FF16小ネタ集

ジュシュアが部屋を抜け出して兄クライヴの所へ行っている様子から。


・大切な約束

母に陛下の元へと何人かの従者たちと共に出かける為、今日明日と家を空けると聞かされて。
心が躍ってしまったことは、許して欲しい。

母には愛されていると、そう思っている。
父には大切にされていると、はっきり分かっている。

でも、いま頭と心の中を占めるのは—5歳年上である兄のこと。
ここにはいない実の兄のことなのだ。
この機会を逃したら、今度はいつ会えるのか分からない。

ジョシュアははじめて部屋を抜け出した時より慣れた手つきで支度を整えた。
勿論ロズフィールド家としての言いつけられていた課題を全て終えた後で、だ。
そうしておけばもし抜け出したことを後から誰かしらに明かされたとしても兄に責任が追及されることはない。
陽がまだ昇らない内に事を運んでくれたジルは先に出て行って兄の元へ既に辿りついているだろう。
高価なものを持ちだせないのは重々承知している。
ましてや体の弱い自分には重たいものなど無理である。
細く小さな掌をじっと眺めて—はぁ、とため息をついた。
…あまりに—も。
ふと、気配を床から感じ、顔だけ振り向いて下に視線を落としてみれば。
可愛がっている子狼がぱたぱたと尻尾を振ってこちらを見上げている。
体を向けてその場にしゃがみ込み—静かにそして力強くうん、と頷く。
「いっしょに行こう」


ロザリア公国の大地は黄昏を孕んでいる、とは隣国他国を含めたくさん噂になっている。
ただの噂で済まされるだけならどんなに良かっただろう。
それでも、太陽が高く昇る午後の早い時間帯。
いのちの芽吹きを感じる若々しい緑や花々が誇らしげに街道の隅の方で見つけられる。
多くの人が見過ごしていくこの風景を少し足早にはなるが、視界に収めていく。
ジョシュアは貴族とは思えないと称されるほど、誰に対しても分け隔たりなく穏やかに。
そして敬意こめて接する少年だ。
行く先行く先で彼よりさらに小さい子どもたちや身体の自由がだんだんと効かなくなった年配のご老体まで自然と笑顔になってくれるのが何よりの証拠である。
兄もこの国で暮らす人々のこの光景を目にしているのだと、彼自身の心も軽くなっていく。
距離自体はまだあり、遠目にはその影を判別出来る道の途中。
元気なチョコボの声が遠鳴きで聞こえ。
腕の中で大人しくしていた子狼がキャンとひと鳴き、尻尾をはち切れんばかりにパタパタ振り始める。
とどめる必要もないので優しく地面に降ろして先に行かせることにした。
タッと緩やかな坂道を元気よく駆け上がっていくその姿に笑みがこぼれる。
15分ほど遅れて先に足元でじゃれている子狼の頭をしゃがみ込んでなでている彼の姿をはっきりと目にして。
相手も今か今かと待っていてくれていたのだと、そう気配を受け取った。
顔を上げて立ち上がった兄のクライヴ、その弟ジョシュア—ロザリア公国を治めるロズフィールド大公のふたりの息子。
同じ瞳の色を持つ兄弟の視線が交わる。
「よく来たな」
ここに来られたのだと安堵感を覚えた。


ジルが用意してくれていたサンドイッチ—さりげなくジョシュアの分はニンジンが抜かれている—を方張りながら、騎乗用のチョコボにヒナが生まれたことを聞いて走り回っている小さな黄色い生き物の姿に目を輝かせた。
ジルが隣に腰掛けて、ジョシュアを挟んで久しぶりに3人揃った日が傾くまではまだ余裕がある午後のひととき。
話したいことは、たくさんある。話すべきことも、たくさんある。
ただ、他愛のない話題ばかりが出てくるこの時間はなによりの喜びで。
そうしたたゆたう流れは、ジルがじゃあこちらのクッキーはチョコボ宿舎の皆さんにも届けに行ってくるねと後ろ姿も見えなくなってから変わる。
彼女はそのまま先に屋敷に戻るのだろう—あえて口にしないのは、兄弟がこの時だけでもふたりの時間を大切にして欲しいという彼女の願い。
久しぶりに兄弟ふたりとなる。
「もうすぐ御前試合だ」
穏やかながら強い意思を感じられるその言葉の—
「はい」
重みを受けとめ、深く静かに、頷いた。
正確な日にちを告げないのがクライヴの気遣いなのだとジョシュアは分かっている。
後でジルを通して知ることが出来たとしても、自分がその日その場に立ち会うことが可能なのかは分からない。
だからこそ今日は、ほんの僅かな時間でも、ここに来たかった。
会えて良かった。素直に嬉しいと思った。
ロズフィールド家の—あの重々しい屋敷の中では、兄のことは名前すら出さず。
貴族たちにおける下馬評で芳しくないものとして時折耳にするくらいだったから。

今年に入り15になった兄の手をそっと眺めて、出る前に眺めた自分の掌を思い返す。
剣の鍛錬をひたすら臆することも高ぶることもなく積んできたのだろうと、グローブ越しでもよく分かるごつごつとした骨ばった掌。
…本来であれば—相応しいのは。
ほんの幼少時から告げられてきた事実。真実。現実。
“選ばれた”のが、何故なのかと考えが浮かんで来ては自身に問い。
そして誰かに伝えることはなく。
ただそうなのだと反復して押し込んできた。“この想い”は常に燻っている。
「昨日は何をされていたのですか」
気づかれている。感づいているのだと。
ただ、自らの力で道を切り開いていく兄に対して言葉にするのは相応しくはない。
真剣な流れを変えるのではなく、ただ彼が過ごしてきた時間(とき)そのものに触れたくて。
「昨日?そうだな、陽が昇る前には―」
今は、それだけで良い。

空の色が変わる兆しを傾いてきた太陽が告げてくる。
自分が最近読んだ興味深く楽しかった本の話をしようと思っても―書物に書かれている絵空事は兄のこれまでとこれからにはきっと叶わないこと、負担にはなりたくないこと。
これ以上は難しいであろうと聡いジョシュアは自ら戻りますね、と率直に伝えて屋敷から持ってきたものをそっと手渡した。そのうちのひとつを手にして―。
「懐かしいな」
クライヴが笑みを浮かべた。
まだ一緒に居られた頃に読んでもらったことがある古ぼけた本。
その後は武に励みつづけた兄と思い出を共有出来る品だ。
「送っていこう。少し待っていてくれ」
何やら用事を済ませる為にこの場を離れた兄の後を、チョコボのヒナと戯れた後は傍でぐっすり眠っていた子狼がピクピク鼻を動かしたかと思うとハッと起き上がりさっと追いかけていった。
(帰りがてら…ううん話を聴くだけで…)
帰り道も兄の話を聴くことにしようと決めてから、遠くの光景を見晴らした。
昇ってきた坂の下り遠くにはまだ緑がまばらに見える。
(黄昏の―)
国のままにはさせない。
それはクライヴとジョシュアにとっては物心が付く前から抱いて来た想い。


「じゃあな」
屋敷の姿が見えるより遥か手前で踵を返したクライヴに、クゥーンと切なげに鳴いた子狼を抱きかかえジョシュアもまた屋敷へと急ぐ。
(御前試合が終わったら―)
口にはしなかったが、ある決意をする。
終わったら、今回みたいに簡単に抜け出すことは出来ないだろう。
それでも、必ず兄の元へ行く。

幾人かの召使たちの気づいている雰囲気を振り切り、部屋に戻ってから別れる直前に渡された紙袋の中身を急いで取り出した。
宿舎の方々が手作りで作ってくれたのだろうチョコボの羽を用いた装飾品。
そして、手紙。
周囲を見渡して大丈夫だと確認してからそっと開いた。

『お前が読んだ本のことも知りたいよ。また今度な、ジョシュア』

(うん…)
自らが喜びに満たされていく感覚に包まれていく。
ドミナントではなく、小国を束ねるロズフィールド家だからでもなく。
ただひとりの弟として接してくれる、唯一の兄。

先ほどの決意と共に今度行くときは読んだ書物の話もたくさんしようとジョシュアは笑みを浮かべた後大切に贈り物と手紙を箱の中にしまい鍵をかけた。
ジルにだけは、後で伝えよう。
明日以降しばらくはお説教がやってくるだろう。
それでもかまわない。その先には大切な約束が待っているのだから。

※この時は兄と弟別々の所に暮らしているのだと思っていました。後、異母兄弟なのかなとも。

ジョシュア君とジルちゃんのほのぼの話

ふたりだけの秘密

陽が昇る前から忙しく働き出していたのであろう彼女へ、ぼんやりと目が覚めた朝から意識を傾けた。
今日の用事は何だったかな。今は何をしているのかな。
ロズフィールド家として与えられた課題をこなし、本棚から1冊もう1冊と書物を読み漁りながら時々意識を彼女に傾ける。
午前中はまだこの部屋には来ていない。食事を―そこに兄はいない―家族で済ませた後、他の召使いが用事のみを伝えに来たのが、ジルはまだだった。
唯一この屋敷の中で兄のことを共に語り共有できる彼女。
ちらりと視線を部屋の扉へと向けるが、耳をすましても廊下から誰かが近づくような足音も聞こえてこないのでおとなしく文面へと視線を落とした。いつも可愛がっている子犬はこの時は他の召使いが世話をしてくれているので部屋の中はとても静かだ。
自国であるロザリア公国は、近隣の小国を束ねることによって建立した国であり―ヴァリスゼアと名称されるこの大陸の各国が各々マザークリスタルから供給されているエーテルによって栄えていることはこどもでも知っている常識だ。領土を巡っての小競り合いの記録は長い歴史を通して国ごとの戦いの書に記録されているのであろう。
他国については書物や兄との会話で名称や文化について読んだり尋ねたりしたことはあっても10歳のジョシュアが他国を訪れた経験はない。
大公である父がクリスタル自治領へ赴くことはあるが、帰国した後貴族たちと共にこの国のこれからや利害を話し合うだけで終わる。兄も自身もロザリアにおいて“役割”がある為、深く追求することはしない。
そうしたことを考えていたからだろうか。なめらかに頁を進めていた指の動きが止まる。

“マザークリスタルドレイクブレス”

ドミナントを忌まわしき存在と定義する鉄王国と戦いが起きる度に数多く名前があげられて来たマザークリスタルのひとつ。
近いうちに、また戦が起きることが方々から囁かれている。兄は前線へと向かうのだろう。
ドミナントとして選ばれた自分とは異なり。
(御前試合が終わったら―)
立ち上がって窓際に歩み寄り空を眺めた。鉄格子の窓から見える空はところどころ雲がちらついているも、澄み切った青空だ。この青空のもとで“あの”災厄が全て消えて、恵みある大地が連なるならどんなに良いだろう。この国の―いいやこの国だけではない。人々が怯えることもなく、マザークリスタルを巡る戦いも起こらず、兄と何ら気兼ねなく共に居られたら。
もしそうなら病弱な自分でも、数日なら他国へ兄と共に旅をすることだって出来るのに。
燻る想いのまま、窓から下へと視線を降ろすと彼女―ジルの姿がそこにあった。
こちらを見上げている彼女と視線が交わる。軽く手を挙げた彼女にこちらからも軽く手を振る。
ジルは笑みを浮かべていて―礼儀を欠かさず、例え屋敷内においてきつくあたられても彼女は穏やかなままテキパキとよく働いてくれている―表情から兄に会ってきたのだと分かる。午後の楽しみが出来た。うん、旅に出られるならジルもいっしょが良い。
自然とこちらも笑みがこぼれて。だから、反応が少し遅れた。
ノックをしてきた従者と共に即座に部屋に入ってきた母親が窓辺付近に立っているジョシュアに対して毅然とした態度で、そして状況判断をして、厳しい顔をする。
母親の視線をまっすぐ受けとめきちんと会釈をしてから、言い付けられたことは既に終わらせたと告げた。これは当然のことだと褒められることはなく―
「…ジルともあまりふたりきりにはならないようにね、ジョシュア」
そう言い付けられた。これには公爵として夕方に屋敷を訪れる客人に与える印象を考えるようにとの意味も含まれている。
「ジルは、家族です。そしていちばんの親友です」
自分と実の兄クライヴにとってきょうだいであり、友である彼女。
「ジョシュア…、あなたは気づいていないふりをしているのかもしれないけれど。
夫婦や恋人はいちばんの盟友となる可能性があるの。あなたももう10歳。自分の立場をわきまえなさい」
…母やロズフィールド家に関わる多くの者にとってそうではないとしても。ジョシュアにとっては譲れない真実。
それに言い換えればそれはもっとも近しい存在にあたる言葉。
(なら、ジルは盟友です)
自分と兄にとってもっとも近いところにいてくれる彼女をそう思うことになんら恥ずべきことはない。表面上は沈黙で通し、心の中でしっかりと決意を貫く。
食卓を共にするため母と従者に囲まれ部屋を後にした。

客人がこの屋敷を訪れるのは夕方前。午後の早い時間に訪れると察していたのであろうジョシュアが部屋の扉の前で待っている姿に駆けつけたジルは少し不思議に思った。思っていても口を挟むことはなく、彼女は辛抱強く相手が誰であっても語りかける言葉や行動に心優しく寄り添い、気遣いと礼儀を欠かさない。
穏やかに微笑みかけてきた―10歳のジョシュアよりふたつ年上の彼女の方が背は高い、女の子の方が成長早いですからねと何人かの召使いに言われてきたが彼女と兄が並ぶ姿を目の当たりにする度、早くもっと大きくなりたいとそう思う―ジルの手を取り、行こうと引っ張った。彼女の手から驚きと、そしてすぐに喜びの反応が伝わってくる。その暖かさが心地良い。
壁に囲まれているこの屋敷は檻のようだとジョシュアは感じる。小国を束ねて成立するこの国において王侯貴族として扱かわれるドミナントは上に立つべき存在なのだと知らしめる為の。
手を繋いだままの彼女がそうしたことを感じさせないで、穏やかな気配を漂わせながらついて来てくれるのが何よりもありがたい。

「見て」
ふたりでしゃがみこみながら、城壁の合間に一輪だけささやかに咲く白い花を眺めた。
「昨日、窓の外を眺めていて見つけたんだ。ジルに先に伝えようと思って」
風によって種が飛んできたのだろうか。どこからかは分からない。もしかしたら対立している鉄王国だろうか。
大地が黒の一帯の影響で黄昏行くロザリア公国。そうした中で芽吹くいのちが愛おしいとジョシュアとジルは思う。ここに居てくれれば兄クライヴも…そうだと。
白いチョコボが生まれたの、と明るく話す彼女が兄の語ったことをひとつひとつ零さないように語りかけてくれた日を昨日のことのように覚えている。
今度は自分の番…。このことを裏付けるように穏やかさは変わらずあれこれ租借をしているジルのその瞳は真剣そのものだ。
「明日は午後にチョコボ宿舎に行けると思うから…」
立ち上がった彼女に続いて背筋を伸ばす。
「…うん。あ、でも待って」
思わず口が出、両肩を抑える。これにはきょとんとされ、そんな彼女は久しぶりに見た。透き通る瞳を見つめているとジルが和平の為にと屋敷に来た日のことを思い出す。あの時はどう話しかけていいのか分からなくて兄の背中に隠れたままだった。今は違う、自分の願いを例え叶うことがない儚いものだったとしても言葉と行動で示したい。
「きっと…いや、必ず御前試合に優勝するから…そうしたらここで当人を連れて来て正式な発表を行なうはずだ。その時まで…」
3人での、思い出にしたい―。
全てを伝えなくてもささやかながらとても強いジョシュアの願いをジルは汲み取る。
この屋敷に来た時からずっと本当のきょうだいのように接してくれる彼ら兄と弟にありがとう、とこれまで幾度も想い、想い続けてきたがそれだけでは足りない。先のことは分からない、それでもずっとずっと一緒に居られたら―…。
「では、そうしましょう」
それまでふたりだけの秘密ね、と彼女は笑顔で応えた。お互いの瞳にほんの僅かな間相手が映りこむ。
「ありがとう…。あ、もう戻らないと」
ずっと肩を抑えていた手を放した時、何故か名残惜しい感覚に襲われる。が、すぐに歩き出した。ぼんやりしている時間は無い、相手も急ぎ足だ。
自分だけが釘を刺されるのは構わない。けれどジルを巻き込む訳にはいかない。
母はああして忠告をして来た以上、ジルを自分の所へ遣わす機会が今までよりぐっと減るだろう。寂しくはなるが次の約束のことを思えば心は軽くなる。兄が正式にナイトになった後に上手く隙を見つけて屋敷を抜け出してフェニックスの祝福を送ろう。自分たち兄弟の証を目にすることでジルも喜ぶはずだ。それまで今日の日のことは―。
(ふたりだけの秘密か…)
気恥ずかしいような、くすぐったいような、じんわりとしたあたたかい気持ちになった。
顔が赤いような気が、する。
「…どうしたの?」
気がする、ではないようだ。兄に聞いてみようかなと浮かんだ考えが愚かではないかと慌てて引っ込めて代わりに彼女の手を再び取った。
「何でもないよ、急ごう」
ヒュウと風がひとすじ強く吹いてざわざわと木々が揺れていく。夕方から夜中にかけて空が荒れる前触れだろうか。
どうかあの白い花が今日という秘密の為に、後の思い出となる日の時まで無事に咲いてくれますように、ジョシュアとジルは心の中でそう願った。

※世界観を最初に観た感想がしっかりした印象を受けたので、それが決め手でこの作品に触れてみようと触発されました。あと3人の関係もバランスが良さそうだと。



【Cornerstone】

乾いた空気と夜明けを待つ曙色の景色に焚き火からはぜる火の粉が舞う。
恵みを失っている山脈は緑が無く、大地は黒の一帯によって枯れつつあった。岩石とモンスターが溢れかえり、過ぎさって失われていった人々の存在や命を嘲笑うかのように。
月とその忠実な証人のように寄り添うメティアも空が明るくなるにつれ存在が薄れつつある。
ダルメキア兵と鉄王国の戦士たちが戦いを始める少し前のこと―。
「夜明けは近いな…お前も少し休め」
臆することなく―実質それは怒りを鎮めずに死線を怯むことなく突き進むワイバーンというコードネームを持つ男の戦い方を知っているからこそ同じ暗殺部隊のビアレスが低い声で語りかけてきた。眠りは“あの日”以来ずっと浅い。しかしビアレスの言う通り日が昇りきる前にダルメキアと鉄王国は両者一歩も引かずに馬(チョコボ)騎兵隊も含めて一気に戦場を駆け巡るのだ。あくまで部隊の標的はシヴァのドミナント。混乱の中に飛び込む、その前に何かを行なう必要はなく、また下された命令には逆らうことも出来ない。
促された通り、少し目を閉じた。

―屋敷の中が王妃アナベラの懐妊が判明して以来、ここ3カ月間は特に緊張が走っている。
今度こそは、と貴族達と使用人含めて期待を―いや、責務だ—寄せられていた。それはごく一般的な母親たちが抱く新しい命に生まれてきてくれてありがとうと祈りと共に捧げられる祝福が伴うものではない。
“そう”なれなかった彼は毎日のように母アナベラと、その雰囲気に同調しとりまく貴族たちに冷たく刺さる視線が降り注がれていたから。
静かにそっと隙間分だけ扉を開き廊下の様子を伺う。
何人かの使用人が慌ただしく行き来を繰り返していた。
陛下にすぐにご報告を!と急ぎ足の女性たちの言葉と声の調子に、気づいた。
父―エルウィン大公がもうすぐ来るのだと音を立てないように扉を閉め、耳を当てる。
駆け足など品のないことは行なわずに、それでも息を詰めるように低く響く大公から紡がれる言葉が心に重たくのしかかった。

―弟の方は覚醒したのだな…そうか。

扉を背にして、そのままずるりと座り込んだ。
そうか、という父の言葉が頭に重く響く。ドミナントとして生まれた者が次期大公、これがロザリアにおける取り決めである。そしてドミナントには使命が-冷たく過酷な運命が待っている。自分が誕生と覚醒をコントロール出来なかったのと同じ様に、弟は真逆でありながらもうクライヴ自身ではどうすることも出来ない支配下におかれた。
幼いからなど関係ない、マザークリスタルを巡る戦場にだって駆り出される-かつては北部地方からシヴァが降り立ち、その当時ロザリアのフェニックスと対決した-弟はもう縛り付けられたのだ。
もっともその主な原因は自分なのだとクライヴの心も重くしていく。視線を窓辺に向け、新しく生まれた命を祝福するように澄み切った青空が広がっているのを目にしているのにも関わらず、心の中は嵐が生じる前―青い空を覆いつくす黒い雲のように暗かった。

夜遅くになって優しく接してくれる召使いのひとりから、弟の名がジョシュアだとそう教えてもらった。…体があまり強くないことも。
会いたいなという気持ちを抑えて、自分に何ができるのだろうかと弟が生まれる前から考えていたことへ切り替える。そうしないと、苦しさと寂しさで押しつぶされてしまいそうになるから。

ジョシュアが生まれてから数日が過ぎた。クライヴは弟をまだこの目にはしていない。
早くから課題をこなそうと—何をこなしていても母親からは褒められたことは一度もないが、物心つく前から彼は自身が何をすべきか模索する傾向がある—重たい本を両脇に2冊抱え廊下を静かに歩いていると、何やら報告に来たのであろう召使いとばったりと出会った。
「…クライヴ様」
憐みに近い彼女の眼差しは別に辛くはない。辛いのは弟の方なのだから。
彼女はそうした彼の想いにも気づいていてくれたのか、さらに先に進んで言葉を紡いだ。
「ジョシュア様に会いに行きましょう、来てください」
一瞬目を丸くしたものの、さっと踵を返した彼女の後を迷うことなく付いていく。
あとで…すぐだ、すぐに取りに行けば良い。重たい2冊の本は近くのほとんど使われていない部屋へさっと置いて。どくどくと鼓動が早くなっているのが自分でもよく分かる。足取りも軽い。それは全身に行き巡る喜びから来ているのだと少ししてから知ることになる—。

たどり着いた部屋は何人かの侍女たちが居たが音をあまり立てないようにしている為静かで、開いていたカーテンから光がこぼれ、暖かな空気に包まれていた。侍女たちはクライヴに気づいて自然と笑みを浮かべてくれた。
隣に並ぶ彼女が目線で彼を促す。音を立てないように息を殺しながら寝かしつけられたのであろう、弟へと近づいていく。その周囲が明るく光が放っているような錯覚さえ覚える。
そっと覗き込んだその生まれたばかりの赤子のあどけないその表情に、まだ何も知らない、知らなくて良いのだと。
安堵感とはこうしたものなのか、と感じた。会うまではずっと運命に縛り付けられた弟に対して心が痛かったのに。
(…ジョシュアは、弟なんだ)
驚かさないように声に出すことはしなくても、自分と同じ青い瞳をまっすぐに見つめて心の中で繰り返した-。そうして、誓いを立てる。
(…大丈夫だよ。ちゃんと守るから…)
ジョシュアが微笑んで、くれた。


「…―っ」
つかの間の微睡みから覚める。幸せな夢を視た、とは言いたくはない。
忘れることはない、あの日の始まり、誓い。周囲に捨て石のように思われていたのは分かっていた、だからこそ弟と誓った。それが自分そのものなのだと。それが、全てなのだと。忘れるものか。
忘れるというのは、記憶のことではない。今意識を戻して目に入ってくる現実よりもっと大切なもの。
握りしめたままでは何も入って来ないし何も出て行かない。
その時まで生き抜くのだと決めたのだ。剣を取り、望まない戦いに出向くとしても。
「目が覚めたか。ちょうどあいつらが偵察から戻ってくる頃だ。戦況がもう動き出すだろう。召喚獣同士の激突は…起きるだろうな」
そう告げてから彼の放つ気配におっと…と気づいた男は思わず口を噤む。
召喚獣-ドミナントによって降ろされる強大な力を持つ存在。
(奴は…)
召喚獣が顕現した“あの時”に姿を見せたのだから、今回の戦いにおいてその可能性もあるのだろうか。答えが出ない問いではあるが、姿を見せたなら行うべきことはもうあの時から決めている。
(必ず…殺す)
掌を少し開く。小さくも熱い炎が灯る。クリスタルを介さない炎の力。
昔も、今も、俺がこうして生きているのは、弟のおかげなのだと。
(ジョシュア…)
先のことなど、どうだって良い。誓いを失った以上、これだけ出来れば。
暗殺部隊の残りのメンバーが戻ってくる。
「任務について、改めて確認だ。よく聞け。」
パチンと大きく火がまたはぜて、火の粉が舞い上がる。その煌めきが弟に宿っていたフェニックスの神々しさと、あの召喚獣の戦いを脳裏にまた浮かべさせた。

クリスタルを巡る戦いがまた、始まる。



※タイトルの意味は隅石。
Awakeingトレーラーからクライヴは周囲に蔑まれている印象を持っていたので本人自身も自分が捨て石のように扱われていると自覚していたのだろうと考えていました。その彼が出会えた人々にとって貴重な隅石のようになれたら良いなと発売前から思ってこのタイトルで書きました。

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