FF16小ネタ集
・宵(ジル→クライヴ)
宵の内に廃屋とはいえ、一夜は過ごせそうな皇国領内ロザリアにおいて針葉樹林がまだ並び立つ森の中。
黒の一帯の影響でどれほどの村や集落は人が住めず捨てられたところへとなったのか。
少年の時に蛮族退治へと向かってからかつては人々が住んでいた家々が打ち捨てられそこに居座っている魔物たちからも戦いながら困惑をーいや、彼らも結局のところは生き残ろうと必死なのだー感じ取った。そしてヴァリスゼア大陸全体がこのような異変が起きているのだと遠征から戻った父親や兵士たちからの報告。
傍できょうだいの様に過ごしてきたジルからも。真っ黒な風景に別れを告げてここに来たのとそう一度だけそっと告げられて。
シドと抜け道だと案内されたグレードウッドにても南下している魔物たちの様子から各地の報告について暗殺部隊で駆り出されていた時に耳に入って来たものを語った。
日の傾きが早まっていく。ロザリアはすでに黒の一帯に沈んだ北部地方と隣国である為に冬が近づくと日暮れと共に一気に寒くなる。マザークリスタルドレイクヘッド破壊後に小麦の収穫が厳しくなった故に皇国領内で支配されている民に要求される税も高く生活は苦しい。かつて解決策としてドレイクブレスを奪還しようとしたのとは真逆に今は破壊の為に水面下で動いているなどこの民の誰にも告げられない。己のかつての立場を明かせないのと同じ様に。
それが真実であるのに。
新たな拠点となりそうな場所を見つけてまだ間もない頃。ろ過装置を作るよとミドのきっぱりとした宣言にクライヴとジルを含めかつての拠点で共に過ごした彼らと保護活動を兼ねて少しずつ増えて来たベアラーの家族たちも大きく頷いた。黒の一帯の中ではすぐに人が住めるわけではないので各地で動ける者は動いている。石の剣のメンバーもクライヴがリーダーとなり密接に協力を取る姿勢を作り出していた。ロザリアへ来た理由は木材だ。人が住むには地理条件はやや厳しい森の中。この辺りは黒の一帯が深刻化する前に人たちが移動していったのだろうと分かる。後はどう運搬するかだが、日数は掛かるが運搬用のチョコボは少し離れた村で何頭か貸し出しがあった。ここに寝泊まり出来るならオボルスの渡し船で運べる大きさに切り出せるだろう。
冬を越す為に蓄え残っていた薪をまだ使える暖炉に放り込んで掌に炎を宿らせ火を起こし。彼女と相棒を傍へ招く。残っていた器で付近の小さな村で買った茶の葉で熱めお茶を。りんごとパンをクライヴとジルはふたりで分け合いトルガルには倒してきた魔物の骨と普段から常備しているおやつで腹を満たしてもらうことにした。トルガルは携帯していた水入れから小さめの器に注いだ水をしっかり飲んだ後は戦いの後の疲れを癒そうと横たわった。
静かに目を閉じて先に眠りにつくことにしたらしい。
冷えて来たなと暗くなってきた周囲の様子から息を吐き、寒くないかと同じく暖炉の前で暖まっている彼女にそう声を掛ける。大丈夫よという意味で頷き視線をこちらに向ける彼女の顔を真剣に見つめ疲れているだろうから早めに休もうと勧める。特に何か合図があったわけでないがそう伝えてから距離を詰めお互いに寄り掛かった。
シドと誓い合った仲だと出会って間もない頃にミドにはふたりでそう話した。かつての拠点の仲間たちに名前や出身のことも尋ねながらガブが持ち出してくれた誓いの証を眺めながらそう伝えた。だからこそ、俺たちは皆から離れないと。
今は行なうべきことや目指すべきことの為にそうした仲だとお互いに考えている。
仲間だと。
宵は深まっていく。ヴァリスゼア大陸でどこでも見られる月は今日も輝きを見せているのだろう。空気が冷えて来た。静かに炎を眺めた。はぜる火の粉の音に紛れてお互いの息遣いもわずかに聞こえる。鼓動はそれほど早まっている訳ではないが落ち着いていられる。
君が生きてくれていたからこそこうして居られるのだ。
今は目の前のことをひとつひとつやっていくしかない。
シドとの誓いの為に動けるまでまだ時間がかかる。そして残された時は短い。この世界は未熟であり誰かに痛みを与えそして誰かに傷つけられながら進むしかないのだ。
それでもふたりだからこそ前に行ける。
ジルがうとうとしはじめた。疲れているのだから当然だ、優しく肩に手を置き先に眠って大丈夫だと彼女を見つめる。言葉にはしなかったが彼の想いは伝わったらしい。さらに身を寄せてくれて眠りに就きはじめた。
(私の心…動いている)
彼に気づかれない程度に早まる鼓動の意味についてはまだ伝えられない。
それでもこうして伝わってくる温かさに身を委ねられるのが、嬉しい。
・違い(ほんのりクライヴ→ジル)
身体のつくりが違うというのは理解しているつもりだった。
母にとっては出来損ないなのだと産まれた時から見放されていて。
弟が生まれてからそれは取り巻きの貴族たちの振る舞いからもはっきりとした。
もっともジョシュアに向けている母の感情は高貴な者だけが産み出せた子―執着であり。それが自分を証しする存在であり意味なのだという言わばお飾りだ。
聡い弟はそれに気づいていながら期待に応えようと身体が弱いのに必死で。
せめて支えになろうと俺が守るのだと決めた。
君が来て間もない頃に感じた想いはそれとは違う。
寂しそうに微笑んだり会釈するばかりで。本当の意味での笑顔はきょうだいだと父上や弟がそう伝えても見せることはなく小さく頷くばかり。
大丈夫だと連れ出してからよく笑う様になってくれた。
稽古場で訓練に励む俺の様子をふたりがトルガルを連れて見に来てくれて。
母様の使いに嫌味程では無くても許可なく屋敷を抜けだしましたねと小言を言われジョシュアを連れ出そうとする。ジルとふたりでまずは迎えにきた相手に礼をし、マードック将軍がちょうど公子として護衛術を読んだばかりで学びに来たのですよと助けに入ってくれた。相手は母がするような軽蔑の視線で返してきたがまあ良いでしょう、さあ行きますよジョシュア様と引き離すように弟は連れて行かれた。ジョシュアは振り返ってまだ小さな手をそっと合図を送るように振ってくれた。足元を見ればトルガルが小さな尻尾を振ってそれに応えていた。
ジルがそっと様子を窺い気遣う様に俺を見つめる。後で稽古のことは話すさと視線で返すも後ろめたさは消しようがない。
母様には産まれてから一度も抱きしめられたことはない。侍女たちにも第一王子という立場ー公子ではなく騎士の道を選んだーがある為に赤子の頃に抱き上げてくれた彼女らは成長するにつれ尊んではくれるがどこか一歩引いた接し方だった。年下のジルとあの丘で過ごして以降仲良くなったのはごく自然のことといえばそうなのだろう。
2つ年上だったからか少し弟より背はあっても小さい子だと思っていたがだんだんと成長するにつれ侍女たちが語る可愛らしさが含まれてきたと確かにそう思う。市場で買い物に出た時にジルが手にするものも可愛らしいものか食堂を担当する使用人たちの為に果物やパンに目を良く通していた。そうした目線で語る内容は俺の視点とは違うから、何だか楽しかった。
小さい頃と違い手を取ったり繋いだりはしない。流石に、その、な…。
つくりが違うのだともう自覚している。分かっているからこそ、出来ない。
俺は君に相応しいのか、それが分からない。
「今は手を取ってくれるのね」
「君の想いが伝わるから。それと…」
「それと?」
「満たされる喜びがここにある」
・手を繋ぐ(クライヴ)
ジョシュアとジルを大切に想っているクライヴ。
小さい頃から5つ下の弟は身体が生まれつき弱くて。
兄さんと違って何で僕は出来ないんだろうと言いだしそうなその表情(かお)から手を繋いで“俺が守るから”とそう伝わるように屋敷内の不死鳥の庭園を連れて歩き回る。
庭師たちやベアラーたちが水やりや肥料を欠かさずに育ててくれた草花はどれも綺麗で。
青空の下でまだ外に出る許可は下りなくてもふたりで見て回った。彼らに感謝の言葉を捧げながら。
クライヴ様とジョシュア様からありがたきお言葉、勿体ないですよと皆が微笑んでくれて。
ふたりで中庭に腰掛けて皆がこうして笑顔でいられるように俺たちが守って行こうと告げると。弟もかすかに微笑んで頷いてくれた。
物心つく前から母様からの期待―いや、これは重圧であり枷だ。大きくのしかかるそれらを代わってやることは出来ない。その責任は俺自身にある。身体が弱いのに、ジョシュアはそれに応えようと必死で。
兄としての前にせめてもの。お前の盾になろう、そう決めたんだ。
ジョシュアに言い聞かせるようにすっと語ると。まだ小さな両手をぎゅっと握りしめて膝の上で拳を作り真剣に俺を見つける。そしてしっかりと今度は力強く頷いてくれた。
あの日に誓いと共にフェニックスの祝福を受ける儀式を受け。
ひとりバルコニーで弟の誓いから己の存在している意味を深思する俺の手をジョシュアは取って。そうしてかつて俺が連れ出したのと同じ様に手を繋いで父上の待つ王座へと引いていってくれた。
最も信頼しているナイトですとそうはっきり父上と騎士と兵士たちの前で宣言して。
来た時から礼儀正しかった。ただどこか寂しそうで、どこに焦点を当てて良いのかその視線が彷徨っているように感じた。
君が来てから庭園で3人で回るようになったが和平としてここに来たばかりのこともあり中には警戒している者もいた。
中傷というほどでは無いにしろ少なくも王妃側の王侯貴族たちからは無いことを噂されているとそう感じていた。母様本人からの当たりも厳しい。
俺が前に出て庇い立てると今度は俺に対して軽蔑の視線が飛ぶが、まだ慣れている方だ。幸いにして剣の修行や王侯貴族に与えられる課題を日々真面目にこなして来たかいもあり周囲の使用人たちは母様が去ってから大丈夫ですかと声を掛けてくれている。
これからは彼女もロザリアの一員だからなと父上の語る通り、緊張しなくて良い。何かあれば俺たちに言ってくれと伝えると静かに会釈はしたもののやはり居場所がないと思っていると彼女から感じた。
王侯貴族がロザリアの民とベアラーたちを全面に立って守ると決まっている以上俺たちは気軽には他国へと行けない。
あの場所にはあの花がある。抜け出すなら今しかない。
“一緒に見て欲しい場所があるんだ”
それだけを告げて君の手を取り。繋いだ手からずっと戸惑いを感じた。
…帰る頃にはきゅっと握られた細い指先から嬉しさと愛おしさを感じていた。
“ここにいて良いんだ”
それが伝わって、嬉しかった。
離れ離れになってからやっと会えて…願いが叶ったと。俺が生きている意味があるのだと君が告げてくれて。
帰ってくるという約束すら出来なかった子どもの頃とは違う。前に進むとふたりでシドルファスの前で手を取り合い。そうしてぎゅっと手を繋ぎながら誓った。
出会ってからはじめての。
そしてこれから幾度か訪れるふたりだけの約束の始まりだ。
・腕の中(クラジル)
再びお互いの姿を目にするまでもう会えないのだとそう思っていた。
お互いに引き寄せられるかのように、会いたかったと心からその想いを語ってくれた彼に抱きしめられた。
彼女も会いたかったと身を委ねた。
少女の頃少年だったあなたと月を見上げたひとときが忘れられなかった。メティアに祈った願いは無事でいて。
凍らせたはずの心の奥底でその願いがくすぶっていたのだと後に悲劇が起きた村で同じく月を見上げながら気づいた。
ヴァリスゼアをふたりで見て回りながらこの神話の大陸で起きていることー現実を受け止めていた。身体も心も重くなっても寄り添って月を見上げながら。彼と彼女は何もしないままでは利用されるだけであり、目の前に確かにいる人たちは使い捨てられる道具として自らの生を貫くことは出来ないと理解した。そして真実を知らないヴァリスゼアは確実に死に向かう。
彼が言った。
抗う為に前に進む、と。
人でいたいと彼女からようやく零れた言葉と涙。月光が海と共にふたりを照らす。
やさしく背中にあたたかい手が添えられ彼が胸元に引き寄せて、支えると語ってくれた想いをその鼓動と共に聴く。
真っ黒な海、真っ黒な大地。
月だけが輝く光景を見上げる。ここでは魔法は使えない。
だからここに居るのは眠りについた相棒の狼を除けば一組の男女だけだ。
誓いと共に彼の腕の中に彼女は居た。それまで身を委ねる時は彼の背中に腕を回したことはなかったのに、今はただぎゅっと力を込めその力強さを全身で感じている。
ヴァリスゼアで、この世界で。
たったひとりから向けられるたったひとつの愛を受け入れる意味。
人に戻ったのだ。彼との誓いがそうしたものだったから。
今もこうして彼の腕の中にいる。誓いの日以降彼女も彼の背中に迷うことなく手を回しお互いの想いを受け入れていく。
運命に立ち向かう最後の抗い。
そこに旅立つまではあなたと共に。眠りにつく前に感謝と共に腕の中に招き入れてくれた。
あたたかさと燃え立たせるような想いの炎を灯してくれるのがあなたなのだと。
全てを溶かしてくれた、だから私は人でいられる。
あなたを愛しずっと生きていけるのだと。
・揃って/クライヴとジル&ヴィヴィアン先生
眠りに着く前にと少年の時から耳に付けていたロザリア公国の国章であるフェニックスが彫られた耳飾りを外してテーブルの上の小物入れ皿に小さくかちゃんと置くと。
ちょうど部屋の扉を軽くノックしてジョシュアがマードック将軍の甥と共に姿を見せた。明日の石の剣のメンバーと共にアカシア討伐に向けて最終確認に来たのだ。将軍の命は己の意識が完全に飛んで無かったとはいえ、俺には責任がある。
命を落とすようなリスクを冒さない確実な倒し方についてきちんと話し合ってからすぐに俺たちも合流する、無理だと思うのなら身を引くことも重要だと再度告げて明日の為に早く休むように勧めた。
耳飾りを外していたためか、部屋を出て行く前にクライヴ様とジョシュア様のそれはお揃いなんですよね。良いですよね、そういう揃いの。
俺には兄や弟がいないから、何だか羨ましいです。そう明るく話してくれて私室から出て行った。
「大事にずっとつけてくれていたんだよね」
ジョシュアが嬉しそうにそう微笑んでくれた。
「もう捨てた名と国だとそう思われていたからな…外そうが外さまいがあいつらにとってはどうでも良かったんだろう」
「でも、僕らにとっては大切なものだ。ずっと変わらずにね」
「ああ、そうだな」
少し弟が考えるポーズを取ってから、
「良い事を思いついた。兄さん、明日のアカシア討伐が終わったらジルと一緒にまだ開いている店に寄ってみたら。ジルと兄さんが気に入ったものを揃いで買うと良い」
そう提案してきた。
そうしたらまた喜んでくれるよとこうした面は弟の方が鋭いのだなと感じる。
結局クリスタル破壊の影響でダリミルの市場もかなりの店が閉じており。
揃いの器でもさらに追加しようかと思ったのだが、こうした情勢だからね。子どもが産まれたばかりの若夫婦にお祝いとしてナタリーアがつい最近贈ったんだ。次のがいつ入るのかこっちも分からないとそう断られてしまった。
かえって申し訳ない気持ちでいると、こうして揃って買い物や食事に回れただけでも嬉しいのとジルは柔らかく微笑んでくれる。
(揃ってか…)
そういえばまだそのことでしていないことがあったな。
揃いの器は駄目だったが代わりに叔父さん専用のエール杯を土産にと。
喜びの涙を流しながら抱きしめる相手役はジョシュアに任せ。
真っ直ぐにヴィヴィアンの所へ向かった。
ふたりで揃って恋人となったとそう報告した。
「…知っているが」
私は子どもではないし、それにここの子どもたちはミドの影響もあって賢いだろう。
少々呆れ気味な彼女にヴィヴィアンは俺に関する対人関係も良く見てくれているだろう、なら皆に報告する前に一番に知らせておきたかったとそう続ける。
「何というか…これから先に行なっていくことや、決めたことも、ふたりで成し遂げて行きたいんだ」
「足踏み揃えながらね」
モノではないお揃いのもの。
形作る揃いのもの。それが共に生きていくという誓いと歩み方なのだ。
「しっかりと記しておいたさ。先にウォールード王国に君たちが行ってからそうなったのだろう」
特に驚く様子もなく、ヴィヴィアンは普段通りの彼女らしい口調でそう話す。
「良く分かるな」
「雰囲気が変わったからな。皆も知っているだろう。ああ、君の弟は問いただすまで随分と怒っていた様子だったが」
「…しっかりと怒られたな」
「なら、良かった。そうした時も必要なのだとここに来てからそう思えるようになったからな」
「あなたも良かった、ヴィヴィアン」
ふたりが去ってからヴィヴィアンはまたヴァリスゼア大陸の地図を眺めることにした。
あてられたのかな、と思いながらもこれもまた彼らがこれからは人の歴史を紡いでいく一部でもあるのだなとそう和やかに微笑んだ。
宵の内に廃屋とはいえ、一夜は過ごせそうな皇国領内ロザリアにおいて針葉樹林がまだ並び立つ森の中。
黒の一帯の影響でどれほどの村や集落は人が住めず捨てられたところへとなったのか。
少年の時に蛮族退治へと向かってからかつては人々が住んでいた家々が打ち捨てられそこに居座っている魔物たちからも戦いながら困惑をーいや、彼らも結局のところは生き残ろうと必死なのだー感じ取った。そしてヴァリスゼア大陸全体がこのような異変が起きているのだと遠征から戻った父親や兵士たちからの報告。
傍できょうだいの様に過ごしてきたジルからも。真っ黒な風景に別れを告げてここに来たのとそう一度だけそっと告げられて。
シドと抜け道だと案内されたグレードウッドにても南下している魔物たちの様子から各地の報告について暗殺部隊で駆り出されていた時に耳に入って来たものを語った。
日の傾きが早まっていく。ロザリアはすでに黒の一帯に沈んだ北部地方と隣国である為に冬が近づくと日暮れと共に一気に寒くなる。マザークリスタルドレイクヘッド破壊後に小麦の収穫が厳しくなった故に皇国領内で支配されている民に要求される税も高く生活は苦しい。かつて解決策としてドレイクブレスを奪還しようとしたのとは真逆に今は破壊の為に水面下で動いているなどこの民の誰にも告げられない。己のかつての立場を明かせないのと同じ様に。
それが真実であるのに。
新たな拠点となりそうな場所を見つけてまだ間もない頃。ろ過装置を作るよとミドのきっぱりとした宣言にクライヴとジルを含めかつての拠点で共に過ごした彼らと保護活動を兼ねて少しずつ増えて来たベアラーの家族たちも大きく頷いた。黒の一帯の中ではすぐに人が住めるわけではないので各地で動ける者は動いている。石の剣のメンバーもクライヴがリーダーとなり密接に協力を取る姿勢を作り出していた。ロザリアへ来た理由は木材だ。人が住むには地理条件はやや厳しい森の中。この辺りは黒の一帯が深刻化する前に人たちが移動していったのだろうと分かる。後はどう運搬するかだが、日数は掛かるが運搬用のチョコボは少し離れた村で何頭か貸し出しがあった。ここに寝泊まり出来るならオボルスの渡し船で運べる大きさに切り出せるだろう。
冬を越す為に蓄え残っていた薪をまだ使える暖炉に放り込んで掌に炎を宿らせ火を起こし。彼女と相棒を傍へ招く。残っていた器で付近の小さな村で買った茶の葉で熱めお茶を。りんごとパンをクライヴとジルはふたりで分け合いトルガルには倒してきた魔物の骨と普段から常備しているおやつで腹を満たしてもらうことにした。トルガルは携帯していた水入れから小さめの器に注いだ水をしっかり飲んだ後は戦いの後の疲れを癒そうと横たわった。
静かに目を閉じて先に眠りにつくことにしたらしい。
冷えて来たなと暗くなってきた周囲の様子から息を吐き、寒くないかと同じく暖炉の前で暖まっている彼女にそう声を掛ける。大丈夫よという意味で頷き視線をこちらに向ける彼女の顔を真剣に見つめ疲れているだろうから早めに休もうと勧める。特に何か合図があったわけでないがそう伝えてから距離を詰めお互いに寄り掛かった。
シドと誓い合った仲だと出会って間もない頃にミドにはふたりでそう話した。かつての拠点の仲間たちに名前や出身のことも尋ねながらガブが持ち出してくれた誓いの証を眺めながらそう伝えた。だからこそ、俺たちは皆から離れないと。
今は行なうべきことや目指すべきことの為にそうした仲だとお互いに考えている。
仲間だと。
宵は深まっていく。ヴァリスゼア大陸でどこでも見られる月は今日も輝きを見せているのだろう。空気が冷えて来た。静かに炎を眺めた。はぜる火の粉の音に紛れてお互いの息遣いもわずかに聞こえる。鼓動はそれほど早まっている訳ではないが落ち着いていられる。
君が生きてくれていたからこそこうして居られるのだ。
今は目の前のことをひとつひとつやっていくしかない。
シドとの誓いの為に動けるまでまだ時間がかかる。そして残された時は短い。この世界は未熟であり誰かに痛みを与えそして誰かに傷つけられながら進むしかないのだ。
それでもふたりだからこそ前に行ける。
ジルがうとうとしはじめた。疲れているのだから当然だ、優しく肩に手を置き先に眠って大丈夫だと彼女を見つめる。言葉にはしなかったが彼の想いは伝わったらしい。さらに身を寄せてくれて眠りに就きはじめた。
(私の心…動いている)
彼に気づかれない程度に早まる鼓動の意味についてはまだ伝えられない。
それでもこうして伝わってくる温かさに身を委ねられるのが、嬉しい。
・違い(ほんのりクライヴ→ジル)
身体のつくりが違うというのは理解しているつもりだった。
母にとっては出来損ないなのだと産まれた時から見放されていて。
弟が生まれてからそれは取り巻きの貴族たちの振る舞いからもはっきりとした。
もっともジョシュアに向けている母の感情は高貴な者だけが産み出せた子―執着であり。それが自分を証しする存在であり意味なのだという言わばお飾りだ。
聡い弟はそれに気づいていながら期待に応えようと身体が弱いのに必死で。
せめて支えになろうと俺が守るのだと決めた。
君が来て間もない頃に感じた想いはそれとは違う。
寂しそうに微笑んだり会釈するばかりで。本当の意味での笑顔はきょうだいだと父上や弟がそう伝えても見せることはなく小さく頷くばかり。
大丈夫だと連れ出してからよく笑う様になってくれた。
稽古場で訓練に励む俺の様子をふたりがトルガルを連れて見に来てくれて。
母様の使いに嫌味程では無くても許可なく屋敷を抜けだしましたねと小言を言われジョシュアを連れ出そうとする。ジルとふたりでまずは迎えにきた相手に礼をし、マードック将軍がちょうど公子として護衛術を読んだばかりで学びに来たのですよと助けに入ってくれた。相手は母がするような軽蔑の視線で返してきたがまあ良いでしょう、さあ行きますよジョシュア様と引き離すように弟は連れて行かれた。ジョシュアは振り返ってまだ小さな手をそっと合図を送るように振ってくれた。足元を見ればトルガルが小さな尻尾を振ってそれに応えていた。
ジルがそっと様子を窺い気遣う様に俺を見つめる。後で稽古のことは話すさと視線で返すも後ろめたさは消しようがない。
母様には産まれてから一度も抱きしめられたことはない。侍女たちにも第一王子という立場ー公子ではなく騎士の道を選んだーがある為に赤子の頃に抱き上げてくれた彼女らは成長するにつれ尊んではくれるがどこか一歩引いた接し方だった。年下のジルとあの丘で過ごして以降仲良くなったのはごく自然のことといえばそうなのだろう。
2つ年上だったからか少し弟より背はあっても小さい子だと思っていたがだんだんと成長するにつれ侍女たちが語る可愛らしさが含まれてきたと確かにそう思う。市場で買い物に出た時にジルが手にするものも可愛らしいものか食堂を担当する使用人たちの為に果物やパンに目を良く通していた。そうした目線で語る内容は俺の視点とは違うから、何だか楽しかった。
小さい頃と違い手を取ったり繋いだりはしない。流石に、その、な…。
つくりが違うのだともう自覚している。分かっているからこそ、出来ない。
俺は君に相応しいのか、それが分からない。
「今は手を取ってくれるのね」
「君の想いが伝わるから。それと…」
「それと?」
「満たされる喜びがここにある」
・手を繋ぐ(クライヴ)
ジョシュアとジルを大切に想っているクライヴ。
小さい頃から5つ下の弟は身体が生まれつき弱くて。
兄さんと違って何で僕は出来ないんだろうと言いだしそうなその表情(かお)から手を繋いで“俺が守るから”とそう伝わるように屋敷内の不死鳥の庭園を連れて歩き回る。
庭師たちやベアラーたちが水やりや肥料を欠かさずに育ててくれた草花はどれも綺麗で。
青空の下でまだ外に出る許可は下りなくてもふたりで見て回った。彼らに感謝の言葉を捧げながら。
クライヴ様とジョシュア様からありがたきお言葉、勿体ないですよと皆が微笑んでくれて。
ふたりで中庭に腰掛けて皆がこうして笑顔でいられるように俺たちが守って行こうと告げると。弟もかすかに微笑んで頷いてくれた。
物心つく前から母様からの期待―いや、これは重圧であり枷だ。大きくのしかかるそれらを代わってやることは出来ない。その責任は俺自身にある。身体が弱いのに、ジョシュアはそれに応えようと必死で。
兄としての前にせめてもの。お前の盾になろう、そう決めたんだ。
ジョシュアに言い聞かせるようにすっと語ると。まだ小さな両手をぎゅっと握りしめて膝の上で拳を作り真剣に俺を見つける。そしてしっかりと今度は力強く頷いてくれた。
あの日に誓いと共にフェニックスの祝福を受ける儀式を受け。
ひとりバルコニーで弟の誓いから己の存在している意味を深思する俺の手をジョシュアは取って。そうしてかつて俺が連れ出したのと同じ様に手を繋いで父上の待つ王座へと引いていってくれた。
最も信頼しているナイトですとそうはっきり父上と騎士と兵士たちの前で宣言して。
来た時から礼儀正しかった。ただどこか寂しそうで、どこに焦点を当てて良いのかその視線が彷徨っているように感じた。
君が来てから庭園で3人で回るようになったが和平としてここに来たばかりのこともあり中には警戒している者もいた。
中傷というほどでは無いにしろ少なくも王妃側の王侯貴族たちからは無いことを噂されているとそう感じていた。母様本人からの当たりも厳しい。
俺が前に出て庇い立てると今度は俺に対して軽蔑の視線が飛ぶが、まだ慣れている方だ。幸いにして剣の修行や王侯貴族に与えられる課題を日々真面目にこなして来たかいもあり周囲の使用人たちは母様が去ってから大丈夫ですかと声を掛けてくれている。
これからは彼女もロザリアの一員だからなと父上の語る通り、緊張しなくて良い。何かあれば俺たちに言ってくれと伝えると静かに会釈はしたもののやはり居場所がないと思っていると彼女から感じた。
王侯貴族がロザリアの民とベアラーたちを全面に立って守ると決まっている以上俺たちは気軽には他国へと行けない。
あの場所にはあの花がある。抜け出すなら今しかない。
“一緒に見て欲しい場所があるんだ”
それだけを告げて君の手を取り。繋いだ手からずっと戸惑いを感じた。
…帰る頃にはきゅっと握られた細い指先から嬉しさと愛おしさを感じていた。
“ここにいて良いんだ”
それが伝わって、嬉しかった。
離れ離れになってからやっと会えて…願いが叶ったと。俺が生きている意味があるのだと君が告げてくれて。
帰ってくるという約束すら出来なかった子どもの頃とは違う。前に進むとふたりでシドルファスの前で手を取り合い。そうしてぎゅっと手を繋ぎながら誓った。
出会ってからはじめての。
そしてこれから幾度か訪れるふたりだけの約束の始まりだ。
・腕の中(クラジル)
再びお互いの姿を目にするまでもう会えないのだとそう思っていた。
お互いに引き寄せられるかのように、会いたかったと心からその想いを語ってくれた彼に抱きしめられた。
彼女も会いたかったと身を委ねた。
少女の頃少年だったあなたと月を見上げたひとときが忘れられなかった。メティアに祈った願いは無事でいて。
凍らせたはずの心の奥底でその願いがくすぶっていたのだと後に悲劇が起きた村で同じく月を見上げながら気づいた。
ヴァリスゼアをふたりで見て回りながらこの神話の大陸で起きていることー現実を受け止めていた。身体も心も重くなっても寄り添って月を見上げながら。彼と彼女は何もしないままでは利用されるだけであり、目の前に確かにいる人たちは使い捨てられる道具として自らの生を貫くことは出来ないと理解した。そして真実を知らないヴァリスゼアは確実に死に向かう。
彼が言った。
抗う為に前に進む、と。
人でいたいと彼女からようやく零れた言葉と涙。月光が海と共にふたりを照らす。
やさしく背中にあたたかい手が添えられ彼が胸元に引き寄せて、支えると語ってくれた想いをその鼓動と共に聴く。
真っ黒な海、真っ黒な大地。
月だけが輝く光景を見上げる。ここでは魔法は使えない。
だからここに居るのは眠りについた相棒の狼を除けば一組の男女だけだ。
誓いと共に彼の腕の中に彼女は居た。それまで身を委ねる時は彼の背中に腕を回したことはなかったのに、今はただぎゅっと力を込めその力強さを全身で感じている。
ヴァリスゼアで、この世界で。
たったひとりから向けられるたったひとつの愛を受け入れる意味。
人に戻ったのだ。彼との誓いがそうしたものだったから。
今もこうして彼の腕の中にいる。誓いの日以降彼女も彼の背中に迷うことなく手を回しお互いの想いを受け入れていく。
運命に立ち向かう最後の抗い。
そこに旅立つまではあなたと共に。眠りにつく前に感謝と共に腕の中に招き入れてくれた。
あたたかさと燃え立たせるような想いの炎を灯してくれるのがあなたなのだと。
全てを溶かしてくれた、だから私は人でいられる。
あなたを愛しずっと生きていけるのだと。
・揃って/クライヴとジル&ヴィヴィアン先生
眠りに着く前にと少年の時から耳に付けていたロザリア公国の国章であるフェニックスが彫られた耳飾りを外してテーブルの上の小物入れ皿に小さくかちゃんと置くと。
ちょうど部屋の扉を軽くノックしてジョシュアがマードック将軍の甥と共に姿を見せた。明日の石の剣のメンバーと共にアカシア討伐に向けて最終確認に来たのだ。将軍の命は己の意識が完全に飛んで無かったとはいえ、俺には責任がある。
命を落とすようなリスクを冒さない確実な倒し方についてきちんと話し合ってからすぐに俺たちも合流する、無理だと思うのなら身を引くことも重要だと再度告げて明日の為に早く休むように勧めた。
耳飾りを外していたためか、部屋を出て行く前にクライヴ様とジョシュア様のそれはお揃いなんですよね。良いですよね、そういう揃いの。
俺には兄や弟がいないから、何だか羨ましいです。そう明るく話してくれて私室から出て行った。
「大事にずっとつけてくれていたんだよね」
ジョシュアが嬉しそうにそう微笑んでくれた。
「もう捨てた名と国だとそう思われていたからな…外そうが外さまいがあいつらにとってはどうでも良かったんだろう」
「でも、僕らにとっては大切なものだ。ずっと変わらずにね」
「ああ、そうだな」
少し弟が考えるポーズを取ってから、
「良い事を思いついた。兄さん、明日のアカシア討伐が終わったらジルと一緒にまだ開いている店に寄ってみたら。ジルと兄さんが気に入ったものを揃いで買うと良い」
そう提案してきた。
そうしたらまた喜んでくれるよとこうした面は弟の方が鋭いのだなと感じる。
結局クリスタル破壊の影響でダリミルの市場もかなりの店が閉じており。
揃いの器でもさらに追加しようかと思ったのだが、こうした情勢だからね。子どもが産まれたばかりの若夫婦にお祝いとしてナタリーアがつい最近贈ったんだ。次のがいつ入るのかこっちも分からないとそう断られてしまった。
かえって申し訳ない気持ちでいると、こうして揃って買い物や食事に回れただけでも嬉しいのとジルは柔らかく微笑んでくれる。
(揃ってか…)
そういえばまだそのことでしていないことがあったな。
揃いの器は駄目だったが代わりに叔父さん専用のエール杯を土産にと。
喜びの涙を流しながら抱きしめる相手役はジョシュアに任せ。
真っ直ぐにヴィヴィアンの所へ向かった。
ふたりで揃って恋人となったとそう報告した。
「…知っているが」
私は子どもではないし、それにここの子どもたちはミドの影響もあって賢いだろう。
少々呆れ気味な彼女にヴィヴィアンは俺に関する対人関係も良く見てくれているだろう、なら皆に報告する前に一番に知らせておきたかったとそう続ける。
「何というか…これから先に行なっていくことや、決めたことも、ふたりで成し遂げて行きたいんだ」
「足踏み揃えながらね」
モノではないお揃いのもの。
形作る揃いのもの。それが共に生きていくという誓いと歩み方なのだ。
「しっかりと記しておいたさ。先にウォールード王国に君たちが行ってからそうなったのだろう」
特に驚く様子もなく、ヴィヴィアンは普段通りの彼女らしい口調でそう話す。
「良く分かるな」
「雰囲気が変わったからな。皆も知っているだろう。ああ、君の弟は問いただすまで随分と怒っていた様子だったが」
「…しっかりと怒られたな」
「なら、良かった。そうした時も必要なのだとここに来てからそう思えるようになったからな」
「あなたも良かった、ヴィヴィアン」
ふたりが去ってからヴィヴィアンはまたヴァリスゼア大陸の地図を眺めることにした。
あてられたのかな、と思いながらもこれもまた彼らがこれからは人の歴史を紡いでいく一部でもあるのだなとそう和やかに微笑んだ。