テキスト(FF16)


・覚えている

ふたりでロザリアへ一旦戻ろうと皇国領と化してから13年振りの帰郷となる…懐かしいと感じることが出来るのだろうか。
あそこでこうしたね楽しかったねとそうした会話が弾む思い出の場所やエルウィン様が伝えようとしてくれていた温かさからどれほどかけ離れた地へとなってしまったのだろう。
それらも受け止めようと足を進めている道中、ジルは優しくトルガルの背中を撫でていた。
“トルガルが覚えていてくれて。そうして俺を見つけてくれた。シドの助けがあって抜け出して君を連れ出せたんだ”
トルガル。あなたはすぐにクライヴだと分かったのね。
撫でながらジルはそう心の中でトルガルに語りかける。尻尾を高くそして元気に振ってトルガルが応えてくれた。
“あんたのせいであの子たちが―…”
痛めつけられていたのもこの目にしてきた。状況は何も変わらない…いいや悪化するばかりだ。結局あの戦いでも死ねなかった、また繰り返しだ。心を凍らせてこの身を獣のように振る舞い相手を震わせ凍り付かせてからレイピアで突き刺す。
そう分かっていてもあの子たちを見捨てられなかった。その事で頭の中が占められていて。
ここにいる彼らをこれまでと同じく手を掛けることになっても従うしかない。
だからあなただと分からなかったと彼には伝えていないものの、彼女の伏せた目とその視線が意味するものから彼は感じるものがあったのだろう。
人の往来は王都ロザリスほど多くはないスリーリーズ湿地帯へ繋がる道は足元がおぼつかない箇所もある。先へ進む彼が振り返り彼女へ手を差し伸べて招く。
しっかりと差し出されたその手に自分の手を重ねる。グローブ越しからも伝わる力強いごつごつとした掌。戦いに次ぐ戦い。望まない任務を果たす日々だった。最愛の弟を手にかけた相手へ復讐と遂げることだけを考えて逃げ続けてきたんだ、それまで泥をすすることになろうとも生き延びてやる―だから俺も君だと分からなかった。俺も同じなんだ。ひとりで自分を責めないでくれ。
言葉は交わさない。それでも彼の視線と触れ合う手から優しくそう伝わって来た。
“俺も君もずっと動けなかった。まずは真実を確かめよう、そこからだ”
彼のその視線の意味するものへ彼女は静かに頷く。

向き合わなければならない現実はもっと残酷だった。
それでもふたりでシドの前で手を取り合い誓った。


それから5年後―。


アンブロシアはチョコボという種が素早く走ることに専念した為に羽がすっかり退化しており飛ぶことが出来なくても羽を震わせクライヴと再会出来た喜びを全身で示した。彼女もすぐに見抜いたのだ。
クライヴも瞳に残った傷跡からお前なのかとすぐに気づいた。彼女は身を挺して少年だった彼を守ってくれたから。
黄色だけでなく赤や青など色とりどりの種があるチョコボ。その中で北部に存在し幻と言われる白銀のものはジル自身も目にしたことはなかったが、白は確か王侯貴族のみに与えられていたよな…あんたもしかして良いトコの出なのかと先に見つけ出していたおじさんはそこまで深く追求することもなく、すぐに乗れるようにと馬具も渡してくれたのだ。
ジルやクライヴと同行するようになる彼らは馬(チョコボ)の商い人から借りてまたがる。馬(チョコボ)の乗り方はこの5年間の間に商い馬(チョコボ)を貸してくれる各地で覚えたのだ。
「アンブロシア。狩りとは異なるが各地の強力な魔物と戦うのも今の俺たちの役目だ。一緒に来てくれるか」
キュイとジョシュアと共に狩りに出て行く彼を見送っていた時と同じ様に力強くアンブロシアは応える。
青空のもとで照らされるアンブロシアの羽毛は時折白銀にも見える。クライヴの黒髪とエルウィン大公がかつて召していた装いはロザリアの赤と漆黒の覆いなので対照的であり非常に映えるのだ。
思わず、という訳ではなかったけれどジルは自身の白銀の髪に触れた。子どもの頃からこの髪のことで彼にも弟にも特に何か言われたことはない。姫様は綺麗な髪ですよと侍女たちが綺麗に梳いてくれて。あそこではマーレイがせめてものと鉄王国の男たちから兵器として扱われて彼女が切ることや整えることが出来ず伸びきった髪を丁寧に纏めてくれていた。
今の装いに合わせて青いリボンをオルタンスが用意してくれて。身なりを整える習慣をすぐに再開するとその凛々しい出で立ちを通して生まれ育ちのおかげかもねと拠点の女性たちがすぐに気づいた。
意識はそれほどしてこなかった、とは思う。今にしてふと思いついたのだ。この白銀の色は私のシンボルではないかと。戦っているあの時のクライヴには気づいてもらえなかったけど。
…それは自分とて日に焼けた箇所はあるとはいえ黒髪の男を目にしてもクライヴなのだと気づかなかったから、結局は同じことなのだけれど。
言葉にはせず無事にネクタールからの依頼であるモブハントを終え、黒の一帯ベンヌ湖へトルガルが先行しながら白い馬(チョコボ)を走らせる彼の後を静かに追う。

黒の一帯に差し掛かる目前。クライヴがアンブロシアの動きを止め、ジルもまた乗っていたチョコボの動きを止めた。
ここまでにしようと彼が降り立ち、ジルもここまで連れて来てくれた黄色いチョコボへ彼女のポーチからギサールの野菜を取り出して与え別れを告げる。近くの商い馬(チョコボ)商人の元へストラスを飛ばしているので迎えが来ているはずだ。森の中へと一頭が姿を消していく。
アンブロシアの居住場所はインビンシブルに戻ってから決めたが黒の一帯の湖では馬(チョコボ)であってもそのままでは飲めない。風の大陸中心部に広がっている一帯の範囲は広い。
優しくお疲れ様と背中を撫でた後近くの川へ彼女を連れていき、喉を潤すように勧める。彼もマーサの宿にて譲ってもらったギサールの野菜をポーチから取り出した。トルガルがおやつをもらえるのかと寄って来たのでこちらもそのまま放り投げてやる。狼と白い馬(チョコボ)が仲良く寄り添い川の水を飲みはじめた。
「ジル、君も喉が渇いているだろう」
携帯している皮袋を差し出し先に潤すように彼が勧めてくれた。丁寧に受け取り口をつける。彼はいつだって彼女に敬意をもって接してくれている。そのことは素直に嬉しいとそう思う。
「ありがとう、クライヴ」
緩やかに微笑んでお礼を告げて返すと彼も微笑み返してくれて。
「君とこの5年間の間はずっとこうしてきたな」
普段の彼とそう変わらない様子で語りかけて来た。
「覚えているわ」
あなたがベアラーたちをかばいながら大きなケガをしたときも。その後すぐに飛び出して行ったものだからタルヤはかんかんに怒っていたわよね。ガブと作戦を立てて彼がザンブレク兵の追撃から一歩遅れそうになった時も無理をして…。言葉にはしなくてもすぐにそれらを思い出せる。
覚えているのだからそうなるの。
「今みたいに私にずっとこうしてくれて…嬉しかった」
大切なのだと。そう優しく伝わって来て。それも…よく覚えている。
「…ありがとう、ジル」
礼を告げてから自身も口に含んだ。いま傍にいてくれる彼女を愛おしく思う。すぐに思い起こすのはドレイクブレスを破壊する直前。顕現出来ない自分の代わりにリクイドフレイムの炎と溶岩の力を抑えるためにシヴァに顕現し。
血を吐きながらも凛々しく最後まで戦い抜こうとした君の姿。せめて少しでも苦しさを和らげようと飲み水を差し出し、イムランへの断罪とマザークリスタルドレイクブレス破壊両方を成し遂げ鉄王国から捕虜として捕らえられていた彼女たちも含めすぐさま脱出した。

そしてジルの石化が広がった。痛みをまた覚えた。
シヴァのドミナントとの戦いが終わり倒れた彼女から流れた一筋の涙。
それで君なのかと分かった。メティアに祈ってくれたあの日と同じだったから。
胸に感じた痛みを思い出せた―覚えていたのだ。

それから少女時代の君の面影を視たのはマードック夫人の所で願いが叶ったと…そして俺が生きていることには意味があるのだと語ってくれたあの時だった。
目を背けてきた―…いや、目を向けようとすらしなかった現実と向き合い真実を知る為に動き出してからは生き残った彼らを支えヴァリスゼア各地を見回ってこの大陸に何が起きているか見分けようと必死だった。そしてこのヴァリスゼア大陸において人そのものへ向き合おうとふたりで決めたこと。
そうした中で君と積み重ねて来たこの5年間の出来事ひとつひとつを覚えている。
覚えているからこそ、痛みを感じるからこそ失いたくはないのだ。俺が預かり知らなかった過去を君は話してくれて支えると決めた。…まだ知らないことがあるのだろう。
今は目の前の道を―残るマザークリスタル破壊へ―進むしかない。そしてお互いに痛みを感じながら君と過ごして来た日々をもう無くしたりはしない。ジョシュアと再び会う為にも。
手紙に綴られたかつてのロザリスが戻っては来なくても叔父と話した通り父上の人が人でいられる場所を創り出す精神は確かに俺の中にある。
(それを失わず覚えていられるなら―…)
辿り着けるはずだ。
「…ジル、俺もよく覚えている。ヴァリスゼアを見回りながら喉の渇きをこうして潤していた。そしてインビンシブルで君とマザークリスタル破壊の為に杯を交わして誓い合った」
潜伏している間にヴァリスゼアの現実を見て回って来たのもふたりがよく覚えていることだ。協力者たちの元やインビンシブルに戻ってからふたりで揃って喉を潤し幾度も向き合ってきた。
「ええ。あそこから戻って来て決意をまた固めたわ」
「…トルガルたちも喉の渇きが潤ったみたいだな。行こうか、ジル」
お互いの誓いを確かめ合い進み出るとトルガルとアンブロシアが向こうからも駆け寄ってくれた。
ドレイクヘッド、ドレイクブレス、ドレイクファングと3つのクリスタルを破壊させ。
残るドレイクテイルを有する自治領、ドレイクスパインを有する灰の大陸へも決意を固めながら彼らは再び歩み始める。




現実を知った者は目の前の出来事を乗り越えようとそちらへ意識を傾ける。
真実を知った者は大抵打ちのめさせる。人は真実ではなく自分たちの耳をくすぐるような、望むままに生きて楽な生き方を追い求める存在だからだ。真実より自分達を安心させてくれる都合の良い嘘を求めるのだから。
彼はかつてラムウを宿していた男にそれを知りたいと告げたように真実に辿り着くようになる。誰かのために人へと手を差し伸べていたにも関わらず、そのときの彼自身は人ですらなかった。
そこから再び語りかけて手を取り向き合ってくれたのは人でありたいと語ってくれた彼女だ。
それを覚えていたから彼は彼女を人へと戻した。

少女時代の彼女とその時から紡がれてきた想いを思い起こしながら、君のその笑顔が俺を満たしてくれるとそう愛を告げて。


そして彼の核となっていた誓いそのものを腎(むらと)―奥底から呼び起こしたのは彼の弟である。
彼の弟は信じていたから。覚えていると。
あなたは自ら炎を灯し揺るぎなく燃え立たせる人なのだ、と。




※本当の意味でお互いへと踏み込こめたのは影の海岸の時であるふたり。

27/27ページ
スキ