テキスト(FF16)

※PS5プラットフォームに移ったからこそ様々な表現方法が増したFF16。

作中で食べ物も印象に残っているのでそのひとつであるりんご🍎をモチーフにこばなしを書いてみました。




Apple




準備が出来たら出発だ。あーそうだ、何が起きても誰と会ったとしても。どこに邪魔したとしても驚くなよ。

まるで子どものように扱うシドルファスの態度にーそれは今までふたりがこの世界や現実に対しても何も知らなかった、思い知らされたのだと率直に認めたからこそだがー全く…と軽くため息を吐くクライヴと言葉には出さないものの少しだけあきれた表情のジルだったがさっそく動き出そうとすると。

「おう、ちょっと出発前に腹ごしらえしとけ」

今度は返答を待つことなくぽいっとりんごをふたつ、それぞれに投げてきた。

クライヴは片手で、ジルは両手で空中に舞ったりんごをさっと受け取る。

苦労してここで生ったんだ、ちゃんと味わっていけ。シドのありがたいメッセージ付きで。

出会った時もこんなんだったな…シドとのついこの間のやり取りがもう懐かしいとさえ感じるクライヴに対し、ジルはその果実を両手で包み込んだままじっと見つめている。

「ここの一員になったんだ。大仕事を成功させて、これからもきっちり働いてもらうぞ」

それで、ここで作られたものを存分に食えばいい。ここに帰ってくるわけだし、もう一員だしな。

ユーモアとウィンクを重ねたその物言いが、温かみのあるもので。ふたりが隠れ家に来てからちょっとずつ、少しずつ。取り戻してきた感覚のひとつ-微かな笑みを浮かべて特に頷くことはなくともシドに応えた。トルガルの方を向くときょとんとした瞳と目が合った。

トルガルが喜ぶおやつを仕入れてくれていたカローンに礼を伝えてからすぐに出るからな、と少しの間自由に遊ばせてやることにした。

ケネスが隠れ家の皆に振舞っている厨房からすぐの階段を上って、語り部であるハルポクラテスが奥に構える2階席の空いているところにジルに先に腰掛けるようにすすめる。

これはまだ甘さが足りないから砂糖をまぶして焼いてやるよ、とケネスの好意に甘えることにした。

待っている間に何が飲みたいか?と付け加えてきたので水で構わないと答えると。

「まあ酔いたい気分ではないだろうからエールはなしだろうけどさ。お前はともかくお嬢さんはミルクの方が良いだろう?

いままで望まないまま氷の魔法を使っていたんだ、あったかいもの出すぜ」

クライヴも温かいものをここに来るまで久しく口にしていなかったとシチューを運ぶ手伝いをしていた時にぽつりと発したことをケネスは覚えていた。背後に自分への気遣いも含まれているのだと感じながら温かいカップをふたつ受け取り、ジルの元へと足を進める。

先ほどのりんごと同じく丁寧にカップを受け取る彼女にそうしたきちんとしたところは本当に昔から変わらないな…と懐かしさを覚える。それはここに来たばかりの時に感じた感覚そのものでもある。ジルが厨房とカウンターそして1階の食堂席にて語り合うベアラー含めて“人”たちの様子を眺める。

その彼女を眺めてから彼も視線を下の席へと向けた。自由に明るく活き活きと語り合う人たちの姿がここにある。

「ここは、いいところだな…」

熱すぎないミルクはほどよく体の緊張をほぐし、食堂内の雰囲気がさらにそれを後押ししてくれる。

「…ええ。さっきおじいさんと話をしたのだけど。最初のころは寂しかったって」

ロザリアもひとりの男が動き、それに惹きつけられるように人々が集ってきたのがはじまりだ。

「黒の一帯で果物が実るなんて…マザークリスタルのことも含めて殆どの人は信じられないでしょうね。私もロザリスにいた時は考えもしなかった」

「けれど、俺たちは実際に見ている。現実も…見て来た」

マーテルは実験が上手くいったら美味しい果実をごちそうするとクライヴに語ってもくれた。

「そうね…それととても懐かしい。さっきりんごを受け取ったときも…そう。何だか懐かしかった」

ジルが静かに目を伏せて考え事をしている。クライヴは静かにジルの続く言葉を待つ。

彼女が彼女なりに紡ぎたい想いそのものを。それはこれまでふたりが長い時間出来なかったこと。命令に命令、自らの意思や発言-自我など不要。ただひとつだけのことを、残ったものはそれしかないのだと考えることさえ放棄させられてきた日々。それが“当たり前”なのだ。受け入れろというルールだけは心の中でずっと抵抗し続けて。

「たくさんのこと…思い出せたからかも、しれない。城下街で色とりどりの果物を眺めていたから」

「そうだな。ジョシュアもニンジン以外は目を輝かせて楽しんで眺めていたよ」

同時に彼の脳裏に浮かんだのはロザリス城の正門からではなく裏から回ろうと足を速めていたとき段から落ち足元へと転がり込んできた赤いりんご。りんごを運んでいたベアラーの彼との僅かなやりとり。あの時は国に仕えてくれている彼らへ感謝の言葉を述べた。国は“人”があってこそ。その背後にある現実など何も知らなかった。知ろうとしなかった。

ジョシュアを守ること。それが自分の使命であり全てであったから。今は…今は-?

「私はどこかで…ロザリスで…そこにあるものが当たり前に思っていたとここに来てから改めて気づいたの。でも懐かしいことを思い出せたのも嬉しかった」

「それでいいんだ、ジル。…過去は変えられない。俺もジョシュアへの誓いを忘れたりはしない。シドに伝えたことも」

「おふたりさん、お待たせ!熱々の内にどうぞ!」

タイミングが良いのか悪いのか。ケネスが湯気と甘い香りが立つ焼きりんごをドカドカとテーブルの上に置いてくれた。

会話の流れが真剣なものとなっていたふたりは少々反応が遅れたものの。

「ケネス、ありがとうな」

「ありがとう、ケネス。とても美味しそう…ううん、美味しいのよね。さっそく頂きます」

きちんとお礼を返す。

「どういたしまして。まあこれが俺の仕事だから。シドにこき使われる方がずっとずっと大変だからな。だからこそみんな、ふたりのことをアテにしているんだ。しっかり食べて頑張ってくれよ。で、皆にロザリアのことも含めて思い出話もたくさんしてくれ!」

厨房で料理を振舞う熱意そのままにケネスはまた厨房へと戻っていく。

「…色々と見破られているみたいだな」

「そうね。ねえ、クライヴ。ああ言ってもらえたのだから…」

時々でいいから…昔話をしてもいいかしら。

-良いに決まっているさ。昔も今この時を含めての俺たちだから。

後に彼の部屋に贈り物として置かれたマーテルの果実は拠点での昔話に花を咲かせ。彼らの軌跡の証ともなった。

それからしばらくのこと-。

…-少し休むか。

兄のそのひと言に弟は素直に頷き、彼女も携えていた剣を静かに収めた。

旅をしていたのは同じだから慣れたんだとジョシュアは少し口角を上げて自らの掌から炎をともし焚火を起こした。トルガルも暖まってね、と優しく背中を撫でトルガルを火の傍に招く。ジルがポーチから砂糖に漬けられ保存食ともなるりんごの菓子を取り出して先にジョシュアに渡して。綺麗な湧き水をなめし革でつくられた皮袋に入れて戻ってきたクライヴにも差し出した。感謝の言葉と共に彼は受け取る。

アルケーの空、とエッダが教えてくれた空模様は朝と夜の境界が曖昧な感覚に陥るかのようにずっと暗いままだ。この空の下で灯る炎の周りは暖かさを感じる。

再会して共に行動するようになって幾らか経ったが兄も弟もほとんど外では無駄話をしない。

残された時は少なく、この兄弟はお互いに行うべきことへは真っ直ぐだからだ。

昔からそうだったとジルは静かに甘い菓子を口に含む兄弟の仕草が似ていたことからも愛おしさを感じる。

「こうして外で食べるのって今でも不思議な感じがするんだ」

「旅には慣れたと今言ってなかったか」

「うん。ただ、教団に匿ってもらっている間も各地にいる彼らに招かれて食事をすることが多かったからね。

ヨ―テが口にするものを含めて細々と気を遣ってくれていた」

ジョシュアの事実を語る淡々とした口調にクライヴが静かに目を伏せる。

「そうか。今は俺の都合で引っ張り出してしまっているからな…」

「謝ろうとしないで兄さん。むしろ嬉しいんだ。ロザリスに居る時だって兄さんが外でみんなと食事が出来ても僕は母様が睨みを利かせている間は駄目だったんだから。

そうやって何でも自分の責任にしようとするのは兄さんの悪い癖だ。ね、トルガル」

伏せの姿勢で暖まっている狼に優しく背中を撫でて同意を求める。

トルガルは顔をジョシュアに向けて来た。兄の相棒も弟のその意見には賛成らしい。

ふたりのそのやりとりにくすくすとジルが笑う。懐かしさがこみ上げてきたのだ。

クライヴとジョシュアが今度はジルの方へ視線を向けた。

「城下街に買い物に出た時にね。色とりどりの沢山のもの眺めてもクライヴはジョシュアにはこれが良いあれが良いって…何だか思い出しちゃった。りんごひとつとっても自分の決めるのは早かったのに、ジョシュアへのお土産は時間を掛けていたわ。ニンジンだけがまだ駄目で…とか、本当にあなたのことばかりだったのよ」

バイロン叔父さんにも似たようなことを言われたな、と気恥ずかしいのか頭を下げたクライヴに。

「…」

考え事の時、兄と同じ仕草をする弟は少しの沈黙の後。ジルとトルガルに手招きしてクライヴの傍へと距離を詰める。

「ジルはそっちから兄さんと腕を絡めて。トルガルは背中に乗っかって」

「おい、ジョシュア…?」

返ってくる言葉はなく弟は兄の右腕に絡みつき。ジルは左腕に。トルガルが背中にどすんっと乗っかってきた。

「お、おい」

「さっきアカシアとの激しい戦いで最も切り込んでいたのは兄さんだからね。汗も相当かいたのなら身体が冷えるのも早い。ちゃんと暖まってもらってから出発するよ」

「俺は別に…」

「ケアルガを使ってもいいけど?」

「止めろ。お前の身体に負担がかかるだけだ」

「じゃあ大人しくしていて」

弟の気迫に-それは実のところ離れている間は出来なかった兄への気遣いそのものである訳だが-押されクライヴは言われた通りにそれ以上は何も言わなかった。

ジルが傍らで愛おしそうに寄り沿い、ジョシュアもすぐ側でぱちぱちとはぜる火の粉を眺める。

背中に乗っかっていたトルガルはもうふたりぶんの暖で十分なのだと判断したのかそっと離れるとすぐそばで横たわった。

大人になったらトルガルを連れて3人で旅をしたい。

ロザリアでの思い出話に花を咲かせながら。

ジルがロザリスに来て間もなかった頃、空の文明時代の遺跡に行く度にそう考えていた。

外大陸はどのような所なのだろう、と。

離れ離れの時にはもう叶うことはない願いだとも思っていた。そう。考えることと思うことを。クライヴもジョシュアもジルも。捨ててはいなかったのだ。

現実を知った今となってはその願いは描いていたもの願っていたものとは異なってはいても。3人でまた居られるこの時が何よりも愛おしくて。

「ジョシュアもジルも…ふたりとも…俺をすぐに甘やかそうとするから、困るな…」

ふたりには聞こえない程度に、それでもぽつりと彼は正直に吐露した。

(守ることが出来なくなっても…あなたを支えると決めたの)

(兄さんは僕の兄さんなのだから。それを証明する為にも戦い抜く。人である為に)

ジョシュアとジルにとって大切でかけがえのない人なのだと彼自身にもっと知ってもらうために。

言の葉には紡がない心にも灯る想いと炎をクライヴへとふたりは寄り添いながら注ぎ出していった。
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