テキスト(FF16)



・向かい合う


風の大陸中心部―。黒の一帯の中のシドの隠れ家にて。
夜中にシドはケネスの食堂からエールを出してもらい、奥のテーブルにて書物を記しているハルポクラテスの席へとついた。


よお、ハルポクラテス。クライヴと語り合う様になったと聞いたぜ。

お前の顔を見たらよく分かる。
ヴァリスゼアに惹かれて、神話の舞台を書き記したいと目的があって来たんだろう。
流れついてここにきた俺とはそこが違うなとお前に出会ったときからそう思っていた。
モースの影響から、か。でもよ、それを決めたのはお前だ。
あいつとジルがここに来てからここもちょっと変わったのかもな。…いや、変わったな。
出来ることが多くなった。
ドミナントは一国の戦局を揺るがすほど重要な存在だ。
だけど拘束から解放されたあいつらはここから人と人へと向き合おうとしている。

ジルからあいつの話を聞いた。ロザリアに戻るのが怖かったと。
あいつ自身も俺に言ってくれた、ずっと逃げ続けていたと。弟の為にも国の為にも何もしてやれなかった自分から逃げ出して、怒りや憎しみを相手にぶつけて。
失われたものへ意識を向けるより復讐に縋って生き残る方がずっと楽だった、その方が考えなくて良かったからと…な。
イフリートのドミナントだと受け入れた以上はこの先どれほど厳しい現実が続いても抗うと俺と向き合ってそう言ってくれた。
…何てことはない、あいつは元から人が好きなんだろうな。ジルも進み始めたあいつの様子を見て微笑んでいたな。
俺か?俺はどうだろうな。
世界を救うのが誰なのか見届ければ良い、なんて調子いいこと言った王様に付いていたぐらいだ。何か派手なことしたかったんだろうな。それこそ、歴史に名を残すぐらいに。
真実に気づいたからこそ、ウォールード王国から離反したか。耳に心地よい響きだな。
ああ、悪くは取らないでくれ。まああの野郎が意図的に混乱を引き起こしていたと分かって去ったのは事実だ。オットーが色々手助けしてくれて。各国を回っている間にカローンやタルヤ、ハルポクラテスお前やガブとあちこちで協力者たちや石の剣の奴らとも出会えた。
お前の師匠が書いたものも追放扱い。それでいて滅ぼされないでここまで来た。その本も他の誰かの手元へ届いて真実を知ろうと奔走しているんだろう。

ガブがな、まだ復讐心に囚われていたあいつをまっすぐに見て家族を奪われたからお前の気持ちはよく分かると向き合っていた。
あいつは俺とロストウィングで弟の敵討ちだけが出来れば良いと話していた時は目を合わそうとしなかった。ガブにそう言われて。顔を上げた。目的を果そうと決意を固めた表情(かお)じゃない。ここにいる連中がどういう奴らなのか考えていた。きっかけをくれたガブを助けてからあいつ本来にあったものが動き出していたんだろう。

…きっかけは、俺だと。
ああ…そうだな。

クライヴに言われたよ。ベアラーたちやドミナントを集めて反旗を起こすつもりなのかと。
お前ほどに若けりゃそうしたかもなとすてきなおじさまらしく軽く冗談交えてせめて人として死ねるようにと答えてやった。
…ほんとはそうしたかったのかもな。いや、違う。ベアラーやドミナントのことじゃない。

俺はあの王様をぶん殴ってでも向かい合うべきだったんだ。
無理やりでもベネディクタの手を引いて連れ出していけば良かった。

思い返すのはバルナバスの後ろ姿だ。
いつからあの男と向かい合わなくなったのだろう。
ベネディクタは別れ間際まで目を背けてこちらを見ようとしなかった。
威厳がある出で立ちでありながら—…どこも見ていない虚ろなあの瞳を見るのが嫌だった。
これで良い、これが私なんだと縋って自分を見失っていく彼女を見るのが辛かった。
何をしても伝えても響かないのだと現実を知らされるのが怖かった。
オットーの亡くなった息子のこともあり、ベアラーたちの境遇を踏まえて―…見出した理由(わけ)を盾に逃げ出したのだ。
それまで戦に次ぐ戦で騎士として酷使続けた自分の身体の限界も盾に。同じ死に場所を見出せるようにと残された時をマザークリスタルの破壊と共にそうして生き残ろうと考えていた。


“父ちゃん、ヴァリスゼアから逃げ出すの?”
エンジンの設計図を後ろから眺めていたミドには見抜かれていた。


「シド、お主は忘れようとはしていないのだ。その苦しさがクライヴに響いた」
ハルポクラテスがシドルファスにまっすぐに向かい合ってそう言葉にした。
シドは一瞬の静寂の後、ひと口エールを飲んだ。高級なゴールドン・ルージュの芳醇な香りと味わいとは違う安っぽい酒だ。けれどすっと喉を潤していく。
忘れられるものなら忘れたい。苦境にある時に人が良くする言の葉だ。シド自身何故かは分からないがその考えが一度たりとも浮かんだことはなかった。
忘れてしまったら俺が俺で居られなくなる。そんな精神論的な理由ではない。
目にしてきたもの。関わって来た人たち。この大陸に存在しているもの。流れついて訪れただけだったはずだ。気が付いたら向き合っていた。
「わしも惹かれたままだ。これほどまでに数々の醜い争いをこの目にしてきて。お主にダルメキアの戦地付近で拾われたにも関わらず」
クライヴとの語り合いとそれを書き記すのを心待ちにしている自分がそこにいるとハルポクラテスがそう話す。
知識を求め真実を求めたいというこの大陸に来てから己から生み出されたものからもしかしたらラムウとして覚醒したのかもしれない。
ある日突然になとクライヴに伝えた。その日から人ではいられなくなったと。
騎士として最前線に立っていた時から石化して動きが鈍くなった腕をあいつに見せた。
この男が人そのものへ目を向けていると気づいたからこそ我ながら狡いとは思いつつも。

クライヴがフェニックスのドミナントを語る時の口調は“弟”だった。
ロザリアにおいてフェニックスの存在はまさしく守護者そのもの。信仰の対象でもある。それが失われたからこそ大公の精神も消えつつあるとドリスが話してくれた。
シドは直接目にした事はなかったが皇国領へと入ったロザリアでも文献はそこまで処分はされていなかった。意味がないと考えられていたからだろうか。フェニックスに関して幾つもの書物を見つけた。
神々しいまでの炎の煌めきを宿し。それまでの自分を全て失って蘇る不死鳥。
まっさらな過去。まっさらな存在。数多を清算するもの。
…本当はそうでないとクライヴは語った。
弟は苦しんでいたと。自分との約束を守る為にあの姿で戦っていたのだと。それに手を掛けたのだ。真実を受け入れようとあいつは必至だったのだ。
イーストプール惨劇―母親が行なった残虐な現実へと立ち向かう為に。そしてこのヴァリスゼアの真実を知った今。マザークリスタルの破壊を目指す。そこからまた生じる苦しみと痛みをあいつは受け入れようとするだろう。

―賭けに出る。

シドがハルポクラテスに向かい合いながらそう告げた。
「…ヴァリスゼアの全てを揺るがすことになる」
「世界を救うなんて、大仰は語らなくて良い。あいつはそうしない。最後まで人に向き合ってそれを貫く。今のヴァリスゼアに必要なのはそれだ」
「わしは彼の語ることから記録を綴ろう。そしていつの日か、彼が―…」

シド、お主の様にこの世界を語れるようになるのなら。
彼と向かい合い、この羽ペンを渡そうと思う。
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