テキスト(FF16)
触れる
風の大陸に残るマザークリスタルはひとつ。ドレイクテイルだ。
マザークリスタルドレイクヘッド破壊前からすでにオリフレムから大部分の皇国民が自治領へ移住する準備を進めていたことも重なりシドルファスの死と彼が託してくれたものに涙を流しながらもあの場で大罪人として多くの兵たちが詰め寄ることもなく残った民の大混乱に紛れてザンブレク皇国内を後にしたー…皆にシドの死とそして誓いと共に受け継いだものを話さなければならない。
重たくなる足取りと共にジルと手を取り合いながら戻った新たな帰る場所だったはずの隠れ家が埋もれていることに愕然としつつも、生き残っていた彼らを必死で探しとにかくここから離れようと引き連れていく前にシドをそこに眠りにつかせた。
帰る場所とここで中心となり支えだった男。それを同時に失ったのだ。皆の痛みは弟と故郷を失ったばかりの俺と似ていて生々しいほどに伝わってくる。けれど、分かるとは言えない。俺はここに来たばかりの頃は復讐を遂げることばかり考えていて、皆の名前やいままでどうしていたのか尋ねることをしていなかったのだから。それが大多数の彼らからもう直接聞くことも出来ない。
ただ、生きて欲しいと願っていると冷たい大雨の中隠れた洞窟の内でどうしてお前は俺たちから離れないんだ、俺たちを助けようとするんだと問われてそう話した。
重たい沈黙の中、鉛のように投げかけられた問いに真っ直ぐに向き合いそのように答えたからか。
また沈黙が続いたが重たい空気は少し和らぎ。
子どもたちが近づいて来て俺とトルガルの傍で眠った。反対側ではずっと傍にいてくれて静かにやり取りを見守っていたジルが俺と手を重ね合わせそっと寄り添ってくれていた。
幾度か墓参りに来た。
インビンシブルを見つけたとき。
拠点のシンボルをガブが持ち出したクリスタル―お前との誓いから作ったのだとそう報告して。
ミドが逃げ出した理由も受け止めながらフーゴとの決着をつけたことを話せたのはついこの間のことだ。悪党に相応しい面構えになったじゃないかとカローンらしい語り草も兼ねて。
(そろそろ出発だが…)
マザークリスタルドレイクファング破壊後、自治領にあるクリスタルを求めて関所に詰めかける難民の数はさらに増え続けている。しかし通行書がなければ許可はおりない。ロザリスで詰めかけていたのと同じ光景に胸が痛くなるのも感じながら、ここにダリミルから続いて通って来た遺跡を再び眺める。
学者の男に振り回されー少年時代ゼメキス時代の書物は嗜みであり楽しみでもあったからつい乗っかってみたのだが―本の中でしか知らないままで終わると思っていたゼメキスに関して再び触れる機会が訪れているのではとそうした予感がする。
シドやカンタンは空の文明時代の遺跡をあちこち改造しながらベアラーたち含め人が住めるようにしてくれたとロストウィングの彼らも教えてくれた。実際インビンシブルを今のように改造するまでシドの拠点にいた大工やミドのろ過装置だけでなくカンタンからも幾らかアドヴァイスを貰ったものだ。
ここにある遺跡についてエルやテオにも尋ねてみたがそれなら学者の男の方が詳しいとだけ答えて来た。
グツが急いでくれている中、ジルはボグラド市場にて足りないものがないか買い出しに出てくれていて。その間にアンブロシアを任せるとふたりに頼み。しばらくは訪れないであろう遺跡へと再び足を運んだのだ。
(やはり、似ているのか…)
隣に並ぶトルガルもこちらの顔を見上げ同じことを思っているのかじっと見つめて来た。
ぽんぽんと頭を撫で魔物の気配がしないのなら大丈夫だとそう話す。
フェニックスのドミナントとして覚醒しなかった以上入ることは決してないと思っていたフェニックス・ゲートの中。
その最奥にある壁画。あれは鉄王国にも確かに存在していた。
クリスタルと何か関係はしている。黒の一帯をせき止めるためにもマザークリスタルの破壊がもっとも最優先だ。それとは別に、かつてここに存在していたマザークリスタル、ドレイクゼメキス。ドレイクと名を称する中で神話でもあるゼメキス時代の核とも言える象徴。
(ウェイドやタイラーとスティルウィンドに蛮族討伐に向かったあの日も同じだった…。戦いの後に感じた予兆…)
見逃してはいけない何かがあるのだ。
「クライヴ」
後ろから声を掛けられ、それは己の耳には心地良いとさえ感じる透き通り凛とした響きそのものを彼は振り返り笑顔でその人を迎え入れる。
先ほど学者の男の危険な案内に付き合ったこともあり、遺物や魔物は退けていた。
トルガルにおやつを投げ近くで横たわったのを見届け。
適当なところにふたりで腰掛けて遺跡から考えていたことを彼女に話した。
「…向き合わなければならないのよね…」
「シドの前で誓ってからはずっとそうだ」
前に進むと自ら決め動き出したのはふたりでだ。
変わり果てた故郷で現実を何も知らなかったと思い知らされ。
己が生きていた意味と。君が生きてきた意味。
月を見上げながら語った。応えることは出来ないまま背中を向けて眠り。生きている意味について再び考え始めた。
だからこそ、皆に人として生きていて欲しいと言葉として出来たのだとそう思う。
刻印を取り除くとタルヤに覚悟を伝えると施術を生み出せたの、今回ばかりは良かったとそう思うわよと彼女はぽつりと零した。
久し振りに左頬に触れると彼女も触れている手に指を絡ませ始めた。
愛おしさが伝わる。彼も思わずその手を取るように指を絡ませていく。
―私は、あなたのー。
絡らみ合う視線から伝わるその想い。
―君がいてくれて…ふたりだったからこそ、だ。
絡めていた指をゆっくりとほどいていき、ジルが再びクライヴの刻印の跡が残っている頬に触れる。あの国で囚われていたままだったら、このまま死を迎えようと諦め身を投げ出してしまっていたら。このあたたかさは完全に失われていたであろう。
決意と覚悟。
前に進む以上に背負って行くと…皆の為に自らあなた自身をこのヴァリスゼアに差し出していく。
けど、私はすぐにでも思い出せる。あの書物を読んでいて楽しかったと語るあなたはごく普通の少年で。私も普通の少女だった。好きなものがあっても良い、私でいて良いのだとそう手を繋いで教えてくれた。
そしてこうして触れ合えるあなたは。あなたなのだと…。
「ジル」
ずっとこうしていたい思いには駆られるが目的を忘れてはいけない。
マザークリスタルを全て破壊出来たとしてそれで全てが終わる訳ではない。ジョシュアもそれを分かっているからこそ今も動いているのだ。ダリミルの酒場にて皿に残っていたニンジンと窓から人が出て行った様子。
弟はもう自治領にいるのだろうか。…あの人がいるあそこに。
「そうね、行きましょうか」
名残惜しい気持ちを抑え込んで揃って立ち上がりトルガルを呼んで。グツの元へと足を早める。
振り返り遺跡を視界に収めておいた。
先にジルとトルガルが進んで行く。
彼女に気づかれないようにそっと息を吐いた。
(あの時…思えばガブが声を掛けてくれて良かったのかも知れない)
君の言う通り、向き合わなければならない。
考えなければならない自分の思考がどこかで分断されふたりで誓った向き合うべき現実に対して逃げ道を見出そうとしていたかも知れない。
ジルの手を取って誓ったのは他でもない自分自身なのだ。
(それと同じくらいー…)
君には人であってほしいとそう願っている。その想いは日々強さが増し月を見るたびに己の全身に行き巡る。
はっきりしている。
ジル、君だけなのだ。
君と君の心に触れて。必ず、伝えよう。
月を見上げていた彼女に彼が問う。
君は俺が怖くないのかと。
彼女は彼の手を取り愛おしく触れながら伝える。
ここにいるのはあなただもの…だから私は生きていられる。
彼が彼女に触れる。
人として、生きていて欲しいと。