テキスト(FF16)
前半メインの語り手はナイジェル。ヴァリスゼアのライン。
後半は潜伏して間もない頃のクライヴとジル。恋愛未満なこばなし。まだまだお互いに踏み込めないふたりのライン。
それとシドから受け継いだものの変化の兆し。
※
Before(創始前)
※
・ある植物学者の語り(ナイジェル)
この植物園もクライヴの採取のおかげで随分と花たちが咲き誇るようになりました。
空模様がこうした事態ですからね、特に女性たちがここに来ると笑顔になりますよ。花の元気がなくならないように声をよく掛けています。
こうして土を耕し小さくても花壇を設けて。水をやって肥料をやって。ロストウィングの水栽培に合わせたブドウ畑とは違って人の手で造ったものですが花たちもここではああ生きていけるのだと感じます。
ミドお嬢さんのろ過装置がすごいと思うと同時に何としてでも黒の一帯の土でも芽から成長させられないかと日々研究しております。
魔物たちも黒の一帯が広がる度に南下しているとシドと語ったそうですね。
植物系統の魔物も同じ状況とのことで彼らの生態から解決策よりもヒントを得られると考えながらの実験と研究の継続です。
我々は天才の集まりではありません。
困難な目に遭うことは避けられなかった。その度に目的から逸らされることなく目標を柔軟に変えて動かなければなりませんでした。
そして継続して努力を惜しまずにその過程からふと浮かんできた考えを頭に書き留めて何とか活かせないかと試行錯誤を行なう毎日なのです。これも思考を働かせる、ということでしょうか。
創始の時代についてあなたは理から聞いたとお伺いしました。
このヴァリスゼアはエーテルが豊富に満ちていて恵まれていた大地だったのだと。
ふと、思うのです。
理は最初に自分が生まれた生命であったと語っていた。
しかし理が来た時にはもうヴァリスゼアはすでに存在していた。
花たちやここで生ったマーテルさんの果実は種がなければ同じ様に芽を出しません。
大地の生命であるエーテルも必要です。
エーテルもこのヴァリスゼアも外の大陸も―理が生み出されるよりずっとずっと前から存在していたことになる。
果たしてそれを生み出したのはどういった存在なのでしょうか。
理とは別の―、もっと何か巨大なー…。
‥‥そうであったとしても、行なうべきことは変わらないと。向こうにとっては生き残る為の戦いであると。
このヴァリスゼアの舞台は変わるのですね、クライヴ。
自我がなかった人たちが自我を持ち、思考を働かせていったのと同じ様に。
マザークリスタルや魔法、理が存在していなかった創始以前に戻る訳でもない。
誰も予測が出来ない時代へと移ります。
我々はある意味では生き証人です。そして魔法が消えてそれが当たり前となっていく未来では今行なっていることも笑い話みたいになる。
笑い話でいいのかもしれません、しばらくは悲しみと苦しみの続く時代でしょうから。
苦しみと悲しみが忘れ去られた過去となった暁には―人が人らしく生きていけるようになっているのだから。
ここにある花たちと緑が満ちる世界であると、そうなるのだと確信をもって今からまた取り組みますよ。
それがシドから受け継いだあなたの夢であるのだから。
※
※FF16は青年期にクライヴが今の自分はベアラーたちをすぐには保護できないと語る場面から出来ることと出来ないことのラインを引いているように感じていました。少年期もそうであるのですがあの時は兄弟が何かの運命下に置かれているという予兆に近いもの。
理が最初の生命として“誕生する”というのもひとつのライン。もっと上の存在がいると考えられる訳ですが、人の器として上れるのがあそこまでなのだという示唆さも気に入っています。
設定資料集が出たら、もっとこの辺りに踏み込んだ話を書きたいですね。
※
潜伏して間もない頃の恋愛未満なクライヴとジルのこばなし
そして、シドから受け継いだ意思が変革しつつあるクライヴ
※
兆し
※
それほど巨大ではなくても大人ふたりと狼1匹が身を潜めて辺りを窺うには充分な大きさの大岩の陰に身を潜める。
シドの隠れ家がタイタンに顕現したフーゴによって跡形もなく崩壊し―帰るべき場所を失って間もない頃。
クライヴとジルは足がこれ以上付かないように潜伏先のひとつであるロストウィングへ向かう際、深い森の中をトルガルと共に通っていた。
かつてシドと共に訪れたグレートウッドを。
当初は火のドミナントを追うという目的で行動を共にしていたシドが前に通っていたと案内された道は荒れており道案内というより行き当たりばったりであるその姿勢に抜け道に詳しいんじゃなかったのかとやや訝しげに尋ねるクライヴに随分と変わっちまったなとシドは軽く返して来た。
同じく高台から眺めた空の文明時代の遺跡対してもあれが空を飛んでいた時代があったなんてな、とシドは冗談めいた軽い語り口で。
もっともそれはあいつなりのこの世界の現実や自身に対する皮肉であったのだと今ならそう思う。
各地に深刻な被害を広げる黒の一帯の影響で本来ならこうした深い森が引き寄せない魔物たちが至る所に見受けられる。ファーヴニルとの戦いを思い出す。あの時はややひらけた円形の壁に囲われた場所だったからこそ相手の動きを予測して対処出来た。止めを刺したのはシドの雷魔法だ。今はクライヴがその雷の魔法―サンダーと呼ばれる―を使いこなせるようになった。今回はさすがにそこまでの強敵はいないが出来ることなら長期戦になる戦いは避けたい。植物系統の魔物から採取出来る成分は生き残った学者たちにとって研究の助けとなり、狼系統―凛々しい顔つきのトルガルと全く異なる、こいつらは化け物のような形相だ―の毛皮は商売には役に立つのでカローンに持って帰ってやろう。商売敵が多いんだよねえと今現在表立って商を続ける日々の負担を減らせるだろう。
かつての高台から見える空の文明時代の遺物は鍵となるのではとクライヴは考えていた。なぜならヴァリスゼア大陸でこれらを動かせる知識と技術を持つ者がいないからだ。シドはそこに目をつけて隠れ家を持てるだけの技工で加工していた。
黒の一帯と文明時代の遺物がどう関係しているかは未だ分からないがヴァリスゼア大陸の大多数の人々にとってマザークリスタルが魔法という奇跡を与える加護であり、黒の一帯には人も魔物も住めず草木一本も生えてこずそこにある水も飲めないという“認識”が覆らない限りは可能なはずだ。出来ることなら水が多い湖辺りが良い。生命が特に感じられない場所へ近づく者などいないのだから。検討をつけている場所がある。その前に同時に行なっているベアラー保護活動に関してロストウィングにいる協力者のひとり、カンタンの元へと訪れる運びとなっていた。
「クライヴ」
隣に寄り添い彼と共に様子を窺っていた彼女が小さな声で話しかけて来た。足元にもかなりの注意を向けている。少年時代、霧がかかるスティルウィンドにてゴブリン族の討伐へ向かった時にウェイドが落ちていた枯れ木を踏んで彼らに気づかれたことがあったと話したことがあったから。その話の主意は予兆だ。何かが起ころうとしているとあの時から予感を感じていたことを思い出したと彼女に告げた。黒の一帯の原因をその時は知らずともその脅威を目の辺りにしたと。
シドとの出会いがそれまで忘れ去っていた―あの予兆もまた呼び起こしそうして真実を知りたいというこのヴァリスゼア全体へ目を向ける切っ掛けとなったのだ。
現在は魔物を含めて生き残る為に人々が必死となり、それがますます増していくのは疑いようがない。そしてクリスタルを介さずに魔法が使えるドミナントとベアラーたちへの扱いと迫害は厳しくなっていく。シドが今際の際に残した言葉が現実として襲い掛かってきていた。ベアラーたちの取引は以前よりも増加しておりそして彼らの命の代価はニワトリス1羽より軽い扱いとなっている。かつてのシドの拠点で、ランダルというロストウィング先の森で亡くなった男のことを思う。彼を探して来て欲しいと依頼を述べたアルバンは生きて戻ってくれればそれで良かったのにとクライヴに哀悼の意を表した。シドのせめて人らしく死ねるように、の意思に沿ったものではあったはずだ。
「これくらいの数なら行けるわ。急ぎましょう」
彼女のその言葉にトルガルが先行し向こうが注意を向けてきたと同時に俺が雷を落とす、ジルは感電していて動きを止めた魔物たちに一突き頼むと伝えすぐに飛び出した。
そう時間もかからない内にその場は片付いた。歩みをさらに早める。日が暮れるとさらに魔物たちの危険は増すからだ。トルガルがかつて見つけてくれた岩と岩の裂き目を通り抜け川の流れに沿って突き進む。
この先には難関がある、狭い崖道だ。先にトルガルがひょいと渡ってクライヴが後に続く。ジルも華麗に続いて渡り切り、ここで風のドミナント-ベネディクタに出会ったという場所に辿り着いた。
ガルーダの力を吸収した時に激痛と共に彼に最初に“なだれ込んで”きたもの。
それを彼女に話したことはない。シドとの思い出は何度か共有をしてきた。
「ベアラーの兄妹たちは…少しは自分たちの考えで動くことに慣れただろうか」
かつて同じベアラーのあんたなら彼らの気持ちも汲み取れると頼まれパンとワインを届けたふたりの血の繋がったきょうだい。ロストウィングの彼らに言わせるとベアラーたちは止めようとしても魔法を使ってしまうのだと。隠れ家に来たばかりのベアラーたちも戸惑ってばかりだった。
皇国領となり荒れ果てていたロザリアは大公の精神は失われ-赤子のベアラーは役所に生まれてすぐに突き出だされていたのが現実なのだから彼らのその反応は当然のものだった。親子の絆、友との絆、そうした人らしい愛情でさえ失われていた。
そうした中でクライヴはノリスという男を逃して生かす選択を取った。
「あなたが顔を見せたら喜んでくれるわ」
「そうだといいが」
ベアラー保護に関する話も彼と彼女は素直に出来る。
クライヴとジル、ふたりの会話の中心にあるのはシドルファスと出会ってからのことだ。黒の一帯の原因はマザークリスタルが大地のエーテルを吸い上げているという真実、ベアラーやドミナントたちの保護活動、ヴァリスゼア大陸の人々に蔓延る“認識”そのもの―今正に向き合わなければならないもの。
シドから受け継いだ想い、そして彼と共に活動してきた隠れ家の生き残った人々と協力者たち。
…そして。
「…あの時は火のドミナントを追うことで頭が一杯だった」
ジルは療養も兼ねて深い眠りについていた為に直接はその時の彼の様子を目にしていない。
「…シドのやっていることが心に引っかかって…それでもガブにも助けてもらっていたのにそこから動けなかったんだ」
俺はあの日に弟に生かされた、今は弟の仇―それだけしか考えられない。
シドは否定をしなかった。ドミナントであるとジルと共に認めると。
―まずは自分を受け入れることだな。
シドの言う通り、そこからだった。ジョシュアは遥か昔からそれを受け入れていた。
今すぐは会えない。止まっていた時が長かった分時間が掛かる。自身の預かり知らない所で弟は動いており、今も動いている。それでも、必ず会いに行く。
ジルはそのことも素直に受け止めている。黙って静かに聞いてくれる。
先ほどの戦いのように可能な限り魔法や半顕現を避けるような戦い方を提案する彼の想いを汲み取ってくれている。
先へと進んでいたトルガルが吠えることなく振り返ってしっぽを振っている。目的地が見えてきたこと、魔物が近くにはいないサインだ。
「ジル、」
「もうすぐ着くのよね、さっそくその兄妹に会いに行きましょう」
声が重なり彼女はまっすぐに進んで行く。
彼は発しようとしていた言葉を切り替え、抑揚に気をつけながらゆっくりと発した。
「ああ…そうだな」
まただ。
再会してから共に過ごすようになり少し経ったのだが、静かで穏やかでありそれでいて凛とした姿勢と毅然とした戦い方を見せるジルにはこうした態度を示す時が時折ある。
何かを隠しているようで、抑えつけているような。変わらずにまっすぐに見つめてくれるのに。
もしくは伝えたいことがあるのに、それが出来ないようにも見える。
原因が自分にあるのだろうかと思いながら彼女はそうではないと言うのだろう。
目を覚まして微笑んでくれたあの時が。受け止めるからと手を重ねてくれた時も、手と手を取り合ってシドの前で誓った時も、確かに伝わってきたものがあった。
メティアを見上げ願いが叶ったわと語ったあの横顔とまっすぐに見つめてくれたその瞳に―少女時代の彼女を視た。同じ微笑み方だった。
…いや、本当は違っていたのだろうか。
そのことがはっきりした暁には、話してくれるのだろうか。ジョシュアと再び会えるのはその時かもしれない。
顕現すら未だままならない今の自分の不甲斐なさをゆっくり深呼吸をして受け入れながら彼もまたロストウィングへと向かった。
シドから受け継いだものに対して、少年時代とはまた異なる兆しを感じながら。
※
※傷ついた心ゆえに本来持っている愛情や優しさを出しにくいジル(そしてそのことをクライヴに気づいて欲しくはない)と、吸収する際に他者の過去を視たりすることがあっても不用意に話したりはしないクライヴ。ベネディクタの想いをシドにも告げていない姿勢が妙にリアルだと思いました。そしてシドから受け継いだ夢がそのままではなく、彼自身と共に変化していったのも。
ジルは受け止めるという選択を取っていますが踏み込むことについては臆病といいますか出来ないのだろうと。
これはクライヴと出会って人らしくなった少女時代から変わらず。
クライヴは視ることになる分、最終的にジルが見せていなかった本心へと踏み込んで溶かしていきました。そうして背負って前へと進んで行く。
受け入れるクライヴと、受け止めるジル。このふたりにはそうしたラインの引き方があります。ジルが受け入れる選択を取ったのは作中では影の海岸の出来事が最初で最後でした。
彼の本質は弟だけが踏み込めるのです。
後半は潜伏して間もない頃のクライヴとジル。恋愛未満なこばなし。まだまだお互いに踏み込めないふたりのライン。
それとシドから受け継いだものの変化の兆し。
※
Before(創始前)
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・ある植物学者の語り(ナイジェル)
この植物園もクライヴの採取のおかげで随分と花たちが咲き誇るようになりました。
空模様がこうした事態ですからね、特に女性たちがここに来ると笑顔になりますよ。花の元気がなくならないように声をよく掛けています。
こうして土を耕し小さくても花壇を設けて。水をやって肥料をやって。ロストウィングの水栽培に合わせたブドウ畑とは違って人の手で造ったものですが花たちもここではああ生きていけるのだと感じます。
ミドお嬢さんのろ過装置がすごいと思うと同時に何としてでも黒の一帯の土でも芽から成長させられないかと日々研究しております。
魔物たちも黒の一帯が広がる度に南下しているとシドと語ったそうですね。
植物系統の魔物も同じ状況とのことで彼らの生態から解決策よりもヒントを得られると考えながらの実験と研究の継続です。
我々は天才の集まりではありません。
困難な目に遭うことは避けられなかった。その度に目的から逸らされることなく目標を柔軟に変えて動かなければなりませんでした。
そして継続して努力を惜しまずにその過程からふと浮かんできた考えを頭に書き留めて何とか活かせないかと試行錯誤を行なう毎日なのです。これも思考を働かせる、ということでしょうか。
創始の時代についてあなたは理から聞いたとお伺いしました。
このヴァリスゼアはエーテルが豊富に満ちていて恵まれていた大地だったのだと。
ふと、思うのです。
理は最初に自分が生まれた生命であったと語っていた。
しかし理が来た時にはもうヴァリスゼアはすでに存在していた。
花たちやここで生ったマーテルさんの果実は種がなければ同じ様に芽を出しません。
大地の生命であるエーテルも必要です。
エーテルもこのヴァリスゼアも外の大陸も―理が生み出されるよりずっとずっと前から存在していたことになる。
果たしてそれを生み出したのはどういった存在なのでしょうか。
理とは別の―、もっと何か巨大なー…。
‥‥そうであったとしても、行なうべきことは変わらないと。向こうにとっては生き残る為の戦いであると。
このヴァリスゼアの舞台は変わるのですね、クライヴ。
自我がなかった人たちが自我を持ち、思考を働かせていったのと同じ様に。
マザークリスタルや魔法、理が存在していなかった創始以前に戻る訳でもない。
誰も予測が出来ない時代へと移ります。
我々はある意味では生き証人です。そして魔法が消えてそれが当たり前となっていく未来では今行なっていることも笑い話みたいになる。
笑い話でいいのかもしれません、しばらくは悲しみと苦しみの続く時代でしょうから。
苦しみと悲しみが忘れ去られた過去となった暁には―人が人らしく生きていけるようになっているのだから。
ここにある花たちと緑が満ちる世界であると、そうなるのだと確信をもって今からまた取り組みますよ。
それがシドから受け継いだあなたの夢であるのだから。
※
※FF16は青年期にクライヴが今の自分はベアラーたちをすぐには保護できないと語る場面から出来ることと出来ないことのラインを引いているように感じていました。少年期もそうであるのですがあの時は兄弟が何かの運命下に置かれているという予兆に近いもの。
理が最初の生命として“誕生する”というのもひとつのライン。もっと上の存在がいると考えられる訳ですが、人の器として上れるのがあそこまでなのだという示唆さも気に入っています。
設定資料集が出たら、もっとこの辺りに踏み込んだ話を書きたいですね。
※
潜伏して間もない頃の恋愛未満なクライヴとジルのこばなし
そして、シドから受け継いだ意思が変革しつつあるクライヴ
※
兆し
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それほど巨大ではなくても大人ふたりと狼1匹が身を潜めて辺りを窺うには充分な大きさの大岩の陰に身を潜める。
シドの隠れ家がタイタンに顕現したフーゴによって跡形もなく崩壊し―帰るべき場所を失って間もない頃。
クライヴとジルは足がこれ以上付かないように潜伏先のひとつであるロストウィングへ向かう際、深い森の中をトルガルと共に通っていた。
かつてシドと共に訪れたグレートウッドを。
当初は火のドミナントを追うという目的で行動を共にしていたシドが前に通っていたと案内された道は荒れており道案内というより行き当たりばったりであるその姿勢に抜け道に詳しいんじゃなかったのかとやや訝しげに尋ねるクライヴに随分と変わっちまったなとシドは軽く返して来た。
同じく高台から眺めた空の文明時代の遺跡対してもあれが空を飛んでいた時代があったなんてな、とシドは冗談めいた軽い語り口で。
もっともそれはあいつなりのこの世界の現実や自身に対する皮肉であったのだと今ならそう思う。
各地に深刻な被害を広げる黒の一帯の影響で本来ならこうした深い森が引き寄せない魔物たちが至る所に見受けられる。ファーヴニルとの戦いを思い出す。あの時はややひらけた円形の壁に囲われた場所だったからこそ相手の動きを予測して対処出来た。止めを刺したのはシドの雷魔法だ。今はクライヴがその雷の魔法―サンダーと呼ばれる―を使いこなせるようになった。今回はさすがにそこまでの強敵はいないが出来ることなら長期戦になる戦いは避けたい。植物系統の魔物から採取出来る成分は生き残った学者たちにとって研究の助けとなり、狼系統―凛々しい顔つきのトルガルと全く異なる、こいつらは化け物のような形相だ―の毛皮は商売には役に立つのでカローンに持って帰ってやろう。商売敵が多いんだよねえと今現在表立って商を続ける日々の負担を減らせるだろう。
かつての高台から見える空の文明時代の遺物は鍵となるのではとクライヴは考えていた。なぜならヴァリスゼア大陸でこれらを動かせる知識と技術を持つ者がいないからだ。シドはそこに目をつけて隠れ家を持てるだけの技工で加工していた。
黒の一帯と文明時代の遺物がどう関係しているかは未だ分からないがヴァリスゼア大陸の大多数の人々にとってマザークリスタルが魔法という奇跡を与える加護であり、黒の一帯には人も魔物も住めず草木一本も生えてこずそこにある水も飲めないという“認識”が覆らない限りは可能なはずだ。出来ることなら水が多い湖辺りが良い。生命が特に感じられない場所へ近づく者などいないのだから。検討をつけている場所がある。その前に同時に行なっているベアラー保護活動に関してロストウィングにいる協力者のひとり、カンタンの元へと訪れる運びとなっていた。
「クライヴ」
隣に寄り添い彼と共に様子を窺っていた彼女が小さな声で話しかけて来た。足元にもかなりの注意を向けている。少年時代、霧がかかるスティルウィンドにてゴブリン族の討伐へ向かった時にウェイドが落ちていた枯れ木を踏んで彼らに気づかれたことがあったと話したことがあったから。その話の主意は予兆だ。何かが起ころうとしているとあの時から予感を感じていたことを思い出したと彼女に告げた。黒の一帯の原因をその時は知らずともその脅威を目の辺りにしたと。
シドとの出会いがそれまで忘れ去っていた―あの予兆もまた呼び起こしそうして真実を知りたいというこのヴァリスゼア全体へ目を向ける切っ掛けとなったのだ。
現在は魔物を含めて生き残る為に人々が必死となり、それがますます増していくのは疑いようがない。そしてクリスタルを介さずに魔法が使えるドミナントとベアラーたちへの扱いと迫害は厳しくなっていく。シドが今際の際に残した言葉が現実として襲い掛かってきていた。ベアラーたちの取引は以前よりも増加しておりそして彼らの命の代価はニワトリス1羽より軽い扱いとなっている。かつてのシドの拠点で、ランダルというロストウィング先の森で亡くなった男のことを思う。彼を探して来て欲しいと依頼を述べたアルバンは生きて戻ってくれればそれで良かったのにとクライヴに哀悼の意を表した。シドのせめて人らしく死ねるように、の意思に沿ったものではあったはずだ。
「これくらいの数なら行けるわ。急ぎましょう」
彼女のその言葉にトルガルが先行し向こうが注意を向けてきたと同時に俺が雷を落とす、ジルは感電していて動きを止めた魔物たちに一突き頼むと伝えすぐに飛び出した。
そう時間もかからない内にその場は片付いた。歩みをさらに早める。日が暮れるとさらに魔物たちの危険は増すからだ。トルガルがかつて見つけてくれた岩と岩の裂き目を通り抜け川の流れに沿って突き進む。
この先には難関がある、狭い崖道だ。先にトルガルがひょいと渡ってクライヴが後に続く。ジルも華麗に続いて渡り切り、ここで風のドミナント-ベネディクタに出会ったという場所に辿り着いた。
ガルーダの力を吸収した時に激痛と共に彼に最初に“なだれ込んで”きたもの。
それを彼女に話したことはない。シドとの思い出は何度か共有をしてきた。
「ベアラーの兄妹たちは…少しは自分たちの考えで動くことに慣れただろうか」
かつて同じベアラーのあんたなら彼らの気持ちも汲み取れると頼まれパンとワインを届けたふたりの血の繋がったきょうだい。ロストウィングの彼らに言わせるとベアラーたちは止めようとしても魔法を使ってしまうのだと。隠れ家に来たばかりのベアラーたちも戸惑ってばかりだった。
皇国領となり荒れ果てていたロザリアは大公の精神は失われ-赤子のベアラーは役所に生まれてすぐに突き出だされていたのが現実なのだから彼らのその反応は当然のものだった。親子の絆、友との絆、そうした人らしい愛情でさえ失われていた。
そうした中でクライヴはノリスという男を逃して生かす選択を取った。
「あなたが顔を見せたら喜んでくれるわ」
「そうだといいが」
ベアラー保護に関する話も彼と彼女は素直に出来る。
クライヴとジル、ふたりの会話の中心にあるのはシドルファスと出会ってからのことだ。黒の一帯の原因はマザークリスタルが大地のエーテルを吸い上げているという真実、ベアラーやドミナントたちの保護活動、ヴァリスゼア大陸の人々に蔓延る“認識”そのもの―今正に向き合わなければならないもの。
シドから受け継いだ想い、そして彼と共に活動してきた隠れ家の生き残った人々と協力者たち。
…そして。
「…あの時は火のドミナントを追うことで頭が一杯だった」
ジルは療養も兼ねて深い眠りについていた為に直接はその時の彼の様子を目にしていない。
「…シドのやっていることが心に引っかかって…それでもガブにも助けてもらっていたのにそこから動けなかったんだ」
俺はあの日に弟に生かされた、今は弟の仇―それだけしか考えられない。
シドは否定をしなかった。ドミナントであるとジルと共に認めると。
―まずは自分を受け入れることだな。
シドの言う通り、そこからだった。ジョシュアは遥か昔からそれを受け入れていた。
今すぐは会えない。止まっていた時が長かった分時間が掛かる。自身の預かり知らない所で弟は動いており、今も動いている。それでも、必ず会いに行く。
ジルはそのことも素直に受け止めている。黙って静かに聞いてくれる。
先ほどの戦いのように可能な限り魔法や半顕現を避けるような戦い方を提案する彼の想いを汲み取ってくれている。
先へと進んでいたトルガルが吠えることなく振り返ってしっぽを振っている。目的地が見えてきたこと、魔物が近くにはいないサインだ。
「ジル、」
「もうすぐ着くのよね、さっそくその兄妹に会いに行きましょう」
声が重なり彼女はまっすぐに進んで行く。
彼は発しようとしていた言葉を切り替え、抑揚に気をつけながらゆっくりと発した。
「ああ…そうだな」
まただ。
再会してから共に過ごすようになり少し経ったのだが、静かで穏やかでありそれでいて凛とした姿勢と毅然とした戦い方を見せるジルにはこうした態度を示す時が時折ある。
何かを隠しているようで、抑えつけているような。変わらずにまっすぐに見つめてくれるのに。
もしくは伝えたいことがあるのに、それが出来ないようにも見える。
原因が自分にあるのだろうかと思いながら彼女はそうではないと言うのだろう。
目を覚まして微笑んでくれたあの時が。受け止めるからと手を重ねてくれた時も、手と手を取り合ってシドの前で誓った時も、確かに伝わってきたものがあった。
メティアを見上げ願いが叶ったわと語ったあの横顔とまっすぐに見つめてくれたその瞳に―少女時代の彼女を視た。同じ微笑み方だった。
…いや、本当は違っていたのだろうか。
そのことがはっきりした暁には、話してくれるのだろうか。ジョシュアと再び会えるのはその時かもしれない。
顕現すら未だままならない今の自分の不甲斐なさをゆっくり深呼吸をして受け入れながら彼もまたロストウィングへと向かった。
シドから受け継いだものに対して、少年時代とはまた異なる兆しを感じながら。
※
※傷ついた心ゆえに本来持っている愛情や優しさを出しにくいジル(そしてそのことをクライヴに気づいて欲しくはない)と、吸収する際に他者の過去を視たりすることがあっても不用意に話したりはしないクライヴ。ベネディクタの想いをシドにも告げていない姿勢が妙にリアルだと思いました。そしてシドから受け継いだ夢がそのままではなく、彼自身と共に変化していったのも。
ジルは受け止めるという選択を取っていますが踏み込むことについては臆病といいますか出来ないのだろうと。
これはクライヴと出会って人らしくなった少女時代から変わらず。
クライヴは視ることになる分、最終的にジルが見せていなかった本心へと踏み込んで溶かしていきました。そうして背負って前へと進んで行く。
受け入れるクライヴと、受け止めるジル。このふたりにはそうしたラインの引き方があります。ジルが受け入れる選択を取ったのは作中では影の海岸の出来事が最初で最後でした。
彼の本質は弟だけが踏み込めるのです。