テキスト(FF16)


・贈り物・


その行商人に出会ったのはいわば偶然なのだ。


既にあれは獣でしかないとロザリア7大家族のひとりバイロンから語られた通り黒騎士たちを従え狂気としか例えようがない神皇后であるアナベラが亡くなり。重税からは逃れたものの、クリスタルの供給の無くなり生きていくのは相変わらず大変な―宿を構えるマーサが中心となっていたこの村では、彼女がベアラーたちを匿っていた事実が明らかになってからは許すことが出来ないと出て行った者も少なくはない。
それでいて明るい話題もないからか。はたまた認識が少しずつ変わってきた兆しなのか。
かつてはベアラーたちへ大公と同じ接し方を盾として滅ぼされたイーストプール村に彼らが住むこととなり。明るくは振る舞いたいと思うけれどね、こう嫌なことが続いたんじゃねと外を箒で掃いていた村人のひとりもここ数日は逐一そちらの方へ視線を向けるようになった。
俺たちは青空が広がったら水道橋の建設再開に取り組むとするかねと傭兵のブレナンを通して―彼の実体はフェニックス教団のひとりである―に促されかつてのロザリスも王政という幕が閉じようとしているのであればそうして欲しいと宗主であるジョシュアとその兄クライヴから提案されたのだ、村の警備に回っている男達が同意した。
イーストプールは5年もの間放置はされてきた集落だ。
あちこち傷んでいることもあり、ここの大工バーナードだけでは人手が足りない。バードルフに話を通して彼の弟子たちをインビンシブルから来てもらおうとストラスをマーサの宿から例の言い回しを用いて飛ばした。
クリスタルの破壊と共に民の暮らしが苦しいままであることはクライヴにとっても胸が痛く辛い現実だ。ロザリスに押し寄せていた難民たちを思い出す。父であったエルウィン大公は母アナベラとザンブレク皇国の裏切りにより殺害されるまでは彼らに手を差し伸べそして彼らの為にマザークリスタルを奪還する戦いに赴くはずだった。
故郷もその想いを支えていた兵や民達。何よりも大切な弟も。傍にいてくれた幼馴染も。
何もかもが失われたのだと考えていた間は敵を取るのだとそれだけで這いずり回りながら生きてきた。
それすら現実と共に失われ。
現実に立ち向かい前に進むのだと進んでいたはずなのに真実を知らされ。
今は父を通してこの身に受け継がれて来た炎の民の生き様と。
弟への誓いと理の使いであった召喚獣をその身に宿して来たドミナントたちの力を通して人の罪そのものも背負って全てを抱きながら理へと挑む。
空中に浮かび残っている理を破壊したとしてもこの状況が一転する訳ではない。
混沌状態のヴァリスゼア大陸全ての人々が本当の意味で人として自らの意思で歩み人として生きているのだと勝ち得るのはずっと遠い先のことだろう。
それまで悲しみも辛い現実もこの痛みも続いていく。月を眺めながらそうした想いを抱えている。

インビンシブルのクライヴの私室にてこれからのことを兄弟ふたりで話していた時、弟が兄に普段と変わらない穏やかな口調でこう語りかけて来た。
“僕があなたの名を呼んで…自らあなた自身の名を声に出した時。
誓いの意思をその瞳に宿した兄さんを。フェニックスの祝福を送ったあの日を思い出した”
それも…それがあなたなのだと。


イーストプールに住み始めたベアラーたちがアカシアや慣れない魔物たちへ勝利を刈り取り。
今まで自分達だけで集い合い暮らすという生き方をしてこなかった彼らはまだ戸惑っているはずだ。
マーサが宿にて彼らへの食事を用意しようと忙しく働いている。ジルはクライヴに叔父様から頂いた資金を少し使っても言いかしらと丁寧に許可を求めてから魚屋が売っている塩漬けの海魚と八百屋にて果物や野菜を購入してマーサの宿まで運んでくれた。
彼女がかつて共に買い物に出た時パンを含め何やら語り出した時と同じ、塩気が強いからトマトやニンジンを刻んで付け合わせて…と呟いていると村の主婦たちもその様子に引かれたのか手伝うわと共に宿へと入って行った。
ジョシュアは村に存在している娼館にて彼女達から石の剣の隊長であるドリス―厳密には彼女のかつての主の関係だ―の為に確かめておきたいことがあるんだと尋ねに行った。
亡くなったマードック夫人を含めて村人たちを中心となり丁寧に弔ってくれた彼女のかつての主に関してここで娼婦たちから話を聞いたことがあった。気持ちの整理がつくまでドリスにも時間は必要なはずだ。
出来る限りこちらも状況を把握しておいた方が良いとジョシュアも考えたのだろう。
クライヴと同じく彼も容姿が整っていて彼女達のお眼鏡に適うであろうが、そうしたことに対してきっぱりとしておりオットーが弟もからかいがいがないな…と呆けていた。向こうも言わばビジネスだ、それ相応の対応だろう。

悲しみの入り江―教会へと繋がる昇降機の方へ足を向ける。現実を何も知らないまま生きていたのだと思い知らされた始まりはあそこだ。そして、命そのものが軽く踏みにじられているのだと目の辺りのしたのがフェニックスゲートから戻って直ぐだった。
理と決着をつける為にこのヴァリスゼア内で行なっておきたいことはまだ幾らかある。その前にあの日のことも忘れてはならないのだと自身に落とし込む。
傭兵たちの武器を鍛造している職人の傍で見慣れない男が切り株に座り込んでいる。
ふと気になり声を掛けてみれば、ロザリアに流れ着いた行商人だとその男は言った。
化け物だらけですが各国共に兵達を戦争ではなくそいつらの退治に向けていてくれる。
そのお陰で小さい村だとは聞いていたんですがここに来た訳です。
黒の一帯の影響で大分ロザリアの森林地帯も沈んでしまいましたがまだ丈夫な樹もありまして。それを加工して食器やらちょっとした工芸品を売りに来たんですわ。食器の方がなかなか捌けまして。あとはこれとかどうですかね、チョコボを彫ってみたんです。
なかなか立体的で出来が良い凛々しい出で立ちのチョコボの木彫りだ。
「北部地方はもう死の大地で。こちらに世にも珍しい白銀のチョコボが降りてきていると噂もされていたとか。最も人が近くにいると察するとすぐに姿を消してしまう。正に幻のチョコボ。それを想像しながら彫ったんですわ」
「…そうか」
「目にすることが出来れば幸運が来ると言い伝えもある。けれどもそれはこちらの都合でしかない。
馬として我々が扱うのも同じでしょう。彼らは本来人に与えられた贈り物。誰かにこの木彫りのことを話すつもりならそう伝えてやってください」
羽根を手にしてからその姿をこの目にした。
もうここには来ないとそう告げた。
向こうはクライヴのその言葉を信じてくれた様子だった。ただ、欲深い者が来ない保証はどこにもない。だからこそ姿を消した。
クライヴは静かに頷いた後、男が今手にしているものへ目を向ける。
「その櫛は」
形が整っておりやすりもかけられ目が細やかで滑らかだ。中心に低いくぼみがある。男はああと頷くと。
「いまこっちの旦那と残った鉱物で手頃なものがないか話していた所です。ちょっとでも飾りとなるものを埋め込んだ方が華やかで、女性は特に喜ぶ」
「まあ、そう言われたんだけどよ。残念ながらここでは宝石に限らず原石も随分とご無沙汰だ。他を当たってくれと今話したばかりなんだ」
自衛に当たっている男たちの為に鍛冶に携わる男はそう零した。
それを買わせてもらえないかと伝えるとふたりとも少々驚いた様子だったが各地に魔物とアカシアの討伐に回っている傭兵の身だ、出来が良いから依頼人が好みの宝石を嵌めようと欲しがることもあるだろうと付け加えるとそれならまけておきますと何枚かのギル硬貨と引き換えに譲ってくれた。
買い物を楽しんでいたとジルが話してくれたこと。
ジョシュアが3人で旅が出来て嬉しいよと語ってくれたこと。
今の自分に浮かんだ感覚はそれに近いのだとクライヴは思う。
何もかも定めのもとにあったのだと真実を知らされて。彼女との誓いと、弟への誓い。
常に傍にいてくれる相棒も、忘れないでまた出会えた白い自身の馬(チョコボ)も。
彼らと共に大切なものとして協力者たちから幾度か彼らの信頼の証としてブローチを受け取った。
信頼を得た彼らの軌跡を辿りその現実さえ目の辺りにした後に私室に飾られている贈り物の数々は己の生がただ運命に流されて来ただけのものではないと実感させてくれる。
自らの意思で見出し繋がりそして理が与えて来た糧とは全く異なる人と人から来る彼らの生そのもの。
最愛の弟と愛おしい彼女や相棒たちもまた運命だから出会った訳ではない。
繋がりを保ってきたシドと協力者たちも、自らの生の中で出会えた贈り物なのだ。
ベアラーたちへの協力が終わったら帰り道がてらジョシュアとジルに見せて。ふたりに何の宝石を嵌めようか相談しようと思う。
タボールに教団が潜伏しているジョシュアはあそこが鉱石と織物を中心に産業を立てているから詳しいだろうし、ジルはそうして作り上げられたものを愛おしく思いながら彼女自身と拠点の彼女たちの髪を梳いてくれるはずだ。ちょっとした楽しみが出来た。
偶然ではあるふとした引き合わせ。
それらを積み重ねて青空の下で語り合っていた時と同じ楽しい思い出としよう。いつかふたりと笑い合いながら語り合える時が来る。

本の中には記されていないほんの些細なそれでいて彼女にとって宝物だと称される彼の。

人そのものが大切な贈り物なのだとその生き方を示した黄昏の時においてある日のちょっとした出来事。


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