テキスト(FF16)


・刺し通す・

エーテル溜まりの村エイストラにて息をひそめるように—とまではいかないもののトルガルと共に村人がいなくなってそれほど時は経っていないはずなのにすっかり朽ち果ててしまった酒場にてジルがカウンターの席へとついて。トルガルが傍で彼女を見守ってくれている。
こうしている間にもクライヴとジョシュア、そしてディオンが拠点からあそこへ旅立つまでの最後の時が日に日に。刻一刻と迫っているのに関わらずここは静寂そのもので時が完全に止まってしまっているかのようだ。エッダはずっとお腹の中の赤ちゃんの為にも。愛する彼の子だからこそ。話すことも飛び出すことも出来ず痛みと孤独に耐えて来たのだ。
その彼女の為にクライヴとジョシュアは彼女が住んでいた家にて愛した彼が彼女の為に揃えたものを全ては無理でも取りに出ている。きっかけはガブがエッダの子どもが新しい舞台へと移ろうとしているこのヴァリスゼアを無事に目に出来るように産まれて来ますようにとお守りを渡したことだ。彼女がありがとうございますと感謝を伝えた数日後。彼もよくこうして声を掛けてくれたのですと寂しそうにエッダは微笑んでいて。特段何かを贈られたと彼女が口にした訳ではない。
ただガブは以前シドが作り上げた拠点と仲間達がタイタンに顕現化したフーゴと彼の部下により崩され大勢の命が失われていく中かろうじて…せめてと彼とシドの誓いの証である2本の短剣が突き刺さっているクリスタルを持ち出したのだ。今もクライヴの私室に大切に置かれている。今の拠点―インビンシブルのシンボルでもある。
“何でも良いから…エッダさんがあそこで大切な人とちゃんと結ばれて住んでいたんだっていうかたちあるものも届けられたら…”
かつて実の家族を失ったガブにとってエッダもまた家族なのだ。
エーテルが蔓延るこの村でついこの間オーク族の王であるリスキーモブの討伐へ取り掛かった。それ以外ではアカシアたちもいつまた出現するのか分からない事態だ。ガブと共にクライヴがバルナバスと決着をつけるまで待っていたジョシュアはどこに何があるか見覚えがある僕が案内をするよと兄を先導し。
ジルはクライヴから以前に酒場の方も回ったがこちらが終わるまでに何か使えそうなものがあれば持ち出してもらえないかと頼まれて見て回っていた。グラスが埃を被ってはいるがそれまで丁寧に磨かれて使われていたのだと分かる。青空の下で彼らも笑い合っていたと思い浮かぶのだ。それを持ち出そうかと思って手が震える。
クライヴと今の拠点に決まってからインビジブル内部をミドのろ過装置や石の剣の稽古場含めて整えるだけではない。
ここで保護されてきたベアラーたち含めて人らしく暮らしていこうと食器を見て回ったり、子どもたちの為にと本を取り寄せてみたりして。杯は特に打ち合わせた訳ではなかったけれどお揃いのものにしたのだ。
マザークリスタル破壊を再び誓い合った時にはまだあそことの因縁そのものが残っていたから意識はそちらへと向いていた。
絶ってから―…人らしくなっていく度に彼を失いたくないという不安に駆られていた。
彼の知らないところでメティアに祈りを捧げる日々を過ごしてきたのだ。このアルケーの空の下では月が浮かぶ時以外ではメティアは曇ってしまう。願いは叶わなかったと―…。先に人に戻ってからは彼としたいことを話し合った。クライヴは微笑んでくれた…。
震える指先をこらえ、これはこの決着がついてからにしましょうとトルガルの方へ向き直り他の所を見て回ってから必要なものを皮袋につめて席についた。理との戦いが始まってしまえばこうしてジルとトルガルは待つことになる。
彼女は何も言わずトルガルをじっと見つめ、心の準備もしておかないとねとそう切ない瞳で彼の相棒に語る。トルガルは小首をかしげ、ゆっくりと尻尾を振っている。

彼女と一緒に選んだのだろう、お揃いの食器と壁に掛けられた時計を持ち出すことにした。日に日に産まれる日が近づいてくる。その日を彼は共に楽しみにしていたはずだと、この国で宿した命であるのだとそう伝える為に。それと本を一冊持ち出した。エッダと監獄に閉じ込められていたハイデマリーがこの本を通して語り合えるように。
エッダが暮らしていた家を出てからクライヴがある方向へ視線を向ける。つい最近向かった幻想の塔へ通じる道だ。バルナバスと決着をつけた後は姿を消し、スレイプニルもまた陥落はしたもののカンベルから消滅した。軍事力では圧倒的だと評されたウォールード王国は黄昏と共にその歴史を閉じた。王座を引き継ぐものがいないロザリアも、自治領と共に神皇も崩御したザンブレクもまた。鉄王国はイムランが殺されクリスタルが無き後は混乱状態のまま王国の執り成しも出来ず圧政も崩れたであろう。
フーゴが倒されてからダルメキアは協議会の者たちが一斉に動き出し首都ランデラと各地への混乱への対処へと追われている。
かろうじて残った者たちで3国同盟を復興させ各国同士の戦いより手を取り合い協力し合いながら生きていくことへ今は大きく意識を向けている。
クリスタルから魔法が使えなくなった以上混沌としつつある情勢においても生き残ろうとするこの大陸の人々の姿勢はだれかを利用し虐げてではない。目の前のことに必至でありながら思考を働かせ行き巡らせてはじめているのだ。
そうした中で思考を放棄し、本能のまま暴走し己を失ったアカシアになるのは真逆のありさまだ。
シエルはそれで良いとかつてはバルナバスも過ごしたであろう村にて彼らの教えに染まったフェニックス教団の男の顛末を伝えるとそのように語った。
ジョシュアにはそのことを伝えていない。弟を教団の彼らがフェニックスを宿すドミナントとしてどのように秤にかけているのか。彼らと接するうちに気づいたのだ。ヨーテは…彼女自身は弟個人へ目を向けているのだと分かったのだが。
―ここは…ジョシュア様の言われた通りでした。
彼女はそう語ってくれた。
己が行なったことと歩んできた道がこれで何もかも良かったのだと思ったことはない。
ベネディクタの孤独。シドの夢。フーゴの怒り。ジルが断ち切りたかった過去。ディオンの渇き。
バルナバスの先祖の時代から続くこの大陸における人々の業と戦いへの渇望。
それらを“視てきた”。戦いに次ぐ戦いの中で。そして己の罪と共に背負うと決めた。
この身が刺し通され引き裂かれるほどの痛みを感じるとしても、人として。炎の民として。
フェニックス―不死鳥の盾としてその誓いを剣そのもので突き立てながら。
そして残されたもうひとりのドミナント―。
ジョシュアの内なるところはまだ視てはいない。それでも分かる、伝わってくる。
弟が兄の心へ踏み込んできたように。確かにここにあるのだと。
元から身体が強くはなく石化が広がりそして咳き込む様子が増えているその姿に。先に前に出ようとすると父さんが託そうとしたものをついこの間共に目にしてきただろう、と同じ青さをたたえたその瞳で返される。
兄さんはもっと深い色をしていると弟はそう感じているのだ。
それは動き出した兄の行なったこと行なっていることが剣で突き通すかのように痛みを与えるものだからとジョシュアは彼の心に踏み込む前から分かっていたから。
魔法によって分かたれたこのヴァリスゼア大陸において。
人が人を見出す―人らしく生きるという歩みと道そのもの。滅びへと向かっていた広い道から狭い道、狭い門へと。本当のその人を見つけるために理(ルール)そのものを壊して訪れる変革と新たな舞台。
しばらくは混沌とし苦しみと悲しみが続き。剣で刺し通されていくかのように痛みが来る。本当のその人を見つけるために身が裂かれるのだ。僕らがやってきたことはそれなのだ。滅びへ向かう安定の持続ではない、誰も踏み込まなかった新たな舞台へと進む。
縋っていたまやかしの世界が終焉を迎え。そうして残されたものから―…今度こそ、本当に。
(はじまりは僕だとあなたは言うだろう。けれど、それは真実ではない。元から…
あなたにあったものだ。受け継がれて来た、そしてあなたが自らの意思で決めた)
だからこそ、その信頼の証としてフェニックスの儀式を行なった。選ばされた自分が選んだ兄へと。

ふたりでジルが待っている酒場へと向かう。兄弟で共にトルガルを優しく撫でて。ほっとした表情のジルが礼を告げるクライヴとそっと抱き合う。つきんと胸の痛みをまた覚えた。決着の日がまた近づいた。この痛みがあるからこそ彼への想いが尽きないと彼女も分かっている。
痛みを感じたからこそ、彼が踏み込んで溶かしてくれて。そうしてひとりの人になれた。
痛みがあるからこそ、弟を通して己の生き様を再び誓った。
この大陸が変わるからこそ―人の歴史へと踏み出す為に。乗り越えていこうとそう思う。


真実を知らされ、業を負った灰の大陸もまたかつては真っ暗だった海岸通りで向こうの大陸でこの大陸の人が産まれて船で渡って来たと本に書いてあったねと子どもたちの笑い声と共に語られるようになる—。


※この作品を語るときにこれからも何度も触れると思いますが私は最終盤のボグラド市場で不便で厳しくなったから乞食がいるのと遠くても奥さんの為に井戸に水を汲みにいくよと語る旦那さんが同じ場所にいるのが好きなのです。

16のテーマ性はあそこでも描かれている。

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