テキスト(FF16)




・証


ストラスを先に飛ばし予定していた時刻より早くベンヌ湖へと辿り着いた。
オボルスにインビンシブルまで舟を渡してもらうまで少し時間がある。
僕がアンブロシアを小屋へと送るよとジョシュアがその瞳に傷をもう付けないように顔を防具として覆っている馬具を優しく引っ張って連れていく。
かつてシドの拠点においては拠点のエントランスでチョコボたちが滞在していた。彼らを世話していた彼女へケネスから頼まれた弁当を届けにいくとチョコボはちょっとでも一緒にいるとにおいがすぐひっつくからね、でもこの子たちもこの拠点の家族だからと笑顔でクライヴに話してくれた。
戻ると笑顔で迎え入れてくれた彼女の命はチョコボたちと共にタイタンに顕現したフーゴと部下たちにより真先に失われた。血塗れで倒れているその姿がジルと急いで戻りこの目に飛び込んで来た瞬間に感じた痛みは今でも忘れられない。
アンブロシアと再会出来てから彼女の居住場所をインビンシブル内に置くか考えたがあの時の心の傷は5年経ったとはいえまだ子どもたちに残っているだろう。においは記憶を呼び覚ますのだ。
オボルスとも相談してトルガルのほどの大きさと重さなら舟渡しは出来るがチョコボともなると毎回はきついですぜと言われたのもあり、インビンシブル内の仲間たちと交代しながら今の拠点の対岸に小屋を作り世話をすることにした。ギサールの野菜はダリミルでは自治領の崩壊と共に逃れて来たザンブレクの民には吹っ掛けている行商人がいるが幸いマーサの協力もあり充分な量を確保できている。そしてここは黒の一帯だ。人は無論、魔物たちもここは寄せ付けない。エーテルが無い以上アカシアも同様だ。飲み水はミドが拠点内ほど巨大ではないがチョコボ1頭分なら充分な小型のろ過装置を造ってくれた。
トルガルおいでと相棒にも声を掛け、トルガルがジョシュアの後をついていく。
弟がわざわざふたりっきりにする意図については尋ねるまでもない。

ジョシュアが近くの馬(チョコボ)小屋に姿を去らせてからどちらともなく寄り添いジルがことんとクライヴの肩に頭を乗せる。いつもありがとうジル。優しく彼女を見つめそう伝えるとジルも微笑んで優しく見つめ返してくれた。そして彼女はそっと瞳を閉じてこの時をじんわりと自身の中に落とし込んでいく。この世界の現実を知る度に痛みそのものを幾度も感じて来た。彼と共に。その度にこうしてお互いを確かめ合った。
それは拘束具を嵌められ痛みに耐えているのに状況は何ひとつ変わらない、眠れば夢は悪いもので目が覚めたら更に悪い現実がずっと続いていたあそことは全く違う。風の大陸に兵器として行け化け物、汚れた獣らしく殺せ。そう命令が下されて―その時にはもう痛いとさえ思わなくなった。きつく縛られ顕現化した後血を吐く程に身体が痛めつけられていたにも関わらず。
クライヴとジョシュアも拘束具を嵌められて魔法が全く使えない歯がゆさと痛みを体感はしたがそれはジルの比ではない。彼女がフーゴに捕らえられた後に調子を崩した原因はそこにもあった。
だからこそ彼は彼女の罪と過去を背負うとその力を吸収した。人でありたい、とその言葉通りに。人として君に生きて欲しいと。
それだけではない。
「君にあった力が今は俺の中にある―…」
彼女はその力とそれまで生きてきた意味を彼とまた出会えて。そうして知った。
「…うん」
目を閉じながら彼の言葉の端々から伝わってくる想いを自らに落とし込んでいく。
「たとえ離れていても君の想いがここにある。ずっと俺を守ってくれている」
あなたを守る為に私は生きると告げた彼女の決意であり意思そのものが。
オーディンの力は一旦時を止めるものがある。バルナバスと戦っている間は凍らせるシヴァの力で対抗した。
「俺はあいつらの道具じゃない、運命と言われようと。
確かに…今の俺は人とは呼べないのかも知れない。それでも―…」

君との誓いは俺が人として生きている証なんだ。
(私も同じ―…)

イムランを断罪して因縁を断ったはずだ。だけど思い出さない訳ではない。
アインヘリアルで捕らえられていた間。
バルナバスがお前はミュトスをおびき寄せる“餌”だと言い放ってきた。ああまただ、また利用されるのかと。拘束具を嵌められ痛い、痛いと思う以上に必死にあの男を睨んで抵抗していた。
彼を守ろうとシヴァに顕現化した時と同じ思い、同じ表情で。
あの男は冷めた調子で無駄だという視線さえ投げかけて来なかった。見下していたイムランとは異なる。真実を知っていた故の諦観だった。

こう言われているような錯覚さえ覚えた。
お前は誰かの為に何にもなれない。何をしても誰かが傷ついてそうして失われていく。
空気が凍り付いていた。


あなたが飛び込むように来てくれて力強く抱きしめてくれた瞬間、また凍りついてしまいそうな心が溶かされた。

(あなたと生きていく。それが私の生きている証)


「…ありがとう、クライヴ。あなたと」
瞳を開いて今はこうしていたいと言葉を紡ぐ前に頬をそっと指でなぞってくれて。彼もこの時を望んで愛おしく思っているとその深くて澄んだ青い瞳から分かった。
お互いに静かに引き寄せられてまた瞳を閉じる。

影の海岸の時と同じ、波の音と風の音が遠く耳に響いていく。




アンブロシアはフェニックスゲートにて兄を助けた時に傷ついた瞳のことはものともせずに凛としていて。それは彼女が兄を深く想っている証なのだと。
トルガルは兄がまだ見つからない間についてしまった噛み癖からこれ以上傷が広がらないようにとシドに与えられた腕輪をしたままだ。一度は兄が外そうとしたのだが結局それも自分の証だからと断わられたと教えてもらった。
「トルガル、おいで」
かつてロザリスに置いて不死鳥の庭園にて自分を探しに来た子狼のトルガルに対して声を掛けたのと同じ口調で招く。
緑と花の調和が庭師たちによって取れていた美しかった庭園とはあまりにもかけ離れており。
黒の一帯の真っ黒な中で真っ黒な岩に腰掛けながらこうしたやり取りをするなんて、子どもの頃の自分に言っても信じないだろう。
齢8つまでジョシュアは屋敷の外には出られなかった。身体が弱く書物を読む習慣を身に付けるようになった。9つになった時に北部地方の遠征から戻った父から兄にトルガルが与えられて。ジル以外に兄に関して教えてくれる存在が増えた。兵たちの剣術を褒める話とは違う。
トルガルを呼んで膝にのせて。そうしてきょとんとした瞳を見つめるとその輝きから兄が厳しい稽古を乗り越えて自分を支えてようとしてくれているのを見て来たとはっきりと分かるのだ。
その頃はジョシュアも少し屋敷の外に出られるようにはなったがアナベラは一度として良い顔はしなかった。
偶にジルと3人でその時は空の時代のものだと考えていた遺跡に遊びに行くと兄に厳しい追及がきた。その度に3人で協力し合いながら上手くかわしていった。母が自分に向けてくる期待は重責でしかなかったが、3人でそうしたアイデアを出し合っている間は今思い返すと楽しかった。
また新しい抜け道を見つけたのだと分かる絡んでいた葉っぱを優しく取って膝の上で優しく撫でているとすやすやとトルガルは眠った。
今度は自分の番だ、眠っているトルガルに心の中で兄のことを語る。
世界でいちばん、信頼している人なのだと。

お前の盾になろう。
それはフェニックスのドミナントだからではない。ただひとりの弟として向けられた言葉だった。
だからこそ小さいトルガルに弟として兄のことを語った。
今も、また―。
「トルガル、僕が来るまで兄さんがどうしていたかまた教えてくれる?」
子狼の時と同じ、首を傾げながらも澄んだ瞳でトルガルがじっとこちらを見つめてくれた。
尻尾をゆっくりと振りながらジョシュアと向き合う。
「僕が来てから、そうだね―…」
インビンシブルでの兄との出来事をひとつ、またひとつと語る。ここに来てから言葉にするようになった弟のちょっとした習慣。
その度に兄の相棒の瞳が輝いて兄弟の証ひとつひとつが刻まれていく。


それほど時刻が立たない内にジョシュアとトルガルが戻って来た。オボルスの渡し舟が見えて来たのだ。
3人の間に穏やかな空気が流れる。かつて子ども時代に何も知らなかった時とは違う、それでいて確かにあったものを確かめ合ったのだ。生きている意味と、生きていく証を。
ジルが落ちてきた靴下を伸ばしている隙にそっと兄をこちらに引き寄せてジョシュアが小声で囁いた。



兄さん、前に僕らがドミナントだと答えたのを覚えている?
ああ。お前の言った通りだ。だが―。
人でありたい。その証を今もこれからも僕らは刻んでいく。
ジョシュア。
…。
俺はお前の盾だ。この身をもって、な。
…ヨ―テもようやく納得してくれたよ。
あの日の誓いを、今もこの先も。
うん、行こう。兄さん。



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