしく死ねるように。
「せいぜい、お役に立たせてもらうぜ、王様」
そのやり取りをしてから間もなく、金色の髪をした少女の手を取りながらこの男の前に連れて行くことにした。
姓が与えられた。愛称で呼んでやった。彼女もドミナントであったが人らしく微笑んでくれた。



オーディンは死の象徴でもある。
それと相反するかのよう意図的に行なっているものが理解した(わかった)瞬間に全てを投げ出し逃げるかのようにこの男と国から去った。肉体も心も牢に閉じ込めた王にはもう何も届かず響かなかった。

誰かに託すことはもう、ない。
ならばせめて人らしく死ねる場所をわずかであっても作り出して。
そこで残りの時を限界が近いこの身で行なおう。

そう思っていたんだけどな。
牢につながれたまま本当は死ぬつもりなどない、ただ逃げようとしているお前を見て居ても立っても居られず。思いっきり殴ってやった。

考えろ、そして自らの足で立ち上がって来い、と。いつまでもこの牢の中でうじうじしているような男じゃないだろう、お前は。



おや、大将の。
俺は前のシドの拠点で大将とお隣同士牢に繋がれたことがあったんだよ。
それを知ってからも大将は変わらず俺をここに置いてくれているがね。
素性を探りにきた俺が行き倒れになっているのを助けてくれたシドといい、全くこの拠点の奴等はお人よし過ぎるぜ。
え?何のことを言っているかって…。あれ、大将は自分の弟にその話をしていないのか。
あれ、どこに行くんだ。おーい…。


ジョシュア様。不死鳥の盾でもあるあの方なら今回の任務は自分ひとりで十分だと先ほど出て行かれましたが。
え?はい、どうなされました‥‥今から馬(チョコボ)を2頭駆り出すから一緒に来て欲しい、ですか?
それは構いませんが…ジョシュア様、何だかものすごく怒っていらっしゃるような…。
シドルファスに戦いの前に挨拶を、と。
はい、分かりました、お供させて下さい。
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