テキスト(FF16)

不意打ち


インビジブル内に大きく設けられたクライヴの私室には光が差し込む窓側に備えられたデスクに石の剣の彼ら含め沢山の報告書と皆から寄せられた手紙が丁寧に纏められている。
ヴァリスゼア大陸においてマザークリスタルの破壊は成功させたものの。アルケーの空とエッダが語る青空が不穏な雲に覆われてから混沌状態へとどんどん向かいさらにその状況を悪化させているのがアカシアと呼ばれる溢れ出したエーテルの暴走により狂暴な魔物と化した存在だ。一度その姿になってしまっては人でさえ元に戻ることは出来ない。ベアラーやドミナント、チョコボやトルガルであれば耐えられるが個体差はある。
各地にこのインビンシブルと同じく拠点を構える今こそこの大陸の為にも人と人へ向き合うべきだと立ち上がっている協力者たちと刻印を取り除いたベアラーたちの強い意思から為る石の剣の彼らの助力と共に対応に追われていた。
「兄さん。こちらの報告書はドリスとコールから?」
追われているからこそ、冷静でなければならない。ひとりでも命を失わずに済むように。
ジョシュアの瞳にはそうした決意も現れていた。
「ああ。例の件以来隊長であるドリスへのサポートをコールはより強めてくれている。そのことがはっきりとした報告だ」
「アカシアに対抗する為にブラックソーンとゾルターンが生み出した剣。全く同じものは難しくても兄さんだけでなく石の剣の彼らに近いものを持たせるだけ持たせたいと精を出してくれている。ゾルターンの所へふいごを設置できて正解だったね。オーガストが報告してくれたよ、向こうも協力してくれていると」
政の魔窟の只中に放り込まれることはなかった兄と弟だがお互いにクライヴは拠点のリーダーとして。ジョシュアは不死鳥教団の宗主として。こうしたやり取りが自然と出来るようになれるほど価値観そのものが違っていても彼らを纏めて来ただけはある。今とこれから行うべきことを指示として下す為に冷静に見極めながら会話を進めていた。
少し前までもジルやガブ、オットーと石の剣の彼らが作戦会議を開きながらヴァリスゼア大陸の地図を広げながら相談し合っていた。今も大きくは変わらないが中心となっているのは兄弟ふたりだ。
「報告のことでひとつコールに確認しておきたいことがある」
「僕が代わりに行くよ。兄さんは他にも目を通しておきたい書類があるよね」
それと。書類が置いてあるデスクの端にはトルガルのおやつもちょこんと。
ジョシュアがそちらへ視線をやりトルガルにもおやつを上げてくるよと颯爽と動いてくれて。助かるな頼むぞとクライヴは弟へ視線を返す。
ジルはふたりのその会話を真剣に言葉は挟まなくてもどこか愛おしく感じながら耳を傾けていた。ジョシュアが出て行き扉が閉まる音。クライヴが別の報告書を手にして部屋が静かになる。
部屋の中のすぐに目が入る場所にガブが前の拠点から持ち出してくれたシドとクライヴの誓いが置かれているのに連れ添って協力者たちやインビジブル内の皆を含めて贈られた贈り物をジルは丁寧に磨いていた。その中に彼女が彼へと贈った花冠も含まれている。乾燥したとしても香を放って飾って置けるものだ。大好きな人に大好きよと伝えられた想いそのもの。

今またあの日とは違う子どもの頃を思い出した。
クライヴの剣の稽古を見守っていて。それを彼が屋敷を戻る前より先にジョシュアへ教えてあげるのが彼女の日課だった。時には人では通れない抜け道で先回りしていた子トルガルがちょこんとジョシュアの膝の上に乗っていて。トルガル先にお話しをしていたのねと小さかったトルガルを抱っこしながらジョシュアとほほ笑んだ。明るくよく笑う様になったなとエルウィン様からマヌエの丘で過ごしたあの日以来そう言ってもらえるようになった。
ジョシュアとクライヴの話をして彼がどれほど私たちにとって大切な人なのかどうしたら伝えられるのだろうとよく話し合っていた。
俯くクライヴの傍では彼と視線を絡めた。まっすぐに見つめると頷いてくれた。一緒には戦えない。それならジョシュアを守ろうとする彼の決意を支えるようになりたいと。
ふたりが生きているのかそうでないのか行方も分からないまま、あの国に囚われるまでは―。
ジルはここにあるマーテルの果実、モリーのもとでパイの材料にしてもらうわねと籠を持ち上げてすっと立ち上がった。目線を書類へ落としていたクライヴがああ、と顔を上げる。
「そうだな。黒の一帯の中で生った果実だ。俺が後からディオンを呼ぼう。待つ間に気を張ってもらってばかりで悪いからな」
彼のその提案にジルも頷いた。
「彼へは紅茶が良さそうね。ノースリーチは賢人の方と娘さんの親子喧嘩が終わってからまた市場も少し活気が出て来てね、ちょっとしたものを買えたの。シナモンもあるから好みなら入れてくれるかしら」
彼女のこうした細やかな気遣いは少女の頃から変わらないなとクライヴは思う。
「真面目なディオンのことだ。確かにエールを勧めても口に含めないだろう」
「ジョシュアと似ているのかもね」
「そう思ったことはなかったが…そうなのかもな…」
齢9つの時にふたりは一度だけ顔を合わせたことがある。当時のジョシュアの反応はとても緊張したよ、だった。
「私がそう思っただけよ。早速取り掛かりましょう」
にこりと笑ってから目の前を横切ろうとした彼女に。
ジル、と彼が彼女の名を呼んだ。
振り返って。
どうしたのと答える前に彼の指が頬をなぞり唇が掠めた。
「‥‥‥」
「ありがとう、ジル」
すっとまた肩を起こし元の姿勢に戻ると書類に再び視線を落とすクライヴの姿。
思わず片手を上げて掠めた頬に指先を置いた。グローブをはめているからはっきりは分からない、けど。熱がある、と、思う。


俺らしくないことをしようと思ってな―…。
あの日と同じ花を見つけ出してくれて。あの日と同じ様にまた私を連れ出してくれた。
元から素直でまっすぐな人だとそう思っていた。ジョシュアとはまた異なるもの。
嬉しいのに、鼓動が早まるほど不安がよぎる。
大好きよと伝えたあの時に幸福感に包まれていたからなおさらなのかもしれない。

今のも―らしくないこと、なのだろうか。
本意ではなかったが戦えるようになって再会してからの5年の間は隣に立てるように、受け止められるように過ごして来た。クライヴが準備を終えると同時にレイピアを携え。
共に潜伏先から。インビンシブルを見つけてからはここから足並みを揃えて出て行った。
顕現が出来ない彼の代わりにある時には前に出て魔法を唱えながら戦ってきたのだ。ベアラーたちの石化や酷使され投げ捨てられていく命や戦うことになった彼らへの痛みを覚えながら。そうした現実もシドに教えられて以来ずっと見て来たからか。自分の石化が進んだことが重なりクライヴが本当はずっと戦いの場所から引き離したかったのではないだろうかとドレイクブレス破壊後からより感じていた。
人に戻りたいと願っていたのは本心だ。
それは最後までこの戦いを見守って結果を受け止めてからだとそう考えていたから。それまではずっと対等で傍にいられるのだと。

もう離れることはないのだと。

それとも、これは叔父様がおっしゃっていたクライヴが嘘をつく時の―。

僅かな時間であっても彼女が固まっておりジルのその瞳が揺らいでいるのに顔を上げて気づいたクライヴが驚かせてしまったみたいだなと軽く咳払いをして話す。
「嬉しそうに料理について話す君を見て、君の子どもの頃を思い出した」
それと同時に、と彼は続ける。
「今俺の目の前に居る君はその時語らなかった先のことまで話してくれて。俺には出来ないことを一生懸命してくれている。お礼のつもりだったんだが…」
頬をかきながらそんなことを話し出す。

子どもの頃、未来のことは話さずに支えようとしていた私。
シヴァのドミナントとして再会してからはずっと隣に立っていた私。
そして、先に人に戻ってから…あなたと外大陸へ行くのと語るようになった私。

全部本当の私のはずだ。
彼は私と誓った後も私にとって大切なものを見つけ出してそうして行動に移してくれているのだ。
「ちょっと驚いたわ。クライヴらしくなくて」
「はっきり言うようになったな。でも、我慢されるよりいいか…」
我慢ばかりされると俺はまたジョシュアに怒られるだろうしなクライヴがそう語ってくれた。
「ジョシュアは昔からあなたに対してはっきりしていたわね」
「大人しそうに見えて芯は強いんだ。だからこそ俺を信じてくれている」
ジョシュアのそのまっすぐさが未だクライヴが嘘をつく癖が分からないジルにとっては羨ましいとさえ思う。
ジルと再び名を呼びクライヴはまっすぐに彼女を見つめた。
「君が目の前を横切った時…少し寂しく感じた。行ってしまうのかと。
つい…というのも悪い…触れたくなった」
誤魔化さない彼のその様子に彼女は愛おしさがこみ上げて来て。
籠をデスクの上に置くと笑顔で彼の元による。
「ウォールードで戻ってきたあなたに話したこと、覚えてる?」
「…ああ」
「会いたかったってあなたも言ってくれた。すごく嬉しかった」
一緒に行けないからこそまた離れてしまう不安がある。その日はもう間近で。
傍にいられない。そのことが辛いのだ。
「今君がしてくれていることも嬉しいよ、ジル」
そう、分かっている。彼はこういう人なのだ。だからこそ失いたくない。
「…私だって、嬉しい、の」
溢れてしまいそうになる。彼は両手で彼女の頬を包み込み。視線を絡め合い先ほどの不意打ちとは違う想いの高まりそのものの口づけをした。

―こっちの方が、俺たちには合っているかもな。
―…クライヴ。
―どうしたんだ、ジル。
―あなたとこうしているの、嬉しい。
…俺も。




おまけ(?)

協力者窓口でガブとオットーとゴーチェの男3人が集まり顔を青ざめさせていた。

ちなみにデシレーはサロンにてシャーリーと子どもたちと一緒にお茶会に出払っている。

「どーするよ…」
「どうするといってもなあ」
「俺がクライヴに手紙届いているぜと何事もなく伝えて後は本人に何とかしてもらうしか…」

「3人ともどうしたのかしら」
3人にとっては今一番来てほしくない人物が現れて飛び跳ねた。
「ジル!い、いや別にクライヴ宛に来た手紙が」
「ガブ!それ以上は言うんじゃない!」
「いや、オットーさん!隠したら後々面倒になります!やはりここは正直に」

3人の慌てた様子にジルはすっと目を細め。
「クライヴ宛に来た手紙の内容を知っているのね。そして私に知られるのはまずいと」
シヴァの力を失ってはいるが氷の魔法はまだ唱えられると十分伝わるピンとした空気が張り詰めた。
「話してくれるわね」
「「「‥‥はい」」」
3人はすごすごと手紙をジルへ差し出した。
「…ものすごく言いづらいんだけどよ」
「それはな…」
「差出人不明だけど、クライヴへの恋文みたいなんです」
ジルが静かに受け取る。
「勝手に開けて読んだわけね」
「いや、すまん。出払っている間に緊急の用だと困ると思ったんだ」
「差出人不明じゃあいつだって困るだろう」
「ジルさんだって…いや、すみません」

剥がされていた糊付け部分を丁寧に伸ばしながら、ジルは私がクライヴに渡すわと颯爽と去って行く。

「…ええ?」
「…ジルは強い女だったな。」
「…てっきり怒るんじゃないかと思ったんだけど…」





「どうするの?」
「差出人不明となると…筆跡から心当たりがないか探すしかないな」
そうね、と普段の凛とした様子と変わらないジルを眺めてクライヴは先に返事を書くよと答える。
「俺にはもう誓えるほどに大切な人がいると、そうはっきりと書いておく」
向こうもこれを書くのには相当勇気がいったはずだ。だからこそ相手の姿はまだ見えずともその勇気には敬意を払っておきたいと。
「手紙、また私も書こうかしら」
ジルがデスクにクライヴが大切に取っている手紙の数を見ながらそうぽつりとこぼした。
「なら俺もジルに書こう」
彼が明るく応じる。
「皆には内緒ね」
そう微笑んでくれる彼女に。
なんだか子どもの頃を思い出すなと彼も調子を合わせていく。
そして、彼が誓ったのは目の前にいる少女時代より多くの現実を乗り越え共に過ごし。
これからも過ごしていくのだと愛おしく思う彼女。

何を書こうか。
不意打ちで子どもの頃から好きだったとそう伝えたら君はどんな顔をするのだろう。

こみ上げてくる愛おしさそのままに彼は拠点で過ごすひとときの間彼女へ綴る言の葉を考え始めていた。
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