テキスト(FF16)

倉庫番のオルタンスと服を新調してもらったベアラーの姉妹たちとのやり取り。
拠点内の皆とクライヴ、ジルのこと。



・涙・



インビンシブル内のこの拠点において今足りているものと不足しているもの。

それらを小まめに調べてそしてこの先-ジョシュアがヨ―テに語ることとなる不確定な未来-ではなくすぐ目の前で起きている事柄に対して考えながら仕入れと仕入れ先に問題が生じた時でもどのように臨機応変に対応いくのかが倉庫番と呼ばれているオルタンスの役目だ。
商を生業とするカローンとは異なりこの仕事に商売敵はいない。カローンは彼女自身仕事に誇りを持っている。きつい口調ではあるがグツをとても大切に想っていることも、グツ自身がばあさんと泣きたくなるほどの想いを込めてそれに応えていることも拠点の皆が知っているのだ。

オルタンスの相手はこの拠点の皆だ。
皆の生活はインビンシブル内においてサロンへと繋がっている階段や拠点のリーダーであるクライヴの部屋が眺められ―後にミドが大工房にて発明したエンジンの大きな模型が置かれ視界が大分覆われることになるがそれでも彼の部屋につながるテラスはオルタンスの所から分かる。それは変わらないまま彼を見送る。
それにクライヴはここに帰ってくると必ずと言っていいほど声を掛けてくれて。
なおかつ協力者窓口や医務室、軍事学者であるヴィヴィアンの私室とネクタールが担当するモブハント討伐、図書館へ向かう際は必ず通る通路の傍で―彼女はひとりひとりの生活を自分の役割の為に設けた場所から眺めている。
昇降機も近くすぐ下へと目をやれば船頭のオボルスの姿を見つけて。
大工の頭であるバードルフが見習いたちに声を出して打ち込む音、そして剣と剣がぶつかる音が耳に入ってくるので石の剣ドリスとコールが相談し合いながら今日の任務についても話し合っているのだろう。先ほど昇降機からオーガストが昇って来てサロン内へと向かった。ブラックソーンの所へ石の剣の彼らへの武器のこととさしずめ今晩の飲み相手にと話し合うのだろう。
武器と防具のことはカローンやブラックソーンが。食材に関しては厨房のモリーや酒場を朝から開いているメイヴの役目となる。オルタンスが主に携わるのは生活していくのに必要な小間物や荒物、衣服や寝室などに敷く布地だ。


ついこないだのことを思い出す。
保護されたばかりでそれまで着たきりのままだったベアラーふたりの姉妹の為にノースリーチにて頼んでいた布地を取りに行ってくれないとクライヴに頼むと彼は快く引き受けてくれて。
―おねえちゃん、ここではきれいな服、着せてもらえるんだね。
来たばかりのふたりの姉妹にクライヴは優しく静かに視線を送り、その後クリスタルが破壊される度に増え続けている強盗たちの討伐を果してからここに持ち帰ってくれた。

“さあ、袖を通してご覧なさい”
そう勧めるとそれまで綺麗な下ろし立ての服とは無縁だったから姉も妹もぎこちなくて。
すっと袖を通せたジルとのやりとりを思い出した。
“うん、ぴったりね。とっても素敵よ”
オルタンスが笑顔で褒めると。
顔を見合わせて恐る恐る“ありがとう”と口を揃える姉妹たち。
“今度からここがあなたたちの家。それがあなたたちの新しい服。居住区…住む場所についても教えるわね。今また拠点から出掛けているクライヴが戻ってきたら顔を出すだろうから、見せてあげて”
赤を主調とする服を纏う妹の方は元気に頷いて。青を主調とする服装である姉の方はそれまで妹をかばい苦しみをもっと味わっていた為だろうまだ緊張した様子で、あの、と尋ねてくる。
“どうかしたの”
“あの人はどういう人なんですか”
“…あんたにはどう見える?”
“‥‥分からないんです” “怖いとは思わなかったよ”
姉のその返答に妹がすぐに続いた。

大罪人、シド。
それがこのヴァリスゼア大陸での彼に対する“認識”だ。
マザークリスタルの破壊は大罪だ。そしてこの風の大陸において残るクリスタルはふたつ。
オルタンスがかつての仲間たちの為にと設けていた場所とそれぞれの為にと仕入れていた物は大好きな彼らの命が大勢失われたと同時に埋もれるように無くなった。
かろうじて持ち出せたものと生き残った彼らと共にひたすら逃げ続け彷徨いながら時には夜露をしのげても寒さはどうにもならない洞窟の中での生活も続けていた。
そうした中だったから生き残った皆も当初は心が折れかかっていた。悔しさと悲しさで涙を堪えていた。そうでもしないと諦めてしまいそうで。
その度にクライヴが皆を引き連れて立ち直らせてくれて。ジルが彼と共に潜伏しながらこのヴァリスゼアで見て来たことを真剣に話してくれていた。
この世界で起きている現実。
そして私たちが生きていかなければ―生き残った意味。
ヴァリスゼアの大陸全体に全てを伝えられるような時間も余裕もなかった。
何より、このヴァリスゼアはあまりにも未熟なのだ。かつてのシドが長年研究しながら辿り着いた真実をすぐに受け入れられるほど成熟はしていない。これもまた現実なのだ。
だから、この姉妹たちの反応はよく分かる。

“分からないんです”

彼が何をしているのかも、その意味も。
失った多くの仲間たちの仇とロザリスまで破壊をつくした因縁の相手-フーゴが権力を振りかざすダルメキアにおいても同じだろう。あの男はクライヴがシドの名を受け継いでベアラー保護活動を続けていたことを見抜いて執拗に罠を張り追い回して来たが。
クライヴは体調を崩したジルを残して代わりにダルメキアに富豪としても詳しい叔父のバイロンと共に向かう運びになっている。
階段を降りる力強い音が聞こえた。この耳に慣れた音だ。クライヴだと顔を上げなくてもすぐに分かる。隣には音は立てないでそれでいてしっかりとついていくトルガルの姿もあると分かっている。後ろではどすんとこれまた力強い音。叔父であるバイロンだ。
顔を上げて近づき声を掛けた。
「行くんだね」
彼がこちらを向いた。
「奴とはこれで決着をつける」
厳かに語るクライヴに対し。
「皆で待っているさ。けど、ジルを待たせてばかりじゃいけないよ」
「…ジルを頼む」


“あんたは怖いとは思わなかったと言ったね。じゃあクライヴのことを教えてあげようか”

―彼はね、よく涙を流す人。

そう伝えると姉妹は顔を見合わせて。辛いから泣くのですか。泣いたら怒られるよ。とそれぞれ思ったことを口にした。
それまでベアラーたちが出来なかった第一歩を踏み出して。
瞳をそっと閉じ。
これまで逃れてきた間と拠点を見つけてここでやって行こうと決めた彼が行なってくれたことを思い返しながら軽く頭を振ってまた目を開いてオルタンスは答えた。

“感情が深くて温かいってことなの”

誰かを―人をひとりひとり深く想っている人なのよ。
すべての人へ手を差し伸べることが出来るわけじゃない。それは私たちも彼も分かっている。それでも愛情を注ぐことを忘れたりはしない。
二代目シド…クライヴはそういう人なの。


“袖の長さ、どう?ああ、良かったぴったりね”
すらっと立つジルの出で立ちに我ながらほれぼれとする。
“…ありがとう、とても素敵…”
タルヤが隣で良いわねとジルの為にこしらえた衣服を眺めて後押しをしてくれた。
“クライヴの分もこしらえて上げたいのだけど”
“今すぐは難しいわよ。一旦ロザリアへ戻るのでしょう…覚悟は良いわね”
ジルが真剣に頷いた。
“これはもう処分ね。あなたはもうあそことは何の関わりもない”
拘束具はすでに始末したことを伝えると、ジルが目線を下に落とす。
痛かったのに…いつからか何も感じなくなっていた…—。
何も言わない彼女がそう考えているようにタルヤとオルタンスには見えた。
3人が預かり知らないところでクライヴはニサ峡谷でこぼれ落ちた涙の欠片をジルが姿を見せる前に手の平にして考え事をしていた。


「タルヤにはもうそう伝えたんだろう。私は具合を診て上げられない。そうね、せいぜいあんたに聞いた好きな色についてジルに教えてあげるくらいだね」
「是非、そうしてくれ」
力強く頷くリーダーの決意には私たちの想いも乗っかっている。
「…泣かすんじゃないよ、必ず帰って来て」
クライヴはもう何も言わず力強く頷くと、トルガルと彼の叔父へとそれぞれ視線を送り昇降機のレバーに手を掛け。そしてオボルスの所へと向かって行った。

渡し舟が出され、3者の姿がどんどん離れていく。


“そういう風に泣くこと、いつか私たちにも出来ますか”
“優しく見てくれているってそう思ったの、本当にそうだったんだ”

“出来るようになるさ。ここはそういう場所なんだから”



時が流れ、インビンシブルの拠点とは遥か離れた真っ黒な海岸にて。
彼らの誰も預かり知らない場所で、ジルが涙を流していた。

愛する人に愛されながら。彼女の心からの涙を。
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